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航空エンジニアのやり直し ~航空技術者は二度目に引き起こされた大戦から祖国を守り抜く~  作者: 御代出 実葉


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第102話:航空技術者は加賀内の雰囲気に安心しつつも将来に不安を感じる

 皇暦2600年6月8日。

 旅立ちの前日。


 俺はふと思い立ち調布に向かう。

 研三の進行度合いをつい確認したくなった。


 正直言ってすでに研三にそこまで大きな価値はない。


 高速度試験ならジェット戦闘機が開発できればいくらでもできうるし、そもそもが音を越えたいならロケット機という方法もある。


 航研が今とても熱心なのはキ77で、キ78の優先度は下がっていると聞いた。


 なので、もはや放置されているのではないかと思いつつ、特に期待しないで向かう。


 しかしその期待は裏切られる事になった。


 訪れた調布にて目にしたのは、最初に設計したキ78と形状は概ね同じではあるもののほぼ一から作り直した機体となっており、各部のパーツが作られて別個に試験が行われている状態。


 俺が設計したキ78は外観こそ極めて先進的な構造であったが、一方で内部はセミモノコック。


 曲線構造などはプレス成型された厚板で再現されたものであり、量産機でないとばかりに曲げ加工を多用した厚板とフレームを駆使して、原型機の再現を試みようとしたものであった。


 無論大幅なアレンジが加わっており、より突起物などは減らされ、翼の形状も異なる。


 そんな機体は空力設計をほぼそのままに完全に別な素材を用いたものへと変化していた。


 そう、メタライトである。


 技研が開発に成功したメタライトは皇国の航空メーカーにおいては革新的なものであった。


 何しろ構造的に従来の構造部材が殆ど不要になり、金属使用量を極限にまで減らすにも関わらず金属より軽く頑丈な外板とすることが出来るからだ。


 王立国家製の接着剤が必要不可欠とはいえ、大量に輸入されている接着剤を使う事で大幅にローコストな航空機を作れるため、技研を飛び越え海軍内でもどこまで応用できるか議論されているものであった。


 実はこの素材、進化、発展して未来の航空機にも使われる。

 メタライトはハニカム構造のバルサ板と樹脂とセラミックとアルミの複合素材。


 これを樹脂とセラミックとカーボンシートに置き換えたものが、未来のエアレース等で大活躍している未来の航空機の複合部材である。


生憎熱に弱いためジェット機には使えないが、レシプロ機などを筆頭に俺がやり直す少し前の時期から使われ始めた。


 炭素複合素材によるモノコック構造はコスト管理がバカ高いだけでなく、クラックなどのリスクを考えると民間では極めて扱いにくい。


 皇国もこの素材を多用するのは一部戦闘機だけで、旅客機への利用は最低限に留まる。


 そこで見出されたのが、カーボンシートを圧着成型するだけでいい上記複合素材。


 あらかじめ無発泡ウレタンなどをハニカム構造とし、他の樹脂を含浸させて強靭な構造を作り出す。


 そこにセラミックとカーボンシートを貼り付ける。


 特許でもメタライトが引用されているメタライトの進化系。


 メタライトは戦後ジェット機の台頭によって熱に弱い事から消えていった。

 上記複合素材も熱に弱いのでジェット機に使えても極めて限定的。


 だが、目線をジェット機以外に向ければ極めて優秀な航空機用複合素材である。


 そんな素材に発展しうるものだからこそ、俺はメタライト開発に拘りをみせたが……


 いつの間にかキ78はオールメタライト構造に見直されたようだ。


 すぐさま理由が気になった俺は調布の研究室へと向かい、研究者たちにその理由を伺う事にした。


「お久しぶりです。表のアレはキ78の部品ですよね。何があってメタライトに変更となったのですか?」

「お久しぶりです信濃技官。陸軍上層部から設計変更を依頼されたのですよ。陸軍は開発意義の薄い機体の開発はリソースの無駄と考えてるようで、より実験機の意味合いの強い存在にしてくれと頼まれたんです」


 つまりあれだ、最近陸軍が取り組んでいるコストと製造性と性能の均等が取れた状態ながら、性能向上を目指そうとする研究も含めた機体としたいわけか。


 あえて複雑な構造とする事でどういう構造までならコストが跳ね上がらないか、そんなことを試すにはうってつけの形状ではある。


「それでメタライトの変更に……自分もしばらく様子を見てなかったので把握できておらず申し訳ない。」

「いえいえ。メタライトはメーカーも製造方法や成型方法の模索を行っている素材ですが、山崎もそれなりに扱える代物で、却って構造に関する精度が上がったと谷教授も喜んでおられました。信濃技官ならむしろウェルカムだろうとも」

「ええ、否定する気などないですよ私は。元々私は基本設計を中心に行うタイプの技術者ですから。計算した空力などを満たせる代物になりさえすれば内部構造なんてどうでもいいんです」

「同じことを教授も求められてました。さすが師弟ですな。はっはっはっ」


 にこやかに笑う若き研究員に合わせてこちらも笑っていたが、研究室内に掲げられたブループリントを見る限り、谷先生によってさらに構造を突き詰めようと計算しなおした形跡が見られて血の気が引く。


 別に俺の設計が究極ではないのだが、平気で改良を施そうとする所が怖い。


 さすが戦中に本来の未来のキ77を設計した人間だ。

 ハ25×2で1万8000kmも飛ぶような航空機を作る人だ。


 より美しい曲線を多用できるとなったら、徹底的に洗練させよう。

 そんなことを考えた形跡が各部に多く見られる。


 原型機から構造は離れたが、メタライトを多用することで継ぎ目などが全くないその機体は、700kmをゆうにオーバーするのは間違いなく、谷先生は本気で現在の速度記録である758kmに挑もうとしている様子だ。


 俺の設計では730km台、出せて732kmってところだった。

 それが現用の構造では軽量化も達成しているため、750km台は出る可能性がある。


 全長7.2m

 全幅7.8m

 装備重量1640kg

 航続距離は580km。


 新たな研三は本気仕様。

 俺がこれ以上関わらずともどうにかなる様子だ。


 谷先生は本日は留守であったが、俺は特に伝言も残す事なく研究室をある程度覗いた後で調布を去った。


 ◇


 皇暦2600年6月12日。

 戦乱を避けるように百式輸送機の大部隊を引き連れてプリマスに到着。


 調布に戻った前日に伝えられた作戦は皇国史上初の陸海軍統合作戦であった。


 技研の技術者と多種多様なメーカーの人間を引き連れ、大量の物資を持ち込んで行われるのは、第三帝国に対してロケット兵器にてその頬を叩くというもの。


 この日のために加賀には王立国家内で調達した液体酸素、液体窒素製造機などが艦内に設置済。


 さらにここには分解したロ号も持ち込まれた。

 ロ号垂直離陸機を持ち込んだ理由は海上での離着陸試験のためだけではない。


 完成度6割の状態だが作戦投入する。


 やってもらうのはクレーンの代わりのような各種物資の積み込みやその他。


 ガントリークレーンなどないこの時代において、重量1400kgをスリング可能なロ号は破格の性能であった。


 あえて固定ピッチ式にしたことで豊富なパワーを推進力に得られたホバリング能力は高い。


 軽量な向き出しフレーム構造と一人乗りとした突き詰めたコンパクトな操縦席。


 これに対しオーバースペック気味なエンジンと重心設計のために据え置かれた燃料タンク。


 牽引重量は将来的に1600~1700kgに到達しそうだが、現時点では安全のために飛行試験で安定飛行可能なのが確認された1400kgまで。


 それでも各資材をクレーン無しに甲板上まで運べる力がある。


 プリマスの空港に降り立った統合作戦部隊の仕事は1機しかない貴重なロ号の組み立てから始まり、王立国家などの軍人が見守る中で完成したロ号を用いて試験飛行。


 すぐさま問題ないことが確認できると、工作機械などを一旦甲板上のエレベーターまで運ぶ仕事に従事した。


 未完成で複数のローターがある姿はなんだかなという様子だが、逆にそのおかげで安定性は非常に高く、この手の仕事には極めて向いていた。


 潮風に対しても可変ピッチローターは対応出来、特段バランスを崩す事も無くプリマスの港を行き来する。


 このヘリに関しては機体そのものの改良よりも、パイロットを育成するのに非常に手間がかかった。


 なんたって既存の航空機の常識で飛ぶ代物ではないのだ。


 操縦方法はほぼ未来のヘリと変わらないが、およそそれは通常のレシプロ機になれたパイロットでも即順応できるものではない。


 技研のテストパイロットも大半が白旗を揚げ、藤井少佐までもが難しすぎるとお手上げだった代物だが、こちらに関してはオートジャイロのパイロットが適任であると考えられ、玉川は読売飛行場から選抜したパイロットを4名招集。


 その中には本来の未来でオートジャイロ部隊の隊長ともなる山下士官候補生の姿もある。


 4名のパイロットは全て本来の未来においてオートジャイロパイロットとして極めて優秀な成績を収めた者達。


 皇暦2600年現在彼らは4人とも元皇国大出身の大学生であり、4名全て物理学系の学科を卒業して陸軍に入学した者達である。


 オートジャイロに関しては当初千葉と東京にて飛行試験が行われ、後に広島や長崎などへと派生していくのだが、皇暦2593年にケレットK-3を購入した当初はもっぱら玉川にて飛行試験が行われた。


 後にオートジャイロ部隊が編成された際は、この時に最も優秀な成績を残した者達を選抜したわけだが、選抜されたメンバーは全て物理系の学科を選考していた元大学生。


 当時においてヘリコプターの操縦理論を理解できるのは、体だけではどうにかなるようなものではなく、物理的に頭で理解出来る者だけがまともに操縦できていた。


 未来知識によってソレを知っていた俺は、技研テストパイロットが貴重なロ号を破壊する前に、後に教官などとなっていく者たちを急ぎ召集。


 彼らにロ号に乗って飛行試験を行ってもらったが、これがとても上手く行った。


 その時点で彼ら4人は全員士官候補生であったが、新たに技術中尉待遇で技研に所属。

 技研の垂直離陸機パイロットとして採用して現在に至る。


 さすが、割と欠陥が多かったケレットK-3をまともに飛ばし、その上で本来の未来においてはカ号の開発にも直接関わりながら、自らは教官として訓練プログラムを組んだ猛者達である。


 ロ号への習熟には時間がかかったものの、この手の作業が行えるだけの力はすでに身に着けていた。


 彼ら曰く、オートジャイロよりよほど具合が良い、との事だった。


 というのも、ホバリングが事実上不可能であるケレットK-3に苦労して搭乗していた彼らにとって、むしろホバリング以外の事が得意ではない現在のロ号の方が落ち着いて乗ればどうにか出来、資材運搬においてロ号を活躍させる原動力となっていた。


 最終的にこいつは組み立てたロケットの部品なども運ぶ事になる。


 今は港だが、作戦中は海上。


 あきつ丸に搭乗し、カ号を乗りこなして戦中を乗り切った彼らには造作もない事だろう。


 活躍するロ号はやはり注目の的。


 プリマスにはアペニン、王立国家、その他様々なユーグの軍人がいたが、皇国史上初となってしまったジェット機の姿は新兵器たりえる迫力があり、視線が釘づけとなっている。


 やかましい音も顔を向けさせることを助長させた。


 正直あまり公開したくない存在ではあったものの、プリマスにはまともなクレーンなどがないためロ号を使わざるを得ないのだ。


 飛行場と加賀を何度も往復したロ号はそのまま加賀の甲板に着陸。

 いざ加賀に乗り込んで戦いへと挑む。


 ◇


「お久しぶりです中佐」

「おかえりなさい中佐」

「お待ちしておりましたよお!」


 加賀に入船して出迎えたのは海軍の顔なじみ。

 船員の7割ほどは即位式の時と変わらぬ顔ぶれのまま。


 一方で艦長その他の人物は総入れ替えとなっており、航空主兵論者で固められていた。


 ……そうでなくては無傷で生き残るわけがないか。


 加賀に乗り込んだ俺は早速、格納庫兼艦内工場へと向かう。


 格納庫の一角には先ほど運び込まれた工作機械の他、液体酸素や液体水素製造装置もすでに運び込まれていた。


 周囲を見回した俺は広々とした空間が広がっている事に逆に違和感を感じた。


「おや? 思ったより搭載機数が少ないようだが」

「中佐が去った後、加賀の航空編成も変わったんですよ。加賀は基本最新鋭機を優先して配備。以前来られた時にいた九六や九九などは他の部隊に向かい、我らが加賀は零と百式のみを運用する事に」

「だとして、零の姿が少ない」

「現状の航空戦において零はあまり活躍できなかったので、この間の作戦終了後に艦内スペース確保のために減らされました。2型の百式攻の方が現状ではよほど確保しておきたいんで、そのために」

「そういう事か……」


 百式攻2型はすでに陸海軍に配備が行われているが、入れ替えのために零が犠牲になったのだろう。


 現状の第三帝国の戦法では海上にP-39が出現する可能性は少ない。

 航続距離が足りない。


 今後第三帝国の進軍が続けば状況は変わるが、Me210に対してはキ47で十分だ。

 だからキ47をより確保するために零を削ったのだ。


 なまじ敵が零と相性が悪い存在だけに、零はそれなりに高い性能を誇りながらも活躍の機会を失ってしまっていた。


 要撃機としての運用に零は向かない。


 きっと今後は先行量産される予定があると聞いた雷電が配備され、百式攻ことキ47と併用する事になるのだろう。


 その前に加賀に何か戦果を与えるのが俺の任務だ。


 ――艦内の様子などを見学する限り、加賀の雰囲気は随分改善していた。


 私的制裁などを禁じた規律はそれなりに効果を得ていたようだ。


 巡回隊などは俺が去った後も組織として存続し、四六時中彼らが見張ることである程度モラルも回復した様子。


 ただモラルが回復した要因には食事も関係しているようだ。


 日が落ちた後、俺は士官用ではなくメーカーの者達と兵卒者向けの食堂へと向かったが、そこで出されたのは生鮮食品とフリーズドライを組み合わせた栄養価の高い食事。


 皇国が陸海軍共同で現在最も力を入れているフリーズドライ食品を、加賀艦内でも味わうことが出来た。


 しかも、このフリーズドライは一味違うものなのだ。


 なにが違うかというと艦内で製造されたものなのである。

 元々軍艦においては食料の保存に常に困難が付きまとう。


 それが出来ないからこそ航海中にどんどん食事が質素になり、ストレスが溜まって艦内の風紀が乱れる要因となっていた。


 しかし、フリーズドライ開発後の海軍はフリーズドライ製造用の真空タンクを相次いで大型艦に導入。


 日付の経過した食事を優先してフリーズドライ化しつつ、寄港地などで大量購入した果物や野菜などを中心にフリーズドライ化し、保存食として活用していた。


 本日出された夕食の半数は寄港地に停泊しているため生鮮食品だったが、消費期限が近づきつつあるデザート類などをフリーズドライ化したものを提供されていた。


 周囲の乗員の血色が良くなっているのは気のせいではないだろう。


 航海中も高栄養価の食事が採れるようになったことで、壊血病や栄養失調の問題も大幅に緩和されたようだ。


 艦内には新たに水精製用のボイラーも増やされ、より多くの水を確保できるようになっていた。


 海水から真水を作る技術といえば陸軍がイオン交換樹脂を用いたイオン交換法による真水精製方法を考案するのだが、それは4年後のこと。


 現在統合参謀本部を通して陸軍の現段階まで進んでいる技術が海軍にも渡ったが、後3年ほどすれば水の確保はもう少し楽になる。


 まあ現段階は貯水タンクなどを増設して乗り切るしかないのだろう。


 加賀の甲板には艦橋付近などに貯水タンクが追加されていたが、艦内も開けたスペースがあると貯水タンクが増設されて設けられていた。


 やはり製造するといっても限界があるので保有量自体を増やそうとしたのだろう。


 排水量がどれほど増えたのか気になる所だが、いかにフリーズドライが重宝されているかがよくわかる。


 フリーズドライを多用しないならばここまで貯水タンクを増設する必要性はない。


 そのうち水を精製するためだけの特殊艦すら出てきそうな勢いだ。

 潜水母艦のように水だけを作って部隊に供給するようなのが出てくるかもしれないな。


 さあ、状況は整った。

 ここからが皇国の技術力の見せ所だ。


 何をどうするか全く決めていないが、創意工夫で乗り切ってロケットを作る。


 ……できるかどうかは五分五分……いや、正直分は悪い。


 飛ぶかどうかも重要だが、どう命中するか、何を狙うか……

 そこも戦略として関わってくる。


 だが一向に方向性が定まらないんだ……

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