第103話:航空技術者は弾道飛行を否定する
百式輸送機の大群と新世代型回転翼機が王立国家に現れた翌日。
第三帝国の偵察機が様子を窺いに来て見事に撃墜された。
現在、王立国家においてはレーダー網だけでなく海空を利用した警戒網も敷かれている。
キ47だけでなく海上の小型艦にもレーダーは装備されており生半可な戦力では突破できない。
キ47が撃墜したのはなにやらMe210ではない双発機とのことだが、Ar240あたりだろうか。
ま、少なくとも現用の航空戦力で倒せる程度の敵だったようだ。
それにしても……
「プリマスに謎のヘリコプター現る……か」
朝食がてら港町に出て見かけて購入した新聞には、ロ号の写真がデカデカと一面に貼り付けられ、皇国がオートジャイロならぬヘリコプターの開発に成功している事が大きく報道されていた。
オートジャイロとヘリコプターの違いはたった1つ。
ホバリングと垂直離陸が出来るかどうか。
特にホバリングが可能なオートジャイロはあっても垂直離陸可能なオートジャイロは無い。
ロ号はどちらも可能なため完全なヘリコプターである。
現状においてヘリコプターは第三帝国と皇国、そして非公開としているがNUPが開発に成功。
新聞記事内では皇国が第三帝国と防共協定を結んでいたことに触れ、技術交換などがなされた影響もあるのではないかと推測されていた。
うむ、残念ながらそんなものはなかったな。
仮に技術の導入があったとしたらNUPと共和国だ。
基本概念はNUPと同じシングルーローター方式であるし、ターボシャフトエンジンを使った部品点数の少ないヘリは共和国が骨子を作り上げた。
こうも速く実用化できた最大の理由は、両者の基本骨格が優れていたに他ならない。
皇国は現時点の技術では苦手な大量のシャフト類を排除した構造を、Cs-1によって見事に達成。
それにこれまたヘリコプターとしては普遍とも言えるスタンダードな構造を採用。
しかも現時点の構造は固定ピッチと単純可変ピッチの併用という、現用の皇国の技術力だけでどうにかなるもの。
それでも垂直離陸とホバリングは出来る。
なまじ馬力がNUPで開発されていたものの5倍なので、吊り下げ牽引力だけは未来のヘリのソレと同等なわけだが……
新聞では機体よりも大きな荷物を吊り下げながら運ぶ様子が撮影されており、専門家はハッタリ目的で装備していたホ5からロ号が攻撃可能なヘリである点にも着目し、回転翼機のありようを皇国が示したと高く評価した。
とっても、アレはとって付けたものでまともに当たらないんだがな……
本来ならばある程度動くようにしてホバリングしながら掃射できるのがベストだが、元々装着する気はなく諸外国へのプレッシャー目的だったので、本当にただ撃てるだけだ。
それこそこの馬力なら両サイドに回転機銃を取り付けて、"ガンシップにする"という事も不可能ではないのだがやってない。
だが、専門家にとってそこはあまり重要ではなかったらしく、そのような批判などせずに皇国と第三帝国が共闘路線のまま戦う事になった可能性を考えると、少なくない恐怖を感じるという素直なコメントをしていた。
……ロ号の公開は早すぎたかもしれない。
この姿を見て第三帝国がどう動くか、そして何よりもNUPがどう刺激を受けるか気になる。
それでもロ号にやらせなければ運べなかったのだから仕方ない。
ロ号が多少なりとも圧力をかけてくれるなら願ったり叶ったり。
俺らはそんなものよりももっと凶悪な武器をこれから作ろうっていうんだから。
◇
朝食が終わり、体操を終えると技術者を集めて格納庫内にてブリーフィング開始。
今回集めたメンバーはそれまで顔を合わせていなかった者たちも多い。
技研だけでも第4と第5はこれまで関わりが薄く、初めて顔を見る者たちしかいない。
第4は通信関係、第5は光学系であり、しかも彼らはメーカーに開発を依頼してメーカーが製品群をラインナップ。
ラインナップされた製品群を紹介されて航空機に採用するという流れであるため、俺はメーカーの人間と顔を合わせても、日夜メーカーに投げ込むための光学機器などを開発する者たちを知らないのである。
俺が所属するのは第1であるわけだが、発動機部門の第2はエンジンの実証実験や耐久試験を行う部門。
第3の装備武器類、爆薬類の部門と、第6の材料工学の部門については常に顔合わせするが、四郎博士のいる第7、まるで誰がいるのかもよくわからない衛生部門の第8、そして4と5はこれまで仕事上では非常に関係が薄く、第7とは四郎博士と個人的な関係があるに過ぎなかった。
第7だけは四郎博士が様々な人間を実験材料に、開発したビタミン剤などを提供している事から殆どの者が仕事外で関係を持つわけだが、4と5なんてどこで何をしているのかもよくわからない。
ジャイロ式の照準器を作ったぐらいしか知らない。
しかし今回ばかりは彼らがまだ開発には至っていないジャイロ関連の技術が必要であり、また通信関係の技術も極めて重要なために呼び寄せている。
さらに陸軍技術本部や海軍工廠の者ら、そして京芝などのメーカーの技術者が勢ぞろい。
ブリーフィングはそれぞれがどの立場の人間なのかを自己紹介する事からはじまった。
そして同時に、今現用でどのような技術を保有しているのかも簡単に説明が入る。
例えば陸軍技術本部の第4部は、電波を送信して遠隔で爆破させる電波信管を開発に成功している事を説明。
ロケット推進式の砲弾自体も技術本部も別途開発している事も表明していた。
もちろんそれは把握している。
未来において戦後情報をかき集めたからどこが何をやっているかを知っている。
その中でもやはり注目は京芝だろう。
彼らは電波で機体を動かすラジオコントロールを現時点で開発している。
小型模型グライダーで試したソレは後にケ号などに採用されるソレだ。
つまり現時点で我々は作ろうと思えば、ジャイロセンサーなどを併用したミサイルは作れる。
撃ちっぱなし誘導が出来ないだけだ。
打ち出したミサイルが敵をロックオンすることが出来ないだけ。
ケ号などはそれが出来たが、4年後にはそれが可能とすらなっている。
4年前の段階では最低限打ち出したロケットもといミサイルを、遠距離で操縦させるためのシステムは基礎部分がすでに完成。
出来上がっていないのはエンジンその他か……
「――ある程度情報はまとまりましたね。さて、我々はこの技術をどう駆使して何を作り、どう攻撃するかです」
本作戦の統括指揮は俺が行う事になっていた。
幸いに現在集まったメンバーの中で俺が最も階級が高い。
だから特に問題は無い。
「やはり対地攻撃は避けるべきでしょう。不発弾となったら技術が丸々第三帝国ないしヤクチアに渡ってしまう」
「でしょうね……だとして何を攻撃するか……空か海か……」
単純なロケット兵器でいいならば、レーダーを駆使して敵の集団の中央で大爆発させるという、三号爆弾よりもっと効果的な攻撃方法がある。
例えばVT信管最大のネックは射出時の高G。
開発に難航した原因はGに耐えられる真空管が必要だったこと。
徐々に加速させればいいロケットにとってこの問題の解決は容易。
しかも地上からの目視や空中にいるキ47を併用し、空中にて信管を電波で指示して爆発させる方法がある。
恐らく最もこれが現用で簡単な方法。
ほぼ無誘導でいいしな。
だが……
「信濃技官。やはり最も簡単なのは艦対空無誘導飛行爆弾だとは思われます。加賀より上空に射出して敵陣に放り込んで爆発させればいい。しかし上層部はそれで納得されるのですか」
「それだけじゃないですよ。艦対空だと結局は射程の問題で航空戦力と近づく必要性があります。撃ち漏らしたら加賀を危険に晒す極めてリスクの高い行為です。現状だと艦隊の対空防御はアテになりません。そのように命を投げ捨てて攻撃するのは、SF小説で語られる未来兵器のあるべき姿とは違う。上層部はこういいかねません。ならば1名を犠牲にロケットに乗っかって敵陣に突撃する方が良い……とね」
現段階でもそれを言いそうなのが海軍。
海軍の技術者は目をつぶりながら少々俯いているが、現状でも海軍はそのような事を本気で考えている。
そしてそれは形にもなってしまう。
全く冗談じゃない。
ブリーフィングの雰囲気がとにかく気に入らない。
この既視感はなんなんだ。
なんで緒戦でまだ勝敗も確定しない状況なのに、まるで戦争末期に入り込んでいよいよ本土攻撃がされかねない状況で行われた、新型兵器製造開発のための皇暦2604年のあの時のような雰囲気となっているんだ。
そもそもが今回の作戦自体が戦争末期のソレだ。
今回の作戦、海軍が主導で提案したというが……彼らは散々航空主兵論者や陸軍が時代が変わったと言ってたのに、一部の者がまだどうにかなると考えていて……
いざMe210に撃沈こそされずとも虎の子の戦力をほぼ無力化された上、多くの空母を修理ドックに追い込んだだけで、まるで連合艦隊が沈んだとばかりにこんな無茶なことをやろうとしている。
確かに連合艦隊は崩壊したさ。
長門や陸奥はその場にいただけで何も出来なかった。
Me210は徹底的に戦艦を無視。
一番自らにとって危険な空母を中心に攻撃した。
それこそ第三帝国の基本戦力は潜水艦なのだから、最も危惧すべきは航空機なんだ。
航空機がいなくなった事で皇国の艦隊は相次いでNUPの潜水艦に撃沈されはじめるが、空母さえいなけりゃどうにかなることぐらい第三帝国だって知っている。
しかも第三帝国の方がNUPよりよほど高性能な潜水艦を持っている。
それを活かしたいと思って当然。
今、この海域付近に皇国の空母は加賀しかいない。
負け犬同然で赤城、飛龍、蒼龍は呉にまで帰らざるを得なかった。
しかも赤城は結局航行不能のため曳航された状態で呉に帰ってきた。
皇国は皇国周辺の海域も守らねばならないため、追加戦力の投入は難しい。
いわば空母をやられた報復を行いたいわけだ。
報復というからには、効果的な宣伝が可能で、相手に重圧を与えられて、こちら側の士気が大きく向上するような戦略兵器とならねばならない。
「私は思うのです。空の航空機をいくらかロケット兵器で落としたところで、敵は我々に恐れを抱くのかと。それこそ無茶を承知で対地攻撃にした方がいい気すらしてしまう。なぜなら第三帝国にはB-17のような空の要塞がないからです。大部隊全てを一撃の名の下に葬る爆弾など"現用では"ありはしない。我々がもつ爆弾など800kg程度の爆弾に過ぎません。となるとやはり対象は艦艇でしょう……それも国を代表するような艦艇です」
「シュペーを誘き寄せて報復しますか?」
「いえ。もっと適任の戦艦があるじゃないですか。8月に竣工を予定していると大々的に宣伝されている存在が。8月に竣工した戦艦が就任1月程度で落ちたら……国内に向けて彼らはどう説明するのでしょうか。それも皇国の新鋭兵器が落としたとなったら……」
俺が狙いたいのはビスマルク。
しかもビスマルクを落とすことは二重の意味をもつ。
戦艦を空母から射出したロケット兵器で落とした。
それは言わば身内にも大きな衝撃を与えるものだ。
戦艦などいらない。
そう決定付けるだけの衝撃を身内にも与えることが出来る。
名目上最新鋭艦とされる超弩級戦艦が竣工した月に落ちたら、その事実は我が皇国にも跳ね返ってくるのだ。
同じことをやれる第三帝国がそれをやったらどうすればいいのか……となる。
彼らは本来の未来にて戦艦ローマをロケット推進式爆弾で撃沈されたと言われる。
実際は誘導爆弾の方だったとも言われるが、この衝撃は尋常なものではなかった。
それを2600年にやってしまおうというのが俺の考えだ。
いい加減、横須賀でせかせか作られている110号艦計画を潰したい。
できれば大和も。
「……元々この仇討ち作戦は海軍主導です。海軍にとって望むべき戦果を達成することが重要だと思われます。我々陸軍はロケット兵器の実現化と有用性を示せればいいだけですので」
「となるとやはり戦艦でしょうね。信濃技官。ビスマルクに拘る必要性はないでしょう。シュペー、シェーアも含め、第三帝国の艦艇にぶつける。そうしましょうか」
周囲を見渡すが技術者の表情に異変が起こるというような事はない。
難しい選択だが、それが現時点で最も高い戦果となることを皆理解していた。
「ふむ。特に反対意見もなさそうですね。では当面はそうしましょう」
目標は決まった。
対艦ミサイルの開発とそれに伴う戦果。
それを最大で半年以内に達成。
むちゃくちゃすぎる内容だが、それを今日から始める事になる。
だが問題はどういうミサイルとするかであった。
ある技術者はこう言う。
「加賀からの射出に拘らずに航空機からの投射でよいのでは?」
そしてある者はこう言う。
「長射程なロケットとし、テレビ誘導方式にしてみてはどうでしょう。前線に小型艦を配置して無線中継し、遠隔操縦を試みるのです」
「そんなの開発に何年かかるかわからんでしょ。ジャイロによる慣性航法に音響信管を組み合わせて自動で誘導するようにすべきだ」
とにかく話がまとまらないのは、それぞれがそれぞれの技術を活かしたいからであった。
現時点で皇国には音響信管という、周囲の音を探知しそこに誘導させる方式がすでに存在した。
しかしそれはアクティブソナーのようなものではない。
プロペラや砲撃音などを感知してそちらに向かおうとするというもの。
全くアテにならず本来の未来では正式採用されないが、それなりに有用な誘導方式として陸軍では採用が検討されてはいた。
とはいえ実際に正式採用されたのは赤外線照射なのだ。
皇国は現時点で技研の第5研究所こと、光学関係の部門が赤外線による距離測定装置を作っている。
こいつをG.Iの赤外線シーカーの基礎技術と組み合わせて赤外線シーカーは生まれるわけだが、熱源探知の技術は2600年の現在確立していない。
可能なのは赤外線照射で対象との距離を確認できるだけだ。
例えば海上なら赤外線が虚空を示す場合は直進し、そうでない場合は、その方向に向かおうとする……というような事は不可能ではない。
おまけにそれが戦艦だと認識できるようなモノとは限らないためリスクが大きい。
あまりにも稚拙な誘導方式となる。
海軍では赤外線ではなくこれを普通の光源に置き換え、ライトとの反射距離を測定して地上よりやや空中で爆発する有眼信管がある。
それでは夜にしか使えないからと陸軍は赤外線にしたが、海軍は夜でいいからと夜間攻撃用として普通に戦中に使用した。
これらの技術は何かに使えそうだが……
「技研が開発中のロケットエンジンは射程500km以上あるらしいですが、それをどうやって誘導するんです? 現状では不可能では?」
「それをどうにかしようって話をしているんだろう!」
「そうだそうだ!」
ああ……駄目だ。
俺はまとめ役としての才能がないかもしれない。
次第に周囲が雑音で満たされて会話どころではなくなってきた。
「はいはい皆さんお静かに!」
手をパンパンと叩いて周囲を黙らせる。
現時点で技術者に任せていてもどうにもならない。
まず1つの方向性を全て決め、そして技術不足による軌道修正を行う。
これでやる他ないな。
それは俺が得意である現用技術の組み合わせで形作る方法が有効だ。
だとしても現段階ですぐに答えを出せない。
「しばし私に時間をください。今日集まった皆さんの技術を参考に1つ形を作ってみます。それを検証して形を整えていく……そうしましょう。現時点で決まった事は、ロケット式対艦誘導弾であるということ。誘導弾であるのは私も絶対に考えます。それをどう現時点で実現するか……3日ほど時間をください」
「信濃技官がそうおっしゃるのであれば……」
「そうですな。これまでもそうやって解決してきましたし」
一部の人間は"本当にまかせっきりで大丈夫なのか?"――などと小声を漏らしたが、その日のブリーフィングは一旦お開きになり、俺は各人が提供した資料を手にカタパルト室にこさえた簡易設計室に引きこもる事にしたのだった。
◇
ブリーフィングの翌日。
現用の技術的限界の壁に苦しむ事になる。
今現在皇国で可能なのは、電波での遠隔操縦、光などでの距離測定、ジャイロや気圧、加速計などを用いた自動操縦、テレビ関連技術、レーダー関係による機体位置の補足。
これらである。
これらを駆使してどう形づくるべきか。
とにかく現用の技術では目隠しをしたまま航空機を操縦するのと一緒だ。
テレビ関連技術の応用なんて簡単じゃない。
そりゃ俺も確かにそれは考えたさ。
連合王国には現在、支線塔としては当時世界でも非常に高い部類に入る"Zendmast Ruiselede"というものがある。
こいつにテレビ用の送受信アンテナなどを取り付け、さらに送受信用装置を取り付けてしまえば、第三帝国のフランクフルト、デュッセルドルフなどは射程範囲内。
それもロンドンから打ち上げて落とせる。
両者は直線距離500kmないわけだが、一度成層圏まで慣性航空法で突破したロケットが落ちてきて、その終末誘導をテレビ方式で行う。
それはとっくに考えた。
だが非現実的すぎるんだ。
後半年以内にエンジンや機体構造などを全て整えるなんて無理だ。
音速の5倍に到達するロケットを今すぐ作れるわけがない。
最終的にそれを達成するために、本来の未来では11月に第三帝国に破壊されるZendmast Ruiseledeを守りぬく意味はあるが、そんなのに頼らずに誘導できなければ駄目だ。
というか……そもそも簡単に弾道飛行というがそれは簡単なことじゃないんだ。
この世には万有引力、重力とも言い換えていいものが存在する。
ロケットにおいて成層圏へ飛び立つことを考えた場合、大きな影響を受けるのが重力。
宇宙関係の業界では"重力損失"と呼ばれる存在が大きくのしかかってくる。
重力損失とは、ロケットを垂直に飛び立たせた際には常に下向きに重力がかかる。
上に行こうとしているが下向きに加速する力が常に働く状態である。
だからこそ空めがけて垂直発射された銃の弾丸はいつか落ちてくるわけだ。
ロケットにおいてはこれが常にかかりつづける状態となるわけだが、真上に上がろうとする加速に対し、その加速が重力に負けると、加速が0以下になって大きな運動エネルギーの喪失となってしまう。
現在の時代においてはロケットはホーマン軌道がベストと言われるが、実際にはそんな机上の空論に近い軌道でもって成層圏に到達する事はない。
大気との抵抗と重力損失がホーマン軌道を描かせてくれないからだ。
実際にはロケットにおいて最も重力損失を押さえ込むのは水平飛行。
もし地球が同じ1Gでも大気だけのガスの海で構成された惑星だとして、海抜0kmとも言えるような地点からロケットを発射させたいと考えた場合、常にロケットは水平加速を保つように重力損失を限りなく0に近づかせて飛行させることができれば、現用のロケットのサイズは3分の2程度で済むと言われている。
重力損失はそれだけ大量の燃料ロスを生じさせているわけだ。
だから現用のほぼ全てのロケットはホーマン軌道なんて描いていない。
ロケット技術者達は頭を捻ってこの結論に達したのだ。
"ある程度まで垂直に飛び、重力損失が大きくなる前に徐々に水平飛行に移行して重力損失を0にし、重力を加速力に変換さえして軌道に投入してしまおう!"――と。
これを通称重力ターンと呼ぶ。
そのまま水平飛行すれば地面と激突してしまうから、機体重量と加速力と重力損失の割合を計算。
そこから地上との距離も加味して水平飛行に移る高度を計算。
ある程度飛んだら水平飛行して地上にぶつからないよう、常に落ち続けるのだ。
未来の世界においてはこの手法によるロケットの打ち上げを活用する事により、第一段を再利用する事すら可能。
NUPの民間企業は信じられない事に第一段以降から水平飛行に移行するので、第一弾が発射場に戻ってくるロケットを開発して再利用している。
最新鋭のファルコン9は18回打ち上げて13回発射場に着陸させた。
着陸したロケットは最大3回まで次の飛行に使う事が出来る。
コストパフォーマンスから考えて現時点でのロケットの究極系に近い。
各国の衛星を打ち上げる商業利用は皇国でも考えるべきだ。
他国の衛星を打ち上げがてら自国の衛星を打ち上げる事ができれば、打ち上げ費用は大幅に削減できるしな。
デブリを減らすためにも第一段を再利用する方法を積極的にスタンダード化したいぐらいだ。
このような事すら可能だからこそ、ロケット技術者はロケットとは永遠に地面にたどり着かない空間めがけて、ロケットを落とし続けるのが軌道投入なのだという。
つまり地球上においては一般的に言われるホーマン軌道はスイングバイのような真空中でしかまともに使えないわけだが、皇暦2600年の現在において重力ターンを完璧にやるなど到底不可能だし、そもそも俺が得意なのは流体力学。
真面目な話、こんな事をやろうというならば、今の時代にまだ存命である第三帝国出身の物理学の神様を連れてきたほうが話は早い。
彼に流体力学による作用を説明すれば、まともに誘導出来ないロケットでどうやって重力ターンを描けばいいのか、きっと計算式で見出してくれるだろう。
実は俺はNUPへと向かった彼を呼ぶ気でいたけどな。
俺自身のためでもあるが皇国のロケット技術者を目指す者たちのためにもなるから。
俺のラブコールに対し彼は非常に高い興味を示したが、今の未来だからこそNUPから彼を呼びたかった。
その話がまとまる前にこんな事になってしまったがな。
……やはり弾道軌道は無理だな。
俺はどこまで行っても航空屋。
航空エンジニアとして現用の技術で弾道軌道で命中させられる気がしない。
だとすれば答えは1つ。
正直それはロケットをある種否定しかねないが、対艦ミサイルを否定するわけではない。
現用技術全てで目標を達成可能なミサイルならある……ロケット方式でいけるものが。
◇
「皆さん。2日ほどお待たせしてすみません。でもおかげで考えがまとまりました。恐らくこれが半年以内に我々が達成できる現段階での最適解です」
朝から開いたブリーフィングには、この間と同じメンバーが特に不快感を表明する事なく集まっていた。
俺が出した答え。
それは弾道飛行と音速を捨てる事だった。
シースキミング。
艦対艦ミサイルの基本形。
つまり超低空を飛行し続け、目標に命中する空中飛行魚雷とも言い換えられる。
翼を供え、表面効果を最大限に利用してソレは飛ぶ。
ロケットエンジンを採用するが、ロケットエンジンが駄目ならCs-1を惜しみなく使う。
それはつまり巡航ミサイルとなってしまう事を意味するが、艦対艦ミサイルとはロケットからジェットに回帰した存在。
それでも多くのミサイルがロケット方式なのは、いざという時に敵艦からの攻撃を回避するための加速がジェットエンジンとは比ではないからだ。
つまり反応性の高い進化した高性能なジェットエンジンでないと駄目だという事だ。
現在技研が開発中のロケットエンジンは推力40t級。
シュペルV-2、つまりV-2改と同等クラスのもの。
最初からそれを開発できうるのもターボポンプの開発が上手くいきそうだからだ。
芝浦タービンには本国G.Iからこっそり渡ってきた技術者が多くおり、高圧に耐えられるタービンを作れる。
戦後G.IがすぐさまV-2のターボポンプと同等のものを自作できたのも、それだけ技術力を保持していたからだが、設計がV-2より優れている一方でタービン圧力が低いガス発生器サイクルであるからこそ、40t級を当初より作れる機運があるわけだ。
しかしターボポンプが出来たってノズルその他がどうなるかわからない。
だから速度を下げる。
速度を下げることで利点は多くある。
地面効果による負荷の増大を下げられるわけだし、機体背後で発生する水しぶきを減らして視認性を落とせる。
おまけにそれだけじゃない。
「信濃技官。赤外線の光線を真下に向けてどうするんです?」
「距離を測定するんですよ。自動飛行です」
亜音速とする事でその飛行は安定させられる。
最高速度はマッハ0.94を想定。
その代わりに赤外線を常に真下に照射して高度を測定し、高度に合わせてエレベーターやフラップを機械式で単純操作。
高度5m~10mを常に保つようにする。
その上でこの機体は慣性航法は使わない。
ジャイロや加速計は使うが、それらは機体の姿勢制御のみ。
あくまで低空を自立飛行し続けるようにする。
「機体前部に据え置かれたアンテナは受信用です。これで機体を遠隔操作。空中から小規模改造を施した複座型キ47にて左右のラダーをコントロール。目標に軌道を修正し、そのまま命中させます」
それはいわば人が乗らない桜花とも言うべき存在であった。
こいつは現在の皇国が持つ技術でもって、九九式八〇番五号爆弾を無人で運び込む飛行爆弾。
上空を飛ぶキ47は戦艦の攻撃が届かぬ場所から、こいつを終末操作して角度を調整して離脱するのが仕事。
キ47はこの攻撃型ロケットを操作できるような改修を施す。
つまり超高性能になっただけの無人式桜花を作ろうというのだ。
ロケットの燃焼時間は最大500秒程度。
それ以上はノズルが保たない。
射程は150km~170kmといった所だ。
ロケット全体の重量は装備重量8t未満。
カタパルトで初速を確保。
足りなければ1.5段式にして初速を増加。
そのロケットは簡易設計図ではありふれた対艦ミサイルのごとく細長く翼もそれなりに短いが、性能やら何やらを見ればロケットエンジンなだけの航空機であった。
結局俺はどこまで行っても航空エンジニアなのだ。
2600年にV-2なんて出来るわけが無いんだ。
だから無人飛行機とし、無茶のない誘導方法で敵に命中させる。
一式陸攻で敵艦隊に肉薄しなければならないような有人のモノではなく、無人でもっと遠くの高高度から射抜く槍にする。
「どうですかね。これで……現用の技術の殆どは使う事になりますが、一方で大きな無茶が殆ど無い。これ以上のものとなると中々思いつきません」
しばし沈黙した時間が流れる。
「いいんじゃないですかねこれで」
「これなら多分……行けるんじゃないか?」
「なんだか今すぐに作れそうな感じだ」
「最初の段階としては滑空爆弾を作ります。目標まで遠隔操作する滑空爆弾です。そこから初めてロケットエンジンを積み込んで試験、そして本番。速ければ3月以内、遅くとも半年以内……です」
「やろう」
「そうだやろう!」
――最終的にブリーフィングにおいて多くの技術者の賛同が得られ、必死の兵器に類似する必中を目指した新たな兵器に俺たちは挑む事になった。