表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

113/341

第93話:航空技術者は練習機と装甲兵員輸送車を用意せざるを得なくなる1

後半は後ほど投稿します。

 皇暦2600年4月12日。

 キ84の設計開始から早2週間。


 立川に不思議な車両が運び込まれた。


 百式輸送機に詰め込まれていたのは豆戦車。


 どう見てもL3/38なのだがなぜこんなものが。

 うちにだって九七式軽装甲車というものがあるだろうに。


 まあいい。

 戦車について気にしている暇はない。


 キ84を作るためにはありとあらゆる分野において、ソフトウェアとハードウェア双方を揃えなければならない。


 もはやそれは陸軍を越えた空軍と呼ぶべき存在であるが、俺はキ84に与圧室は搭載できずともどうしても搭載したいものがあった。


 射出座席である。

 方法は問わない。


 圧縮空気だろうが油圧だろうがロケットだろうが何でもいい。

 火薬で妥協することだっていい。


 脱出装置が無いジェット機は作りたくない。

 だから茅場と協議して開発をすでに依頼してある。


 茅場は現状だとダブルベース火薬によるロケット戦闘機をまだ諦めていない様子なので、彼らが局地戦用戦闘機として採用したがっていたものを用いて開発を依頼したが……


 これまでの研究資金が多少なりとも回収できるということで快諾してくれた。


 大型のロケットエンジンが作れていない様子だったが、射出座席には研究中の小型のもので十分だから問題ないはずだ。


 上手く行くかどうかはさておき、パイロット保護第一なのは戦闘機の共通課題。

 防御力も保たせるが、いざ落とされても脱出可能なのが一番。


 また、射出座席と並行して必要となるのがサバイバルナイフ。

 これは特に大きな問題とはならない。


 世界のサバイバルナイフの3割を製造するようになる皇国なら、その中で最も優れているとされるものを今の時代に作ればいいだけだ。


 岐阜は関。


 ここには古くから優秀な刀工が多くおり、大政奉還後に仕事を失った者達は包丁などに手を出すようになった。


 現在は軍刀などの製作を行っているのだが、彼らは後に世界でも評価される非常に優秀なサバイバルナイフを作るようになる。


 それは薪を割ることができて、穴を掘ることができて、魚や狩猟した動物を捌くことが出来るナイフ。


 ハマグリ刃で刃渡り95mmの非常に優秀な、生存性だけを考えたナイフ。


 計算上では72日間砥石だけで性能を保ち続け、絶対に折れる事が無いとされる構造。


 公開時に世界に衝撃を与えた割に皇国軍が装備していなかったという、究極のサバイバルナイフ。


 俺はその存在を知っていたから常に携帯していたが、アレが無いと不安で仕方ないほど頑丈で長持ちして使い勝手がいいものだ。


 なまじ殺傷力が低いというのが逆に好都合だった。


 殺傷力が高いと警戒されるからな。


 それは生きるための戦いに必要になる刃物ではあるが、人を殺めるための戦いでは防御用にしか使えない刃物だ。


 それでいい。

 これは生きるために必要なサバイバルだけを考えたナイフなのだから。


 シュヴィーツがこれを採用し、諸外国に公開した際、このナイフは相当にバカにされた。


 F1と名づけられたナイフは切れ味が悪く、重く、見た目も従来のナイフらしくなかった。

 だが、NUPは即座にこのナイフが航空機パイロットが携帯すべきものだと看破する。


 それまで戦地でベイルアウトしたパイロットが何度もナイフを失って息絶えた苦い経験をもつNUP。


 こと密林や砂漠の奥地で幾人ものパイロットをそのようにして失った彼らは、そのナイフこそが理想のサバイバルナイフだと気づいた。


 というか、それが公開された時点ですでに知っていた者は私物として入手していた。

 だからこそNUPはそのナイフを自国生産し、正式採用品としようと奮闘する。


 結果生まれたブラボー1は優秀なナイフだったが、NUPすら驚愕したナイフは皇国製。


 しかも、その祖ともいうべき存在は空挺部隊用の試供品として提供されていた。


 2598年にだ。


 出刃包丁のような鉈のような不恰好なナイフは当然採用されなかったが、空挺部隊に不要でもジェット戦闘機パイロットには必要。


 俺がそんな試供品があったことを知ったのは昨年のこと。


 そのような存在があったなんて知らなかった。


 だからすぐに連絡をとって、いつか大量に発注するだろうから待ってほしいと伝えた。


 先日再び発注した時には声を震わせながら喜んでいたが、小物類も大量に必要だからこそジェット戦闘機は一期一会で完成しないものだと言える。


 俺は今、藤井少佐に声をかけているが。

 彼にジェット戦闘機部隊の中心人物となってもらうつもりだ。


 技研の数多くいるテストパイロットの中で、彼は脱出後の生存戦略についても論文を残す数少ない人物。


 絶対に失いたくない人材を失っていないからこそ、彼に後に空軍になるかもしれない特殊部隊を任せる。


 司令官なども900kmをオーバーする戦闘機の運用戦術と戦略を考案できる者を据え置き、彼には新たな戦闘機群のパイロットを育てる教官になっていただく。


 すでに声はかけたが、彼が今年公開した論文は非常に興味深いものであった。


 それは速度の上昇により、より運動エネルギーを保持する戦闘機が勝つという、E-M理論に近い考察だ。


 一撃離脱戦法においてはただ上空にいればいいわけではない。


 やはり物理学にも精通している彼に戦闘機部隊は任せるしかない。

 技研のスーパーマンに新たなスーパーマンを育成してもらう。


 また、彼らには陸軍式をならってジェットエンジン整備も多少は出来るようになってもらうつもりだ。


 陸軍はあえて専属の整備要員以外にパイロットも整備能力を付与させるようにしているが、各種力学的理解は次世代戦闘理論に結びつくだけに、皇国の中でも選りすぐりの人材を選出して徹底的に学ばせる。


 整備要員自体も用意する。


 彼らには谷先生の授業などを受けてもらい、俺も彼らに流体力学について教える。


 万が一俺がいなくなってもどうにかなるような人材を見つけなければならない。


 世代交代は必要。

 いつか絶対にだ。


 まだ皇国が勝ったわけではないが、新陳代謝は絶対に必要なんだ。


 だからそれが促される組織をも作る。


 仮に2年で戦闘機が生まれても本格的な運用は2604年とかになってしまうのだろう。


 全て1からやるんだ。

 やり遂げるしかないんだ。


 ◇


 皇暦2600年4月17日。

 俺は完成したCs-1を搭載した仮設戦車を立川で可動させる試験に立ち会った。


 まだ名前も決まっていない次世代戦車だが、これはいわばこのシステムが正しい事を証明するための実証試験。


 朝から戦車部隊の将校達を集めてお披露目した試験は見事に成功を収める。


 この戦車は砲塔も何もかも装備していないただのキャタピラ。

 装甲も最低限としているため非常に軽く17tしかない。


 おかげで有り余るパワーの影響で整地された立川の空き地を時速67kmで走り抜けた。


 将校達はそのあまりに甲高いCs-1の独特の音に恐れ慄いていたが、この戦車の構造を見て戦慄していた。


 その戦車にはクラッチもなく、プロペラシャフトなども無く、制御機器を介して接続されたモーターが転輪を回す構造。


 非常に応答性の良い超信地旋回を可能とし、燃費の悪さと回転砲塔以外は皇国が欲しい戦車の性能を全て満たしていた。


 王立国家より取り寄せたボギー式のサスペンションも悪くない。

 操縦方法は極めて簡単。


 ペダルを両足で踏むと押し込んだ分だけ左右それぞれが動く。

 つまり足だけでも操作可能。


 ただしハンドル型コントローラーも用意され、こちらでそれぞれの加速度を微調整して曲がったり出来るようにしている。


 このあたりは第三帝国の末期の戦車と似ているな。

 ブレーキも両足で踏む。


 ギアチェンジは一切不要。

 踏み込んだら踏み込んだだけ加速。

 モーターゆえに惰性走行もそれなりに可能。


 制御機器が空転を感知すると電圧を機械式で自動調節する仕組みのおかげで、登坂能力も非常に優秀。


 戦車部隊の将校達はこれがいつ頃できるのかと期待を寄せるが、量産は2601年を目処に目指す。

 本年10月には試作車が完成。


 この後この実験車には実物と同じ重量にして弱点を洗い出す。


 なんたって約40t。

 何が起こるかわからない。


 バラストなどを搭載して38.8tにして粗を見つけ出す。


 これらは専門に特別な教育が施された特戦隊が運用する事になっているが、最終的には既存の戦車部隊にも運用してもらうようにと考えてはいる。


 ようはジェットエンジンという存在を敵に奪われても問題ない頃には、これを一般的な戦車部隊が運用しても問題ないという認識だ。


 今は特戦隊にしか配備しないが、2604年ごろを目処に既存の戦車部隊にも配備する予定。

 ただし特戦隊以外の本土防衛部隊に関しては優先的に当初より配備する。


 元より本土防衛部隊の方が優秀な者達が多く、特戦隊との境界線が曖昧な状態に専門教育が施されているためだ。


 ……本土防衛といっても、何と戦うのかは不明だが。


 先日サモエドで鹵獲されたT-34が2機ほど皇国に運び込まれるらしいのだが、T-34を手に入れてもクラッチや変速機をどうにかできない限り意味がない。


 どうにかしてくれ本当に。


 ◇


 試験が終わったその日。

 俺はなぜか陸軍参謀本部に呼び出しを受ける。


 理由は不明。


 西条が直々に呼び出しとのことだが、また何かしでかしたのだろうか。

 ここ最近はずっと皇国にいたはずなのだがな。


 そんな俺は急いで向かった参謀本部にて妙な写真を見せられ、先日のL3/38が皇国に持ち込まれた理由を知る事になるのだった。


「――信濃。お前前線で我々がどうやって食事などのための水を調達していると思っている?」

「空中投下では? そのために技研で空中投下可能な水タンクを作ったのではないですか」

「それでは絶対に穴が出来る。兵糧は絶対だ。運ぶのはやはり陸でも行わねばならない。だからお前にはあるものの開発をやってもらわねばならん。まずはこれを見ろ」


 差し出された写真にはL3/35と思われる車体と、その後ろに牽引された謎のタンク。

 そのL3/35には機銃が取り外されていた。


「これは……」

「500L入りの水タンクだ。最近、水の運び込みはもっぱら豆タンクがやっている。アペニンに専門の補給部隊が出来たのだ。武器に乏しい彼らにとってこの仕事は適任だった。お前は知らなかっただろうが、地中海連合軍はこれに大いに助けられているのだ。まさかまるで活躍せんと思われた豆戦車がこうも活躍するとはな。敵に襲われてもどうにかなる豆タンクでないと陸上輸送は難しいことが判明した」

「それでL3/38を手に入れたのですか?」

「アレを参考に水を牽引して運ぶ豆戦車を我々も作ろうと思う。九七では牽引力不足だった。ライセンスはすでに手に入れた」

「また随分いきなりな話ですね。いくら払ったんです?」

「いや、払っていない。等価交換で済ませた」

「等価交換?」

「笑うなよ……パスタとの等価交換だ」

「はい?」


 何を言っているのだろう。

 ついに西条も頭が狂ったか。


 パスタと等価交換?

 そんなものでライセンスが手に入ると?


「状況がよく呑み込めませんが……パスタ?」

「そうだ。正確にはフリーズドライ式のパスタ料理を提供することで、L3/38のライセンス料とすることで決着がついた」


 ……思い出したよ。


 彼らがパスタにかける情熱を。

 そうだ、あの500Lの水タンク。


 あれはパスタを茹でるためにアペニンが冗談抜きでそのためだけに作った奴だ。


 アペニンときたら、時速300kmで走る高速鉄道でですら、食堂車を用意してパスタ料理を振舞おうとするぐらいパスタに命を掛けていたんだった。


「……その水タンクもしかして王立国家にも喜ばれていません?」

「なぜわかった」

「写真から紅茶の香りがしました」

「ティータイムは彼らにとって死活問題だからな……彼らも水タンクの必要性に気づいたらしい。元々L3の祖は王立国家の豆戦車だ。アレを大型化して出力をあげたのがL3シリーズだからな。王立国家はL3を模倣した運搬用豆戦車を作る事に割と本気だ。今や我々の軍用食は地中海連合軍へ大量に供与されている状況にある。そのために必要な水の確保は弾丸よりも比重が重いといわれるほどだ――」


 やはり軽い、保存が利く、水さえあればどうにかなるというのは、諸外国にとっても咽喉から手が出るほど欲しい代物なのだろう。


 フリーズドライの製造方法こそアペニンに提供する事はなかったが、代わりに本国の料理人を招来し、彼らの料理をフリーズドライ化して提供することでL3/38を手に入れたというのだ。


 あくまで直接生産するわけではないらしいが、九五式小型自動車は結局装甲がない故にマンネルハイム線での補給活動は、後方のみでの展開に留まってしまうのだという。


 おまけに九五式の積載力は大したことがなかった。


 500Lの水やガソリンを運べるL3シリーズは、燃料などを運ぶ上でうってつけの存在であり、ゲリラ部隊に対して非常に高い戦術的優位性を示したのだ。


 本来の未来でもそれをパスタのために使ったアペニンであるが、パスタ以外の料理にも使うために今日もどこかでトコトコと水を運んでいるのだろう。


「うーん……なんとなく状況はつかめましたが、私が開発すべきものとはなんです? 豆戦車ではないなら一体……」

「装甲兵員輸送車両兼装甲指揮車両だ。前者は人を乗せ、物も運ぶ。後者は人が乗る空間に通信機器を載せる。モーター式は通信ノイズがあるそうだがそこを何とかしてみて欲しい」

「でしたら前者だけで十分です」

「なぜだ?」


 俺からするとその発想に行き着いていて、どうしてそのような言葉が投げられるのかわからないが、10人程度なら余裕も余裕なので思いついた方法をそのまま説明する。


「これも水や燃料などを運び込むというならば、牽引能力を付与すればいいので、通信用の無動力車を牽引して使うようにすればいいんです。戦車から距離を離すかアンテナを高くすれば通信は届くようになります。砲塔外して10人ほど乗れる履帯装甲車ならすぐ作れますしね。丁度朝方実証試験をやった際には将校達を8人ほど乗せて走りましたよ」

「その報告を聞いたからこそ作ってもらいたいのだ。装甲は歩兵火器に対応できればいい。その辺は任せる」

「わかりました。ではっ」

「おっと、まだ話は終わっとらんぞ」

「はい?」


 その話を聞いてすぐさま部屋から立ち去ろうとすると呼び止められる。


 まだ何か必要なのか。

 一体なんだ。


「それともう1つ開発してほしいものがある。上層部と相談したがやはり私も必要だと思うのでな。お前にはもう1機ジェット機を作ってもらうことになる」

「また速度用の試験機かなんかですか?」

「いや。これまでの実績からお前が900km出すジェット機を作れないなどと思う人間はもう陸軍にはいまい。そうではない。これは根本的な……お前の言葉を借りるならばソフトウェアの問題だ」


 なんとなく読めてきた。


「訓練機ですか」

「そうだ。お前が起案した訓練機器はきっと未来の情報を活用したものが多いのだろう。だが、訓練機をプロペラ機とするのを上層部は不安視している。お前はそれで十分と思うかもしれんが我々にとって初めての領域。ジェット機は明らかに既存のプロペラ機と気質が異なるものなのだろう?」


 確かにそうだ。

 だが亜音速機ならキ63で十分だと思っていたが上層部はそう思っていないのか。


「九七式戦から百式戦や百式攻に転換したパイロットは、訓練中に一瞬ながら失神したと報告している者達がいる。実際に一時的に操縦不能に陥った事例もある。諸外国でGと呼ぶ存在がのしかかって来ているわけだ。900kmということはさらにそれは増大するのだろう?」

「もはや耐Gスーツは絶対に必要な領域です」

「選りすぐりの人選でもそんな状態になるのだから、現用のパイロットの大半は簡単に転換できまい」

「でしょうね」

「ようはジェットエンジンの性質を理解できうる訓練機が必要……との事ですか」

「そういうことだ。コストの低い簡単に作れる簡易的な複座型の機体でいい。水平飛行速度も出なくていい。ジェット機に触れられるようにしてもらいたい。お前が作ろうとしている特戦隊について上層部は認める意向だ。私も絶対に必要に思う。ただ、訓練機がプロペラ機でいいとは私も思わん。士気高揚を煽る目的でも全く次世代の動力を持つ訓練機としたいのだ。900km出せる化け物に突然乗せるわけにもいくまい。段階を踏むべきだ。そうだろう?」

「わからなくもありません。必要性を否定するほどのものでもありませんし。ただ、予算はまたかかりますよ? 大丈夫ですか」

「お前が生きた世界より今の皇国は経済的に潤っているのではないか?」


 少し首をかしげる西条は現在の皇国の状況を表していると言えた。


 元々皇国は資源が無いだけで経済的に困窮したわけではない。

 モノが作れないから次第に経済的に疲弊しただけで皇暦2603年までは成長路線。


 京芝なんかは急成長して京芝コンツェルンなどと呼ばれたが、主要な製造業のメーカーは売り上げ高が20倍前後で増加して推移している。


 現時点でその波が押し寄せているのだ。

 万博などで生まれた内需によって。


 ……油田という存在も大きいか。


「お前には今のうちに話しておくが、近く華僑の油田地帯は自治州にして三国管理とする方向性で詰めの調整に入った。その際に蒙古の自治州を統一民国と集で折半し、我々は資源を三国で共有する。お前が教えてくれた資源保有地域は全て自治州として三国が管理する。集に帰属させて採掘権を持つ状況は後の世に不安が残る。各国が領有権を主張し始めるぐらいなら三国共有の財産とした方がいい。戦乱に巻き込まれるならその方がいいと集とも決めた事だ。我々が事実上の領土のような状態で管理している蒙古地域を手放し、皇国は集の資源地帯を三等分による共有という形で再び得る」


 特に不満も何もない。


 それで統一民国が裏切らないで上手く行くというならその方がいい。


「帰属関係を棚上げするのではなく三等分するわけですね?」

「そうだ。元々集にある経済特区を拡張する考え方だ。現在の方針に変わりはない。採掘権ベースでのやり方は忍び寄る魔の手を防ぎきれない。それとこれは秘密協定ではあるが、統一民国が蒙古地域と戦闘になり、領土の割譲を受けることになっても我々は口出しをしないというのも条件だ。蒋懐石はどうしても蒙古を統一民国の一部としたいらしい。彼らが参戦する場合は我々も支援するが、勝っても利益はあちら側に行くということだ」


 元々皇国は蒙古地域の管理を統一民国に任せてもいいとは考えていた。


 ヤクチアと最前線で戦う必要性が薄れるからだ。

 どちらかといえば集周辺の資源地帯の方がよほど欲しい。


 採掘権ベースで手に入れた現状を変更する理由は、後の世において誰かが唆されて独り占めしようとするのを防ぐためのもの。


 自治州にして三国連合自治政府を立ち上げて管理するということなのだろう。

 後の世においても一部国家がそれをやっている。


 やることについて問題が出ることはないだろう。


「ともかくだ。我々にはお前の努力の影響でキャパシティがある。そのキャパシティを全力でジェット機に向けて欲しい。航続距離は不要だ。訓練機として突き詰めて構わん。旋回能力などは保有してくれ。Gとやらを体感できるようにはしたい」

「はっ。ではただちに」


 敬礼した俺はすぐさま立川へと戻る。


 立川へと戻る鉄道から皇国内の様子を見ても、確かに俺が知る2600年と今はかなり異なっているなとは思っている。


 航空機分野においては無駄な試作機製造と、失敗作などの量産を大幅に抑制した影響で各メーカー共に余力があった。


 百式シリーズから始まったメーカーごとの部品の規格統一も効果がある。

 互いに足りない部品を融通し合えるからだ。


 冷静に考えれば本来はそれぞれのメーカーが輸送機を作ったりなど、俺が元いた世界はむちゃくちゃなことばかりやっていた。


 今の皇国陸軍は主要開発メーカーが開発を担当した後、量産を他のメーカーも担当するという方式。


 キ43を立川などが生産し、キ47を長島なども生産するように、開発主導を別メーカーがやるが、可能であれば互いに同じ機体を量産し合う。


 それでも得意分野が異なるせいで完成した機体の質に多少のバラつきはあるが。


 だが、それでも質のバラ付きは最小限に留まっている。


 エンジンなどもハ43やハ44、ハ45などに絞った影響で、これらの改良に全力を注げる分、効率は上がっているはず。


 重爆の開発が一旦ストップした分、深山量産のためのキャパシティすらある。

 海軍機も統合参謀本部の影響で多くの機体が開発されなくなった。


 特に陸攻の開発が止まったことで四菱の負担が軽くなったのは大きい。

 その分のキャパシティは襲撃機に割いている。


 西条は鶏が卵を産むようなペースで必要だというが、相手のIL-2はパンと同じだけ必要と言われたほど。


 同じだけ活躍するだけに冗談抜きで最も数が必要な航空機だ。


 最悪は統一民国や集に胴体前部などを作らせてしまうという事も考えている。

 組み立てなら集でも出来るわけだし、皇国政府も割と本気で検討しはじめた。


 とにかく数が必要なんだアレは。


 華僑は今もっぱら弾薬や歩兵火器を製造して提供している立場にあるが、レシプロ軍用機の部品調達も手伝ってもらおうという考えなわけだ。


 現状、45ACPとスプリングフィールド弾の双方は統一民国を中心に大量生産。

 それが百式輸送機によってユーグに運ばれる状況にある。


 統一民国自体が百式輸送機を購入して国境紛争などへの対応を行っているが、ライセンス締結こそしなかったものの、百式輸送機と百式襲撃機の双方は彼らにも有償にて渡している状況にある。


 集と同じく九七式戦などを譲り渡していた統一民国だが、新鋭機として少なくない百式襲撃機を保有する。


 実は彼ら自体は百式戦よりも百式襲撃機を欲した。


 理由は装甲。

 簡単に落とされないというのは彼らにとって機動性や運動性よりも大きな利点だったのだ。


 P-38に攻撃されてもまるで関係なく飛び続ける機体の方が、P-38に一撃離脱を仕掛けられると分が悪い百式戦より優れていると考えていた。


 ある意味正解かもしれない。

 あの機体はP-47でも簡単に落とせないはずなんだ。


 防衛だけを考えたら現時点では襲撃機を揃えた方が強いやもしれん。

 T-34以外の戦車なら100%勝てるしな。


 高い高度を飛べない制約についても彼らにとっては問題なかった。

 高高度は皇国駐留軍が守ると最初から割り切っているためだ。


 自身はP-43のような存在と戦えればよく、そっちとなら十分に戦える。

 蒋懐石の戦略眼が光る選択だと言える。


 彼らはあの機体を玄武と呼ぶらしいのだが、華僑にて戦う場所が北部であることも相まって割と正しい愛称であるかもしれない。


 華僑での不安が少ないならその分こちらはジェット機に全力を注ぎこめる。


 結局、皇国が疲弊した原因は事変にあったわけだ。

 それが無い分、皇国に余力があって当然か……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ