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番外編11:ある上級将校の呻吟

「開戦から1月あまり。どうして未だにマンネルハイム線を越えられんのだ! 私は奴らの2倍の戦力を送り込んだはずだぞ! どうなっている!?」


 サモエドとの戦いが開始された後、私は初めて将官らが集まる会議に呼び出された。


 元帥により彼らの様子を観察し、怠けている者や働く無能を探り出せと言われている。


 だがこの原因はどちらかといえば集まった将官たちではなく、元帥そのものにあることを私を含めて殆どの者は理解していた。


 原因は大粛清によって我々ヤクチアがまともな組織構造となっていないからだ。


 下から上への伝達すらまともに行われないため、現場は常に混乱して敵前逃亡に近い撤退なども相次いでいる。


 ただ、どうやらそれだけでもないらしい。


「王立国家も皇国もアペニンですらもまともに戦車は保有していない。T-34があれば勝てると私に伝えたのはお前達だぞ! 一体どれほどの犠牲を強いれば、あの防衛線を突破できるというのだ!」

「お言葉ですが同志スターリン。T-34を片っ端から破壊していく戦闘機があるのです」

「なんだと!?」

「これを」


 ある陸軍上級大将が見せたのは航空機の写真。

 それは一見すると普通なようで普通ではない戦闘機の姿である。


 なんだこれは……空冷エンジンのようだがエンジンのカウリングが摩訶不思議。

 これでどうやって冷却しているのだ……


「皇国の機体か」


 国籍を示すマーキングがまさに皇国といった感じのソレを元帥はすぐさま皇国と見抜く。

 私は即座にそうだと判断できなかった。


 思えばブタペストに到着した307も同じマーキングだった。


「あちらでも襲撃機と呼んでいる存在です。我が国で開発中のIL-2と同じ仕事をします。 ただ、空冷エンジン方式にしては、こいつの装甲が尋常ではありません」

「具体的にどれほど頑丈だというのだ」

「7.62mmでは話になりません。12.7mmも平然と弾きます。23mmでも距離によっては弾きます」

「まるで戦車ではないか! どうして誰もこの存在に気づかなかったのだ!」

「皇国自体がそれほど有効活用できる機体だと考えていなかったのです。我々が皇国に送り込んだスパイは同時に姿を現す輸送機のほうが演習での評価が高かったと言っておりました」

「なぜそうなる!」


 ダンダンと机をたたき、まるで子供がだだをこねるがごとく怒り狂う。

 その原因は恐らく……


「同志スターリン。それは皇国にT-34がないからでは」

「どういうことだグルーゼンベルグ」


 周囲が応えそうにないのであえて口を開いてみたが、なぜか声のトーンがやや落ち着いた事に驚いた。


 元帥にとって私という人間の評価がよくわからない。

 だが言いたい事は伝えよう。


「皇国には第三帝国すら嘲笑する程度の戦車しかありません。だからこそ、襲撃機がいかに高性能かわからんのです。演習中に対峙したのはチハだったとするならば、チハ程度しか倒せないという認識が上層部には生まれていたやもしれません。ゆえに事前評価が低かったのです。きっと皇国陸軍内においては20mm機関砲に耐えられる頑丈な地上攻撃機。そんな程度の認識しかなかった……しかし現場のパイロットは命じられるがままに対地攻撃を敢行し、我々の最新鋭車両たるT-34すら平然と葬っていく。彼らはそれがチハと同じだと考えているのだとしたら大きな間違いです。敵地上部隊はT-34に苦戦しているので脅威とみなしてはいますが、航空部隊にはそれがわからんのです。なぜなら、普通に倒せるのですから……その原因の1つはアップダウンの多い丘陵地であるマンネルハイム線にもありますがね」

「そういうことか……奴らにとってT-34とチハは同列だと」


 立ち上がっていた元帥は座り直す。

 多少は状況が理解できた様子だった。


「T-34の装甲は対戦車戦では完璧ですが対攻撃機に対しては完璧ではありません。現状のT-34は20mm以上の機関砲を後部から受けると内部に貫通します」

「ならすぐさま後部の装甲を増やせ。機動力は多少落ちても構わん」

「そうはいきません。エンジン部位の装甲は簡単に増やせんのです。結局、戦車というのはある程度地形に左右されるもの。そこをそこいらの装甲車より頑丈な航空機が飛んできたら、我々には手の出しようが無い。目には目を、航空機には航空機を……そういきたいところなのですが、この襲撃機自体がそれなりに動けるのでI-16では勝負になりません。戦闘機系はようやく量産化の目処が立ち、本年の年末までに順次配備されていく予定ですので、今後も脅威は続きます」

「なぜこうなった! お前達の報告を聞く限り、私は夏季五輪の開会式に出るべきだった気がしてならんのだがな!? 言っておくが、最終判断は私とはいえサモエドを半年以内に落とすには今しか時期がないと言ったのはお前達だぞ。私は9月1日まで待っても良かった。その頃には状況も変わる可能性があるからだ。相手国の戦力が整わぬ状況ならば地上戦で押し切れる。そう私に言っておきながらなぜ航空機にやられる。それだけではない。あの歩兵の所有する小銃はなんだ」

「M1ガーランドでありますか」

「名前は知らんが地中海協定連合軍の歩兵が保有するあの銃。なぜあんなに連射できる。4000人の大部隊を30人ばかりの歩兵が押し返した? どこの国がそんな銃をこさえたのだ」

「NUPですよ。我々には提供する気のない半自動小銃です。アレは重たい弾薬を運ぶのがネックとなっているので大した脅威にはならないと考えていました」

「なっているではないか。100倍差をゲリラ戦で押し返されるのだぞ。その弾薬はどうやって調達している」

「1つは二輪です。王立国家の高性能車両が左右に弾薬箱を装着しており、雪の積もる山道を走って運んできます。もう1つは皇国の輸送機。あの忌まわしいばかりに軽快な飛び方をする奴です。それと皇国が開発していた幌付の九五式小型乗用車が、極めて高い走破性を誇っており大量の弾薬や食料を運んできます」


 示された写真はまるでおもちゃのような小型の車両である。

 どうしてこんなものが高い走破性があるのだ……


「こんなので山を走るというのか?」

「四輪駆動なのです。タイヤが4つ回ります。4人乗りタイプのようなのですが2人で乗って使い後ろの座席に弾薬ボックスを大量に積んできます。陸と空から極めて正確な地点に補給が行われ、兵糧は常に足りている状態……我々と真逆です」

「……なぜこうなると予想できなかった? 少し調べればわかることだろう」

「皇国の場合は実際に運用してみてその性能の高さが証明されたパターンが極めて多いのです。当初より期待されたのは輸送機のみですが輸送機だけの国ではありませんでした」

「どうすればこの状況を打開できる。こんな状況だと華僑どころではないではないか」

「第三帝国によってユーグ全域が弱体化するまで待つ他ありません。幸いにもマンネルハイム線より北進する可能性は低いため、今は攻撃しつつ、こう着状態を維持するのがよろしいかと」

「よろしいかと……だとお! それなら宣戦布告した意味などなかったであろうが! そんなことは許さんぞ。断じて許さん。第三国頼りの戦争などあってたまるものか。さらに多くの軍を向かわせろ。総力戦になってもいい。何としてでも突破するのだ。ポルッカからも軍を向かわせろ。早くしろ」


 こうなるともはや手がつけられん。

 説得など無駄だ。


 元帥が言うとおりにする他ない。


 しかし、そこに我慢ならんとばかりに立ち上がる勇姿が現れるなど想像できただろうか。

 血相を変えた様子である上級将校は訴えたのである。


「同志スターリン。そもそもが貴方が大粛清して多くの将校を葬ったからこそ、こうなったのではないですか! ポルッカから軍を向かわせたところで状況は変わりません! 貴方が陣頭指揮を行える人間を殺したのだ! 状況を変えたいというなら今すぐシベリア送りになった将校を戻すがいい! 彼らの代わりに今暴言を放った私がシベリアへと向かいましょう。それだけでも状況は好転する可能性がある。元帥殿、貴方は選択せねばならない。シベリアから将校を連れ戻すか、膠着状態が1年、2年、3年と続くか。第三帝国が共和国やその周辺を落としたといっても、地中海協定連合軍にはオスマニアと皇国とアペニンがいる限り、北部戦線は維持されましょう。彼らはまだ本腰を入れた防衛体制など構築してはいない!!」


 その言葉に手がふるえ、思わず銃に手がかかりそうであった元帥は、一度息を整えて感情を押さえ込む。


 揺るがぬ事実だ。


 その上級将校はシベリア行きを覚悟の上で、全ての将校達を代弁して怒ってみせたのだ。

 状況を変えるには自らの立場を危うくしかねない人間を呼び戻す。


 それはアペニンのムッソリーニすらやったこと。

 バルボを呼び戻したアペニンの空軍は間違いなく手ごわい。


 いまだ姿を現さぬが、その原因は新鋭機がないからだという。


 ではもし新鋭機が手に入ったらどうなる?


 第三帝国がそう簡単に勝てる保障などない。

 共和国よりも空軍規模は大きい。


 そういう意味では元帥の第三国頼りなど馬鹿げているというのも正論だ。


「……いいだろう。どうせサモエドの狙撃手に殺されるだけだ。全員呼び戻して北部戦線送りにしてやろうではないか。貴様は精々それをモスクワより遠くの地で見ているがいい!」


 一言啖呵をきった元帥はそのままその場を立ち去った。

 それ以上の反論は不可能だと感じたのだろう。


 私は今日ここで初めて将校達による小さな反乱を目にした。


 それが今後のヤクチアに何をもたらすのかはわからないが、独裁者が縦横無尽に振舞うようでは戦争に勝てないことも元帥は理解されただろうか。


 私も特に居場所がないのでその場を去る。

 しかし皇国……手ごわい相手だ。


 彼らはまだまだ隠し持っている兵器が少なからずあるはず。


 情報は殆ど入らない。

 片っ端から駆逐されるという。


 もしやすると、今あの国と王立国家が最もヤクチアにとって強大な敵なのかもしれん。


 反共国家という意味ではあの二国が最大の脅威。

 彼らが背後で別途同盟など組んでいたりしたらどうなる……

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