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航空エンジニアのやり直し ~航空技術者は二度目に引き起こされた大戦から祖国を守り抜く~  作者: 御代出 実葉


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第100話:航空技術者は前線へ向かうことを決意する

「信濃技官。我々海軍はかねてよりダブルベース火薬を用いたロケットを開発してきた。一部では固体燃料などと呼ばれるもので、すでに実用化の目処は立っている。我々海軍が気になるのは、なぜ陸軍は非効率なのを承知で常温燃料ではない液体酸素を使うのかである。信濃技官。ダブルベースでは駄目なのか?」


 皇国のロケット開発は皇暦2590年代前半から。

 しかし不思議なことに皇国では海軍が固体燃料を、陸軍は液体燃料式を中心に開発を行っていた。


 陸軍が当初から目をつけたのは液体酸素。


 俺はフリーズドライ食品を開発及び製造する際、酸化剤として使われる液体酸素を精製する時に大量に生産される副産物たる液体窒素用いている。


 その液体酸素が精製、製造されている理由こそ、俺が再び過去に戻った頃にはアルコール系燃料と液体酸素によるロケット開発を陸軍が進めていたからに他ならない。


 ではなぜ陸軍は扱いづらいのを承知で固体燃料ロケットの開発をしなかったか。


 陸軍が皇暦2595年頃に開発していた当時、すでにダブルベース火薬の研究はかなり進んでいた。


 よって従来の黒色火薬を用いた火薬ロケットよりも、よほど高性能な固体燃料ロケットの開発の目処はついていた。


 現時点で海軍は来年を目処に量産化に移行する予定すらある。

 ここまでくれば普通に考えれば固体燃料ロケットを採用したくなる。


 しかし俺には採用したくない2つの理由があった。


「ダブルベース火薬は供給可能量が少ない上に製造費用が高すぎるのです」


 海軍が早々にコンポジット推進薬へと手を出しはじめる最大の理由はダブルベース火薬の供給量が想像以上に乏しく、安定性に欠けていたためである。


 かといってバズーカなどにも使われたコンポジット推進薬はNUPがその生産を得意としている一方、皇国では純度の高い精製方法を確立させることに足踏みし、燃焼試験中に爆発事故が多発。


 おまけにそのコンポジット推進薬開発には後4年ほどかかる。

 バズーカが皇国で手に入るようになるまで待つことを考えても2年。


 そこからリバースエンジニアリングして量産することを考えても、前倒しは1年前後と見るべき。


 バズーカ用のコンポジット推進薬を入手するとしても2年前倒しが限界。

 まだ時間がかかる。


 それを用いてロケットを作るなど、2604年までにとてもではないが間に合わない。


「――それにダブルベース火薬は燃焼が安定しません。その弱点にはお気づきのはず。今技研が足踏みしているのは燃料ではなくエンジンの問題です。そちらは解決の目処が立ちました」

「そうは言うがな信濃技官。軍用に使うにしては液体酸素はすぐ蒸発してしまうだろう」

「きちんとした構造の貯蔵タンクなら1時間で蒸発する酸素量は0.8%に止められます。さらに突き詰めることで1日の蒸発量は1%程度にする事も可能です。充填された最大貯蓄量の80%までなら使用許容範囲内。液体酸素で悩むのは貯蔵よりも、注入作業に時間がかかる事です。なにぶん蒸発して気化するタンク内に注ぎ込むのは容易ではありませんからね」

「それでも貴君は液体燃料式が優れていると?」

「優れているのではなく、現状で最も早く実用化できうるから採用しているに過ぎません。ただロケットを作るというだけなら半年以内で射程100kmほどのものは作れますから」


 コンポジット推進薬については製造方法も知っているが、材料の調達や均一になるように混ぜ込む手法の確立にはそれなりに時間がかかる。


 それを確立した男は信じられない事に陸軍にいて、しかも確立したのは戦後の事だ。


 その男こそ本来の未来では本年に長島を辞めてしまう予定だった男で、現在陸軍の液体燃料ロケット開発に精を注ぐ者。


 彼の力を借りて開発を促進する方法は無くも無い。


 しかしコンポジット推進薬の開発はコンポジット推進薬への理解が進んだからこそ問題なく可能だったわけで、絶対に事故等で失えない人材を理解が進まぬ現状で作るリスクをとりたくない。


 爆発事故はNUPでも多発したが、俺がいくらコンポジット推進薬の特性を説明して作らせたってきちんと混合された状態かどうかは目視では確認できず、職人芸に近いものだから開発初期には爆発事故が多発するのは見えている。


 そこでロケット開発者を一人でも失う事は後のロケット開発に大きな影響を及ぼす。


 俺が液体燃料に拘っているのは、すでに液体酸素含めた全ての量産化がなされているだけでなく、工業用として使われる液体酸素は全国各地で生産されている事から、その物質特性への理解が皇国が先進国の中でも突出して進んでいるという点に尽きる。


 液体酸素に関しての理解は王立国家と並んでおり、現在世界トップクラスの生産量でもあるのだ。


 現状のNUPより生産量が多いというのは驚くべき事ではあるが、それだけ皇国は液体酸素の利用が民間ベースで広がりを見せているという事であり、民間企業の研究者からも多くの論文が提供されている。


 だからこそ陸軍は液体酸素に拘った。


 本土防衛などを考えた場合においては極めて高い量産性を誇り、なおかつコストも現時点では固体燃料式より安くできるからだ。


 後に逆転してしまうが現時点で全てが揃っているがゆえに価格が安定している。


 これを空対空ミサイルとして使うのは正直言って無理があるものの、離陸時の補助ブースター目的や、空対地、対戦車ロケットといった使い方はある。


 ネックは運用法だけ。


 本当は常温液体燃料ロケットを作ってみたいところであるが、そっちの製造難度やコストはダブルベースやコンポジット推進薬と変わらない。


 腐食性に関してはステンレスで乗り切れるのだが、現在の皇国においてはステンレスの加工技術に乏しく、製造中の事故などのリスクなども鑑みると現時点での採用は難しい。


 というか開発できる可能性も低い。

 俺の軍用兵器に関する開発スタイルでは採用できないな。


「……うむむ。貴君の考えがよくわかった。そこでもう1点伺いたいのだが、例えば的の大きい戦艦に命中させるためのロケット。これを本年中に開発する事は可能であるか」

「不可能とは言い切れませんが、可能と自信をもって言えるものではありません。射出方法、どういうロケットとするか――等々、様々な発想はあります。敵を第三帝国とし、彼らが鋭意建造中のビスマルク級を落としたいというのであれば、0%とは言えません。ただし、戦艦からの射出は不可能ですが」

「それはどうしてであるか?」

「射出機構の開発と改修を考えれば本年中は不可能です。もうすでに5月。後7月以内にそれを可能とするというのは不可能に近い。撃つとするならば空母。それも正規空母から。推進式爆弾として航空機を用いるのか、甲板から直接射出するのか。どちらにせよ、燃料充填問題や燃料精製問題を考えても、艦内設備の優れたる空母以外選択肢はありませぬ。必要なのは滑走可能な空間です」

「そういう事か……」


 目の前にいる将校は砲術士官の出なのだろう。


 曇った表情はまさに時代の移り変わりに対応できぬ戦艦を事実上否定された事に、どうしようもない無念のようなものを感じている様子を表していた。


「念のため恐縮ながら申し上げますが、私はダブルベース火薬の開発を否定しているのではありません。技研は大量生産を確立しうる技術でなければ採用し辛いために、現時点では各国も開発に注力する液体式を選んだ。それだけです」

「いずれ逆転する事も加味しているということでよろしいか?」

「その通りです」

「わかった。貴重な時間をいただいて申し訳なかった。信濃技官。もしかしたら統合参謀本部を通して君に今後開発を依頼するかもしれん。開発を依頼するのは空母から射出する、または空母から発艦し、敵に確実に命中しうる空域から射出するためのキャリアーだ。考えておいてくれ」

「はっ」


 ミサイル専用のキャリアーか……


 キ47では構造的に厳しい。

 プロペラが邪魔だ。


 それこそ現状の技術だけで開発するならプロペラを推進式にした全翼機が浮かんでくる。


 だがそんなの作ってどうするんだ。

 もっといいアイディアがあるはずだ。


 ◇


 皇暦2600年5月10日。


 第三帝国がついに動きはじめる。

 共和国や連合王国に相次いで侵攻を開始。


 この侵攻に際し、地中海協定連合軍は大きな衝撃を受ける。

 それは第三帝国が俺すらも予想できぬほどの予想以上に軍拡に成功していた事だ。


 第三帝国はあえて東側を防衛に止め、西側を中心に電撃戦を展開。


 本来の未来とは若干異なる進軍方法。

 しかし現れた地上戦力は俺の予想を越える桁違いのもの。


 そのため、本来の未来と同じく西側は撤退戦を余儀なくされる。


 これだけの戦力を整えるには、何らかの方法で資源の供給を受けねばならない。


 NUPの姿がチラつく。


 地上戦力に対して逆に航空戦力はむしろ本来の未来より少ない様子だ。


 正確には少ないのはBf109。

 Me210の性能に追いつけないBf109を第三帝国は早々に見切りをつけた様子があった。


 俺の記憶ではF型の開発は行っていたはずだ。

 視察した際にあの美しい胴体構造を間違いなく見た。


 だがまるでF型の開発が中止された様子があるがごとく、E型の投入すら少ない。


 主戦力はBf110、Me210などの双発機。

 そしてBf109の代わりとして現れた存在が緒戦から登場した。


 北部戦線でも確認されたP-39である。


 しかもこのP-39はP-39Cではない。

 試作機と同じく排気タービンが装備されたP-39である様子だ。


 P-39のプロトタイプにはG.Iが新たに開発したB-5タービンが装備された。

 小型かつ1段式のこいつのおかげでP-39の試作機は極めて高性能だった。


 ヤクチアに渡ったP-39はP-400と同じ排気タービンを装備しないタイプ。

 一方で第三帝国が運用したP-39はプロトタイプそのままだ。


 俺が技術者として知る限り、XP-37、XP-38、XP-39の三機は同じハリソンエンジンを搭載している。


 その上で全てが試作機の段階では排気タービンを装備した。


 このうち、排気タービンを搭載したまま活躍したのはP-38のみ。


 他方、XP-39とXP-38双方は試作段階では高い評価を得ていて、P-39の評価が乏しかった最大の原因は、コスト、整備性、性能が両立したXP-43の影響が多分にあり……


 ハリソンエンジンの安定性を除外してもカタログスペックだけなら本来のP-39はこの時代を代表する超高性能機であった事は否定できない事実だ。


 最高時速約630km。

 武装は37mm×1、12.7mm×2、7.7mm×2。


 それでいてそれなりに運動性も高かった。


 P-39の最大の弱点はこの排気タービンを外したこと。


 当時のNUPの陸軍は知らなかったことだが、一連の機体に採用されたハリソンエンジンは元々排気タービン運用前提。


 突き詰めた仕様としていただけに外した影響で大幅な性能低下が生じた。


 もし外さなければ……とは当時からよく言われていた。


 その"もし"を誰かがやったのだ。


 第三帝国が用いたP-39は胴体の両サイドに特徴的な排気タービン用のエアインテークがあり、エンジン音からも排気タービンを装備した機体である事なのは明らかだった。


 武装はP-400などと同じく7.7mm機銃が取り外されて軽量化。

 12.7mm×2と37mm×1の構成となってて、明らかに皇国のキ43を意識した超高性能機となっている。


 B-5タービンは皇国が用いる二段式には劣る。

 しかしエンジンが液冷の分、胴体が空力的に有利な構造。


 マズいな……こいつにもしDB605を搭載したらどうなる?


 いや、そもそもDB601ですら排気タービンを併用すればV1710より高性能。

 Bf109よりよほど厄介な機体が第三帝国に渡っていた。


 当然皇国は王立国家などと共にNUP陸軍の最新鋭機が現れたと外交ルートを通じて批判したが、彼らは批判を完全に黙殺。


 俺は京芝を通してG.Iとコンタクトをとったが、B-5タービンはG.Iに無断で第三帝国に機体ごと供与された事もわかった。


 B-1はきちんと許諾を得て提供を受け、その後、本国からの購入を渋ったために芝浦タービンで量産させるという、G.Iの包括的ライセンス契約を使った裏技で生産していたとはいえ、ライセンス料も支払わない提供をNUPは無断で行った事になる。


 あのふざけた大統領は何をしたいのか。

 俺の知る世界の歴代の大統領よりもよほど野心家ではないのか。


 ユーグでの発言権を増大させるために地中海協定連合が邪魔になったとでも言うのか。


 どちらにせよ、国内の企業すら無視して暴走する大統領は本年中にいなくなってもらわねばならない。


 ウィルソンCEOは本年の大統領選にて確実に退陣してもらわねばならなくなったと言っていたが、それまでに戦線が保てるのか怪しくなってきた。


 何しろP-39は航続距離が割と長いのも特長の1つなのだ。


 武装を仕込んだ試作型の航続距離は1450kmもあった。

 当時のデータを見る限り、試作型は本当に傑作機足りえる存在だった。


 Me210が艦隊を爆撃した際に護衛していなかったのはMe210よりかは航続距離が短いだけ。


 現状において対抗できる戦闘機は皇国の百式戦と百式攻のみ。


 零は排気タービンを装備するスペースなどない。

 だからこそ海軍は雷電を作りたがっているわけでもある。


 厄介なのは37mmのM4。


 俺が想定した攻撃は機関銃20mmまで。

 37mmとなると機体は命中すればタダでは済まない。


 実際、百式戦は喪失機が増加し始めた。

 1発でも翼に被弾すれば空中分解する。


 命中率は極めて劣悪だが、無視できない。


 かといってこれ以上の防御力を保持させようとすると運動性などが犠牲になる。


 そんな状況で何気に活躍しているのは百式襲撃機。

 こっちは当初より47mmをも考慮した重装甲。


 エネルギーを喪失したP-39ならば倒せるだけの力があった。


 現状の皇国は百式戦と百式攻がP-39を徹底的に追い回して低空に追いやり、そこを百式攻が巴戦で乗り切るという二段構えの戦法で何とか対抗。


 それでも現地より635km/hもの高速域に到達していると伝えられる第三帝国のP-39は、Fw190以上に厄介な相手で間違いない。


 第三帝国の整備能力の高さゆえにP-39の稼働率が高い。

 一体どれだけの機体が今第三帝国内にあるのか。


 こいつがBf109の代わりにDB601ないしDB605を搭載して飛び始めたら、キ63の生産を前に王立国家が落ちかねない。


 何か対抗策が必要になるかもしれない。


 ◇


 皇暦2600年5月15日。


 前日に共和国のマジノ要塞崩落。


 ホラントが白旗を揚げたその日。

 立川にはとりあえず飛べる状況になったある存在が持ち込まれた。


 開発中のヘリコプター、新たにロ号垂直離陸機と名づけられた存在である。


 ロ号のロはローターのロ。


 3枚のローターを装備したこいつはメインローターを固定式とし、他2枚のローターはサイクリックピッチではない単純な可変ピッチ構造となっており、立川の飛行場からおよそ40mの高さまで垂直離陸に成功。


 設計当初ローターは計4つあったロ号だが、超低空ホバリング試験にて左右の旋回を司るテールローターは2つもいらないという事が発覚。


 これは試験稼働中にテールローター1本が故障して偶然判明したことなのだが、1本のテールローターだけでロ号は十分に動き回れたのである。


 そのため、テールローターをより大型化して1個にした上で後部に推進力発生用の可変ピッチプロペラを装備させ、それなりに動き回れる状態となって仮の状態で完成した。


 なんというか当初の設計よりも大分ヘリコプターらしい外観となっている。


 まるで複合ヘリコプターのような外観だ。

 テールローターを装着したX-49のような形状となっている。


 残念ながらテールローターがあるためにX-49のようなダクテッドファンには出来ないが。


 テールローターが少なからず乱流を発生させてしまう。


 それでも現在のロ号は十分にヘリコプターと言えた。

 水平飛行速度は160km程度だが、ちゃんと前にだって進むことも出来るし、一番重要なホバリングも可能。


 後部推進用ローターが無くなれば200km以上で飛べるようになる。


 2600年現在、十分に航空機と言える存在となっているわけだが……その結果、皇国史上初のジェット機は垂直離陸機となってしまった。


 まさか皇国史上初のジェット機が回転翼機とは……まことに人生とは面白い。


 当日、皇国には多くの陸軍将校らが詰め掛けてその様子を見守ったが、ジェット機として宣伝されたソレがなぜかプロペラ満載でさらに垂直離陸した事に混乱した様子だった。


 将校達はオートジャイロという存在は知っている。

 そしてヘリコプターという存在も名前とどういうものかは知っている。


 しかし突如それが皇国に誕生したことに動揺を隠しきれていない。


 ヘリコプターについてはあまり表向きで情報を公開してこなかった事もあり、キ84と勘違いしてしまったのである。


 世界に先駆けて実用型のシコルスキー型が目の前に現れただけでも驚かないわけがないが、それがジェット機なのだから頭の中が混乱して当然だった。


 その雑念をかき消すがごとくバラバラとやかましい音をたてて飛ぶロ号。

 俺からするととても懐かしい音である。


 秀逸な重心設計のおかげで安定した飛行を見せたロ号は、立川の周辺を高度40mを保ったまま旋回飛行し、見事に着陸。


 前日までに5m、10m、20mと高度をあげていった試験飛行の積み重ねた成果を見せ付けた。


 しかもこのロ号は当初より武装も装備している。

 ホ5の20mm機関銃を2門装備していたロ号はホバリング状態のまま、標的を攻撃して見事に命中させた。


 正直言えば、それはその日は風が無かったための偶然で、これまでの射撃試験では命中率は皆無。


 俺が試験飛行時の内容が外部に漏れた場合に相手を恐怖させようと画策したもので、急遽機体にとってつけたように装着したものだったのだが、標的を見事に破壊してしまい逆に将校らに期待された。


 彼らには最終形態の姿をすでにお披露目していたが、現在のローターは仮のものであり、メインローターとテールローターだけで同じことをやると述べると、「未来の戦闘機に翼は存在しないのか」――などと、歩兵部隊や戦車部隊の将校らに勘違いされてしまった。


 ユーグの状況は芳しくない。

 それでも、やるべき事はやる。


 ロ号は茅場の努力次第でどうにかなる事が証明され、兵員輸送や分隊支援において力を発揮することを期待された。


 現状でもCs-1がもたらす1040馬力の出力は破格。

 250kg爆弾を2つ抱えても楽に飛行できる。


 当日は爆撃試験も行われたが、こちらは当初より考えられた攻撃方法。


 そもそもが、ホバリングできる航空機にとってはただ垂直に落とすだけなので命中率の確保は容易。


 偵察任務だけの用途に留まらない事を見事証明してみせた。


 しかし留まることを知らないとばかりに進軍を続ける第三帝国に対し、ついに俺は統合参謀本部に呼び出される事になってしまう。


 その前の段階で西条に呼び出され、その是非を問われる事になった。


 ◇


 それは皇暦2600年6月5日。


 第三帝国がパリを爆撃した翌々日のこと。


「――信濃。忙しい時に呼び出してすまんな」

「大丈夫です首相。直接お伝えできておりませんでしたが、先日のロ号の飛行は上手く行きました。といっても完成度合いは6割といった所ですが」

「すでに報告はこちらにも来ているが、現状でも最低限の飛行は出来るのだな?」

「当初より量産化も視野に入れておりましたので完成度はそれなりのものです」

「垂直離陸機については海軍も大変興味を抱いている。最悪はローター3つで制式化し、メインローターの完成を待たずに量産する。後で改修すればいいわけなのだろう?」

「垂直離陸機ゆえ離着陸に難がありますし運動性も本来の状態より大幅に低いですが、飛ぶ事は飛べます。量産に関しての是非はお任せします」

「ならば量産化だ。現状で十分だと航空本部も訴えてきている。後々のジェット戦闘機運用においてエンジンの整備などで多くの知見を提供できるはずだ」

「確かにそうですね」


 本来なら朗報である話ではあるが、西条の顔は曇ったまま。

 まあそうだろうな。


 皇国がNUPや王立国家、そして華僑と戦争していないだけで、ユーグは本来の未来と変わらぬ状況を歩んでいる。


 彼らの足を緩める何かが必要だ。


「それでな信濃。海軍はこの切迫した状況に手を打つため、お前を前線に送り出すことを統合参謀本部会議にて提案しようとしている。陸軍としては断固拒否の姿勢だが、彼らは撃沈こそされずとも戦力を大きく失い、汚名返上を行うために力を借りたがっている」

「何をさせようというのです」

「空母加賀内での液体燃料ロケットの開発。そしてそれの射出。第三帝国の進撃を食い止める攻撃を行う事。つまり、開発中の液体燃料ロケットを大西洋上で完成させ、それを実際に攻撃に用いろとの話だ。こんなふざけた話があるか?」


 液体燃料ロケットに関しては、小型のものがすでに完成間近。


 人間の身長程度しかないものを高尾から飛ばし、その具合を見ようとしていた。


 だが海軍は待てなくなったのだ。

 突如現れた第三帝国のP-39に現状の零は無力。


 完成度が極めて高いまま登場したMe210相手に戦艦はどうする事も出来ず、第三帝国の通商破壊作戦を阻止しようにも、60隻以上あるUボートによって思うように進軍できず王立国家周辺を動き回るしか出来ない。


 でもそれは王立国家も同じ。

 逆転のための布石は、今ようやく量産が開始されようとしている。


 CV-64。


 後にVT-信管などへと繋がる超高性能小型マグネトロン。

 これの開発は王立国家が2月の段階で終了させ、G.Iに量産を委託。


 すでにG.Iでは少数生産が行われ始め、6月から大量生産体制に移行。

 6月からはG.Iの子会社たる京芝でも量産開始予定。


 こいつによって作られたレーダーは第三帝国の潜望鏡やシュノーケルを補足可能。

 後に射撃管制レーダーなどへと成長する極めて重要なもの。


 CV-64によって作られた次世代型レーダーは3つのスコープを用いる事で距離、高度、方位の3点を確認可能だった。


 本来の未来でもCV-64は皇国内でも少数量産される。


 つまりNUPと戦う未来であっても、NUPと戦う直前に一番重要なマグネトロンはそこにあった。


 本来の未来における陸軍はこの時期にマイクロ波は駄目だと見切りをつけてしまっていたので気づかなかったがな。


 しかし今は違う。

 とにかく喉から手が出るほど欲しかったマグネトロンは皇国内にもある。


 6月以降の量産化のためにすでに少数が量産。


 こいつを使えば探知距離160kmにて三次元に敵を捕捉できるレーダーが作れる。


 王立国家はすでに皇国にレーダーの共同開発を打診してきているが、彼らは皇国内でマグネトロンが量産できる事に少々顔が引きつっていた。


 皇国内に情報交換のために専門家が訪れて初めて知ったのは、NUPに生産を依頼したはずのマグネトロンが皇国で量産化予定であるという事実。


 ここで初めて彼らは京芝の包括的ライセンス契約と、そして京芝の実力を伺い知る事になる。


 元々、レーダー開発に重要なアンテナ関係の技術者がいたとはいえ、皇国もまた大量生産能力があったのは彼らにとってはある種恐怖であった事だろう。


 もし戦う事になっていたのならば、そのままソレが牙を向くのだから。


 しかし同盟関係を結んでいる現状においては、こと共同開発を加速化できうるという事で有利に働く。


 NUPと組むのと同じかそれ以上にレーダー開発を加速化できる。


 それだけの技術力がありながら本来の未来にて躓いたのは、京芝と軍部が距離をとったことと、マイクロ波に未来を感じていなかったため。


 現状においては伊達にキ47にレーダーを搭載しているわけではない。


 海軍もその話を知らぬわけがないし、だからこそ"現状でどうにかならないのか"と問いかけてきたのだろう。


 陸軍からすれば技研の中で多くの新鋭兵器の設計を担う人間を前線に運ぶなど愚の骨頂。


 当然陸軍はNOを突きつける所だが、海軍は簡単に引き下がらないだろう。


 俺は静かに現状の状況を考える。

 戦闘機の基本設計は終了済。


 詳細設計はインテグラル構造を中心に俺が行ったが、こちらも終わった。


 戦車もといブルドーザーは山梨で頑張っている。


 細かな改良点は見つかり始めているが、これらの改良はメーカーに任せられる。

 こちらも基本設計はすでに終了。


 詳細設計はタービン機関など一部しかやっておらず、タービン関連などはすでに仮設の実機が完成。


 キ63は基本設計以外は長島に投げており、問題ない。

 百式襲撃機は2型が完成。


 2型は胴体前部を新たにSt52を胴体構造に採用し、全溶接式フルモノコック構造とした。

 後部もメタライトを採用して軽量化並びにコスト削減。


 エンジンはハ43-Ⅱに換装。

 すでに1型の生産は終了し、2型に移行。


 ただし、1型と同じアルミを用いた基本構造の後部胴体は生産を継続。


 これは集と統一民国における生産能力によるもの。


 胴体前部の生産は両者共に行えるのだが、メタライトが上手く作れなかった。

 結果、胴体後部のみを1型のままとした1.5型のようなものも同時に生産。


 東亜三国では1日に50機というペースで生産してはユーグ地域に運び込んでいる。


 人海戦術を用いた空輸はキャノンボールスタイルで、国家間を何度も複数の国の軍人が交代しながら往復して前線に運び込むというもの。


 地中海協定を利用した前線配備は第三帝国が進軍進路を西にしか出来ないほどの圧力となっており、地中海協定締結国の殆どが百式襲撃機を配備する状況へと至っていた。


 襲撃機は現状ヤクチアと第三帝国のP-39にすら唯一巴戦が展開できるため、その必要性は各国から強く訴えられていたための措置である。


 第三帝国の地上戦力の影響で撤退戦を行ってはいるものの、撃墜数は極めて少なく、逆にこちらが撃破した地上部隊は非常に多い。


 統一民国と集は生産力増強のためさらに工場を増やす予定で、ユーグ各国まで生産工場を作る事になっていた。


 複座型ゆえに偵察から地上部隊攻撃から何から何まで出来る襲撃機は、航続距離もそれなりにあって、高高度飛行以外は何にでも使える点が評価されたのだろう。


 ……俺が今やる仕事といえばキ84の様子を見ながら試作機の製造を監督する事ぐらい。


 他はメーカーに任せていてもどうにかなる。

 どうにもならないのはロケットのみ。


「……首相。海軍は何を求めていますか。対地攻撃なのか対艦攻撃なのか」

「どちらでも……もしくはどちらともとも言える。Uボートの製造工場などを遠隔で攻撃できるならしたいらしい。少しでも敵の戦力増強を阻害したいのだ」

「ならば、その話に乗ってみます」

「なんだと? 正気か!?」

「丁度京芝から新型のマグネトロンの先行量産品が届きました。それで何か作れるやもしれません」

「加賀が攻撃されない保証などないんだぞ」

「このまま行くと7月から始まるであろう王立国家の戦いで負けかねません。皇国において全てが完成した時にユーグが第三帝国に負けているのは防ぎたい。3月ほど時間をください。何か1つ戦果を挙げて戻ってまいります」

「……信濃、お前は絶対に失えん人材だ。それを自覚した上で大西洋に出るのだな?」

「そうです。成果が出せぬようなら戻ってまいります」

「…………」


 西条はしばし沈黙し、考え込んでいた。


 海軍の無茶は2度目。

 1度目の無茶をクリアしたことで無傷で戦いを乗り切った加賀。


 その加賀でもう1つ何かできる可能性がある。


「……わかった。だが今後の状況を加味すると半年以上大西洋に出ることは許可できん。それまでに何か1つ戦果を出して来い。出したらすぐ戻ってくるんだぞ」


 こちらの覚悟を汲み取った西条はユーグへ向かうことを許可する。


 かくして俺は、王立国家が未来に語り継ぐブリテン島の戦いに直接参加する事になるのだった。

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