第88話:航空技術者は限界を超えようとする
「――そう。大至急用意してほしい」
「逆回転タイプのハ43-Ⅱでいいのでしたらすでにありますよ。実証試験用のモデルですが」
「なんだって!?」
思わず受話器を落としそうになり慌てて持ち直す。
原因が判明した俺は即座に行動に移すため、四菱の技術者を呼びつけるまでもなく作るよう命じようと考えていたが……思わぬ所で朗報が舞い降りた。
「なんでそんなものがあるんですか」
「川東と長島の新鋭大型機に必要だと両メーカーから強く懇願され、とりあえず実験用に組み立てたんです」
深山と二式大艇か……
両機共に本来の未来では反トルクなど考慮していなかったはずだが、空力的に洗練させたくて要求したようだ。
「それで、そのエンジンはどんな仕様になってるんです」
「クランクシャフトの回転は同じですがギアボックスが大型化しており、新たに追加されたギアで回転を逆回転にさせるものです」
「出力はいくつほど出るんで?」
「右回転のものと同じ程度には。特に問題がないんで陸軍からの許可が下りれば量産も出来ますよ。
今後のハ43-Ⅱはギアボックスを大型化し、ギアだけでプロペラの回転を制御するようになります」
つまりハ25の改良型と同じタイプか。
海軍機は当時逆回転用の双発機のコストを調整するため、ギアボックスを大型化させたハ25で統一し、内部のギアの構造を一部変更するだけで回転を逆にしようと試みていた。
クランクシャフトのトルクも、この大型化したギアで相殺する。
これによってNUPのように"もう1つ違う種類のエンジンを作る"――などという、コストが跳ね上がる手法をせずに逆回転エンジンを入手できる。
ある種画期的な方法ではあったしNUPも影響を受けた。
笑えないのはそれを採用した機体が殆ど無かった事だが。
出力が低すぎた。
このハ25についてはエンジン重量が増大し、より空間が犠牲になるので、陸軍は逆にさらにギアボックスを軽量小型化したタイプをメーカーに開発依頼。
それがハ115である。
逆回転構想など陸軍には微塵も無かった。
一式隼の場合、空間的余裕を装甲やら水メタノール噴射装置に割きたいので、零戦三二型以降のように大型ギアボックスタイプのハ25は採用していない。
どちらが正しい選択だったかは言うまでも無く陸軍に軍配があがる。
小型軽量ギアボックスは隼の三型まで踏襲されるが、三型の打たれ強さはNUPですら認めるほどだった。
P-51に勝てるパイロットが普通にいたのだ。
結局、汎用性とコストダウンを狙った試みは、ハ25自体の性能の低さによって殆ど意味を成さない結果となった。
ハ43はハ25よりはよほど高出力。
だが、なまじ単純18気筒化のせいで将来性はどうかと問われればどうなのだろう。
ダブルワスプより軽いエンジンとはいえ、ダブルワスプほど成長する見込みがあるのか疑問だ。
ハ25よりマシなだけでこれからする俺の選択は未来に遺恨を残したりしないだろうか。
いや、今はハ43しかまともなエンジンがないからこそ、これ以外に方法ないんだ。
やるしかない。
「上層部の命令は待たなくていいです。量産体制に入ってください」
「よろしいのですか?」
「性能は保証できているんでしょう?」
「ただプロペラの回転を逆にするだけなら、そう難しいものではないので」
「なら結構です。続けてください」
「わかりました。あ、でもこの実証実験用のモデルは元々川東に提供するものでして、出来れば川東に一言お願いします」
「はいはい」
川東には申し訳ないがこちらに優先させてもらう。
数回飛べば答えが出る。
結果を出すのに1月もかからん。
◇
皇暦2600年3月25日
皇国海軍からもたらされた情報に激震が走る。
空母アーク・ロイヤル、ロイヤル・オーク、グローリアスの相次ぐ撃沈報告。
馬鹿な……後者二隻はまだしも
アーク・ロイヤルは比較的新鋭の大型空母ではないか。
何にやられたというのだ。
情報が欲しい俺はキ47の試験を中断して統合参謀本部の施設へと向かう。
施設内は最新の情報が飛び交い、陸軍海軍の軍人が右へ左へと駆け回っていた。
「首相補佐の信濃だ。落ちたのは本当にアーク・ロイヤルで間違いないのか!」
情報室へと向かった俺は若手の人間を捕まえて情報を伺う。
階級は尉官だが、それなりに精通している者のようだ。
「間違いありません。北大西洋へと向かった連合軍艦隊は第三帝国海軍並びに航空部隊と交戦。我が方は飛龍と蒼龍が中破。赤城が主機大破による航行不能に陥りアペニンへ向けて曳航中。無事に生き残ったのはカタパルト装備でキ47を唯一運用する加賀のみ。翔鶴と瑞鶴はアペニンと共同で地中海にて展開しておりましたが、撃沈こそせずとも我が方にも大きな被害を出しました」
「何にやられたというんだ」
「急降下爆撃とのことです。それもレーダー照射範囲外の高空からの攻撃。加賀のみキ47で迎撃して被害を抑えられたとのこと」
急降下爆撃……?
第三帝国は確かにお手の物ではある攻撃方法だが、奴らに海上まで乗り込んでいける航続距離のある航空機、もしくは空母という存在などなかったはず。
「どういう爆撃機か聞いてないか。第三帝国が想定以上に戦力を保有しているぞ」
「双発機だそうです。キ47並の高空性能を得ているとのこと。相当の高速機だそうです」
「急降下爆撃したんだな?」
「間違いありません」
「敵はどうなった?」
「逃げられました」
「……キ47より速いっていうのか」
この男が嘘をつくとは思えない。
ということはP-38並の高速機で急降下爆撃可能な双発機を第三帝国は保有していた?
しかも航続距離のある……
He177?
いや、He177なら百式攻で十分倒せるはず。
何か得体のしれない存在を感じる。
キ47が出し抜かれたというのか。
油圧カタパルトについてはとりあえず加賀での試験運用の後、さらに分解清掃がしやすくなった改良型を加賀に搭載。
これが正式採用モデルというわけではないが、主要パーツを交換しつつ、その間に清掃するという運用方式となっていた。
おかげで加賀はキ47を搭載できるようになって、10機程度の数を搭載していると聞く。
ただし爆装も増槽も装着できない状態でしか射出できない。
そこが唯一の欠点ではあったが、それでも高性能双発機が空母から発艦できるというのは、それまでの海軍の戦術と戦略が大きく見直されるほどだった。
3000km近く飛べる早期警戒機をこの時代に持つということだからな。
詳細な数字までは聞いてないが少なくない数のキ47と零が搭載されているはずだ。
現状カタパルトを装備しているのは加賀のみ。
赤城、飛龍、蒼龍は改装予定こそあったが、飛ばす航空機がまだ出揃っていないということで見送りに。
海軍はユーグの動きは9月からと考えていたので前倒しになったことが仇となった。
俺は5月あたりには状況が動くと主張していたが、海軍はそれがわかっていてもどうにもならなかった様子でもあった。
防御能力的には一番怪しい加賀が無傷だったということは、キ47でどうにかできるP-38とは別の機体だ。
加賀においては搭乗する乗組員が零とキ47で経験を積んだこともあり、パイロットたちも凄腕揃い。
加賀には零も優先的に配備されていた。
早々簡単に逃すとは思えない。
……だとすると、同じく優先配備された赤城が航行不能な理由は相手の速度と高空性能が相当なものだったか。
海軍が雷電を作りたかったのはそれとなくそれを予想していたからか。
零に排気タービンを装備できる余裕はない。
新しい航空機が必要だった。
ようは……キ43の排気タービン装備型たる百式戦闘機甲も必要だったわけだ。
どう考えても俺の予想外の結果だ。
何か予想外となりうる存在が第三帝国にある。
第三帝国で現状急降下爆撃できうるのは未来が変わって進化した機体群だと仮定し、Ju88、Do217、HS177の三種ぐらいしかなかったはず。
しかしこの三種ならキ47で落とせたはずだ。
……待てよ……最大速度600km以上。
航続距離も北大西洋からいって最低2000kmは必要で急降下爆撃可能。
そんなことが可能な高速双発機……もしや最初からMe410相当の性能のMe210か!?
逃がしたということはかなりの加速力を誇る機体のはず。
アークロイヤルを沈めるだけの火力があり、それでいてキ47を振り切る加速。
1t以上の爆弾積載量で1000kg程度の爆弾を落として逃げる急降下爆撃機。
Me410と同等性能以上のMe210があるのだとしたら可能だ……
例えばMe410から機銃の多くを取り払えば650kmは軽く出る上に
ある程度の運動性も確保できる。
運動性は最低限でいい。
急降下爆撃した後に速度を維持して逃げられればいいんだ。
2000kg程度の爆弾積載量で1000kg爆弾を2発搭載すれば、戦艦はまだしも装甲甲板がない空母ならば……命中すれば落ちうる。
現状のアークロイヤルにはまともな迎撃機がない。
最大速度300km程度しか出せないスクアと、"迎撃機としては"話にならないソードフィッシュ。
加賀と同じくカタパルト装備型空母でありながら、あまりにもその艦載機は貧弱すぎた。
シーファイアもシーハリケーンもまだ完成していない。
艦載機は皇国が突出しているほどだ。
それでもどうにも出来ない陸上機がいきなり出てきたわけか……
これはいよいよもってまずい状況となった。
恐らく連合艦隊が撃沈されなかったのはキ47が奮闘したからだ。
だが数が足りない。
おまけに性能も足りない。
急いで立川に戻って体制を整えよう。
時間が人を救う。
早く開発できれば出来るほど被害を少なく出来る。
◇
午後。
一旦中断していた飛行試験を行う。
用意されたのは新たなハ43-Ⅱを搭載したキ47。
この日のために川東を説得して優先してもらったが、川東はまだ胴体が完成してないからと快く許可してくれた。
キ47は胴体構造について尾翼を中心に変更が加えられる。
大した構造ではない。
尾翼の位置をズラし、Pファクターを意識した構造とする。
それだけである。
この機体において一番拘ったのはプロペラ。
それもプロペラ自体ではなく、エンジンの回転方向と設置位置をどうするかでとにかく迷った。
左右逆回転方式は2つの方式がある。
両者が内側に回るか外側に回るかだ。
一般的に外側に回すほうが翼の揚力を確保しやすく、左右逆回転方式では外側に回すパターンの方が多い。
翼端失速を防ぎやすいからと言われる。
プロペラから流れる気流が翼の端へと向かいやすいからだ。
まあ実際はその効果は微々たるものなのだが、当時……つまり現在の段階においてはこれこそが外回りにした際の利点だと思われていた。
実は後の研究にて、それだけではない外回りの大きな利点が発覚している。
流体力学の発展により発覚したのは内回りは極めて効率が悪いということ。
各種実証実験によりわかったことだが、外回りのプロペラというのは水平飛行時にプロペラ下部の揚力が高まり、プロペラ自体が機体を持ち上げようとする働きを持つ。
つまりこれはエンジン設置位置の調整をミスると過剰な機首上げに繋がる要因であり、操縦が難しくスピンがしやすい双発機でかつ左右逆回転のエンジンのものというのは大半が外回り方式であった。
その原因こそがプロペラ本体による揚力確保。
プロペラというのはきちんと回転しているようできちんと回転していない。
実際にはシャフトやプロペラ本体のうねりにより、楕円軌道を描いている。
この楕円軌道というのはトルクの相殺でも相殺しきれないからこそ発生するのだが、外回りのプロペラというのは互いに中央付近の斜め上に重心が向く。
時計で言うと機体を正面から見て右側は10時~11時ぐらいあたり、左側は1時~2時の方向あたりに重心点が位置するようになる。
これはどう足掻いても回転運動のために発生する重心点の相違である。
この重心点にプロペラが差し掛かったときにピッチ角が浅くなるのと同じ症状を示し、それとは逆方向のピッチ角が深くなるのと同じ症状を示す。
水平飛行時の話だ。
つまり右側は時計で言う4時~5時ぐらいの部分、左側は7時~8時ぐらいの部分。
ここが一番揚力を生む。
そうするとプロペラ自体が機体を持ち上げようとする。
ようは内回りのエンジンというのは真逆に機首を下げようとするばかりか、機体を落下させようと仕掛けるわけだ。
だからつまり翼端失速改善のために外回りの逆回転にするのだといわれるが、これは厳密には正しくなかった。
なくはない要素だがプロペラ自体が与えた影響が大きかった。
今の時代に俺がそれを語っても周囲から"ないわー"と言われるだろうが、当時は一部の人間が主張しても馬鹿にされたプロペラ自体が揚力を生むというのが事実だったのである。
冷静に考えればヘリコプターが生まれた時点でそれを理解しとくべきだったのだが、この要素がわかったからこそ、タンデム式ローターというのが誕生したのだ。
アレこそ、この流体力学的効果を全面的に利用したものだからな。
航空機においては一連の事実が判明したことで、未来の多発式エンジン装着機体というのはエンジンの取り付け角においても角度を付けてオフセットするようになった。
具体的には2°~3°様々な角度にオフセットする。
同一回転エンジンではこの要素がさらに増大するため、同じくエンジン位置を適度に3°ほどオフセットするのだが……逆回転エンジンにおいてもオフセットは必要不可欠。
この要素で発生した効力と胴体が生む気流特性を考慮し、スピンに陥ったり過剰な機首上げにならないよう配慮しなければならない。
俺は届いたエンジンの特性をすぐさま理解できたので、オフセット角なども調節し、Pファクターも考慮。
エンジン位置から何から何まで調節して拘った。
外回り方式を当然のごとく採用した上で、新たに4翅式プロペラを搭載。
これがどれほどまでの効果を出してくれるのかはわからない。
この間は634kmで苦しんだ。
今度はどこまで行ってくれるのか、それを試す。
高速試験は藤井少佐が行ってくれた。
元々彼は航研がもし存命なら研三に乗せたと言われるテストパイロットのエース。
速度と距離の関係への認識は皇国随一。
だからこそ、彼が最も速度を出せる。
彼の持論は"最も速度を出せる人間こそが最も燃費を考慮して飛行させられる"――とのことだが、俺もそう思うからこそ彼を指名した。
ここ最近はキ43甲への搭乗も多かった彼は午後に燃料を満タンにした状態で立川を飛び立つ。
この試製百式攻2型は新たにNUPから取り寄せたSCR-274-Nの試供品を搭載。
ついに我々は藤井少佐と直接音声通信することが可能となった。
皇国には現在、テレビのための中継用送受信アンテナが各地に張り巡らされている。
これはテレビのためだけでなく無線中継も行うためのものでもある。
おかげでほぼ全国どこにいても藤井少佐の声が届くようになっていた。
「信濃技官。高度は7500mでよろしいんですね?」
クリアとはいい難いがしっかりと彼の声が聞こえる。
これまでツーツーポーポッポッポーーとモールスだけだったが、NUPの最新鋭航空無線通信機だけあって凄まじく高性能。
その一言目に周囲には「おおぉ」といった声が漏れる。
「そうです。出せるだけの速度を出してください」
「わかりました」
応答性も悪くない。
後のゲームやアニメではこの頃の皇国はまともな通信をしていたように思うが、本当は通信機の性能の低さの影響で最後までモールスだったんだ。
だから周囲と殆ど会話しない戦闘機系の作品こそ正しかった。
手と光とモールスしかなかったからな。
それが今やNUPや王立国家、そして第三帝国と並んだわけだ。
キ47と音声通信は絶対必要だった。
これまでの努力が実って真の百式攻となってくれ……試製2型……
「現在水平飛行中。速度580km。なおも上昇」
「続けてください」
「10kmごとに報告を続けます」
「了解です」
「600km……610……620……630……」
周囲が静まり返る。
いつもならここからモタついていた。
何が原因かは未だに完全にわかっていない。
俺は未来の知識おかげでプロペラの作用だってわかっていたはずなのに、それでも初期型は634kmを絶対に越えてくれなかった。
だが越えてくれなければ困るんだ。
真の東亜標準機になるために絶対必要なんだ。
キ47である程度乗り切る必要性があるんだ。
「――640! 640間違いなく出てます。 尚も加速中!」
「やったあ!」
「いきましたね信濃技官!」
「あぁ……ああ!」
周囲の者の中にはノートを天井へ投げたりする者もいた。
原因はやはりプロペラやトルク制御であったのだ。
キ47はさらに加速する。
藤井少佐からの報告は尚も続いた。
「650!……加速が弱まりました。1kmごとに報告します。
……………655!………656…………たった今658kmに到達! 凄い速さです! まるで急降下しているみたいです!」
「まだ出そうですか?」
「いえ、これ以上は厳しいみたいです……現在658km/hほど。これ以上出ません! 最高速度は658kmみたいです!」
俺の計算では655kmだったが3kmも上回った。
新しいプロペラが働いたか……658というのは675km以上のP-38には劣る。
だが、スピットファイアの運動性に負けない力を持ちながらも、658kmも出せる双発機というのは現時点でそれなりの性能があると言っていいはずだ。
これをすぐさま量産し、奴らに備える。
急いで統合参謀本部に量産計画書を提出しよう。
◇
その日の夜には2型の量産許可が下りた。
重量は若干増大したものの性能は大幅に向上。
現状で多数の高速双発機と張り合うキ47の高性能化は、陸海軍双方にとって最優先事項の1つであった。
当初こそ活躍していたキ51こと百式襲撃機と未だに活躍を続けるキ57こと百式輸送機だが、ここに来てキ47こと百式攻撃機も光り始める。
なんたって地中海連合軍唯一の高速戦闘機なんだ。
キ43甲こと百式戦闘機甲では高度は足りても速度が足りぬ。
上昇力も負けている。
雷電が完成すれば状況も変わるだろうが、雷電はまだ完成していない。
その間だけでも要撃機としてがんばってもらわねば。




