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第108話:航空技術者は電車の中で回想する(後編)

「信濃技官! ロンドンより飛び立った陸軍の偵察機から連絡が入った。ビスマルクは加賀の3時方向、約110km程度離れた先にいる。準備はよろしいか!」

「大丈夫です! これより作戦を開始します!」

「頼んだぞ陸軍!」


 加賀に乗船しながら拡声器でこちらに情報を伝える艦隊司令官に対し、俺は同じく拡声器にて応対。


 そしてすぐさま行動に出る。


 まだ日が出たばかりの海上は冷たい風が甲板の上を漂っていた。

 この気温、ロケット発射に最適な温度だ。


「格納庫へ。ロケットをお願いします!」


 NUPから購入していた先行量産型のハンディトーキーの使い勝手は良かった。


 初めて使ったが、これが無かったから負けたのではないかとすら本気で思えるほどだ。


 しばらく待つとエレベーターによって射出用の台車に乗せられたロケットの後部が甲板上に現れる。

 周囲にはモクモクと白い煙が漂っていた。


「組み立て開始!」

「はっ!」


 結局正式名称すら付けられていないロケットは三位一体構造。

 エンジン、後部、前部の3つ。


 昨日の段階からすでに液体酸素は後部タンクに注入済。

 蒸発状況を見定めて何度か追加で注入した状態としてある。


 ここに前部とエンジンを装着するのだ。


 発射前に組み立てるというのが実にロケットだ。

 ミサイルではこうはならない。


 組み立て作業が始まる。


 まずは後部にエンジンを装着。

 そして次に前部を持ってきて装着した。


 組み立て終了までに10分もかからない。

 何度も設計を見直してそう出来るように調節していた。


 これから甲板上に計15発のロケットを配置し、発射前にそれらを人力でカタパルトまで移動させるのだ。


 そしてカタパルトから随時発射していく事になる。


 すでに甲板からの射出は何度も行っていた。

 加賀のカタパルトには噴射炎を後方に飛ばさないための耐熱鋼板を新たに追加。


 加倒式となっており不要な際は邪魔にならないよう甲板のうえに倒れるようになっている。


 これにより船の後方に雨ざらし状態にあるような他のミサイルへの影響を最小限としている。


 加賀は航空機を射出する存在から巨大な海上移動砲台となっていたのだった。

 まあこの状態でも航空機を射出可能なのだが。


 そうこうしながら40分ほど経過。

 手分けして組み立てた影響で15発のロケットが出揃った。


「信濃技官。準備完了か?」

「ええ。いつでも発射可能です」

「よし。加賀を旋回させる。12時方向になったら知らせる。その後は任せたぞ」


 ゆらゆらと左右に揺れだす加賀。


 ロケットが海に落ちないよう細心の注意をはらいながらも、加賀はゆっくりと旋回して位置を合わせていた。


 位置合わせの方法はこの時代らしいものだ。


 ビスマルクと一直線になるような位置に偵察専門のキ47を配置。

 そのキ47のレーダー光点を確認しながらキ47と連絡を取り合いつつ微調整。


 今まさに加賀はキ47を中心点に艦首の先にビスマルクを配置する構図となっていた。


「旋回終了! 12時の方向にビスマルクが航行中。舵の修正は絶えず行っていく。大体の位置だから誤差は飛行中に修正してくれい!」

「了解です! カタパルト配置!」

「カタパルト配置ィ!!」

「運ぶぞお前らぁ!」

「オオォォ!」


 俺の指示を繰り返した下仕官に促され、屈強な船乗り達が6t以上あるロケットをカタパルトにゆっくりと運び込む。


「ッ設置完了!」

「皆さん離れて下さい!」

「総員退避ィ!」


 設置完了を確認した後はすぐさまロケットから離れさせる。


 表面は冷たく、触っただけで手が張り付きかねない。

 万が一を防ぐために不用意な行為に及ばぬように遠ざける。


 ロケットエンジンは遠隔操作にてスタートできるようになっていた。

 その程度なら2600年の技術でもどうにかなるのだ。


 ……有線式ではあるが。


 射出されたロケットはそのまままっすぐに飛び、ビスマルクが漂う付近にて空中待機しているツーマンセルで編隊を組んだキ47遠隔操作部隊計20機によって遠隔操作される。


 この日のために遠隔操作が可能なよう改造したキ47達だ。


 当初、遠隔操作用のキ47は複座型を運用していた。


 しかし後部から遠隔操作したのでは操作がしにくい事などにより、単座型の機体に遠隔操作用のポッドを急造して取り付けた。


 ポッドには遠隔操作用のアンテナを装備させている。


 一体成型されたプレキシガラスにより全方位の視界が得られるポッドにより、運用効率は大幅に向上。


 最高速度は幾分低下したものの、Me210自体を別働隊がひきつける事でどうにかするという、割とゴリ押しな戦術運用の下、採用している。


 彼らへ向けて飛ばすロケットはフレアを装備。


 飛行中は常にフレアが燃え続け、赤い炎によって確認しやすいようになっている。


 ロケットは2発ずつカタパルトから射出し、各々操作していくわけだ。

 無線のチャンネルは操作予定の航空機にすでに合わせている状況にあった。


「いいですか。改めて確認の意味をこめて言いますが、事前の打ち合わせ通りエンジン等が稼動しなかったら即座にカタパルトから移動して別のロケットに交換。すぐに別のロケットを射出します。数撃てば当たるで行きます!」

「了解」

「それじゃあ30秒後にエンジンスタート! 司令官殿! カウントを!」

「承知した! 加賀艦内ならびに甲板上にいる者達へ! ロケットを射出する! 総員衝撃に備えろ! 打ち上げ30秒前! 29! 28! 27――」


 エンジンスタート用のスイッチを手にするのは俺だ。


 エンジンスタートから5秒以内にカタパルトから射出する事になっている。


 射出は何度も訓練しているので心配は無い。


 射出した後が問題だ。

 無事に飛ぶ保証などない。


「9! 8! 7! 6! 5! 4! 3! 2! 1!」

「コンタクトォ!」


 叫ぶと同時にスイッチを入れる。

 青白い炎と共に白煙が舞う。


「射出ゥ!」


 無線に向かって叫ぶとカタパルトが動き出す。

 二機のロケットは白い煙を巻き上げながら彼方へと飛び立っていった。


「次ッ!」


 すぐさま指示を与え、第二弾を発射準備。


 まずは4発射出して状況を見る。

 作戦でそう決めていた。


 だが、なかなか思い通りに行かないのが現実というものだ。


 ◇


「――信濃技官! 一機不発です!」

「何っ!? 射出やめ! 2番カタパルト射出取りやめ! 1番のみ射出ッ!」

「カタパルト操作室了解ッ!」


 4発目を予定していたロケットのエンジンが不動。

 原因究明と修理をしなければならないが、まずは代わりのロケットを打ち上げなければならない。


「5番ロケットを2番カタパルトへ! 急いで!」

「っしゃあ! いくぞ野郎共!」

「「うおおおおお!」」


 大勢の船乗りが駆け出して5と数字が描かれたロケットへと向かい、息を切らしながら大急ぎでカタパルトに運び込む。


「司令官! カウントはこちらがやります!」

「承知した! 総員退避せよ!」


 時間がないため、ロケットの状態を確認すらせず発射にとりかかる。

 カウントすら10秒未満の状態から始めている自分の姿があった。

 焦っていたのだろうな。


「カウント8秒から! 7! 6! 5! 4! 3! 2! 1! コンタクトッ!」


 5番ロケットは無事にエンジンが着火。

 すぐさま3番ロケットを追いかけていった。


「よしっ行った。司令官。前方の状況はどうですか!」

「電探によると付近に光点は4つ以上ある。全て無事に飛んでいるぞ。味方部隊との邂逅まで3分!」

「了解!」


 しばし静かな時が流れる。


 疲れもあって皆黙り込み、波を切り裂く音と風の音だけが辺りに響き渡った。


 ◇


「こちらハヤブサ1とハヤブサ2。10kmほど遠方に飛行中のロケットを確認。これより遠隔操作に移る」

「了解。ご武運を」


 3分近くが経過すると前方に展開するキ47より連絡が入った。


 一番最初のロケットは無事に飛び続けているようだ。


「こちらトンビの1と2。2番ロケットと思わしき飛行物体を確認。周波数を合わせてこちらも操作を始める」

「加賀了解」


 2番ロケットも無事な様子だ。


 後はひたすら待つしかない。

 吉報を待つ。それだけだ。


 その前に悲報の方が訪れたが。


「こちらハゲワシ1。3番ロケットが確認できない。電探による光点も無い」

「なんだって!? 司令官ッ!」


 すぐに艦橋へ顔を向け、ブリッジ内での状況を確認する。


 キ47の信頼性は高いが絶対ではない。

 レーダーが故障した可能性もあった。


「信濃技官! こちらでも確認した。光点が消えている。3番ロケットは沈んだ」

「すぐに代わりを出します!」

「頼むぞ!」

「ハゲワシ1状況を把握。追加情報となるが、新たに5番ロケットと思わしき飛行物体を確認した。3番ロケットから5番ロケット遠隔操舵に切り替えるがよろしいか?」

「こちら加賀了解。ハゲワシ1は5番ロケット操舵を行ってください」

「了解。状況を開始する」


 あっちこっちを確認しながらキ47の部隊と交信するのは楽ではないのだが、俺以外に技術者の中でまともに無線操作が出来る者がいなかったのだ。


 この時代、無線はまだ特殊な装置。


 機械が得意な技術者といっても、しばらく前まで音声通信が出来ない皇国の環境にて無線通信士を目指そうという者は少なく、ハンディートーキーの操作すら億劫になっていてこんなことになってしまっていた。


「技官! 準備完了です!」

「ありがとう! 司令官、カウントをお願いします」

「総員退避ィ!」


 甲板内では何度も同じ作業が繰り返される。

 運んで打ち上げるの繰り返し。


 その後は遠隔操作部隊と連絡を取って吉報を待つのだ。


 刻々と時間が過ぎていった。


「――こちらハヤブサ2! 1番ロケットは命中せず! 繰り返す1番ロケットは命中せず!」


 ……ダメか。


 亜音速で飛行させるロケットをポップアップして命中させるのは容易ではない。

 命中率は水平爆撃と同じ程度しかなかった。


 心の中で諦めが広がる。

 その時であった。


「こちらキ47偵察部隊フクロウの1! 前方に火柱と水蒸気爆発と思わしき白い雲のようなものを確認した!」

「こちらトンビ2 報告。 2番ロケットはビスマルクの後部に命中。何かが爆発した! 演習で確認していた弾頭の爆炎以上の規模の爆発を確認!」

「ッツ……当たったッ!」

「うおおおおぉぉぉぉ!」


 甲板内に男達の叫びが沸きあがる。


「静粛に! 無線が聞こえません!」

「技官の指示に従え! まだ沈んでいないぞ!」


 俺の言葉に下仕官が注意を促し、周囲は少しずつ静けさを取り戻す。


「フクロウ1! ビスマルクの状況はどうか!」

「こちらフクロウの1。ビスマルクは体感でわかるほどに速力が低下! 周囲の護衛艦との速度差が広がっている。護衛艦が戦艦に接近中!」

「技官。もしやボイラーが爆発したのでは」

「……本来の狙いよりも前方に命中したかもしれませんね。爆発は武器庫とボイラー双方によるものでしょうか…………砲術士官の方、水中弾攻撃へ切り替えた方がよろしいと思いますか?」


 ボイラーにダメージを負ったならば、後部へのこれ以上の攻撃はさほど意味が無い。

 ビスマルクを沈めるために船底への攻撃に切り替える方がいい。


 甲板には戦術指南のために砲術士官がいたが、すぐさま相談を持ちかける。


「技官、爆炎の位置がわからんと判断できん。どのあたりか聞いてくれ」

「了解。フクロウ1もしくはトンビ2、炎はどのあたりから出ているか?」

「こちらフクロウの1。未だに確認できる火柱は第四砲塔と第三砲塔の中間!」

「技官。水中弾への切り替えを。ビスマルクは機関損傷、爆薬庫にも火の手が回っていると思われます。一気に畳み掛けてください」

「了解。ハゲワシ1! ハゲワシ2!」

「ハゲワシ2了解。狙いを後部船底に切り替える――」


 ――その後、5番ロケットも尾部の船底に命中。


 ビスマルクは船体尾部が脱落し、舵等を消失。

 以降は6発の命中弾を生じさせた。


 最終的にビスマルクは自沈ではなく船底のダメージ蓄積により2時間後に沈没。


 加賀は空母でありながら撃沈記録を持つ世界唯一の空母となったのだった。


 最後に命中したのはエンジンが着火しなかった4番ロケット。


 液体燃料タンクのパイプが凍結して詰まってしまっていたのが原因だったが、暖めて詰まりを解消。


 凍った原因は液体酸素充填時の作業ミスによるものだった。

 全てのロケットが射出できたわけではなく、15発のうち撃てたのは11発だけ。


 修理をしてもエンジンが着火しなかったロケットは4発にも及び、そして海上で2発が原因不明のエンジン停止による墜落。


 それでも攻撃を8発命中させる事に成功した。

 まあ最初の1発以降はただの的。


 ただの的に対しての命中率は8割強あったのだから命中しないわけがなかった。

 執拗なまでの船底への攻撃をビスマルクや周囲の艦隊は対処できなかった。


 この日、世界は皇国含めて恐怖したことだろう。


 水平線の先の先から攻撃してくる軍艦が今後登場する事。

 誘導して命中率を大幅に高められるロケット式誘導弾の登場。


 少数の航空機その他を運用するだけで国費を大量投入した最重要戦力があっさり沈む事。

 これからは小型空母ですら超弩級戦艦を沈ませうる凶悪な兵器となりうる事などだ。


 ビスマルク轟沈の衝撃はすさまじかった。


 第三帝国はその事実をすぐに公開できないでいたが、各国がニュースとして第一報を出すと公開せざるを得なくなりロケットを非人道的兵器と非難しながら皇国を批判。


 総統は顔を紅潮させながら興奮気味で演説し、士気の低下を抑えようとしていた。

 空母加賀はプリマスに凱旋。


 俺達作戦従事者は王立国家の王族から賞賛を受け、空母加賀は一躍その名を世界に轟かせた。


 まともな攻撃兵器を持たない中で第三帝国海軍の艦艇を沈めた例と言えば、すぐ沈んだにも関わらず映画などの影響で有名になりすぎたタイタニックの同型船かつフラッグシップの客船オリンピックという存在があるが、加賀が達成したるはそれに準じると王立国家の新聞記事に書かれるほどだ。


 とにかく目の上のたんこぶであったビスマルクが沈んだことをチャーチルは大いに喜び、宮本司令に特上のワインを送ったほどだった。


 少なくとも通商破壊作戦に大きく影響を及ぼす事になるのは間違いない。


 まるで本当に夢のようだ。

 未だに現実感を喪失してしまうような戦果となった。


 だがそこで得たノウハウは無駄にならない。


 プリマスに凱旋後、技術者達は即座に皇国に帰還。

 貴重なデータを多く持ち帰ってきて今日に至る。


 そうさ……まだ戦争は終わってない。俺達はまだ作らねばならないのだ。


 戦争が終わるまで作り続けねばならないのだ……

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