番外編12:北大西洋の罠
皇暦2600年3月下旬。
開戦からはや1月。
ここ北大西洋の海では地中海協定連合軍と第三帝国との熾烈な制海権の奪い合いが展開されていた。
現在最も危惧されているのは第二次通商破壊作戦とも言うべき第三帝国の作戦行動である。
すなわち、NUPなどから移送されてくる王立国家船籍などの商船船団への無差別攻撃は、現状において物資にも資源にも恵まれぬ王立国家において最も国力を削がれるものであり、何としてでも防がねばならなかった。
それはある意味で第三帝国も同じであり、地中海協定連合軍による海域封鎖は少なくない負荷がかかる。
だからこそ双方はそれぞれ、地中海協定連合軍は通商破壊作戦の阻止、第三帝国海軍は海域封鎖の突破と通商破壊作戦を行うため、互いに制海権を奪おうと躍起になっていたのだ。
しかしそこには歴然とした戦力差があった。
地中海協定連合軍は王立国家と皇国の双方が、絶大なる海軍戦力を保有する。
特に軍縮条約を早々に破棄した皇国は、自国と地中海海域の双方を防衛できうる艦隊を保有しながら、北大西洋にまで主力艦隊を派遣可能な戦力を保有していた。
皇国内においては現在、戦艦日向、伊勢を中心とした第四艦隊が東亜周辺海域の防衛にあたっている。
彼らはにらみをきかせながら極東ヤクチアをけん制する状況にあった。
空母の多くは鳳翔や龍驤などの軽空母を中心としていたものの、航空戦力は東亜各地から派遣可能な事からそこまで問題ないとされ、事実東亜周辺では常に警戒機が飛び交うレーダー併用の警戒網が構築されていた。
一方地中海には新たに航空戦艦として大規模改装を受けた山城、扶桑を中心に翔鶴、瑞鶴といった主力空母が派遣され、アペニンの海軍らと共同で警戒にあたる。
現状においては地中海の海域は完全に制海権を得る事が出来ていた。
各種艦隊には潜水艦部隊も護衛するがごとく展開され、第三帝国のUボートを待ち構えていたのである。
そして北大西洋。
最も熾烈な戦いとなることが予想された北大西洋では、王立国家と皇国が共に主力艦隊を派遣。
BIG7のうちNUPの3隻を除いた4隻の戦艦が出揃うという、普通に考えれば殆どの国家が白旗を揚げたくなるほどの戦力が投入されていた。
皇国は赤城、加賀、飛龍、蒼龍といった主力級の正規空母を惜しみなく投入。
これらの部隊はブタペスト会議の際にも地中海に展開されていたが、今回はさらに北上して北大西洋にまでやってきている。
これだけの戦力があれば、北大西洋の制海権の奪取は容易なもの。
普通に考えればそうだと言い切れるほどである。
しかし両国海軍の首脳陣は慎重であった。
確かに戦力的には第三帝国海軍は現時点において、潜水艦を除けばアペニンとそう変わらない戦力しか保有しない。
巡洋戦艦二隻、ポケット戦艦三隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦六隻。
皇国の第四艦隊とそう変わらぬ戦力である。
しかも皇国の第四艦隊と異なり空母がないためさらに劣っている始末。
だが、彼らにはこれとは別に多くの潜水艦が存在した。
皇暦2599年7月までの間に52隻のUボートが少なくとも配備されており、なおも増加配備中。
これこそが彼らの海軍戦力の要。
第三帝国は潜水艦を中心に戦おうというのだ。
潜水艦の魚雷は1発でも命中すれば艦に相当なダメージとなりうるもの。
だからこそ両国は第三帝国海軍を過小評価することはなかった。
むしろ過大評価しているぐらいが丁度いいとも考えていた。
とはいえ怯えているわけにはいかない。
皇国にはUボートに決して劣らぬ潜水艦があるため、皇国海軍は自国の潜水艦を用いてUボートを捜索、警戒しつつも持ち前のレーダー装備型双発式航空機で常に警戒し、少しずつ敵艦隊との距離を詰めていた。
狙うはドイチェッランドとアドミラル・シェーア、そしてアドミラル・グラーフ・シュペーである。
両国海軍はこの三隻をビスマルクより脅威であると見ていた。
とにかく燃費が良く航続距離が長いのだ。
三隻は連携して商船攻撃にあたっていたが、逃げ足もそれなりに速かった。
ただしその戦闘力は皇国の重巡洋艦に必ずしも勝るものではなく、重巡洋艦部隊を展開するだけでも十分に撃破可能。
それでも大規模艦隊による討伐に繰り出したのは、三隻と連携する潜水艦部隊の存在によるものである。
悲劇はそこから始まったのであった。
◇
皇暦2600年3月18日。
グラスゴーから飛び立った皇国の最新鋭攻撃機キ47(百式攻撃機)はフェロー諸島近海に展開して北大西洋進出を狙うビスマルクと軽巡洋艦を発見。
同時に王立国家から西へ1200kmほどの地点に、アドミラル・グラーフ・シュペーを中心とした通商破壊作戦を狙う、第三帝国海軍の艦隊を発見した。
王立国家と皇国による連合艦隊はすぐさまプリマスなどから出港。
これの迎撃にあたることにした。
王立国家本土からは警戒機としてキ47を飛ばす。
最大航続距離5700kmという長大な距離を飛べるキ47は、現時点で突出した索敵能力がある上、高空性能も相まって一切迎撃されることなく周辺海域を飛び回っていた。
この機体はカタパルトを装備している加賀の艦載機であったが、一連の警戒機としての活動は増槽を装着してのカタパルト射出が重量超過によりできないため、基本的に王立国家本土から飛び立つ皇国海軍の機体が担当していた。
レーダーを活用して複数機を飛ばすことでその警戒網は実に強固。
当初こそ何かを確認するために偵察機を飛ばしていた第三帝国は、すぐさまキ47に迎撃されるためここ最近は偵察機すら飛ばさないようになっていたほど。
だがそこに奢りのような、先入観のようなものを生んだのかもしれない。
第三帝国にはキ47に勝てるような航空機は無い。
殆どの機体は航続距離が短いか足が遅い。
大したことなどないだろう。
そんな考えが脳裏の隅にあったことがこの先の結果をもたらすのだ。
3月21日。
回りこんで西側からの攻撃を試みようと考えているのだと考えていた両国海軍は、第三帝国海軍の艦隊が大きく南側に移動している事に気づく。
この時すでに連合艦隊司令官宮本五十六は、敵が何らかの策を講じようとしている事に気づいていた。
元来、シュペーなどは海上から陸上を攻撃することも考えられた存在。
彼らはレーダー網の薄い西側から奇襲を仕掛けてくるのが定石のはずだった。
ところが敵艦隊はまるでドーバー海峡をそのまま通過するような進路をとっている。
この理由がかわらない。
そんなところを通ろうとすればキ47が爆装した状態で楽に空爆できる。
そもそも、空軍基地のある所から1000km以内に近づくだけでもキ47の攻撃可能範囲。
現在のシュペーとの距離は1000km以上あるため爆撃は不可能であったが、それも時間の問題であった。
恐らく潜水艦艦隊が周囲にいる。
そう確信した連合艦隊司令官は王立国家の海軍上層部と話し合いの下、陸上発進した攻撃機による海空での連携作戦を立案した。
あえて近づいて被害を出すよりもこのまま共和国領海内に留まり、停泊して相手を待ちながら航空部隊を中心とした攻撃を行うのだ。
次第に近づくシュペーらに対し、今か今かとばかりに戦闘態勢のままプリマスとブレストの中間地点で待ち構える。
それこそが第三帝国による罠であった。
◇
「5時方向より敵航空部隊接近!!! 繰り返す、5時方向より敵航空部隊接近!」
皇暦2600年3月24日。
夜が明けたばかりの朝方に連合艦隊周囲には警報音が鳴り響く。
「高度9000m以上! 敵数約50! 距離130km!」
「馬鹿な、多いぞ!」
レーダー管制によりもたされた情報は、高空より飛来中の謎の大部隊の航空機であった。
情報を聞いた司令部の人間に青ざめる者もいる。
9000mなど現状で可能な第三帝国の航空機は少ない。
だが方角からいって間違いなく第三帝国から飛来してきていた。
それはつまり航続距離2000km以上を確保した上で、高空性能も満たすという高性能機であることを意味していた。
その情報に連合艦隊司令部はすぐさま航空機を出撃させ迎撃体制を整えようとするも、さらなる情報によって現場は凍りつく。
高空性能だけではなかったのだ。
「現在の敵機の速度はおおよそ速度600kmです」
「なにィ! 速いぞ!?」
敵機の速度は600km以上。
それはつまり迎撃できる機体が限られていることを意味していた。
現状の王立国家の空母が保有する航空機はたかだか300km程度。
皇国には600km級の機体は三種あるが、三種のうち二種は高度8000m以上が難しい一般的な空冷エンジン機体。
9000m以上まで飛行できる機体はキ47ぐらいしかなかった。
この状況に王立国家はすぐさま本土からスピットファイアを迎撃にあてがう。
少なくない数のスピットファイアがすぐさまスクランブル発進することになった。
一方の海上。
水平爆撃ならわけないと敵の進路を予測して陣形を整え直す。
陣形は当然にして輪形陣。
守るは空母と主力艦。
少しでも多く迎撃しようと美しいまでに整った動きで陣形を整えた。
その上で空母では大急ぎで迎撃機の発進が行われる。
「13機ある百式攻を優先的に出せ! 零はカタパルトを使わずとも飛び立てる! カタパルトは全て百式攻の射出に使うんだ」
「了解です!」
加賀の艦橋内では第一航空戦隊司令官が罵声混じりに部下に命令を下していた。
優先すべきは百式攻(キ47)。
敵の速度を知った司令官は零による迎撃よりも百式攻の迎撃が勝ると判断したのである。
それは元々は陸軍の機体であったが、海軍においてもその性能は高く評価され、特にこの機体を忌み嫌う者達など皆無であった。
「敵の位置は逐一知らせるよう艦橋の司令部に伝えてくれ。こちらのレーダーは10kmばかりしか見つけられない。射出したら後戻りできないからな。方角だけでも伝えるよう言ってくれ」
「わかりました」
配置についた百式攻(キ47)に飛び乗ったパイロットは、加賀の乗員に対して伝えるべき連絡事項を伝えるとすぐさま空へと飛び上がった。
2分~3分に2機ペース。
6分のうちに飛び立った6機はすぐさま高度を上げる。
――旋回しながら高度を上げろ。はぐれて飛んでいる奴らが攻撃してくるかもしれん――
航空部隊の隊長は光信号と通信を織り交ぜ、螺旋を描くように上昇することを促す。
キ47はそのままでも驚異的な速度で上昇できたが、敵の方が明らかに早く上昇しきっての迎撃は間に合わないと思われた。
そのため、螺旋を描くように艦隊周囲をぐるぐると回りながら旋回上昇し、速度と高度を両立させて飛び立ち、急降下してくる可能性が高い敵に備えるのだ。
ある程度高度があれば同じく一気に降下すれば追いつける可能性があった。
しかし第一陣の攻撃は海軍の予想よりも遥かに早く行われた。
「来たぞ!」
「双発機か! 結構大きい! 速いぞ!」
操縦席の中で他者に伝わらぬ独り言を呟くパイロットたち。
第一陣の矛先は王立国家の空母に向けられた。
事前に情報を得ていたのだろう。
第三帝国は王立国家を中心に急降下爆撃を仕掛けたのである。
「うわっ」
「うおっ」
「くそっやられた!」
何人かキ47のパイロットの目の前に目を覆いたくなる閃光がほとばしる。
王立国家の空母アークロイヤルに急降下爆撃が命中し、火柱が湧き上がったのだ。
「なんて威力だ……相当な重量の爆弾だ」
――全機へ。散らばらずに第二次攻撃に備えよ――
「間に合わんものな……さすが隊長だ。王立国家の敵を討とうと敵を追ったら第二波にやられる。悔しいが備えねば……」
それは決して見捨てるわけではない。
第二波が再びアークロイヤルに向かうとしても、今度こそ迎撃する。
その間に高度を上昇させ、エネルギーを蓄積するのである。
一度の空爆ですぐさま沈むわけではない。
必要なのは沈められるまで攻撃されないよう奮闘することである。
迎撃部隊の隊長はそれを理解していた。
敵機は散り散りに散っていったが、迎撃にあたるキ47は数が少なく、あえて追撃することはなかった。
「本当に高度9000mか? 1万m以上じゃないのか」
高度計を見たあるパイロットは疑問をもった。
この高度計は割と正確。
現在高度は8000m。
しかし遠くに見える米粒のような敵集団は明らかにもっと高い場所にいる。
1万1000mは確実と言ったところである。
「加賀と隊長に伝えなければ駄目だ。敵は1万1200mほどの高さにいるぞ!」
目が鋭く、さらに視力にもすぐれていたそのパイロットは見逃さなかった。
すぐさま加賀や他の者達に向けて通信を送る。
それは迎撃が容易でないどころの騒ぎではないことを意味していた。
そのパイロットが王立国家側の方角へ目を向けると王立国家本土から迎撃に出たスピットファイアが近づいてくる様子が見えたが、迎撃に出てきていたスピットファイアMk.1の限界高度は1万500m。
それも限界まで踏ん張ってのもの。
それなりに高空性能があるスピットファイアだが、まだ二段二速のスーパーチャージャーを搭載していないため、高度1万mは届くというだけで自由に飛行できるほどというわけではなかった。
しかも敵はスピットファイアより高く楽に飛べる。
現時点で迎撃可能な機体はキ47に限られたと言うことである。
――全機へ。東へ30kmほどの地点に第二波確認。第二波を逃すな!――
音声通信であれば怒号であっただろう言葉がモールスと光信号により伝えられ、加賀に通信を送ったパイロットは唇をかみ締める。
レーダーにある光点は25。
わずか13機でこれを迎撃しなければならない。
単純計算で1人2機近くを迎撃する計算。
土台不可能である。
パイロットは海上で回避運動を続ける空母に攻撃が当たらないようにと祈り、そしてスロットルを全開にして急降下してきた敵双発機めがけてダイブした――




