第105話:航空技術者は奪還作戦の立案を求める
皇暦2600年7月2日
戦況の悪化に伴い加賀は一旦、各国の主要部隊が駐留するプリマスからは離れてグラスゴーへと移動。
元々プリマスはユーグでは最大規模の海軍基地があって皇国共々各国の軍が駐留してはいたのだが、正直新兵器が露見しやすくなるので開発環境としては最悪だったのでありがたい。
何もかも隠すのは大変だしな。
ロ号をあえて表に出すことで他について覆い隠す事は可能ではあったが、それでも限度があった。
加賀の移動が完了したその日。
連合艦隊司令部より宮本司令が様子を見に来る。
この正直言って問題がありすぎる作戦の立案者の一人。
俺は今回の件で彼への評価が下がった。
結局海軍は海軍なのだと思い知らされる。
噂程度の話では陸軍が開発を始めたロケットについて、俺が本年中にはそれなりの結果を出せるものを作れると主張したことをどこかより聞きつけてこの作戦を思いついたらしいのだが……
ヘタしたら多くの技術者を一気に失いかねない無謀な作戦については、俺も立場が立場なら到底承服しえないものであり、あくまで今この地に立っているのは俺自身のプライドが多分に影響している。
確かに現状の魚雷に弱すぎる皇国戦艦などまともに作戦展開できるわけもなく、だからこそロケットに頼りたいという考え方はわからなくもない。
だがそれはつまり、さんざん胡坐をかいて胸を張っていた大艦巨砲主義の連中が、今になって震え上がって引き篭もっている事を意味する。
そいつらの尻を叩く事が出来ないという意味で俺の中で彼の評価は下がった。
西条のように古いタイプの人間を徹底的に閑職に追いやる。
これが出来るのが正しきリーダーの資質なのだ。
本来の未来でも西条は結局道半ばとなってはいたが、上層部からそれより下まではそれなりに新しい思想に対応できる人材に変革できていた。
薩摩の人材を徹底的に排除するなど人選にやや感情的すぎるきらいはあったが、新しい思想にも対応できる古豪は積極的に登用することで、古き良き伝統も守ろうとはしていた。
歩兵部隊にそれが浸透しきれる前に大戦末期となったがな。
そういう意味では3年前倒しの首相就任は大きい。
就任の1年前から新たな風を陸軍に吹かせていたが、現状の陸軍歩兵部隊は諸外国に負けず劣らずだ。
少なくともユーグに投入された部隊はそうだ。
彼らは機動戦に対応出来る。
足りないのは俺達のようなエンジニアが彼らをサポートする兵器を作ってやれていない事。
T-34を鹵獲してまで北部戦線を守り抜くのは、決して歩兵部隊のハードたる武装類がより重装備となったからだけではない。
運用するソフトウェアのアップデートに成功しているからである。
運用面でのアップデートに成功していると言えば海軍についても、空母機動部隊に関してはそれなりに成功しているのは加賀を見る限りわかるが……
戦艦などでの改善がなされていないとの報告は統合参謀本部会議内でも指摘されるほどで、結局居座る古狸の排除を徹底できていない事が現状の海軍を現していると言える。
俺はそいつらをそのまま引き篭もらせるような事はさせない。
こちらが相応の覚悟で来ている以上、宮本司令を問いただしてでも前線に出す。
◇
「信濃君。状況はどうかな。見たところそれなりに出来上がってきているようだが」
加賀に現れた宮本司令はまず艦内の視察をしてから俺の所に出向いてきていた。
彼が今の完成度をどこまで理解しているかはわからない。
恐らく理解できていないと思われる。
「問題は山積みです」
「一先ず滑空機などは成功したのだろう? どうにかなるのではないか」
確かに滑空機などにより、現時点での機械式統括制御による遠隔操作と無人飛行は可能だという事は判明した。
滑空機においては赤外線と通常照明の2つで測距して機体を水平低空飛行させる事に成功していたが、あくまで300km未満の速度帯で成功したというだけでこれが3倍以上の速度になっても自律飛行できるかは未知数。
ただ、機体自体は気圧なども利用した自動操縦も併用するため、可能だとは思われている。
遠隔操作についてもキ47から送信された信号であったとはいえ、とりあえず思うとおりには動いてくれる事もわかった。
今の所、ロケットの飛行を支えるシステムに問題は無い。
問題はロケットの方にある。
特にエンジン関係。
時間が無いせいでありとあらゆる所に無茶が生じており、日々計算、実証の繰り返し。
未だきちんとした形としたものが出来上がっていない。
ここが一番難しい部分なのである。
俺は思う。
第三帝国の天才とされるロケット技術者はトライアル&エラーを繰り返して到達したとはいえ、到達点がその時代においては異次元なレベルものであったと。
V-2はフィルム冷却と再生冷却の併用型。
ノズル素材や構造、ターボポンプ構造などは正直時代相応だが、失敗の繰り返しの果てにフィルム冷却まで到達している点に関しては、正直感嘆すべき点がある。
時間が無いこっちは耐熱素材ゴリ押しだ。
元来開発中だったロケットはノズル全体において再生冷却を採用していた。
しかしそんな構造を試す時間などないため、現在は燃焼室だけ採用している。
ノズル本体は流体力学を活用した通常冷却。
即ち空冷である。
これがどうなるかはわからないが、V-2の試作型は同じ構造を単純耐熱鋼を採用して上手く行かなかったために、フィルム冷却を追加したという背景があるだけに不安だ。
あっちはニオブなどは使わなかったしニッケル50%でもなかったのだが……
正直、カタログスペック上ではどうにかなっても、精度が出ないので実証実験で結果が出ない失敗が多くある。
未知の存在にそう技術者が対応出来るわけが無い。
「――成功したのはあくまで一部だけ。まだ形になっておりません。1年あれば形にしてみせましょうが、後4月以内とのことですから」
「……こちらも相当無茶な要求をしたとは思っている。だが何とか続けてくれ」
「そのためには当然、海軍にも相応の負担を強いてもらう必要性があります」
「どういう事かな?」
「実証実験にて判明した事がありますので――」
それは有人式の滑空機における実証試験での事だった。
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「信濃技官。上下左右の遠隔操作は一定方向から行うのでは相当に難しいです。真上から真下を覗くようでないと左右の操作は難しく、その状態では高度が読み取れません」
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先日の試験終了後の事。
滑空機をあやうく海面に叩きつけそうになった砲術仕官は、現時点での遠隔操作の問題点を試験終了後に訴えてきた。
そうなのだ。
現状の遠隔操作は100円のクレーンゲームと何1つ変わらないもの。
滑空機側から内蔵計器の現在値を転送できるような時代ではなく、位置は目視に頼らざるを得ない。
現状の滑空機はそこを考慮し、予め有人式としたために高度については無線で教えられるが、これから作る存在においては実際に人が乗り込む事はない。
当初ロケットの操作は緊急時のみピッチ操作、通常はラダー操作としていた。
しかし設計図を基にビスマルクの状況を確認した所、目標付近にて一旦ポップアップするか、目標付近にて逆に高度を一気に落として水中弾とするか。
どちらかを採用しなければ有効打とならない事がわかった。
そのため、終末誘導の最後の最後でピッチ操作が絶対に必要となる。
例えばギリギリまで上空で左右の調整を行いながら進入角を調節していたキ47を、一気に急降下させて終末誘導を行うという事は不可能ではない。
だが終末誘導中に左右においてズレが若干生じていてそれに気づかなかった場合は、ポップアップさせて高度を落としても標的を外してしまう。
すでにそれは実証実験段階にて判明していた事だった。
そこで考案されたのは誘導を2方向2組から行わせるもの。
すなわち片方は左右、片方は最後の一手を引き受けるようにする。
それぞれが別方向で飛んでロケットを調節する事から、命中率が大幅に向上し、実証実験でも標的たる目標着水地点に9割近くの確率で着水させられるようになった。
だがそうするとある問題が生じる事になった。
敵の航空機の軍勢がビスマルク周囲に大量に飛来するような状況では、この任務を果たせる確率はきわめて低くなるという事。
特に身軽なP-39が脅威だ。
奴の行動半径より外にビスマルクがいなければならない。
つまり俺が宮本司令にやってもらう事は、沈む事を覚悟して長門と陸奥の双方を前線に出しビスマルクを誘い出す作戦を行ってもらう事。
そして彼らはネルソン級と並び、最終的にロケットだけでは落とせなかった場合のための砲撃も行う。
金剛型は空母の護衛。
元々空母機動艦隊と並ぶ速力のため彼らに随伴できる金剛型は、第三帝国の重巡洋艦や対潜水艦奇襲のために護衛艦となってもらうのが当初からの予定。
しかしそこに随伴しつつも現在の予定では後方にて陣をとる長門と陸奥。
これを最前線に出す。
そうでなければある程度戦艦に肉薄する必要性があるキ47による遠隔操縦は極めて危険な任務になる。
それこそ1名犠牲に有人式にした方が良いとなっては困るんだ。
現状では使い勝手の悪い槍を少しでも使い勝手の良いものとさせるため、副砲などが届かぬ距離から遠隔操作させる事は可能だが、そうだとしても迎撃に出た航空機が脅威となる。
それをオブラートに一切包むことなくそのまま伝えた。
「――ふむ……つまり現状の完成度では例え距離150km離れた所から狙撃できたとしても、航空機が脅威となるか」
「双方が攻撃できる距離まで接近する必要性はありません。誘い出せればいいんです。P-39の行動半径の外に。アムステルダムなどから半径700kmは絶対に離れてほしいわけです」
「信濃君。第三帝国の艦隊はこの間の奇襲でこそ連携をしていたが、現状連携がどこまで完璧なのかは未知数でな。シャルンホルスト級などは海軍単独で運用されていると聞く。誘い出すよりも待つという方法もなくはない」
「恐縮ながら意見を述べさせていただきます。司令もお気づきかと思われますが皇国の戦艦は金剛型を除いて遅いです。地中海協定連合軍には30ノット出せるダンケルク級やヴィットリオ・ヴェネト級がおりますが、上記を考慮すれば迂闊に敵が前に出てくることはないでしょう。大黒柱たる超弩級戦艦ですから。それに、あのような奇襲は1度きりしか成功しない事ぐらい第三帝国もわかっているはず。長門と陸奥はユーグ地域の主力艦に対して速力が今一歩劣ります。それでも尚、この二艦に仕事をしてもらいたいのは――」
「敵が誘いに乗ってくる可能性があり、かつ空母機動艦隊や諸外国の主力艦に長門と陸奥が随伴できぬから……か。確かにな。この間の作戦においての敗因の原因もそこにあった。協定連合軍による作戦活動において26.5ノットでは足りないことがよくわかった」
先の敗北においては空母を攻撃された後にすぐさま戦艦を含めた第一艦隊は、すぐさまシュペーを追いかけようとして反転攻勢に出た。
しかし当時そこにいた主力艦はすべてシュペー未満の速度しか出せない艦艇。
足並みを揃えての進軍でなければUボートの奇襲を受ける。
その恐怖によりせっかくの皇国の巡洋艦が最大速度を発揮できなかったのである。
作戦以降危機感を覚えた皇国と王立国家はすぐさま諸外国に有速を誇る戦艦の援軍派遣を各国に申し入れ、現在プリマスには就役したばかりのヴィットリオ・ヴェネト、リットリオ、そして本来の未来ならこいつらのライバルだったはずのダンケルク、ストラスブールなどが出揃う状況に。
上記と並ぶ速力を誇るのは、金剛型の中でも改装方法の差異によって特に速力の優れる金剛と榛名のみ。
ネルソン級と長門級は実際の作戦では、彼らの後ろを亀のごとく"待って~"などと追いかける展開となる。
海軍としてはそれでいいのだろう。
虎の子の戦艦を落とさずに済むのだから。
だがその場合どこの誰がビスマルクを誘いだすのかという事になる。
俺はそれを指摘しているわけだ。
「方法があるならば長門と陸奥を使わずとも構いません。どんな方法でも構いません。ビスマルクを沈めるためにはあの戦艦がいる行動半径に一切の航空機が関与しない状況が理想です。ただこれはあくまで私見ではありますが、長門と陸奥が引き篭もったまま金剛型が随伴する部隊が活躍したとなりますと、本国において両艦艇の必要性を統合参謀本部にて問われる事態になりかねません」
「すでに陸軍上層部からは長門を29.5ノットにする改装にしなかった事を問われている。確かにあの当時ダンケルク級は進水済みだった。だが長門を29.5ノットにするより30ノットの戦艦を新たに作る方が、金がかからなかった上に長門級含めた戦艦の諸問題を解決できると思われたからね」
甲板上で南側の方向に目を向ける宮本司令は、あの当時の海軍の限界を理解してほしいといった顔つきである。
当時長門の改装は2種が提示された。
1種は防御力をそこそことして29.5~30.5ノットを発揮させるよう、機関などを全て組み替えてしまうもの。
もう1種が現在の防御力をより一層引き上げるというもの。
防御力を犠牲にする事は当時としてはできなかったのだ。
全ては土佐などのデータに恐怖した当時の海軍が、鋲打ちの弱点をカバーするために区画を増やしたかったがため。
その選択は今でこそ間違っていると言えたが、当時それを間違っていると言えたかどうかは不明瞭だ。
仮にこれがNUPとの戦いなら間違いなく後者でも問題なかったと言えた。
今回、様々な兵器群が後手に回った感があるのは、ユーグの基本姿勢が皇国が追い求めた性能と乖離している所による。
ユーグの基本は最高速。
戦艦は30ノット以上が多く、航空機は600kmをゆうに超える。
航空機は俺が多少なりともそこを予測していたので対抗できたが、それでも高空性能があそこまで高くなるとは予想外であり、百式戦闘機甲を送り出さざるを得なくなった。
一方の戦艦においては事実上ユーグ型戦艦とも言える金剛型以外は置物に近い扱いになってしまっている。
今から長門型を改装するなどロケットより時間がかかって間に合わない話だ。
戦とは常に今手元にあるもので対抗するしかない。
それこそ敵が落としていくなら敵の兵器は使えるが……
戦艦でそのような事は滅多にない。
「――信濃君。恐らく君と陸軍上層部の考えは同じなのだろう。そこにあるものは猫の手でも使う。私も長門と陸奥がこのままプリマスに浮かぶ砲台となるのは忍びない。何とか作戦を考えてみよう」
「宮本司令。それだけではなくもう1つ足りないものがあります。出来ればもう1つ別の作戦を立案していただきたいのです」
「他になにか作戦があるのかな?」
身の程知らずは重々承知であるが、その上で意見を述べる俺に対し宮本司令は特段憤る様子はない。
無茶な要求をこちらが呑んだからこそその態度なのだろうとは思われる。
「Zendmast Ruiselede。連合王国に7本もある全高287mの巨大な支線塔があります。出来ればこちらを本年10月までに奪還してほしいのです」
「これまた突然にどうした?」
「例えばロケットが今後さらに成長したとしたら、精密誘導爆撃が可能になります。しかしそのためには電波による遠隔操作が必須。通信施設としても最も有用なこの支線塔はデュッセルドルフなどへの攻撃に活用できます。例えば"ロンドンから射出してフランクフルトなどを爆撃する"――といった事も可能になります」
「撤退戦を敢行する現段階において最重要防衛目標なわけか」
「支線塔は1本でも残っていれば各種通信の中継に使えます。改修の必要はあれど、大した改修ではありません。Zendmast Ruiseledeを取り戻す事はドーバー海峡の封鎖にも繋がりますが、白旗を揚げた連合王国を見捨てないためにも統合作戦を展開していただきたい」
「君の表情から何か策がありそうだな」
策というほどのものではない。
だが本国から有益な情報が3つ届いた。
1つ、兵員輸送車両の試作型が3台完成。
3台とも若干仕様は異なるが実用に耐えるとのこと。
現在、陸軍によって海上輸送中
陸上で作戦に従事する上では3号と4号戦車に500mからも貫けない重装甲を持ちながら、12名の兵員を最前線に送り込める。
しかもこの状態で野砲を後ろに牽引できる。
歩兵部隊を大きく補佐する役割を果たすはず。
2つ目。
駆逐戦車に先んじて九九式八糎高射砲を搭載した、簡易戦車とも言うべき試作型の自走砲が完成。
砲塔部分に装甲はまるで施されておらず、ヴァッフェントレーガー並に剥き出しかつ急造の状態らしいが、射撃可能な凶悪な自走砲が同じく3台完成。
あくまで特戦隊向けの砲撃訓練用に調達したものらしいが、どうやらもっと形になっている先行試作型が完成したらしく不要となったのでこちらに投入された様子だ。
最後がロ号先行量産型。
別名キ70百式回翼機丙型。
ローターは未だに3つもあるが有用性が示された事から量産化の手配が行われ、こちらは6機完成。
しかもこいつらは今加賀にあるロ号とは異なり、下部フレームを拡張。
スポンソンのようなものを装着し、そこに装甲とホ5の手動式回転機銃を設置。
どういう構造かわからんが中腰で機銃内を動き回るのだろうか。
装甲はそこだけでなく、操縦席や燃料タンクにも百式襲撃機の防弾鋼板を流用したものを装着。
機動性や運動性は現状よりさらに落ちたものの、ホバリング状態から地上攻撃が可能となっているものらしい。
世界初のガンシップだな。
本国に残った技研のメンバーやメーカーの人間もかなりがんばったのだろう事がよくわかる。
陸軍はここに大量に鹵獲されたT-34もある。
T-34はマンネルハイム戦で百式襲撃機の活躍により大量に鹵獲しているが、これを修理して北部戦線にも使っている。
その数ざっと50台以上。
しかも戦闘を重ねる度に練度が低く文字も読めない連中が死の恐怖から捨てて逃げていくので、日増しにその数は増える。
そう、サモエドが本来の未来にてT-34などを大量に鹵獲したように、同じことが起こって皇国もそれを手にしているというわけだ。
北部からは20台ばかりなら他の戦線への提供可能見込みの話が出ていた。
つまり連合王国を開放するために、これらを複合して作戦を行いたいというわけだ。
連合王国に駐留する第三帝国軍の戦車は全120台だ。
開戦時点で第三帝国には約3400台の戦車があったが、すでに900台以上消耗している。
これらは全て1号、2号戦車等の後の時代に主力とならなかった存在。
全体の戦力に対して脅威となる3号と4号は合わせて300台程度しかいない。
ゆえに戦場に現れる3号と4号は現時点ではレア物。
10台に1台混ざっているかどうか。
T-34が現時点で約4700台もの数がいるのを考えたら非常に少ないと言える。
しかも4700のうち北部戦線に1000台近く投入している点を考えれば、いかにT-34が恐ろしい存在なのかがよくわかるが、最終的な戦車の数なら第三帝国もそう負けてはいない。
この後に第三帝国が増産する戦車の総数は約2万3000。
だが2万のうち1万が三突であり、残り半分のうち8000台以上が4号。
1300台がティーガー1でティーガーⅡは300。
ここにヘッツァーやら四突やらが入ってくる。
つまり現時点で彼らの陸戦における主力機はまるで出揃っていないということだ。
第三帝国が一気に戦車の数を増やすのは皇暦2601年以降であり、加えて現時点における主軸たる戦車群は全て共和国に向かってしまった。
連合王国は西へ向かうための道の1つに過ぎない扱いだったのだ。
このあたりは本来の未来と変わらないようだ。
120台のうち90台以上が2号戦車とLT-35、そして1号戦車である。
この三種ならチハでも勝てる。
というかこの時点では皇国の戦車も並んでいた。
当然ここにT-34を投入したらひとたまりもない。
さらにこちらにはバレンタインやMk.IVもある事だし、数が足りぬという事はないはず。
仮に増援として4号が出てきたとしても作戦運用を整えればどうにかなる。
ようは防衛有利なる戦争の定石と常識から考えれば、防衛網を構築した後はよほどの大部隊が現れない限り各個撃破できればいいわけだ。
支線塔は新鋭兵器運用のためにも絶対に必要だ。
1000kmの射程があるミサイルはロンドンからヴィルヘルムスハーフェンを爆撃可能だ。
航空機による無茶な作戦が不要になる。
そのための痛みを伴う奪還作戦を行いたい。
「信濃君。それは君が首相補佐として統合参謀本部に提案予定の話という事なのかな?」
「ロケット運用部隊を通して提案自体は行う作戦です。彼らは破壊するか自軍で用いるか戸惑っている。破壊される前にヘリを利用した奇襲作戦にて奪還し、周辺に空港を整備し、以降ここを最重要防衛拠点として守りたいわけです」
「本国にもすでにその話を?」
「ええ、してはいます。ただ統合参謀本部所属の方々にこれを話すのは初めてです」
「そうか」
「司令は統合参謀本部のトップでもありますから、話だけはしておこうかと」
「後々により被害を減らすために小さい被害で済む攻撃を予め行っておくのは重要だ。無線誘導は別にロケットだけでなくとも良いのだろう?」
「そうです。無人攻撃機はロケットばかりではありませんから」
それこそプロペラ機に爆弾を積むだけでもいいんだ。
巡航ミサイルとはそういうものだ。
やろうとする事は人が乗っていないだけの特攻と同じ。
現時点である程度の事が可能だからこそ必要なのである。
「よし。前向きに検討しよう」
「よろしくお願い致します――」