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第106話:航空技術者は歩むことをやめずに前へ進む

「蒸発率はいくつぐらいですか」

「半日で2%未満です。やりましたね」

「上出来ッ」


 皇暦2600年7月10日。


 海峡沿いの艦隊が第三帝国による爆撃に見舞われる最中、比較的落ち着いた状況を保つグラスゴーに停泊する加賀の船内には試作品の液体酸素タンクの実証試験が行われていた。


 スーパーインシュレーション構造の酸化剤燃料タンクの貯蔵能力は抜群。


 どうせ再利用などしないからと不安のあるPVCアルミ蒸着フィルムを代替した構造は見事に成功を収め、打ち上げまでなら確実に保つ酸化剤燃料タンクが完成した。


 ロケットの全体構造において難易度の高い部位が1つ完成した事になる。


 俺が主導して急造中のロケットはこいつをベースに三位一体構造となっている。

 酸化剤燃料タンクはアルミハニカム二重構造の外殻に包まれた状態で中央部分を担当。


 打ち上げる直前にエンジンと基本燃料タンク+弾頭部分を接合して打ち上げる。


 このあたりはV-2と同じだ。


 というか、現在の技術では完全に完結された状態で保管並びに運用なんて出来るわけがない。


 何よりも問題なのが液体酸素タンク。

 基本液体酸素は上から下へ向けて詰め込まねばならない。


 一方酸素が出入りするタンクの穴は1つ。


 圧力を入れるために外気を取り込む穴はあるものの、出入り口は1つだけ。


 よって液体酸素を封入した後にひっくり返してエンジンと接合。


 その後上部に弾頭とジェット機燃料の構造体を接合するという手順をとる。


 この辺はV-2ロケットならびに2600年時点で何度も飛んでいる試作型ロケットと同じだが、2600年代の技術において組みあがった状態のまま打ち上げる方法があるなら、俺が教えてほしいぐらいだ。


 技術的に無理しない以上、打ち上げる前にくみ上げる。


 こいつはミサイルじゃないわけだからそれでいい。

 運用上さほど問題とならない。


 組みあがったらおよそ3時間程度は設計上の射程を満たした上で発射可能。

 本来の未来のロケットよりもよほど高性能で重量的に嵩む構造がソレを可能とした。


 ケロシン用のタンクと弾頭はすでに完成。

 後はロケットのエンジンだけだ。


 だけというか……ここが一番苦労する部分なのだ。


 この時代において皇国ならばロケットの外殻は苦労しないとは予想できていた。


 まず1枚のアルミ板を筒状にし、その上にハニカム構造体を接着。


 その上にアルミ板を再び被せて接合。


 そのさらに上にハニカム構造体、そしてアルミ板。

 二重ハニカム構造を支える接着剤があるため、構造に苦労する事はない。


 ロケットを操縦する翼などはメタライトを使用。


 軽く、頑丈で、かつ船体に突撃した際に貫通力を失わない。


 翼は装甲板に直撃した瞬間に吹き飛ぶように設計してある。

 状況はすでに次の段階へと進みつつあった。


 エンジンこそフェーズ1から2に移行できていないが、エンジン以外はフェーズ2へ。


 いよいよだ……


 ◇


~~~~~~~~~~~~~


「アァァァアアアァァァ!」

「冗談じゃないッ! 狂ってやがる! 飛行機が体当たりしてきたぞッ!」

「後部に命中! 我操舵不能! 我操舵不能!」


~~~~~~~~~~~~


 皇暦2600年7月16日。


 一機の偵察用Me210がグラスゴー近海にて撃墜された。

 この日、Me210を叩き落としたのは加賀に残っていた零の試作型2号機だ。


 操縦席などを取り払い空力的に洗練させたソレは、地上からの電波信号のみで無人離陸に成功。


 そのままキ47に伴って遠隔操縦される形で高度6500mを編隊飛行。


 本来はフェーズ2の前段階による試験と、新型無人兵器開発のためのデータ収集目的のテスト飛行であったが、Me210を遠方に発見したキ47は迎撃に出たのだ。


 武装していないキ47の唯一の攻撃手段は零を体当たりさせる以外にない。


 キ47のパイロットは偵察のためにやや低空を巡航速度で飛行していたMe210の背後をとると、高度6500mから零をダイブさせて体当を行い、これを撃破。


 キ47と通信のやり取りを行っていた加賀の技術者達は、世界初の無人攻撃機の攻撃を受けたMe210の乗組員の断末魔を確かに聞いた。


 これで技術者もわかったことだろう。

 我々エンジニアも確かに加害者なのだと。


 そして相対する者達は異世界の魔物ではなく同じ人間なのだと。


 周囲との温度差は明らかだった。

 無言で俯く者達が続出する中、一人狂ったかのように変な笑いを堪えるのに必死だった。


 だってそうだろ。


 俺達に無謀な作戦を押し付けた司令官は、これに人を乗せて当てると言っていたんだぞ。


 どれだけその行為が人道的でないのか……見れば明らかなのに……


 皇暦2594年の新聞インタビューで間違いなく彼はその戦法を肯定し、そして実際に実行に移した。

 だが今日敵を仕留めた存在に人は乗っていない。


 我々は今日攻撃を受けた国が作るミステルよりよほど高性能なものを現時点で手にした。


 今日命中したのは恐らく偶然だ。

 そう命中率が高い攻撃方法ではない。


 それでも制空戦闘機1機の犠牲でMe210を1機撃墜した。


 大きな戦果だ。

 今から70年後の未来においては似たような攻撃方法は再び脚光をあびる。


 プロペラ機に爆弾とセンサー、そしてカメラを取り付けて無人飛行。


 敵歩兵部隊または敵航空部隊を発見した後に体当たり攻撃を敢行する。


 無人偵察機などのコストがバカにならないため無人機構想が見直しとなる中、ミサイルより安価で効果的な方法として、このような無人ドローン攻撃は日増しに注目されつつある。


 皇国は今度の戦いにおいても体当たりはするさ。

 ただ人は一切乗らないが。


 不要となった航空機に京芝が開発した遠隔操作ユニットを取り付ければ無人ドローンに早代わり。


 ロケット計画が頓挫したら、最悪はこの方法でビスマルクを沈めることも考えておこう……


 ◇


「グラスゴー湾岸にて謎の閃光を確認。原因は不明。第三帝国や王立国家が密かに開発中の殺人光線か……か」

「そう勘違いされると、こちらとしては都合が良いですよね」

「まあ……そうですよね」


 皇暦2600年7月23日。

 第三帝国の総統が和平を求める演説を行い、地中海協定締結国が一蹴してから3日。


 ついにロケットエンジンの試製1号機が完成。


 すぐさま仮組の燃料タンクにて燃焼試験が行われた。


 その閃光は20km離れた地点からも確認できるほどであったが、燃焼試験の結果はとりあえず試験レベルで一応の成功を収めた。


 ただしニオブとニッケルを組み合わせたノズルが一部融解するなど、完全成功には程遠い。


 耐熱能力なら抜群なはずのノズルが、おおよそ600秒の燃焼で融解したのである。


 熱量制御が上手く行っていないのだ。

 これが本来の設計のままならどうなっていたかわからない。


 試験結果から耐久に問題がある部分がいくつも判明し、設計変更が必要な箇所が250箇所以上あることがわかったものの……


 それらの大半は製造時に精度が出ていなかったことが原因。


 より構造を簡便なものとすることで対処することとなった。


 皇国の製造技術は本来の未来より成長しているとはいえ、さすがに未知の技術となるとどうにもならないようだ。


 それでも600秒燃焼させることには成功した。


 その出力はすさまじく、甲板上に燃焼試験用の仮組みの簡易試験施設をこさえての試験であったにも関わらず……


 まるで砲撃のごとく艦首から炎を吹き出すような状態での試験となった結果、加賀は何度も前後に揺さぶられ最終的に8mも後方に移動してしまった。


 投錨状態でである。


 皇国史上初の本格的液体燃料ロケットエンジンは、2600年を記念する節目の年においてその性能を遺憾なく発揮したのだった。


 思えば技術的に飛躍を遂げる年として陛下が予言めいたことを話されていたが、まさか2600年時点でロケット技術においても第三帝国に追いつかんとするとは……


 しかしこれで全てのフェーズが第二段階へと移行。


 第二段階においてはエンジンは別個で改良を続けながら、エンジンを積まない状態による無人滑空機を飛ばしての遠隔操縦試験を行う。


 百式輸送機で牽引されて飛び立つソレを、空中でキ47が操縦しながら目標に命中させる試験である。


 最初のうちは弾頭に実際の爆弾は入れないが、後々攻撃も行う予定だ。


 まずは滑空時ではあるがロケットの操縦感覚に慣れてもらう。

 エンジニア部門では量産して製造に慣れてもらう機会でもある。


 滑空機は目標に命中させる関係上何度も使いまわせないためだ。


 これが上手くいけばフェーズ3へ。


 フェーズ3では地上からの打ち上げと遠隔操縦。

 本番を模した訓練も伴った試験が行われる。


 つまりフェーズ4こそが実際の作戦活動というわけである。


 状況を覆すためにも……今は1歩1歩邁進する時だ。


 ◇


「信濃技官。特戦隊第一師団所属。第一戦車中隊の中隊長、千武俊吉大尉であります。本日より連合王国奪還作戦のため、作戦本部に合流となりました。以後宜しくお願いします」


 皇暦2600年8月10日。


 皇国より長い船旅を経て皇国陸軍が喉から手が出るほど欲しがっていた存在を実現化させるための訓練用として急造された自走砲と、武装がないために先に完成した装甲兵員輸送車の先行量産型を伴い、新たに組織された特戦隊の第一師団がグラスゴーに到着。


 今目の前には老年に入りかけの特戦隊の戦車部隊の長を務める人物がいる。


 俺より倍は歳を重ねているが、こちらのほうが階級が上なため彼は他の上官に対する態度と同じ態度にてこちらに接してきていた。


 グラスゴーに持ち込まれたのは皇国が現在持ちうる最高峰の陸戦兵器と、第三帝国が名指しで危険視しているロ号の急造派生型である。


 キ70こと百式回翼機丙型。


 通称「ロ号」については、分解された状態にて先に空輸されてきたため、すでに再び組みあげた状態で加賀の甲板上に駐機させているのだが……


 14mmの溶接された鉄板などをコックピットや燃料タンクにあてがって装甲とし、機体の両サイドにはスポンソンのように張り出した構造物の先に銃座が設けられていた。


 両サイドの銃座は装甲板に囲まれた旋回銃座が設けられ、スポンソン内部に体を仕舞い込むがごとく乗り込むようになっていた。


 グラスゴーに駐留する王立国家の軍人は本格武装型ロ号を"ガンシップ"と呼称したが、いまだ完全なシングルローターになっていないために運動性は低いのに加え、重量の増加によってさらなる低下を招いているものの……


 ホバリング可能な銃座を持つ空中砲台はまさしく「ガンシップ」と言えた。


 武装は回転銃座の20mm機関銃のみ。

 積載力等は全て装甲に回している。


 ロケット兵器やまともな誘導兵器が無い現状でこれを果たして落とせるのだろうか。


 俺はロ号をベースに人員輸送可能なヘリを作りたかったのだが、上層部が望む回転翼機は百式襲撃機と共に歩兵を蹴散らす存在だったようだ。


 いや、確かに必要といえば必要だ。

 空中から20mmで狙撃されたら歩兵部隊はひとたまりも無い。


 容赦のない弾丸の雨を降らしてくる存在は脅威。

 地球には重量がある関係上、弾丸は上を狙おうとすればするほど弾道飛行して狙い辛い。


 一方でその重力を上乗せして攻撃できるガンシップ側の方が命中率は遥かに高い。


 6機しかいないこいつは今後第三帝国が上陸作戦を考えた場合にも有効活用できそうだ。


 6機しかないとはいうが……その6機だけでかなりの活躍が見込めそうだ。


「千武隊長。実際88mmを装備した自走砲の感触はどうですか」

「攻撃力は群を抜いているでありますな。九七式とは別次元。今日の日までに訓練に訓練を続け練度はそれなりに高まっております。ただ、なに分砲撃訓練のためだけを考えられて急造された自走砲ゆえ、機動性はあっても機動戦に対応できる装備ではありませんが……」


 彼が目を向けた先には加賀のすぐ近くにまで運ばれてきた訓練車輌たる自走砲があった。


 ふと視線を向けると、その車体に刻まれた傷に見覚えがある。


「……ブルドーザー運用は終わったのですか?」

「ええ。NUPから追加のブルドーザーを購入したため、3週間ほどの運用で自走砲に改造されたのであります。本日ここに運ばれた3機は信濃技官ゆかりの戦車かと。技官が旅立たれて1月後には改装を終え、以降はずっと訓練に使われておりました」


 駆逐戦車を運用するために新たに組織された特戦隊は訓練用の戦車がなく、適当にでっちあげた状態でいいからと88mmを装備した実機を欲しがっていた。


 上層部の意向も大いに働いたのだろう。


 そのために急遽つくられた自走砲はあまりにも稚拙……正直これで戦えるのか怖い。


 見た目は完全にヴァッフェントレーガーのソレだ。

 結局車体が完全に完成することはなかった試製十糎対戦車自走砲にも似てなくもない。



 真後ろがポッカリと開いた状態であり、天井すらない。

 とりあえず砲を取り付けてみましたと言わんばかりの構造。


 運用試験の意図もあったのだろう。


 しかし、これで実戦に出すのは怖すぎる。

 後で鋼を溶接して簡易的にでも全周装甲としておこう。


 ……待てよ。


 確か俺が製造にも関わった試作機といえば……


「隊長。自走砲に装甲は施されているのですか?」

「正面装甲は75mmほどは。兵員輸送車両に使うための装甲を流用したとの事であります」


 確かに形は似ているが、コストカットの目的もあってそうしたのか。

 試作機にはまだ各部に不安があって、当時は装甲を施していなかった。


 無いよりマシとはいえ75mmって完成時の状態より装甲が薄いぞ。


「少々心配な装甲厚ですね。後で増強させておきますよ」

「傾斜状態とはいえ100mmは欲しいところでありますね。可能であれば是非お願いしたいところです」

「何とかやってみましょう。奪還作戦は何時頃に行われる予定なのですか?」

「戦況にもよりますが9月過ぎを目処に行う予定であります。これが反抗作戦の開始でもありまして、我々の進軍が戦況を変えるのを願うばかり」

「無茶をしないでくださいね。一応、支線塔は7本あるうち1本でも残っていれば十分です」

「陸軍参謀本部においても、あくまで実戦経験を目的とした作戦と伺っております。突撃したまま一切引かぬというような無謀な戦いはしない予定です」


 会話に興じている間、なにやら太陽光と影がチラつき、ふと人の気配を感じたので目を向けると自走砲からひょっこり顔を出した者達が視界に入る。


 その視線に入った者達の容姿がどうしても気になった。


「……若いですね。彼らはいくつほどですか?」

「20を過ぎた程度です。特戦隊における戦車部隊で40代は私だけ。殆どが30未満ですよ」

「千武大尉。そして若い者達もどうか死なないでください。そのための手ほどきは出来る限りしますから」

「宜しくお願いします。 ではこれにて!」


 サッと敬礼すると千武大尉はそのまま足早に去っていく。


 統合参謀本部からもたらされた情報により、奪還作戦はロケットによる報復攻撃の陽動もかねていると聞いた。


 この動きに連動していくつもの部隊がそれぞれの行動を開始する。

 長門と陸奥も危険な海域に自ら足を踏み入れる予定だ。


 戦争においてエンジニアに出来る事は限られている。

 だが、今回はそのエンジニアが直接牙を剥く時だ。

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