番外編10:ユーグの歩兵が見た皇国陸軍の姿
2月により突如として始まった戦により、我々はサモエドを守らんがためにヤクチアと戦うことになった。
まだ雪の残るこの季節、早朝ともなると寒くて少し歩くだけで足の感覚が無くなってしまう。
そんな季節に私は始めて東亜の陸軍歩兵部隊を見た。
彼らは驚くべきことに戦火の広がる戦場に突如として飛来。
多くの輸送機と見られる中型機から大量の落下傘にて降下してきた彼らは、私からすると随分な重装備に見えた。
装備は鋼鉄のヘルメットに小銃と短機関銃、そして大柄の拳銃を所有している。
私が聞いた話では皇国は近代化に遅れ、装備は我々より貧弱だと聞いていた。
だが今目の前にいる皇国軍は我々より近代化している。
無線機器の類こそ持ちえてないが、歩兵の動きは連携が取れていてとても機動力があった。
鍛えられているのだろう。
同じ輸送機が落としてきた野砲や機関砲を組み立てた彼らは、ヤクチアの歩兵部隊をなぎ払い、彼らを即座に撤退させた。
驚くのは彼らの偵察能力だ。
我が指揮官が「皇国の支援に感謝する。しかし、諸君らは歩兵部隊しかいないように見受けられる。ヤクチアが戦車を持ち込んだら作戦は失敗していたぞ」――そう彼らに伝えると、皇国の指揮官は王立国家の言葉でこう述べた。
「この戦線に彼らは戦車を投入してきていない。周辺100km圏内に敵戦車部隊無し。よってこの場所が降下地点として適任であると判断した」――と。
一体どうやって索敵したというのだろう。
我々にはわからない力があるのやもしれん。
彼らは空から偵察していたというが、そもそもあの輸送機はどこから来たのだ。
それすらもよくわからない。
だがおかげで助かった。
これで森の中を駆け巡る必要性はなくなった。
そのまま我々は合流した皇国陸軍の者達と連合軍を組織。
対ヤクチア戦線を展開することになった。
階級が同じある老兵の話では、30年前に同じような事になったのだという。
その頃と比較すると皇国は人間性こそ変わらないが、その軍隊的思想は随分近代化していて古臭い物ではないと感嘆していた。
そんな彼らは昼頃になると驚くべき行動に出る。
食事の時間になると彼らは降り積もったばかりの上辺の雪をかきあつめ、そして何やら容器の中に詰め込んでいた。
そしてその容器の下に石鹸のようなものを置くと、そこにマッチで火をつけたのだ。
これが噂では聞いた事がある第三帝国でも盛んに用いられた固形燃料というやつか。
皇国も標準装備だったのだな。
だがさらに驚いたのは彼らがその雪を溶かして作ったお湯で即興で食事を作り始めた事。
確かに我々の部隊の食糧班が料理をし始めたのだが、彼らの方が凄まじく早く食事を作れたのだ。
彼らはカバンよりなにやら袋のようなものを取り出すと、それを破いて中からよくわからぬ固形物を取り出す。
その固形物をカップのような容器に入れると即座にスープが完成。
彼ら曰くミソスープだそうだが、スープは仕込みから調理まで数時間かかるものだろう。
一体どうしてそんなことが……
それを見た将校は皇国が最近魔術師を雇って作り始めたと噂の、今年採用されたばかりの新型軍用食だと主張していたが、本気で魔術師でもないと作れないような存在だ。
何しろ固形物を容器に入れるだけでリゾットやスープ、そしてなんとサラダまで……一体どうなっているんだ。
我が部隊の隊長があまりにも衝撃を受けて彼らに問いかけて見たところ、皇国の部隊長は「我が国で今年から採用された瞬間冷凍乾燥食だ」――と言っている。
瞬間冷凍?
いやそれはわかる。
瞬間乾燥とも言っていた。
どうやってそんなことが出来るんだ。
優れた科学は魔法と変わらないとはいうが、乾燥したら湯をかけてもこのように戻ることはないはずだ。
私もジャーキーなどの類は持っている。
これに湯をかけたところで肉には戻らない。
だが彼らの乾燥肉は湯をかけるとハンバーグに戻るのだぞ。
ありえん。
なぜ戻るのかわからん。
彼らも仕組みはよくわからないが、とにかく水さえ調達できればいいのだと言っていた。
戦場においては食事に困る。
だが彼らは水に困るだけで食事には困らないだと……
その漂う匂いは本物。
わずか数分で作れる食事に我々もついつい腹が音をあげる。
次第に我慢ならなくなった仲間は、持ちうる金品と彼らの食事を物々交換しようと試み始めた。
私にも手持ちには時計類など金属類があるが、ある者は私物の短機関銃と交換しようと試みるほど。
これに対し、皇国陸軍は「まだ余剰がある」――といって、紙切れを渡してそれにきちんと回答する代わりに食事を提供すると言ってきた。
どうやらアンケート用紙のようだ。
様々な言語のアンケート用紙を彼らは保有しており、よくわからないが一人でも多くの感想が必要なのだという。
戦場で機会があればと部隊長を中心に用紙が渡されていたようだ。
当然にしてまたとない条件に皇国の部隊長の目の前にはアンケートを求める多くの兵士が詰め掛けて列を作る。
渡したアンケートの数を計測しているあたりが皇国らしいが、おいしい食事のためならなんだって書くさ。
私もさっそく並んで彼らから食事を分けてもらった。
内容物は青菜のおひたしと、よくわからないが豚肉の入ったミソスープ。
そして卵と鶏肉のリゾットなど。
どれもお湯を注げば数分で食べられる状態になる。
これは革命的だ……匂いが隠せれば戦火渦巻く戦場で食事が食べられる。
水さえあれば……だが。
残念ながら狙撃手などは匂いで露見するから駄目だろうな。
アンケートの備考に記載しておこう。
味は塩分がやや強めなのかもしれない。
あえてそうしているのだろうが緊張した体には丁度いい。
全ての食事が栄養価を考えられて作られている。
皇国の軍用食は世界をリードするとのことだったが、これはリードをしているどころではない。
革命だ。
我が国ともライセンスを結んではくれないだろうか。
アンケートにはそれについても書いておかねばな。
「う、うめえ!」
「戦場にデザートだと!?」
何やら一部で盛り上がっているが、皇国の軍用食にはデザートがついている。
皇国陸軍がどこからか調達してきたミルクを注いで作るデザートだ。
乾燥フルーツの固形物と見られるものにミルクを注ぐと、甘酸っぱいデザートが作れる。
果物のミルクあえと言えばいいのだろうか。
皇国軍人の話では"壊血病予防のため"とのことなのだが、当然にして海軍での運用も考えられているのだろうなこれは……
我々の口にも合う味だ。
イチゴやベリー類が入っているようだが、こんな軍用食があっていいのか。
フルーツは重要だが冬にこんなおいしいフルーツを食べた事が無い。
前線でも食べられないどころじゃないんだ。
私生活でもこんなデザートは冬に街中で食べられるものじゃない。
皇国は違うのだとしたら、あの東の島国は飛んだ先進国だ。
さすが列強国と言われるだけはある。
五輪が開催できるだけの力があるというが、あの国ではこんな料理を毎食食べているというのか?
よくわからんが今が旬ではないフルーツが普通に入っている気がするが、保存が利くということなのだろうか。
デザートも含めてあまりにもバリエーションが多いので、私も他の者も交換して少しずつ様々な味を楽しんだが、ここにパンがあれば完璧だ。
しかしどうも水に溶かす必要性からパン類などは作れないらしい。
パスタは恐らく作れると聞いてアペニンの連中がやたら喜んでいた。
あいつら頭にパスタしかないのか。
実際、極一部の者には謎の麺類が提供されていた。
ウドンというらしい。
皇国軍人はすすって食べていたのだが、ウドンが当たった者は食べるのに苦労していた。
美味しかったらしいが太すぎて上手く食べられないようだ。
だが魚介のダシがきいたソレはとても美味だったらしい。
我々はしばし戦いの時を忘れて食事を楽しんだが、今こうして笑いあっている者達も一人また一人と減っていくのだろう。
決めた。
少しでも長く生きてこの食事を分けてもらおう。
今はソレが何よりも糧になる。
1日多く生きればそれだけ多く楽しめる。
全てのバリエーションを楽しむために俺は死なん。
皇国の者達にも死んでもらっては困る。
まずはヤクチアをユーグから追い出してやる……