番外編13:戦略の見直しを迫られる帝国(後編)
「――それで、陸軍にも高性能な新兵器があるというのか?」
「閣下……大変申し上げにくいのですが……閣下はとんでもないものを皇国にお渡しになりましたね」
「……なにぃ?」
「こちらの写真をご覧ください。戦地で撮影されたものを拡大しました」
会議場に部下によって広げられた写真には、見慣れぬ軍用車両の姿があった。
「……自走砲の類か」
「隣に写っている二周り以上小さいのは我が軍のⅡ号戦車の残骸です。この大きさの差が理解できますか?」
「なんだあれは……ずいぶんと……デカくないか!?」
「重自走砲……駆逐戦車?」
会議に参加する指揮官はその大きさを理解すると一人言をつぶやいてしまうほどであった。
遠近法だとかそんなものではない。
その戦車は間違いなくその戦場にいたのだ。
「偵察部隊による目視による計測では、全幅3.2m前後、全長6.3m。皇国の新型戦車の自走砲版とのこと。まだ試作段階の急造仕様だそうです。奪還作戦において何よりも脅威だった歩兵戦力は2つ。1つはヤクチアより鹵獲されたT-34。もう1つはこの皇国製の重戦車もとい自走砲です」
「T-34についてはいくらか話をきいているが、この戦車は初耳だぞ!」
「そりゃそうですよ。我々もようやくその姿を捉えられましたからね。言葉で説明しても欺瞞だと思われるでしょう?……私だってこの写真を見るまで信じたくは無かった。Ⅳ号戦車に大きく劣る九五式戦車の開発すら失敗した東亜の島国が! 未だまともな戦車1つ作れず、戦車開発は王立国家に頼る他ないと思われたあの皇国が! あろうことか我々に先駆けて重戦車を投入してきた。しかもこいつはモーター駆動です」
「モーター駆動だと……VK3001(P)のような?」
「ええ、見た目はVK3001(H)にとても似ておりますが、仕様はVK3001(P)と似ております。ただ、こちら側はどうもより洗練されているようです」
「どういうことだ」
「皇国に送り込んだ諜報員からの情報では、この自走砲は30tありません。装甲は75mm以上あるそうですが、装甲に対してとても軽い。その要因としてはNUPが開発したPCCシステムと呼ばれる、路面電車のために開発された機械式制御システムを全面的に採用したためだそうです」
路面電車を戦車に転用する。
字面だけではもはや意味不明である。
会議に参加した多くの指揮官達は陸軍司令官が正気なのかどうか疑いたくなった。
だが写真は加工された様子などない。
半信半疑ながら信じるほかなかった。
その戦車は皇国面と言われればそうで間違いないだろう。
しかしそうすることで皇国は手にすることが出来たのだ。
2600年の現在において、第三帝国やヤクチアに負けぬ戦車を。
「どういうものなのだ」
「PCCシステムは一部が公開情報ですが、簡単に言えば電気で全てを制御するシステムです。電圧だけでモーター出力全てを統括制御するきわめて優秀なシステムであり、これに多段式の抵抗制御器を駆使することにより、VK3001(P)のようなギアシステムなどが一切不要になるというものです。VK3001(P)は7段式ギアやクラッチ類などを装備しています。皇国の戦車にそのようなものは一切ないそうです。あるのは配線、モーター、発電機、抵抗器、制御器、そしてタービン式エンジン。ボギー式サスペンションにより広大な車内空間を確保。シャフト類などを徹底的に排除した結果車体構造が極めてシンプルとなり、皇国でも製造できる程度の製造難易度まで下がったのです」
「そんなもの、動いても止まれるのか?」
「ブレーキは多段式発電ブレーキだそうです。VK3001(P)は抵抗器が三段式ゆえにブレーキも一般的な戦車のものですが、皇国の戦車はブレーキだけで136段階ものすさまじい段階を有した抵抗器で停止し、同じく136段を加速に用いることでスムーズな発進と停止を実現。しかも前進も後退も自由自在かつ等速で超信地旋回も可能。見てくださいこれを」
指揮官に顔で促されるとさっと持ち込まれたのは映写機である。
すぐさま会議場内の照明が落とされて薄暗くなると、壁に映し出された映像に周囲は静まり返った。
「なんだこの速度は! この巨体でこの機動力かっ!?」
「完成形はもっと重くなるでしょうが、この自走砲は信じられないことに最高時速53kmほど出すことが可能です。VK3001(H)はおおよそ最高時速24km前後。平地ですとその2倍は軽く出ます。出力がケタ違いです。要因はおそらく……」
「まさか……まさかこいつもなのか!」
「タービンエンジンはヘリコプターに搭載されたものと同型かと……ポルシェ博士はこの映像に狂喜乱舞しておりましたよ。自分の考えは正しかったと。彼の目算ではタービンエンジンの出力はおよそ800馬力級。それをモーターに出力変換して600馬力近くを得ている……皇国は諦めたんです。300馬力程度しか作れないディーゼルエンジンという存在を。ガソリンエンジンすら航空機用でなければ大した出力とならない。液冷エンジンに大苦戦しておりましたからね。そこで目を付けたエンジンは既存のエンジンを遥かに凌駕するものだった。報告では燃費などそれなりに犠牲にして得た出力ではあるようですが、現時点で戦車用は500馬力級しか開発できていない各国と同等以上の出力を手にすることができた。ヘリコプターと合わせて皇国陸軍はその存在を手にしたとき目を輝かせたことでしょう。だがこの戦車の問題はそこだけではない!」
陸軍司令官がパチンと指を鳴らすと再び照明が点灯し、場内が明るくなる。
すると目の前にはまた別の拡大写真が掲げられていた。
「閣下。この砲塔に見覚えがあるはずです! 海軍の方々、あなた方もよく知っているはずだ!」
拡大された砲塔の写真には多くの第三帝国の野砲や対空砲に類似する特徴を持っていた。
カウンターウェイトなどの構造がまさに第三帝国的である。
「まさか! クルップの……」
見慣れた存在に言葉を詰まらせる海軍将校たち。
自分達が空を飛ぶ爆撃機を落とすためにクルップ社に開発させた存在が、あろうことか陸軍に大打撃を与えた自走砲に採用されていたのである。
「そうです! 8.8 cm SK C/30。一体誰が皇国にそれを渡したというのだ!」
むなしく響き渡る怒声。
陸軍司令官の行き場のない怒りに総統閣下ですら沈黙せざるを得なかった。
「海軍、貴方方ですか! これは我々が新型戦車に搭載を検討している8.8 cm FlaK 18に勝るとも劣らない、我が国の高性能高射砲です! 決して侮ってはいけない砲です! 諜報員の報告では皇国ではいつの間にかそれが量産されており、かの自走砲が開発されるかなり前から対空砲や野砲として配備されていたそうですよ。 冗談じゃないです。王立国家の17ポンド砲の設計データが渡ったというので、我々は皇国は精々17ポンド砲の野砲程度しか持ちえぬだろうと思えば、17ポンド砲を凌駕する88mm砲を保有していた!」
あまりの悲痛な叫びに喉がつぶれかけた指揮官は一旦水を口にするも、再び喉を潰さんばかりに怒り狂う。
「この砲塔の威力ならよく知っている! 当然だ! それは我々のものだからだ! 重戦車を作ろうというならあの野砲を搭載したくならないわけがない。皇国海軍の50口径三年式12.7センチ砲を除けば、重戦車砲として最も適している。Ⅰ号戦車に88mm砲の徹甲弾を食らったら正面からエンジンまで貫通してしまう! 1000m以上離れた距離でも乗員は即死です。我らが陸軍の部下はタービンの音だけで失禁するほどですよ! こんなのと戦わなければならないなんて!」
「我々もより一層装甲を増加させた戦車を開発せねばなるまい……」
「ええそうですよ。ですが総統。貴方はとんでもない贈り物を皇国にしましたね。手切れ金とばかりに渡した成型炸薬弾。貴方があの時渡した設計図は、皇国が絶対に作れないだろうからと88mmのものとした。完全な失策です。皇国は75mm相当の野砲があるからと渡した88mmのものは、8.8 cm FlaK 18用のものでしたね。アレを参考に88mm用のものを作るのは容易だったはず。今にして思えば敵対する直前に皇国が手切れ金として少なくない額の金額を我が国に渡してきたのは、8.8 cm SK C/30のライセンス料と成型炸薬弾のライセンス料支払いの意味があったのでしょう」
「あの妙な高額送金はそういう意味合いのものか……ぬかったっ」
さすがの総統も額に手を添える。
自身を苦しめる兵器が自身が生みだしたものによるものだったのは最大の誤算である。
実際には皇国へは溶接に向く高張力鋼なども伝わっていたが、現時点で確認できる限り直接利用されたの唯一の例といえたため、そのショックは大きかった。
「アレを転用すれば皇国は1500mでおよそ350mmを貫通するHEAT弾を手にすることが出来る。幸いにも開発はまだ間に合っていないのか榴弾と徹甲弾だけしか使っていない。ですが近く登場することでしょう。我々は共和国侵攻にあたり、歩兵戦車マチルダやB-1に散々苦しめられました。しかし彼らの攻撃力は大したことがなくまだどうにかできた。だが皇国の戦車は未完成といえる状態ながらもマチルダ以上の装甲にマチルダ以上の機動力に、あろうことか我方の88mm砲を搭載している化け物でした。侵攻時に完成してなかったために実戦投入をまるで予測できなかったのは私の失態です。1000mでⅣ号を射抜く化け物……来年までに対抗できうる存在を生み出さなければ前線は後退するばかりとなりましょう。なぜならば、陸戦兵器においては脅威となりうるものを生み出すと予測した王立国家に先んじて、さらに脅威となる存在を実戦投入した国が現れてしまったからです!」
第三帝国は敗退していない。
まだ負けてはいないのだ。
にも関わらずその悲痛な叫びは敗戦間近の国家のようであった。
連合王国での戦闘は一方的な虐殺と言えた。
わずか数両。
投入された自走砲はその10倍の戦力を返り討ちにしたのである。
自走砲は未完成状態の駆逐戦車であり、真の姿となってはいない。
その状態でですらⅣ号以外の戦車では勝負にならないのだ。
全周に渡り75mm以上の装甲が施されていたためである。
同じく75mmの装甲が施されたマチルダですらまともに倒せなかった帝国にとって、この戦車を倒す事など現状では不可能に近い。
唯一対抗できるⅣ号戦車はガンシップなどが押さえ込んでしまった影響で、Ⅰ号、Ⅱ号、Ⅲ号戦車が相手にすることになった自走砲は未来において戦車戦のエースとなりうる者達が不在の中で大暴れ。
一切撃破されることなく奪還作戦の立役者の一人として現在も支線塔の防衛に当たっている。
数で押せば勝てたといえなくもない存在ではあるが、もしこの自走砲を倒さんがばかりに戦力を集中すれば他の戦線が崩壊してしまいかねない恐ろしさがある。
Ⅳ号戦車の量産がまだ大規模に行われていない現在、第三帝国に成す術はないのである。
「なんというかだな……諸君。兵器開発において先手を打たれたとは思わんか。まるで狙い撃ちだ。各兵器の開発者は未来を予知していたとでもいうのか……」
自らの失態が大きなしっぺ返しとなって戻ってきたことを自覚した総統ではあったが、現実をまだ飲み込めずにいた。
もし仮にこの自走砲が回転砲塔を搭載し、より装甲を増加させたら……
その可能性は理解できるが、2年ほど前の皇国の状況しか知らぬ総統閣下にとって皇国の急成長は予測できるものではないし現時点での状況もそう簡単に飲み込めるものでもない。
「未来が見えているかもしれませんな。陸軍司令官殿。報告は以上でよろしいか? 我々も皇国の新兵器について2点報告したいのだが」
「……構わんよ。もうこれ以上の報告はない」
一体誰がかの戦車砲となった野砲を渡したのか。
それらは不明のまま、海軍の番となる。
「……また皇国なのだな?」
「ええ。1つは例の誘導兵器ですが、海上に漂っていた不発弾の残骸の一部を回収できました。こちらを解析したところ液体燃料ロケットで間違いないそうです。回収したのは後部燃料タンク部分のみ。ノズル、酸化剤タンク、エンジン、弾頭などは回収できず。ただ、後部の燃料が灯油系である事から液体酸素を用いたロケットであると思われます。閣下のおっしゃるように先手を打たれました。我々はまだ実験段階だというのに……よもや誘導するとは」
「誘導方法はわからんのか?」
「ビスマルク周辺には当時、着弾予想や偵察を目的にしたと思われるキ47が大量におりました。技術者の予測ではこれらは着弾予想などを目的としていたのではなく、遠隔操作を目的として飛行していたのではないかとの事です」
「どういう方法で遠隔操作を?」
「ラジオコントロールでしょうな。かなりアナログな方法で制御したのですよ。わからないのはどうやって低空を水平飛行させたかです。その制御方法だけは現時点で不明のまま。アナログな方法でもビスマルクには効果的でした。おそらく同じ事を帝国の空母でも行うことが出来れば、皇国の連合艦隊は壊滅します。取り急ぎロケット兵器の改良とより一層の開発促進を提案します」
「これ以上予算を積めというのか……ただでさえ莫大な予算をかけているのだぞ」
「しかし世界各国は理解したはずです。これからはロケットの時代なのだと。我が方にも100km飛ぶロケットならばあります。後は命中させるだけです」
「……わかった。列車砲などよりロケット開発を推し進めろということだな?」
「そういうことです」
総統閣下は一撃の破壊力の高い兵器が好きである。
そういう兵器は相手を怯えさせ、戦果報告は自国民に高揚感を与えるからである。
ロケット兵器はまさにそれに類するものであるとは考えていたが、その攻撃を自らが受けてしまうとまでは考えていなかった。
皇国のロケット開発ははじまったばかりと聞いていたためである。
総統閣下はこれを情報伝達の遅滞と考えていたが現実は異なっている事に気づいていない。
「それで2点目の兵器とはなんだ」
「潜水艦です。こちらを。オイっ、例のものを!」
「ははっ!」
海軍司令官が部下に命じて持ってこさせたのは不思議な形状の模型である。
それは投下用の爆弾にスクリューや謎の翼を取り付けた、不可思議な何かである。
とても一言で潜水艦などという言葉は出てこない。
「これは?」
「皇国にて入手に成功した皇国の新型潜水艦の簡易模型です。詳細模型ではありません」
「この黒い爆弾のようなものが潜水艦だというのか!?」
「我々も入手した者を問い詰めましたよ。魚雷の間違いではないかってね。しかし簡易絵図なども入手しましたが……これは魚雷ではないんです。間違いなくこちらは潜水艦です……ただ……」
「なんだ」
「我方の船舶技師に計算させてみましたが、この潜水艦は水上では10ノット程度しか出ないんです。水上航行をまるで考慮していない」
「水中航行速度ではなく?」
「ええ、水上航行速度で間違いありません。とても鈍足のドン亀です……ですが水中での航行速度が我が国の技術では計算できません。おそらく信じられないほど速いんですよ……噂では皇国は魚雷を参考に試作型の実験艦を作って22ノット近くを出したそうです。予想としてこの潜水艦も22ノットは出るんじゃないかと……」
「22ノット!? 馬鹿な、一般的な輸送船は20ノット出ないんだぞ! そんな潜水艦があってたまるか!」
「しかしチャーチルは自国の海軍に22ノット出せる潜水艦を作れと命じており、どうもその22ノットという数字の出所はチャーチルが横須賀にて海軍から公開された実験艦からとのことで……」
「我々でも20ノットを目指していて到達しないというのだぞ。我々の目標値を2ノットも上回るというのか!」
さすがの総統閣下も我慢ならず、机を子供のごとくバンバンと叩く。
エンピツを机に叩きつけ、ペンをへし折った。
「皇国海軍の潜水艦は当初こそ我が国の模倣でした。しかしどうもこの実験艦の建造成功以降、皇国独自のものに進化したらしいのです。その進化の果て……が、この模型なのかと」
「同じような構造で模型を作って試したか? 結果はどうだ?」
「我々も行いましたが……22ノットは無理かと……艦橋付近の水の流れが制御できません」
原因は簡易模型が本当に簡易的なもので、流体力学を意識した構造になってなかったことによる。
情報を聞いた海軍の技師が趣味的に作った模型を手にした第三帝国海軍であったが、高度な流体制御が必要な皇国曰く涙滴型と呼称する潜水艦は簡易的な構造を真似しても同じ効果は発揮できない。
しかもこの潜水艦は本物にあるようなX字翼などはなく、71号艦と同じような後部構造となっており、それが余計に水中での安定性を乱す結果となっていた。
遠くより見れば涙滴型ではあったが、本物とはかけ離れた構造が多く真似してもまともな潜水艦とはならないものだったのである。
「ジェット戦闘機と同じですよ。きっと細かい形状が何か違うんです。今の皇国はそういう構造を得意としていますからね」
困り果てた様子で口ごもる海軍司令官に対し、空軍司令官が横から口を挟む。
総統閣下もその言葉にうなずいた。
「完成予定などの情報は?」
「ありません。わかるのは潜高型という種別です。潜水時の性能に特化しているのは間違いありません」
「なら水中航行22ノット出ると考えた方がよいな。その模型を参考に新型潜水艦の開発も視野に入れろ。情報を集めて対抗するのだ!」
「はっ」
「同時にロケット兵器を射出できる小型艦の開発を行う。目には目を……だ。現状我々が手を焼くのはヘリコプターだけと思われる。百式襲撃機は素直にIL-2の供与を、新型戦車は新型戦車で対抗を、ありとあらゆる方向性で対抗できる兵器を用意。海上での通商破壊作戦は潜水艦を中心に継続。連合王国からは一時撤退して戦力の損耗を防げ! 各軍の今後の戦略的行動内容を24時間以内にまとめて報告しろ! 一旦会議は閉会。司令官の一部はこの後も残ってもらおう。話がある!」
あらかた報告を聞いた総統は即座に的確な指示を出す。
それはおおまかな内容であったが、指揮官達が動くには十分な内容であった。
この後の会議にて今後の詳細な戦略会議を行うのだ。
それはつまるところ……第三帝国がどこへ向かい、どうすべきかの検討会議である。
ヤクチアを無視して途中で講和に走るか、ヤクチアと心中してまで戦い抜くか。
まだ状況は大きく傾いていない中で総統はその考えを今のうちに話し合っておくのだと心に決めていた。
想像だにしなかった脅威が現れ始めたからであった――