第104話:航空技術者は船尾を狙う
皇暦2600年6月24日。
プリマスに停泊中の加賀に思わぬ客人が現れた。
NUPより遥々危険地帯に足を踏み入れたのは他でもないシングルローター方式ヘリコプターの開祖。
王立国家で報道されたニュースを目撃したのであろうその男は、皇国海軍に自身の持つ技術を開示することを交換条件にロ号を見せて欲しいと申し出たのである。
海軍は新鋭航空機の技術に疎くこの話を俺の所まで持ってきていたが、俺はその話に条件を付ける事で許可した。
その条件とは仮に特許紛争が国外で起こりえる類似した技術がロ号にあたったとしても、シコルスキー社による特許紛争やライセンス料徴収は一切行わないとするもの。
ロ号はもっと進んだ技術を活用するがゆえにローター配置こそ似ているが、その内部においてはシコルスキー系のヘリコプターとは相違する。
だが、根本的な問題としてシコルスキー社はとある特許を獲得しているのだ。
シングルローター方式サイクリックピッチの技術である。
その特許は非常に幅広くカバーされたものであるがゆえ、細かい違いがあったとしても訴えられるリスクはある。
こちらも皇国内で秘密特許化しているとはいえ、NUPと皇国においては特許法に大きな隔たりがある。
かねてより先願主義である皇国においては、先願と先使用の双方が重要。
先に出願した者と、その前の段階で使用していた者に権利が及ぶ。
一方のNUPは半世紀後まで先発明主義。
この先発明主義においては間違いなく皇国の方が劣る。
細かい機器類では殆ど引っかからないが、最も重要なシングルローターによるサイクリックピッチを先に発明したのはあちら。
丁度良い機会だったので、この部分においての紛争を封じようというわけだ。
当然今後を見据えればそういう事はやっておかねばならない。
皇国が負けぬ未来があるなら航空業界は栄える。
ヘリも航空機も民間機が作られて販売されるだろう。
その時において不利益が生じないようにせねばならないのだ。
こちらはその要求は先を見据えた、割と会社の運命を左右しかねないもの。
その提案に乗るかどうかは五分五分であったが、やはり圧倒的な牽引重量の秘密を知りたかったのであろう。
彼はその提案を受け入れ、承諾書にサインを書いてまでロ号を視察に訪れたのであった。
◇
「外観から気になってはいましたが、やはりエンジンが不思議な位置にありますな……新技術ですか」
ローターの真下に燃料タンクが存在しないロ号は、彼が開発中のVS-300とはレイアウト配置が全く異なる。
VS-300は上からローター、燃料タンク、エンジン。
ロ号はローターの真下にはエンジンがあり、その下に巨大な燃料タンクを抱え込んでいる。
「各国が鋭意開発中のガスタービンエンジンです。NUPでも開発されていますよ。軽く、そしてとてもパワーがある。何よりも長いシャフトを不要と出来る構造でもあります」
「ガスタービン……ユーグで鉄道に使われたシステムですか」
「レシプロエンジンではヘリコプターに重要な重心設計に困ります。重心設計を煮詰めようとすると長いプロペラシャフトが必要になります。ローターに全てがかかっているヘリコプターにおいてそれはよろしくない。やはり一連の問題を回避できるエンジンにするのがよろしいかと」
「参考にさせていただきます」
参考に……か。
参考にしたのはこちらの方だ。
あの普遍とも言える回転翼機の基礎を構築したのは目の前にいる男であり、俺は後の未来の情報から皇国の現在の技術でそれを再現せんがために、さらに未来を行く構成に手を出したに過ぎない。
VS-300は完全なシングルローターとなった最初の時点で完成されていた。
エンジンと燃料配置も理想的だ。
人が乗る空間が無くなるからと後の機種で妙な配置になったに過ぎない。
この男はヘリコプターにおける理想形を知っている。
「ローターが複数あるのはあくまで仮の状態ですかな?」
「ええ。貴方が考えるのと同じく皇国もシングルローター方式が理想だと思っています」
「でしょうね。軍事を考えたとしてもローターを複数用意しても無駄です。回転翼機に冗長性は確保できません。サイクリックピッチがあればエンジンが故障してもピッチ変更だけで着陸できる。ローター2つはただでさえ効率が悪いヘリコプターの効率をさらに悪くさせる。ただ、少し考えが変わりましたよ……これだけ小さい空間に動力構造をまとめられるなら確かにアリかもしれません。皇国の新型輸送機のように後部ハッチを設けられるかもしれない」
「同調を考えたら私は難しいとは思いますが、無いとはいいきれませんね」
シコルスキー氏は割と紳士的で元ヤクチアの人間とは思えない。
元々ヤクチアの国風が合わないからとNUPに渡った男。
山高帽を好む男は開発したヘリに乗るときですら脱帽しなかったことで有名だが、この日も見慣れた服装でロ号の見学に訪れていた。
彼が提供してくれた技術情報は大いに参考になる。
NUPでは非公開のままとなっているVS-300におけるサイクリックピッチの構造研究データを見せてもらえた。
茅場の者達は彼と積極的に意見交換を行ったが、サイクリックピッチから機体構造から何から何まで現時点でカチッとしたものがある。
茅場の技術者も目から鱗の情報が多々あったが、これらの技術を仮に利用したとしてもライセンス料は発生しない。
未だにコードナンバーが与えられないロ号が、真の意味でコードナンバーが与えられる状態になるための大きな前進だ。
彼もまた何か大きな収穫を得られたといった表情で帰っていったが、レシプロではなくガスタービンに拘っていくなら、皇暦2604年にR-4は間に合わなくなる。
現大統領が再選するならば、ヤクチアと第三帝国に航空機を譲り渡す陸軍航空軍がR-4を手に入れて欲しくない。
少なくとも現大統領が存命の間は。
だからこそ俺はロ号の公開に踏み切った。
そもそも皇国はNUPは信頼しないがNUPの企業とは関係性を保つスタンス。
彼を断る理由は特に無かった。
◇
シコルスキーの現れた2日後に現れたのは王立国家の現首相であった。
やはりロ号の存在は各国としても非常に興味深いものなのだろう。
チャーチルは王立国家航空研究所と共に視察を打診。
皇国は五ヶ国同盟や王立国家との直接の同盟関係から断れない。
ただし日ごろレーダーやその他最新鋭技術を譲ってもらっている上、ロ号が装備するエンジンは王立国家航空研究所に現在いるであろう人物がこさえたもの。
ロ号を公開しても困る部分は少なかった。
残念ながらCs-1の生みの親は視察に同席しなかったが、恐らく切り札たるジェットエンジン開発のために引きこもっているのだろう。
ただ彼がいないからといって王立国家航空研究所の研究員がジェットエンジンに無知であるという事はなく、視察に訪れた者はエンジンが次世代のものであることを即見抜いていた。
現段階でそれなりに実用的な回転翼機が同時に実用段階の性能に達したジェット機であるというのは、王立国家の軍上層部などがその存在を見た際に相当な衝撃を受けたらしく、チャーチルは技研のメンバーに対して未完成という言葉を聞いても尚、量産すれば第三帝国の上陸作戦を大きく阻害できうるものだと主張していた。
当日、集まった視察団は、ロ号でテスト運用のために用意された吊り下げ型のゴンドラに乗って加賀の甲板から飛び上がったが、偵察用に用意されたゴンドラに対し、"兵員輸送に使うべきではないか"――とアドバイスを送ってきた。
より大きなゴンドラで20人ほど歩兵を乗せるのだという。
例えば丘など兵員の移動に時間がかかるような場所に向かう場合は、大幅な時間の短縮になるだろうと考えていた。
そういう運用は考えてなかったが艦内施設で作ってみようか。
現状1機しかないからそんなに活躍できないとは思うが……
しかし未知の技術満載の危険な代物に王立国家の人間は平然と乗り込むのか。
俺なんて怖くてゴンドラに乗った事なんて1度もないのに。
操縦席に一人しか乗れないからと妥協的にこさえたモノによく乗る。
特に事故は起きなかったが……
これからの戦いを前にヘリごと墜落したら洒落にならないというのに……
◇
視察団が去った後はロケット製造の作業を再開。
シコルスキー氏やチャーチルらからロケットを隠すのは苦労した。
さすがに未知数すぎる存在を現段階で公開できないのでハラハラした数日間となったが、ようやく本腰を入れられるな。
今回の作戦は4段階のフェーズに分けてロケットを製造する。
第一段階のフェーズで開発するのは三種。
エンジン、燃料タンク、そして遠隔操縦と自動操縦システム検証用のグライダー。
俺が最初に手を出したのが燃料タンク。
液体酸素を貯蓄するためのものである。
こいつの開発は皇国の技術ならさして難しくない。
ここは大幅に未来を前倒ししてある技術を用いる。
燃料タンクの断熱に関してはV-2は大苦戦した。
地上ならまだしも空中に上がると気温が下がる影響で、断熱性能の低い燃料タンクのせいで空中で凍結してエンジンが停止してしまう事故が多発。
当時、第三帝国にあるまともな断熱処理方法といえば真空断熱程度であり、断熱塗料という存在もなかった、そしてそれは現在の皇国にも言えた事。
この攻略法は1つしかない。
燃料タンク側をその当時は実現できても発想が無かった方式の断熱材を用いる。
未来のロケットも重量の面で不採用としている構造、これだ。
皇暦2611年。
王立国家のすぐ東にある国の隣国がとある発見をする。
アルミ箔による熱反射とグラスウールによる多層型断熱により、従来よりも非常に高い断熱効果をもつ断熱材と出来うるという発見だ。
これを俗にインシュレーション構造という。
未来の断熱材では当たり前となった構造だが、皇国はそこにもう1段階機構を付け足した。
断熱材のさらに外側を真空にすることで、熱伝導を最小限とするというものだ。
一般的にスーパーインシュレーション構造といった場合、上記断熱材と真空層を織り交ぜたものを言う。
このために必要な断熱材は単なるアルミ箔では駄目だ。
くしゃくしゃになって熱反射が乱れると効果が薄くなる上、穴が開いたらそこで終わり。
それを防ぐためにポリエステルなどにアルミを蒸着させたものを使う。
皇国では皇暦2597年の段階からグラスウールは製造している。
しかし最も一般的なポリエステルは量産化に至っていない。
アルミ蒸着ポリエステルはもっと先の技術。
インシュレーション構造発見時、発見者はラミネート加工されたアルミ箔などを用いていたが、ラミネート加工されたアルミ箔は弱く耐久性が低い。
だが断熱フィルムが現段階にて存在しないかといえばそんな事はない。
皇国で生産されてはいないが、皇国で製造している家電製品には採用されている。
冷蔵庫だ。
G.Iが他の企業に生産を委託して作らせ、皇国に持ち込んでいたものがある。
PVCアルミ蒸着フィルムである。
性能としてはポリエステルに劣るが、代替とならないわけじゃない。
耐熱性に劣るPVCはポリエステルなどが登場すると、断熱シートへの利用は行われなくなった。
だが、現段階にてまともかつ大量生産できるプラスチックフィルムはPVCのみ。
耐熱性を向上させんがためにアルミを蒸着させ、断熱材として活用しようと試みたものがある。
これがさほど意味はなく60度程度で形質を保てなくなる特性から、冷蔵庫の内側の断熱材という限られた空間での仕事しか出来なかった。
現状では他に素材がないから使わざるを得ない。
すでにそのための断熱シートは用意済。
グラスウールは王立国家でも手に入るが皇国内で調達した。
これらを組み合わせてタンクを作るのだ。
タンク自体は内槽と外槽に分かれるが、外槽の内側も真空にできるよう弁が設けられている。
ここから大気を抜いて真空状態にしてしまうわけだ。
スーパーインシュレーション構造は重量的にも容量的にも不利。
だが現時点での皇国で液体酸素タンクを使うにあたっては、まともな断熱塗料も手に入らない上に液体酸素の運用も稚拙であるがゆえ、タンク側を高性能なものとしないと怖すぎる。
その分不利になった重量は他の構造で突破すると当初より決めている。
だから今回の攻撃用ロケットですら自重でエンジンを支えられない構造なわけだ。
エンジン用のターボポンプなどは既製品のタービンを流用。
芝浦タービンが既製品を大量に取り揃えて準備している。
ターボポンプはそこまでの圧力がかからないので大丈夫そうだ。
ノズルに関しては亜音速領域であること、長時間燃焼しなければならないこと、燃焼温度は本来よりも低い事などから、王立国家にてニッケル50%+ニオブという、驚異の比率を用いた耐熱鋼を調達して艦内で加工製造する。
ニッケル電解メッキは実験を重ねて実用化を目指す予定だったが、燃焼試験すらまともに行えない以上、高い耐熱性を最初から持つノズルとする事で、メッキ加工の技術力不足をカバーするわけだ。
万が一を考えて皇国内でも製造しておき、調達できるように配慮した。
フェーズ1ではこれらを製造して随時試験に投入。
未来をかけた戦いが始まる前に粗方の状況を終わらせる。
滑空機はキ47の翼など既存の機体を流用し、遠隔操作はするが人が乗って緊急時の制動も行えるものを調達中。
百式輸送機が牽引して一旦飛び、そこから落下しつつ各種機器の動作を確かめる。
ある程度滑空しながら低空飛行を続けられれば問題ない。
グライダーでは遠隔操作でラダー操作なども行う予定だ。
いつでも脱出できるよう人命に配慮しつつも、とにかく時間がないので急造となる。
全てにおいて時間が足りない。
それだけじゃない……
ロケットが仮に完成したとて、それをどう使うかも今の段階から協議しなければいけないんだ。
そのために俺は海軍ですっかり意気消沈した選りすぐりの砲術士達を集める事にした。
◇
「――これが王立国家の諜報員によって手に入れた新鋭戦艦ビスマルクの設計図です」
「随分と設計が古いな」
「長門より装甲が劣っている……のか?」
「必ずしも劣っているわけではありませんね――」
集められた砲術仕官はある程度余裕ありげな様子をしているが、残念ながら長門よりビスマルクの方が基本的な防御力は高い。
ビスマルクの防御は基本300mm以上。
全周防御である上、しかも全溶接。
これの影響で多少のダメージではビクともしない。
おまけにそれなりに優れたダメージコントロールにより、ダメージを受けて機関が停止しても船自体は浮いている事が可能というタフさをもつ。
どこぞの戦艦のようにちょっとでもダメージを受けたら、鋲が抜けて大量に浸水してしまうような戦艦とはわけが違う。
現在、皇国にはそのままでは使い物にならない巨大な置物が二隻ある。
この二隻はビスマルクより速度が劣る上にビスマルクより防御力が低い。
特にダメージコントロールの部分においては海軍でも問題視されていて、本当ならば大和はそれを大幅に改善する予定だった。
ダメージコントロールについては軍縮条約の際に戦艦クラスを標的艦とする機会があり、そこで皇国の戦艦のダメージコントロールの脆弱性が露呈して弱点が判明した所による。
例えば400mmクラスの主砲から射出された攻撃では皇国海軍の戦艦はダメージを受けると溶接なら1箇所のダメージで済む所が、3箇所、4箇所と連鎖的に浸水する。
その連鎖的な反応は例えば10番区画が浸水したら7番も浸水したとか、12番区画が浸水したら10番と9番が浸水したとか、振動が伝わったやや離れた区画に及ぶ事が多かった。
この貴重なデータを提供したのは今俺が乗っている加賀の本来の姿である、加賀型戦艦の2番艦"土佐"などから得られたもの。
つまり空母加賀にも同じ弱点があるわけだが、後の各艦におけるバルジの追加は少しでも主要区画を守ろうと付け焼き刃的に施したもので、実際の戦闘ではまるで役に立ってなかった。
連鎖的に鋲が抜けて結局浸水するからだ。
例えば不沈艦とされ、NUPが撃沈に苦労したとされる本来の未来に存在した武蔵。
こいつも被害状況を見ると明らかに"本来ならもっと沈みにくかったはずだ"と言えた。
なぜ1つの区画にダメージを受けて3つ4つと浸水していくのか。
武蔵を例にすれば命中弾の反対側の区画の鋲が抜けて浸水するという、装甲が仕事をしていない例が多々ある。
鋲打ちによる弱点はこの時点でわかっていた事で、数値上の防御力を発揮するためには溶接は絶対だということもわかっていた。
それらのデータは長門を改装することにすらなるほど影響したのだ。
さほど効果はなかったけどな。
それは例え装甲厚によって砲弾を跳弾させても鋲が抜けて意味がないからである。
笑えない事にちょっとした爆撃でですらそうなる。
ビスマルクの戦闘データを見る限り全溶接製は、攻撃を受けた区画だけが浸水する構造であることを考えたら、鋲打ちがいかに問題があるか。
というか鋲打ちの問題は戦車でも散々議論されたからこそ、大戦中期以降は戦車構造においても鋲打ちが避けられるようなる。
装甲板ごと何もかも外れてしまうからな。
海だとそれは即浸水に繋がるもの。
装甲板が例え"ボルト止め"だろうがなんだろうが全く関係のない話。
ただ打ち込んである金属の棒は衝撃を受けたら徐々に抜けていく。
鉄板に打ち込まれた鋲なんてものは側面からハンマーで鉄板の端っこをガンガン叩くと徐々に抜けていくが、戦争においては同じことが常に起こる。
どんなにダメージを受けても浮いていた第三帝国艦やNUPの軍艦は、どれもこれも総溶接構造。
俺は戦艦において最も正しいのは航行不能によりキングストン弁を開くかどうかを最後に求められるのかどうかの状態まで浮いていることであり……
それが全く果たせない軍艦しか保有しない皇国の戦艦は欠陥品しかないと言い切っているし、だからこそNUPの物量作戦に負けたと考えている。
NUP勢の連中なんて何度修理されたかわからないほどだ。
にも関わらず大和が予定で終わった原因は溶接構造を一部に止めた事というか……
設計主任が変わって改悪された影響が大きい。
それでも現時点では皇国で最も強いとされている戦艦がこの二隻だ。
そしてこの二隻がネルソン級と並んでビスマルクに唯一まともなダメージを与えられる主砲を持つ。
速力のせいでビスマルクに追いつくためにビスマルクの舵を破壊し、さらに機関停止にまで追いこまきゃいけなかったネルソン級だ。
ネルソン級は二隻よりさらに速力が劣るがため、開戦当時チャーチルはビスマルク脅威論を主張していた。
が、実際には今手元にある資料のように王立国家自体はビスマルクの弱点も知っていたし、本来の未来ではその弱点を的確に突いて倒す事に成功している。
ビスマルクの弱点はいくつもある。
・甲板の装甲が最大でも140mmしかない
・舵がある部分周囲の水中防御が無い
・燃料槽の防御が一層しかない
・この時点での第三帝国の軍艦共通の弱点として船尾の接合が非常に弱い
・対空火器が非常に少なく脆弱で弾幕が薄い
つまり船尾に凄まじいウィークポイントがあるという事である。
特に舵のある真下には燃料槽もあるのにそこには装甲すら施されていない。
真下に魚雷が命中したとか、水中弾を食らったら沈む。
側面の装甲は正直脅威の一言。
ネルソン級の攻撃をしこたま食らっても耐えた。
一方で王立国家が集中的に船尾を攻撃したように、船尾側の脆弱さは洒落になっていない。
無論第三帝国もそれは気づいていてティルピッツでは構造を改めている。
チャーチルがビスマルク以上にティルピッツを避けたかったのは、防御力が本当の意味で完成されていたティルピッツを沈めるのは容易ではないからだ。
最終的に王立国家は当時最強クラスの爆弾であるトールボーイを使って薙ぎ払うわけだが、過剰に評価されると後の時代に言われるものの、皇国の戦艦と比較して劣っているとは思わない。
そもそもビスマルクとティルピッツには攻撃用の射撃レーダーが装着されている。
ビスマルクは故障してしまい使い物にならなかったというが、ティルピッツでそのような報告はなかった。
故障するまでの間のビスマルクの攻撃命中率は極めて高い事を考えれば、迂闊に近づけなかったチャーチルが臆病者だとは思わない。
結局、ティルピッツも対空防御が薄すぎるという弱点を抱えたままのため、最終的に航空爆弾で沈むという最期となったのだが……
対空防御においてはMe210に当たらぬ攻撃を繰り出した長門と陸奥の方が3倍以上火力が高い。
その長門と陸奥はよほど優れた作戦を示さぬ限りビスマルクに接近できないけどな。
今からでも遅くないから長門や陸奥の主砲を金剛型に乗せたほうが早いかもしれない。
それでいて30ノット以上出せるというならやり方次第でビスマルクは倒せる。
何しろ金剛が記録した30.3より速い30.8も出る。
逃げるビスマルクを追ってガルフ海を彷徨ったら間違いなくUボートの餌食。
これが嫌でチャーチルは躊躇った。
今回の作戦において重要なのは、既に沈んでしまったアークロイヤルが本来果たすはずだった役目を、新鋭のロケット兵器が最低限の仕事として果たす事。
ロケット兵器は最低限航行不能に陥らせる事が出来る一撃を与えるということだ。
その後で長門と陸奥が敵をどう調理しようが構わないが、俺は少なくともこの二隻に期待はしていない。
ネルソン級に対しても同じ。
ロケット兵器だけで沈めることを考え、味方戦艦での撃破は保険と考えている。
そのためにはいかにして船尾を狙うかを考えなくてはならない。
ロケット兵器が装備するのは800kg爆弾。
海軍のこいつは幸運な事にビスマルクに使われたのと全く同じ装甲で試験されている。
クルップ社の装甲を4000mの高度から水平爆撃で150mm貫通。
落下速度はミサイルの命中速度より低く、運動エネルギーも低い。
それでも150mmを貫通できた。
「つまり砲術士官の皆様にやっていただきたいのは、この遠隔操作可能なロケット砲弾を操作し、命中させるという事。今後随時製造されていく試験モデルの実証試験に立ち会ってもらい、どこへ命中させるべきかを共に検討していただきたい」
彼らがやる気がなくあくまで戦艦の砲撃に頼るというならば、陸軍の砲撃部隊を用いるだけ。
ただ海の上で訓練してきた者だからこそ陸の人間より多くを知っていると考え、あえて最初から陸軍を呼ぶような事はしていない。
今回は共同作戦であるからだ。
「射程150kmでしたっけ。どこから遠隔操縦を?」
「空の上からですよ。新兵器は従来の概念から外れる新兵器だからこそ、皆様には従来の枠に捕らわれない戦い方をしてもらう事になります。空母から射出されたロケットを遠くの海上で操作して敵に命中させる。それが仕事です」
「面白い。やったろうじゃないですか」
「無論、適性があるかどうかを判断した上で選抜される事になります。ご協力お願い致します」
迷いを見せる者達もいなくはなかったが、大半の者達が参加の意思をその場で示す。
ビスマルクを狙うなら残り時間は約5カ月だ。
これを越えると冬になってビスマルクは隠れてしまう。
次に現れるのは春。
冬までに決着を付けなければ俺たちの作戦は失敗となる。
そうはさせん。