第11話:航空技術者は東京-大阪6時間の可能性を証明しようとする
西条の仕事が速かったため、その日の夕方には長島知久平との面会の機会を得た。
長島知久平。
先の先を完璧に予想できる皇国にとって非常に貴重な人材。
元来は門外漢に近い鉄道省においても手腕を発揮。
この男が本年の年末に組織する鉄道幹線調査分科会に陛下は大変興味を持ち、この組織を鉄道幹線調査会と改め、勅命を出して改組させる。
このときに生まれた言葉こそ"新幹線"である。
限りなく直線に近い線路を敷き、鉄道の高速化を計るという計画は2590年代後半の時点ですでに検討されていた。
この時にこの組織が構想した計画こそ、かの有名な"弾丸列車計画"であり、その技術は最終的に210kmという高速鉄道にまで繋がる。
そう……この男こそ、その火付け役。
当時の鉄道省は部外者に耳を貸さないとばかりに鉄道大臣は椅子に座って印を押すだけの役割でしかなかった所、まるで異なる航空機を製造するメーカーに所属する男を不思議と受け入れた。
そればかりか、後の時代の方針はこの男によって固められた。
西条には本来以上に鉄道大臣として長く勤めてもらうよう要請しているが、俺自身はまるで面識がない。
一体、長島知久平とは何者なのだ。
◇
西条と共に鉄道省へと赴いた俺は早速大臣室へと向かい、長島知久平と面会する。
「西条閣下。最近なにかと噂の技官を私の下へつれてくるとは……大型機開発に彼を参入させたい意向ですかな?」
西条……用件を伝えずに面会の場だけ確保したのか。
まあ、盗聴されている可能性もあるしその方がいいか。
「長島。海軍に押し付けられたDC-4に興味がないわけではないが、別件なのだ。お前の考えている鉄道高速化について実現化できうる人物を連れて来た」
「どこにです? 目の前には航空技術者しかおりませんが」
「この男は限定的ながら鉄道にも手を出せる。それもこの私ではよくわからぬ技術によって、とんでもない高速化を果たそうとしている……どうか耳を傾けていただけないか」
「その図面ケースは鉄道に対するモノなのですか。私はてっきりDC-4から国内初の大型輸送機をこさえようという話に裏から参画して助力をいただけるのかと思っていましたよ。いいでしょう、見せていただきたい」
さっそく備え付けの黒板へと向かった俺は傍に添えられたチョークを手に取り、文字を書く。
「……東京-大阪6時間の可能性? 現在より3時間も短縮するというのですか」
「ええ。是非これを見ていただければ」
「信濃、なんだこれは!?」
貼り付けたブループリントは、おおよそ常識的な蒸気機関車の内部構造ではなかった。
新たに設けられたのは、推力単排気管も真っ青なエギゾーストシステムと、ボイラー天井と火室に設けられた吸気用の穴。
さらに、より効率的に熱を吸収するために火室内にむき出しにされたパイプ類である。
一見すると大幅に出力ダウンしてしまいそうな構造であるが、そんな事はない。
まさにこれは航空技術者だった者でなければ仕組みを理解できぬ……これぞGPCSと呼ばれる、蒸気機関の燃焼効率を2倍にする仕組みだ。
知久平はそれを見るや否や口に手をあてがい、目をまん丸に見開く。
彼にはこのシステムが一目で理解できたようだ。
一方の西条は――。
「信濃、まるでよくわからんぞ! 説明しろ!」
この男は軍事でなければ駄目か……
仕方ない。
俺は黙って設計図に近づき、詳細を確認して魔術などの類ではないことを理解する知久平を横目に、西条にGPCSについて説明しだした。
通常、蒸気機関というのはその燃焼エネルギーの30%しか取り出すことが出来ていない。
ほとんどの石炭は不燃の状態となったまま粉塵となり、機関内から排出されてしまう。
これを業界用語にてシンダと呼ぶ。
シンダはこの時、排出された直後に爆発を起こしたり、排出される際の経路内にて燃焼を起こすので機関車に少なくないダメージを与えていく。
GPCSとはこれを最小限度に留めるため、燃焼効率を2倍に引き上げようと試みるものだ。
仕組みとしては、蒸気機関が誕生するきっかけとなった存在を利用する。
かつて王立国家の人間が蒸気機関を発明した際に参考としたのは、火薬による内燃機関だった。
火薬の爆発による燃焼を利用したピストン駆動を蒸気に置き換えたものこそ、蒸気機関なのである。
これは後に再び火薬と同等の燃焼爆発する存在に置き換えたものになり、レシプロ機関となった。
いわばGPCSとは、この時の火薬の熱力学的燃焼効果を石炭で再現することで蒸気機関のロスを最小限に留めようとするものだ。
燃焼効率を向上させる仕組みとしては、それまで単純な外気を火室の下にある灰箱から得て燃焼させていた仕組みをほぼ廃止する。
灰箱は新機軸のエギゾーストシステムによって灰を外部に排出するよう改める。
外気の温度は低すぎるためだ。
吸気口は新たにボイラー上部の最も温度が高い部分と、超高熱の火室付近に設ける。
当然、吸気した外気の温度は凄まじいものとなっており、ボイラー内の温度はより安定する。
ただ、あまりに高熱化しすぎないよう、火室にも小さな空気の取り入れ口を設け、バルブにて吸入量を制御。
ボイラー温度を確認しながら、このバルブ制御でもって外気の温度変化に対応する。
似たような事は従来からもやっていたので機関士の手間にはならない。
半世紀未来の低燃費自動車はこれらを電子制御しているが、こんなもの蒸気機関車では機関士の経験による精密制御で十分だ。
緊急作動弁としておけば、いざというとき熱量が高まりすぎるとアナログ式に自動で冷却できるので問題ない。
燃えた後の排ガスは、レシプロ航空機などに使われる排気管でもって外に排出する。
こうすることでボイラー内の温度は均一でありながら、石炭が融解するギリギリまで温度が上昇。
この時、メタンや一酸化炭素ガスがボイラー内に大量に発生。
このガスが非常に高熱で石炭の不完全燃焼を極限にまで防ぎ、ボイラーの性能が大幅に向上。
従来の蒸気機関車ですら、1.5倍は軽く性能を向上させられるというわけだ。
GPCSにはPTと呼ばれる自動給炭機構の搭載が必須となるのだが、D51には常磐線用に自動給炭機を導入した経緯があり導入は容易。
それを参考に設計図を組んだ。
自動給炭機はこの時代すでに実用化されているのだが、前述するシンダによる燃焼エネルギーのロスから我が国の国鉄では従来は敬遠されていたもの。
だが、このシステムでは粒子が細かければ細かいほど"燃焼しやすく"なるので、まるで問題が無い。
むしろ自動給炭機構こそがさらに燃焼効率を上昇させる仕組みの1つであり、石炭を手動で入れる際に火室のドアを開く作業によってGPCSの燃焼効率が悪化するので、絶対に自動給炭機でなければならない。
そう、ここまで説明すればわかると思うが、この自動給炭機こそ火室付近の新たな空気取り入れ口を兼ねているわけだ。
他にもピストンシリンダーの径を王立国家などが採用するシリンダー径を細めたモノに交換するなど、パワーに対してより少ない蒸気でピストン可動できるよう調節が必要だったりする。
D51は、ただでさえD50からシリンダー径が細くなっているのだが……さらに細く、そして長くすることで馬力を大幅増大させるのだ。
シリンダーこそが蒸気機関の馬力の要なので当然ではある。
蒸気機関のシリンダーは流体力学の特性上、奥まで蒸気を流し込まずとも自然と奥まで到達するため、シリンダー径は長く、そして細い方が効率が良い。
無論、耐久性とのバーターとなるため限界がある上、シリンダーと車輪は直結構造なので往復するための時間が長くなり、シリンダーを長くしすぎると車輪の回転速度が遅くなる。
D51は割と効率的なシリンダー径ではあったものの、出力の大幅な向上によって発生する蒸気圧はより高まるため、シリンダーなどに再設計の余地が生ずるというわけだ。
他にも各部の気密性を高めるなど細かい改修など必要なものの、この一連の技術は既存の狭軌の機関車に導入することを念頭に入れたシステムだというのが大きい。
しかも、20年後の話となるが、四菱の国産蒸気機関車を700馬力から1200馬力にしたなど、国産の機関車にも実績がある。
"また四菱か"という感じだが、四菱自体がこれを試したのではなく、とある天才技師が四菱の機関車をパワーアップさせたのだ。
しかもこれは国外に渡った機関車を国外の技師が改造した話である。
蒸気機関車の出力アップについては重油噴射装置と呼ばれる方法でもって燃焼効率を底上げしようと試みるのが後の鉄道省のスタンダードとなるが、このシステムは石炭オンリーで性能を1.5倍にしつつ、燃費を大幅改善してしまう。
長らく非公開技術だったせいで我が国が試したのは40年近く後のこと。
この時にはすでに後の祭り。
完成したそれは「どうしてもっと早く誰か思いつかなかったんだ!」――といわんばかりのアナログ的なシステムであり、機械類による補助など全くない。
後にこのシステムは、未来の低燃費自動車の燃費効率向上のためのレシプロエンジンにも採用される存在なのだが、ハ33やハ43の燃費改善のためにも導入しようと考えているシステムなのだ。
「……一見するとボイラー圧を高めてはいるようでそれだけではないようだが……ようはボイラー内温度を一定にし、さらに高熱化しつつ、不完全燃焼を減らすことで出力が1.5倍になる……と? こんな単純なもので?」
「単純だからこそ思いつかないものなのです。(……従来はとりあえず燃えれば良いと火室下部から吸気していたものを、レシプロエンジン並の処理方法でもって1つの内燃機関に近いものに昇華させるということを思いついた頃にはすでにディーゼルエンジンや電車があって、私の知る未来では、間に合わなかったんですよ)」
念のため西条には未来についての部分は小声で伝えた。
長島知久平がどういう人物かわからない以上、こちらの素性を公開するわけにはいかない。
「……そういうことか」
「信濃君……と言ったか。確かに見事な構造だ。D51。それも完成したばかりの浜松仕様の図面をどこで仕入れたかは知らんが……君はどうしてこれを思いついたのかな?」
しまった。
すっかり忘れていたが、俺が改造してまで試したいD51は……3ヶ月前にロールアウトして運用が開始されたばかりの、最新鋭の中の最新鋭である改良型のD51だった……
変に勘ぐられたかもしれない……ここは言い訳を述べておかねば。
「レシプロエンジン改良を考えている途中で思いつきました」
「技研は顔が広い故、基礎図面は知り合いから借り受けたものかと。おまけにこの男はとても発想力があるので……」
無論嘘である。
西条には嘘だとバレていたようですかさずフォローを入れた。
目を瞑れば地獄のような過去……いや未来が見えてくる。
ヤクチアの事実上の支配下となった我が国は、諸外国に先駆けて高速鉄道を実現化させてみせた。
冷戦期における対決は宇宙競争だけでなく、最新技術の応酬でもあった。
終戦後、俺は航空機を取り上げられた。
事実上、そこである意味で俺は一度死んだ。
飛ばされた先は国鉄。
世界に先駆けて先進的な鉄道を誕生させようと息巻いていた当時の国鉄の車両開発部に強制的に所属させられた。
これが独立解放運動への機運となり、高速鉄道の開発の傍ら、独立運動を行いだすようになる。
当然、そこにヤクチアが目をつけないはずがなく、俺は国家反逆罪などを問われて幽閉された後に左遷させられる。
周囲は大人しくしていればいいものを……などと言っていたが、皇国の航空機開発は戦後も中断されず、ミサイル開発などと平行して行われていたので納得がいかなかったのだ。
一郎などは当然最前線で航空機開発を手がけることになったが、俺は地をはいつくばって200km台~300km台で動くだけの鉄道を作れと言われ……
その言葉に納得できるほど、当時は大人になりきれていなかった。
そして、幽閉後の左遷先として新たな職場となったのが蒸気機関車の整備・改修部門である。
すでに歴史的に滅びることが決定されていた蒸気機関車。
時代はディーゼルか電車となっている状況に、ここに飛ばすというのは文字通り閑職に追いやることを意味しているのと同時に、ヤクチアから言わせればお前も時代遅れな人間だと現実を突きつけたかったのだろう。
そんな鬱屈した日々をすごしていた俺に希望を与えたのは、遠い砂漠の地で流体力学と熱力学を極限にまで極めた男が蒸気機関車の可能性に挑んでちょっとした改良で馬力を1.5倍にし、燃費を半減させたという話をきいてからだった。
俺はすぐさま休暇をとって砂漠の地まで足を運ぶと、20歳ばかり年上のその技師は包み隠さずその技術を教えてくれたばかりか、皇国の機関車でやったと言って四菱の小型機関車の改良設計図の複製を手渡してくれた。
本国にそれを持ち帰った俺は、すぐさま着手。
D51の中でもこの改造に最も適正があったD51 86を用いて改造。
件の人物も来てもらい設計を手伝ってもらった。
結果、馬力は2000馬力近くに向上し、燃費は半減。
東京~大阪間において米原まで給水停車が不要という凄まじい可能性を示し、後に九州でも肥薩スペシャル向けとして実験された。
ただ、両者共に実用化に至らなかったのは、前者はすでに全線電化されており新幹線があったこと、後者はこちらほど完成度が高くなかったことによる。
俺はこの時、一連の発明をした蒸気機関車の神様と呼べる男が"私はいつか役に立つだろうと今日まで戦ってきたが、きっとどこかでこの技術を開発した事が役に立つ日が来る"――と言っていたことが強く記憶に残っている。
彼の技術は我が国の低燃費自動車にフィードバックされるが、鉄道として輝くことはなかった。
ディーゼルで発電し、モーターで駆動するという機関車が登場したりすると、もはや蒸気機関では太刀打ちできぬからだ。
俺は直接設計に関わった者だからこそ、自信がある。
図面を書く時は完全に手が覚えていて、何も参考とするものがないにも関わらずスラスラと書けた。
まるで予算のない車両工場における実験故に材料調達や予算は戦前並み。
それが今にして輝くとは思わなんだ。
「長島大臣。貴方であれば鉄道省の技師にこの技術を説明して導入できるはずです。材料の強度計算から何から何まで図面通りに作っていただければいいだけです。流体力学と熱力学が得意な技師ならば、その図面だけで最新鋭機関車D51を次世代蒸気機関車とすることができましょう。最高時速は120km。東京~大阪間において給水停車は米原付近での1度のみ。現用の9時間から3時間も短縮できるのです」
「保線作業が大変になるかもしれないが……すさまじい発見だ。確かにこの構造は航空技術者でもなければ思いつかない。さすが空冷エンジンで600kmを達成した信濃君だ。発動機部門の連中にこれを見せたら、どう反応するかとても興味がわくな。なぜ君が栄を否定したがるのか……見えてきた気がするよ」
長島知久平もきっと発動機部門の者たちから陸軍を説得してもらいたいと言われていたに違いない。
今の彼は深山に悩まされていたりするのだが、これを見れば技研の技術力の高さを証明して栄を否定したいだけの根拠と技術的理解があるのだと証明できる。
2つの長島とは縁を切れない。
創業者という上に立つ者と手を結び、鉄道省と陸軍の距離を縮める……
皇国を守るためにはなんだってやる。
100km以上で東海道線や中央線を走行できる貨物列車は、我々を下支えしてくれるのだ。
「長島よ。必要であれば信濃はいつでも貸す。この男はDC-4の一件においても改善案を示せるはずだ。出来れば陸軍と鉄道省は共同歩調をとったまま歩みたい。既存の列車の高速化は兵員輸送などにおいて大きな力となるからな。なればこそ、鉄道省総出でその仕組みを導入してはいただけないか」
「西条閣下。無論すぐさま手配いたしましょう。私ならば航空機部門の技師を用いて彼らを説得することも可能だ。航空機と鉄道の技術的な融合……そんなことが可能だとは思いもしませんでした」
「まあ、私は個人的に最終的には電鉄の方が優れていると思っている。ただな、電鉄が改良されるまでまだ時間がかかりそうだ。今は新鋭機関車の改良からはじめ、ありとあらゆる方向性を捨てずに精進するのがよいのではないかと思う。我が軍も助力は惜しまん。お前の航空機製造会社も我らにとっても要でもあるからな」
「恐縮です。それでは明日には再び信濃技官をお借りしたいと思います。この設計図は預からせていただきますよ」
面会が終わった後は二人で参謀本部まで戻る。
西条の機嫌は相変わらず良いものであったが、長島知久平との会話は少なく、彼についてよく知ることができなかった。
ただ、これで俺について間違いなく興味をもってくれたはず。
速ければ深山についても手を出せるかもしれない。
できれば長島飛行機がもてあましているあれも購入するなとより過去に戻って仕向けたかったのだが……残念ながら阻止できなかった。
こいつをどうにかしておかないと大型機構想は迷走してしまうからな……なればこそ、今の俺にできることがあるんだ。