表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

122/342

第101話:航空技術者は旅立つ前に確認を行い、そして託す

 皇暦2600年6月6日の統合参謀本部会議に俺は参加しなかった。


 どうせ答えは決まっている。

 陸軍が不満を表明しがらも、海軍は助かったとばかりに胸をなでおろしている。


 そんな状態だ。


 結論のわかりきった会議に参加する間に他の者と会って話をすることに限られた時間を割きたい。


 今気になる情報の確認がしたかったのだ。


 どうしてNUPがヤクチアはおろか第三帝国にまでP-39を供与したか。

 その完全な理由を知らずに皇国を発つのが嫌だったからである。


 俺はCEOであるウィルソンらを呼び出し、知り得る情報を全て確認する事に決めた。


 ただ、現時点でその要因となりうるモノは把握している。

 そして西条にもソレは伝えている。


 現NUP大統領は自由奔放かつ親共産主義者。

 本来の未来においても華僑の共産党軍に対しては裏側から莫大な資金援助を行っていた。


 表向きではない支援は大統領の側近らが独断で行っており、彼らは会談すら独断で行い、会談の内容を伏せるということを平然とやっていた。


 それはやり直す前も今も変わらないわけである。


 あの大統領は歴代の大統領の中で、最も独善的かつ議会を無視した裏活動を行った人物。

 すくなくとも記録上はそうだ。


 それを気に入らない者達は抵抗の意味合いで関係する人物全ての活動を記録した。

 戦後から約60年。


 公開された情報により鮮明になったのは、ハル、ホワイト、モーゲンソーといった人物らの異常性。


 本来の未来においても議会はまるで機能していなかった。

 華僑に送り込んだ義勇軍だけではない。


 奴らはNUPの国家資産とは別の秘密資金すらあり、それらを運用しての裏取引は盛んに行われている。


 その原因は国防総省のトップにすらヤクチアのスパイがいるような、もはや国家として極めて危険な状況であったからだ。


 しかしNUPの民主党がヤクチア塗れなのかというとそうではない。


 確かに少なくない者が残ってはいたものの、次代の大統領は反共主義者。


 ゆえに前代大統領が残した毒に政権運営を妨害されつつも、それなりにどうにかしようとした。


 その辺についてはNUPの国家安全保障局が白であると判定している事から明らか。


 その国家安全保障局が皇暦2655年に公開した"ヴェノナ文書"によって、ジャー・ヒースら少なくとも200人以上の人間が、この時期において大統領側近でありながらヤクチアのスパイであったことがわかっている。


 大統領補佐官などから始まり多くの者達が全てGRU所属の人間だ。


 こういったスパイについては他国にもいる事はいた。


 だが、王立国家がたかだか10数名で皇国ですら20名に満たない事を考えれば、NUPにはヤクチアという名の寄生虫が取り付いていると言って過言ではない。


 自浄作用はなかった。

 国家安全保障局に出来たことは記録する事だけ。


 だが、戦後55年を経過しても尚ヤクチアを持ち上げようとするリベラル政治家の姿を見て堪忍袋の尾が切れ、ついにその証拠の公開に踏み切ったのだ。


 以降、NUPでは歴史の見直しが行われる。

 戦後55年を境にNUPの政治家は親ヤクチア的発言を許されなくなるほどだった。


 少しでも疑われればそれが非難され、疑心暗鬼にすらなる。


 まあ選挙活動にすら介入しているという噂もあるからな。


 ……だから俺がやり直す直前の頃において、現大統領の右腕も左腕も両足も全てがヤクチアのスパイだった事がわかっている。


 不思議なのはそれを肯定する文書をヤクチア側も公開するに至った点だ。

 あの国は稀によくわからない事をする。


 まるで己が"WW2にて世界を掌の中で転がしていた"と言わんばかりに、奴らはコミンテルン文書を2660年代から相次いで公開。


 俺はコミンテルン文書とヴェノナ文書を見た時、西条が最後に遺言として言葉に残した怨み言が全て正しかったことを理解した。


 世の理不尽を巻き起こしたのはNUPだ。

 今も昔もやる事は変わらない。


 だとして、第三帝国にまで支援を送る理由は何か。

 その理由は簡単。


 奴が反ユダヤだからだ。


 皇暦2598年の段階でNUPは何度か第三帝国と会談を行った。


 これは本来の未来ではなかった行動。

 しかし本来の未来ではこの時に王立国家と会談。


 チャーチルらもいる会食の席にて、NUPの大統領はポルッカにて反ユダヤ運動が起こり始めた要因はユダヤ人のせいであるとばかりに高らかに語り、そして同時期のNUP内では一部の州に移民政策を敷き、ユダヤ人を標的とした追い出し政策を行っている。


 第三帝国からNUPへ逃げようとしたユダヤ人を断固拒否し、そのための演説すら行ってみせた男は、皇暦2603年にチャーチルに対しユダヤ人は世界に少数散らばっていればいいと主張し、チャーチルは"この男は信用出来ない"とはっきりと認識させたほどだ。


 セントルイス号の悲劇はまさしく起こるべくして起こったのだ。

 

 結局、国内での反発が強まるとそれらの行動は慎むようになったものの、当時の新聞でも反ユダヤ的な発言には疑問を呈される事が多く記述され、戦後それらの新聞を見た俺は間違いなくそうだと思っていたが、今まさに変わった未来でそれが証明されたと言える。


 そして問題はそれだけじゃない。


 親ヤクチアはまだしも親第三帝国というのは、議会においても共和党などがユダヤ人虐殺を知らずに評価していた事もあり、裏での活動を行っても怪しまれにくい環境もあった。


 大統領ですら当時は曖昧な態度をとっていた。


 そんなNUP現大統領が第三帝国に対して完全に背を向けた理由は、第三帝国がヤクチアを裏切って牙を向いたからに他ならない。


 長年の謎はただ1つ。

 大統領本人は反ユダヤでありながら、大統領側近には多くのユダヤ人がいる。


 そしてその多くのユダヤ人はGRUのスパイで共産主義者。


 なんなのだろうこれは。

 あまりにいびつすぎて俺が生きている間は解明されぬ謎であろうな。


 だとして、奴らはプロトタイプ版P-39を本心から譲ったのかどうか。

 それを確かめたい。


 ◇


 いつもなら京芝に招待される俺は今回あえて羽田付近での密会を行う。


 京芝にいると周囲の者にも話を聞かれる恐れがあったからだ。

 踏み込んだ話を聞かれたくないからである。


 ――ウィルソンCEOに指定された場所に向かうと高級車が1台。


 その車内からウィルソンが出てきた。


 案内されるがままに車に入ると即座に車は動き出す。

 少しでも周囲に声が漏れぬようにと人気の無い道を進みだす。


「Mr.ウィルソン。お呼びしたのは他でもありません。先日の皇国や王立国家の非難声明は聞かれましたね?」

「ウチの製品を搭載したXP-39ですね……伺っておりますよ。声明の後にすぐさま調べました。どのような経緯でもってアレが第三帝国に渡ったのか」

「なにかわかったことなどありますか」

「渡そうとした相手は第三帝国ではなかったという事です。我々もここ最近は手段を選ばなくなってきました。Mr.シナノがおっしゃるように国家安全保障局の人物らともコンタクトをとり、彼らが知りえる情報を、これまで皇国などから頂いてきた情報と等価交換する事で入手しましたが、忽然と消えたXP-39はヤクチアに渡ったはずなのです」

「渡ったのはプロトタイプ1機だけなのですか?」

「そうです。P-39自体はプロトタイプと同じ構造とするのは容易でプロトタイプ型と共に通常のP-39が受け渡されたようです」


 ……プロトタイプだけ?


 俺の予想ではプロトタイプモデルを量産して受け渡したのだと考えていたが、違うのか。


「Mr.ウィルソン。私にはわからない事があります。渡したのはプロトタイプ1機だけとの事ですが、皇国は毎日のようにMe210を護衛するP-39と交戦しておりますよ。一体あれはどこから?」

「B-5タービンは少数しか生産していないタイプで、我々は生産を中止しています。少なくとも我々が生産したものではありません。P-39は少なくない数がヤクチアへ供与され続けておりますが、我々は陸軍航空軍より求められた排気タービンの提供を拒んでおり、それでP-39が脅威となるのを阻止できると考えておりました。実際は……何者かによって量産されてしまいましたがね」


 俯き、自らも加害者となった事を猛省するウィルソンだが、今は感傷に浸っている場合ではない。


「Mr.ウィルソン。顔を上げてください。どこが量産したのだと思いますか」

「第三帝国下の国家の企業のいくつかは作れる可能性があります。なまじB-5タービンは排気タービンの中でも最もシンプルな一段式。P-38を含めた二段式とは違います。ヤクチアは恐らく二段式はおろか一段式すら使いこなせず第三帝国に譲ったのでしょう。そして第三帝国はヤクチアより譲り受けたP-39を改造してみせた。今わかる情報から考えるとそれ以外考えられません」

「P-39の供与は止められませんか」

「止められそうなのはP-38だけです。P-38のメーカーは自国内で利用しない場合は製造を止めると言って、先日から製造を中断していますが……P-39は無理なようです。P-38のメーカーは体裁が気になる大規模な会社ですが、P-39とP-43などは異なるようで生産が止まりません。我々が可能なのは排気タービンの供与を限定的とする事ぐらいです」


 P-43も駄目だとP-47もとまらないか。

 排気タービンが無くともP-47が凶悪なのは代わりない。


 P-39とP-43のメーカーはどこのために誰のために開発しているのかわからない機体を生産して満足なのか。


 戦況がひっくり返ったらこの二社は二度と戦闘機製造に関われないだろう。

 潰れそうになっても救いの手は差し伸べられない。


 しかしウラジミールも博打に出たもんだ。


 第三帝国が裏切らない可能性が100%でない限り、プロトタイプ版P-39なんぞ絶対に譲りたくない。

 キ43と真正面から戦えてしまう機体だぞ。


 状況が段々読めてきた。


 工業力的に量産ラインの組み立てが即座に行えない第三帝国は、BF109がキ43などに劣っている事を自覚し、たとえどうにかしたいと考えてもどうにかできる時間的余裕もなかった。


 彼らが考えた方法はP-39を高性能化改造する事。

 こうすれば製造ラインなど殆ど不要。


 早期にBf109のジレンマから脱する事が出来る。


 その間にFw190の生産ラインを整えれば……ユーグ地方でも最高峰の戦力が整う寸法だ。


 技研に出入りしていた第三帝国の人間はキ43に触れる機会は常にあった。

 キ43を晒すことでキ47を隠そうとしていたからな。


 百式戦が600kmを越えることを理解した彼らは、600kmを絶対に越えて戦える高性能機が欲しかった。


 E型はどう足掻いても600kmを越えることが出来ない。

 運動性能の差で巴戦に持ち込むのも難しい。


 Bf109なら確実に勝てると考えた俺の予想は打ち砕かれた。


 結局今回の世界でもNUPの戦闘機が相手になるか。


「……わかりました。Mr.ウィルソン。我々は基本的にNUPを敵だとは思っておりません。ただ、大統領とその近辺は間違いなく敵です。これをどうぞ」


 渡したのは俺が記憶に眠る限り記載したヴェノナ文書の内容とその他。

 述べ150名に渡るヤクチアのスパイとその活動を記述した文書である。


 50名以上は失念していて記載できなかったが150名は記憶できていた。


 またシェレンコフ大将による補完も行われており、その情報の精度は高い。

 この文書はP-38を供与し始めた頃から作成していたもの。


 シェレンコフ大将らがタスクフォースを結成して作ったものの複製版。


 俺はヤクチアに関しての情報はそうそう忘れない。


 そこにシェレンコフ大将が書き加えた内容はヴェノナ文章以上のもとなっていた。


「……なっ……」


 あまりの内容にウィルソンは口をふさぐ。


 口の中から何かが吐き出されそうな表情となっていた。


「そちらの文書は我が国がシェレンコフ大将らの力を借りてまとめたものです。大統領補佐官以下、150名がGRUの所属です。今までこれを渡さなかったのは、あまりにも突飛な話すぎて信用されないと考えていたからです。Mr.ウィルソン。貴方の祖国は今、虫歯のごとく蝕まれている。今まさに国家としての自浄作用が働かねばならぬ時であるがゆえ、これを託します」

「Mr.シナノ……貴方は一体……何者なのですか」

「ただの航空エンジニアですよ……皇国陸軍の人間は少なからずこういう人間で構成されています。私共は設計だけが仕事ではありませんので」


 嘘ではない。

 皇国陸軍が育てる軍人とはそういう者だ。


 それしか出来ない専門家ではない。


 広く浅く。

 だから皇国陸軍の軍人は侮れない。


「これは……好きに使わせていただいて構わないのですか?」


 顔中に汗が浮かぶウィルソンはその文書がただならぬ存在であることを自覚していた

 使い方を誤れば死ぬ。

 少なくとも多くの者を敵に回す。


 彼に使いこなせるかどうかは賭けだが、G.Iを信じるために渡す。


「貴方が皇国人を信じているように、私はG.Iを信じています。浄化された後にジェットエンジンを共同開発する事だって考えています。どうぞ好きに使ってください」

「……Mr.シナノ。この恩はG.I社としていつか返させていただきます」


 ウィルソンとはその言葉を最後に別れ、俺は立川へ。

 旅立つのは3日後。


 何を示せるかわからないが……王立国家の地は荒野とはさせん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ