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第108話:航空技術者は電車の中で回想する(前編)

――統合参謀本部発表! 10月30日午前8時!――


――去る10月21日。我が皇国陸海軍は遥か西、ユーグの地にて作戦を展開。その結果、最新鋭超弩級戦艦ビスマルクを轟沈に成功せり。――


――このビスマルクは第三帝国の唯一にして無二の超弩級戦艦ながら、無類の快速性能と高い攻撃命中能力を誇る最新鋭戦艦であるものの、皇国が開発に成功した最新鋭ロケット兵器によって撃沈に至ったものであります――


――ロケット兵器は我が国が誇る空母加賀より射出。加賀から射出されたロケット兵器は音とほぼ等速で飛行し、誘導して敵を執拗なまでに追いかける誘導弾なわけでありますが、射出された14発のうち8発が命中――


 ――戦艦ビスマルクはロケット兵器のみの攻撃により轟沈。空母加賀には空母でありながら戦艦を直接攻撃して撃沈するという、極めて異例かつ名誉ある戦果を得ると共に、新たな時代の幕開けを予感させる――


「――私が戻ってきてから5日。今日で何度目ですか、この報告は」


 放送用拡声器によって響き渡る音声に耳をふさぎたくなった。


 一番最初の組織名以外はほぼ同じ内容の報告もといニュースが何度も流れて極めて不快。


 何をそこまで強調したくなるのか。

 所詮はたかが戦艦一隻だ。


「仕方があるまい。世界に轟く戦果であったからな。陸軍参謀本部、航空本部、技術本部、それぞれが同じ発表を行い、さらに海軍も軍令部以下、関係組織が報告をニュースとして取り上げればこうもなろう」


 腕を組んだ姿勢を崩し、諦めろとばかりに手で促す西条であったが、納得のいく勝ち方ではなかったので耳障りで仕方がなかった。


「私からすればあの戦果は偶然の産物です。最初の命中弾が致命的クリティカルだった」

「当日の時点である程度詳細な報告は聞いている。船体尾部命中によって機関停止。缶が爆発したそうだな」

「その後はただの浮き砲台でしたからね。訓練と状況が変わらなかった。当日までの演習や訓練では動く的にまともに命中させられなかったんですよ」


 その俺の言葉に将たるものはすすり笑う。

 今回の結果は俺にとって奇跡であるが、彼の常識であるのだ。


「いいか信濃。それが戦争だ。たった1発の弾丸が全てを終わらせることがある。むしろ"異なる"未来の記憶があるお前の方がよほどそれについては詳しいだろう。我が国の空母の脆弱性たるや目を覆いたくなるほどのものがあるが、それはビスマルクも同じ。あの戦艦は天板の装甲を犠牲にしたのが仇となった。それが想像以上の戦果に繋がったことを私は別段奇跡とは思わんがね。敵方からすれば偶然が重なった悲劇を奇跡などとは言わん。訓練時から命中は0%ではなかったと聞いているが、1%あったとしたらその1%が本番で巡り合っただけのこと」

「……そういう事にしておきます」

「ビスマルクの件についてはこの辺にしておこう。今日お前をここに呼んだのはもっと重要な話題がある」

「そうでした。私がいない間に状況が動いたと小野寺中佐を通して伺っております」

「ああ。これを見てくれ……」


 西条が取り出したのは何だか不快な気分になる鍵十字の記された大きな封筒である。


 とても高級感があるが、その中には明らかに政府間交渉に使うとみられる公文書が内封されていた。


 中の書類には見慣れた名前が直筆にてサインされていることが確認できる。


「……署名にゲーリングの名がありますね?」

「それを受け取ったのは五輪の閉会式のすぐ後だ。ビスマルクが撃沈される前の段階の話であるのだが、奴は今後の戦況が芳しくないと考えて内密に和平交渉を提案してきた」

「はあ!?」


 閉会式は8月末。


 この頃……いや現時点においても第三帝国が負けるビジョンが脳裏に浮かぶほど戦況の悪化はしていない。


 にもかかわらず和平交渉だと……


 いや、奴は戦況が傾く前から和平工作を行っていたという話は巷説程度に聞いたことがある。


 確かな資料はないが皇暦2603年頃からその動きは加速し、2604年頃から再三にわたって総統閣下に和平交渉の申し入れを提案してはいた。


 現時点で奴の立場がわからない。

 王立国家への空爆などは本来の未来などと変わらずに行われた。


 だが、その指揮にどうも奴は関与していないようなのだ。


 というのも、空爆時に彼は皇国内にいた。


 そして皇国内の新聞記者のインタビューにおいても閑職に近い立場であることを仄めかし、暗に認めている様子であった。


 ロンドンへの空爆は本来9月から行われるはずだった。

 だが実際には7月下旬から何度も行われていたのである。


 ゲーリングはその時点ですでに皇国入り。

 皇国内にて五輪選手団を鼓舞したりなどしていた。


 2ヶ月近くもの間、皇国内にゲーリングを滞在させたのは総統の嫌がらせに他ならない。


 皇国は先進国としての立場を試された。

 皇国内には現在、30万人にも及ぶユダヤ人難民がいる。


 彼らの多くは第三帝国によって故郷を奪われた者達。

 ゲーリングをいつ殺めてもおかしくない。


 しかし立場上それを許せば国際社会での皇国の立場は揺らぐ事になる。


 例え戦争中であったとしても平和の祭典の来賓として招いた者を亡き者とするわけにはいかない。


 なんだかんだで9月まで問題なく皇国内で過ごしたゲーリングはすでに第三帝国に帰国済みだが、その間、彼はまともに対外的な連絡をとることすら不可能であったという。


 つまりあのロンドンの空爆その他には一切関わっていないわけだ。


 他方、その間にやったのが皇国との和平交渉。

 つまるところ戦後処理の問題。


 総統閣下の嫌がらせに対して嫌がらせをやろうとしたのか、もしくは対外穏健派として何かを成し遂げたかったのか。


 ……まさかとは思うがすでに敗北を予感している?


 第三帝国が負けるビジョンなど11月に決まるNUP大統領次第のはず。

 まだ現時点で和平交渉に動く必要性はないと思うのだが……


 残念ながらどれほど頭の中で考えをめぐらせても結論が出ないため、俺はとりあえずは先方が要求した内容の確認をしてみる。


「……ふんふん。ゲーリングはアーリア地域とアーリア人を守れればそれでいいみたいな感じですか」

「そうだな。奴が要求したのは現在までに占領した全地域を手放す代わりに、第三帝国をアーリアンとして存続させたいというわけだ。帝国がもつ企業の技術等を担保した上で……だな」


 ゲーリングによる講和は3つの条件からなる。


 1つ。ヴロツワフなどを含めた2593年時点までの領土の保証。

 1つ。国内企業の特許などの技術の保護と保証。

 1つ。地中海協定連合軍による戦後の戦時賠償請求の取り下げ。


 これら3つの保証を条件に第三帝国は無条件に停戦し、ナチ党は解体。


 自身を含めたナチ党ならびにその関係者全てを引き渡し、戦時裁判にかけることを許す代わりに、第三帝国をアーリアンとしてやり直させるという自己犠牲による国家の転生策である。


 彼がなぜその自己犠牲を厭わないような条件を盛り込んだかは不明だが、ナチズムという存在を消滅させて0に戻さぬ限り講和にならない事ぐらいゲーリングという男にわからぬはずがなく、現時点においても皇国風に言わせればハラキリというような条件が盛り込まれていた。


「……足りないですねこの条件では」

「お前もそういうと思っていた。やはり技術保護あたりの部分か?」


 西条は複製された公文書の該当部分を指で示し、確認を取る。

 そこには技術関係の保護に関する条件が箇条書きで明記されていた。


「ええ。略奪のような形での技術の強奪は私の趣味とは言えません。ただ、例えば皇暦2605年に講和をしたとしたら2605年までに特許出願したりしたような技術は関係国に全面公開の上で、地中海協定連合の国々が自由利用できるようにし、技術を保有する企業は技術者を派遣することなどを可能とする……ぐらいはやってもらわねば。無論、企業活動の停止などは行わないようにした上で」

「欲しい技術はいくらでもあるものな」


 西条は理解していないようだが、ただ欲しいわけではない。


 それではダメだ。

 ただ手に入れるではダメなのだ。


「首相。技術というのは文化とイコールの存在です。その国の文化や民族の趣向や思想が影響する。戦後NUPは一時的にロケット技術を発達させますが、第三帝国系のロケット技術は後に衰退。NUPの人間は自国で開花させた方角の技術しか維持できていない。ミームという存在はバカにできないもので、いかな移民国家と言えども、他国から及んだ技術の継承というのは容易なものではないんです」

「言わんとすることは理解できる」

「ですから、公開による効果は一時的となるでしょう。公開された技術を我が物にできたとき、その技術は国に根付く事になる。そうなるための手助けぐらいはしてもらわねば。それをやったとて、彼らにさらなる技術の飛躍が行える立場を確保しておけば、第三帝国がその後の時代において遅れをとることや前回の大戦のごとく大きな重荷を背負っていく事にはならないでしょう」


 その俺の言葉に国の司令塔はしばし沈黙した。


「……確かにそうだな。ただ、私から言わせれば正直言って秘密会談自体を蹴りたかった。周囲が聞くだけ聞いておくべきだというからそうしたが、信濃、お前は奴がこの話を実現化させうる立場になれると思うか?普通に考えて単なる日陰者の妄想の産物だろう」

「総統を暗殺できればあるいは……といったところですが、現時点では首相のおっしゃる通りです。まあ、今後の状況によっては草案として利用する価値はあるかと。ゲーリングの性格からいって同じものをチャーチルに渡してそうですしね」

「直接渡してはいないだろうが送付してはいるのかもな。ビスマルク撃沈で状況も変わったはず。今後の状況を静観するとしよう」

「それが今の選択肢としてはベストでしょう。では私はこれで」

「信濃。統合参謀本部がお前がいない間に新たに要求した新型機の開発は任せたぞ」

「はっ! おまかせを!」


 自分でも驚くほど歯切れのいい言い方にやや戸惑いつつも、俺は自らの巣へと戻る。


 ようやく戻ってこれた。

 俺の居場所に。


 体が軽く感じるのは様々な重圧が消えたからだろう。

 素直に肩の荷が下りたと感じる。


 軽く感じる足取りで駅に向かい、立川へ。


 ――そして立川へと戻る途中の電車の中で疲れていたのかついつい目を閉じてしまった。


 俺はここ数日何度も新聞などで見た光景を夢の中で繰り返し回想することになる――


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「いいですか皆さん。作戦はこうです。現在までに戦艦長門と陸奥、そしてダンケルクらによる海峡制海権奪取作戦によりロールアウトしたばかりの新鋭戦艦ビスマルクはロンドンから西へ約100kmの海上に展開中。こちらがキ47が捕捉した写真です」

「おおぉ、デカい……間違いなさそうですな」

「こんなデカいのやるんですか!?」


 やや遠方から捉えた写真なのにも関わらず、周囲の駆逐艦より二周り以上大きいその姿に、茅場の技術者は青ざめていた。


 そうか……そういえば現時点では建造中の皇国戦艦などを除くと最大クラスの全長か。

 長門やネルソン級より全長があるものな。


 その全長は加賀よりもある。


 だが!


「そのために皆さんに王立国家にまできてもらったんじゃないですか。これがずっと私が話していた戦艦ビスマルクですよ」

「弩級にしては大きすぎるような」

「弩級ではありません。超弩級です。全長だけなら皇国の戦艦より大きいのは事実です。我々はこれからその怪物を戦艦を使わずに落とすわけですよ」

「なんだか不安になってくる大きさですね」

「作戦成功の可能性は五分五分です。今回の作戦においては三段構えで挑みます。長門と陸奥、そしてダンケルクなどによる必死の海上出撃で潜水艦や小型艦をひきつけます。その上で第三帝国領土内から飛来するMe210を上空待機させたキ47で迎撃。第三帝国はほぼ間違いなくビスマルクを後方に陣どらせて威嚇してくるでしょうが、我々は制空権を奪った上でビスマルクの100km圏内に接近し、奇襲をかける。ビスマルクのレーダー探知距離は200kmありますが、地平線の問題から戦艦は60km程度しか探知できません。つまり100km圏内は彼らの死角」

「それは我々も同じ立場のはずですが、どうやってビスマルクの位置を捕捉するので?」

「キ47が探し出します。この日のためにキ47はビスマルクを煽るがごとく何度も偵察して接近を試みている。すでに大体の位置は掴んでいる上、こちらが攻撃しない事をいいことに迎撃行動すらしない。当日もこちらのキ47は直接攻撃する事はないわけですが、あえて追いかけず逃げもしない対応をするならば痛い目を見ることになるでしょうね」


 ――などと、さも自信ありげに言っているが、この時の俺は内心ハラハラものだった。


 作戦会議の日までに40発以上こさえたロケットは、4分の3の確率でしか発射に成功せず、仮に発射したとて亜音速領域の速度はやはり速すぎて遠隔操作はなかなか上手くいかず。


 30ノットで動く金剛の真後ろに曳航してみた標的にもまるで命中しない。


 命中弾は5発に1発。

 30発撃ってそんな程度だ。


 現在の加賀内にはおよそ15発の遠隔誘導型ロケットがある。


 正直言ってこれのうち何発打ち上げられるのかといった程度だが、打ち上げた後に命中したとしても3発当たるかどうか。


 それでは尾部に命中したとてビスマルクは沈むことはない。

 計算では弾頭の炸薬量から考えても6発以上は必要だ。


 10ノット未満での命中率は6割以上である事から速度が落ちればあるいは勝機はあるものの、周囲に敵がいて警戒中であろうビスマルクの速力が10ノット未満なわけがない。


 大体が今日の今日までにロケット式遠隔誘導弾が作れたというのが奇跡に近い。


 正直、後1年半ほど期間をくれればもっといい状態にできたのだろうが、現状では全てが稚拙。

 それでも後に引けない状況にあった。


 五輪閉会式後、即座に皇国を中心とした地中海協定連合軍は連合王国へ進軍。

 まるでそれが合図とばかりの突撃である。


 そのまま反抗作戦を展開して快進撃を続け、目標だった支線塔の奪還に成功。

 支線塔は7つあったうち2つを第三帝国に破壊されるも残り5つを確保。


 以降、周辺地域ではすさまじいばかりの激戦が繰り広げられており、この激戦によって空爆が続いていたロンドンの状況が好転。


 第三帝国は現在占領中の共和国にある戦力を実質的に後退させるかどうかの選択を迫られているが、アペニンやオスマニアが南から進軍してきており、場合によっては共和国の戦力は孤立しかねない状況にあった。


 主力の戦車部隊を共和国から撤退すれば占領の継続は出来ない。

 北と南からの進軍はまさに一歩間違うと大敗に繋がる分水嶺となっていた。


 その連合王国における奪還作戦は第三帝国に対する陽動の目的もかねている。


 こうすることでドーバー海峡の制海権を奪いたくなるのは当然であるのだから、ビスマルクが南下してくるのは必然。


 その狙いは見事に当たり、ビスマルクは訓練もままならない状況で南下してきた。


 周辺空域にてMe210やBf109を連合王国周辺で押さえ込んでいる所まで持ち込んでおいて、技術的に不安があるのでやっぱやめますなど出来るわけがない。


 やるだけやって1発か2発命中させて最大可能速力を低下させ、その後は長門、陸奥、ネルソン級らに仕留めてもらう他ないだろうな。


「――技官。信濃技官。作戦実行の日は何時ごろに」

「3日後です。現在出港準備中の加賀はこれより第二種戦闘配置。明日には港を離れます。作戦会議終了後の時刻をもって我々も戦闘準備にとりかかります。みなさん用意はよろしいですか?」

「もちろん!」

「よっしゃあ!」

「うしっ」


 なんだかんだいって新鋭兵器を形だけでも作り上げた技術者の士気は高く。


 その後も細かい説明をしばらく続けた後に会議が終了すると、皆足早に自らの持ち場へと戻っていったのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 結果から話が始まるのも良いですね!
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