第86話:航空技術者は低重心に拘る
「信濃技官、こんな構造で機体を安定させられるんですか? メインのローターが1つしかないんですが」
「1つで十分ですよ。 というか、我々の技術では2つなんてやってられないですよ」
黒板に張り出したブループリントには、おおよそこの時代にはそぐわないあまりに未来的なヘリコプターが描かれている。
ローター1つ、テールローター1つ。
まさにシコルスキー方式。
俺がCs-1を無理してでも採用した原因は戦車と同じ。
皇国にはまともなシャフトとクラッチが作れないことに起因する。
黎明期のヘリコプターは普通に星型エンジンなどを採用していた。
我々にも現段階において高性能軽量型星型エンジンなら作れる。
だが……
それをヘリコプターに組み込むのは不可能。
技術的に問題が多い。
この当時のヘリコプターはとにかく配置レイアウトに困った。
ヘリコプターの父と言えるシコルスキー博士は、実用型ヘリコプターにレシプロエンジンを採用したわけだが、ヘリコプターを知り尽くしている彼だからこそ、その配置には大変苦労していた。
ヘリコプターの性能において最も重要な要素は重心設定。
それもシーソーのように大きく揺らぐようなものではなく、ピタッとブレないようにすることが好ましい。
つまりよりコンパクトな構造ほど効率がよく安全性を高められる。
そうしないとまともなバランスを取れず、すぐさま墜落する。
だから大型化には知恵を使う。
まあシーソーのような設定でもどうにかする方法として、タンデムローター方式が考案されて活躍するようになるんだが、タンデム式は確かに優秀でも技術的にはきわめて難しい。
将来的に皇国が作れるとしても各国の様子を見ればわかるとおり、最も基本の形態が一番作りやすく技術的ハードルが低いわけだ。
ようはシングルローター+αということだ。
しかしシングルローター方式かつ、理想的な重心設定にしようとすればするほど内部空間は皆無な構造となる。
黎明期のヘリコプターにおいてはその改善策として、ヘリコプターにおいて最も重量物となるエンジンレイアウトを工夫し、そのエンジンレイアウトを高精度かつ強靭なシャフトやギアを用いて乗り切るという、割とゴリ押しなやり方で解決していた。
しかも複数のクラッチを解してこれを制御しているパターンが多い。
こんなの皇国で出来るわけが無い。
ターボシャフトエンジン最大の魅力は1つ。
トランスミッションと呼ばれるギアボックス内には、皇国でも十分作れる程度の短いシャフトと大きなギアしかない。
テールローターを回転させるシャフトぐらいならさすがに皇国でも作れる。
だが200馬力だとか400馬力でも、長いシャフトにクラッチもあるようなレシプロエンジンを積んで、エンジン配置に苦悩するなんてやってたら10年は経過してしまう。
そんな事やってる間に第三帝国から技術者を招いてしまった方が早い。
だから当然にしてメインのローターを1つにした。
周囲を見渡す限り、既存のヘリがみんな複数のローターを持つことから、シングルローターの方が難易度が高いと思っているようで、先ほどまで興奮していた山崎や四菱の技術者も表情が変わってきていた。
だがな、ここで例えばローターを2つにしよう。
2つのローターを1つのエンジンで動かす事になろう。
そのための機構を皇国で作れるか?
そんな事出来るならとっくに航空機系でやってるさ。
ハ43を縦に2つ繋いでパワー1.7倍とかやってる。
出来るわけが無いから苦労してる。
出来るならとっくに戦車だってティーガー並のものが出来てる。
出来てないからバーニア制御という全く別方向からのアプローチで勝負してる。
内部構造を見ればこちらの方がいかに敷居が低く、そしてローター制御さえどうにかなれば全てが成立することがわかるはず。
俺はせっせとCs-1を含めた内部構造のブループリントも張り出していく。
周囲からは「うーむ」「なるほど」といった声が漏れた。
……ヘリのシャフトを動かす構造は、減速機を解してモーターを動かすのとそう変わらない。
回転を弱めてパワーに変換。そしてローターを回す。
極めてシンプルな構造にできるからこそ、Cs-1でないとどうにもならない。
全ては皇国の技術力不足が、未来過ぎるヘリコプターの誕生要因。
皇国ではしばらくの間シコルスキー方式でしか戦えない。
NUPから他の技術を導入するという手もあるだろうが、正直言って超大型ヘリだってCH-53と同じ方式しかありえん。
あの見た目に反して極めてシンプルな方式を我が国も基本としたほうがいい。
つまりシコルスキー方式の方がいい。
CH-47は誕生したらライセンスを持ち込めばいいだけだ。
重要なのはローター。
これを作るために博士は一旦固定ピッチにして2年かけて熟成させていったが、そこに関しては我々も同じ事をする。
彼は2年かけて1ずつローターを減らしたが、我々もそうする。
ただし最初から彼よりも重心設定は優れた構造とする。
俺が勝手にカヤヨ号なんて呼んでるこいつの構造は、エンジンを上部に配置。
その直下に燃料タンクを配置。
操縦席を燃料タンクの前側に。
当然にしてローター位置は重心の中心点に据え置く。
そうでなければまともに制御できない。
ヘリコプターの燃料タンクとエンジンとローターの配置は基本的に決まってる。
ターボシャフト式なんかは冒険の余地が全く無い。
レイアウト的には燃料タンク自体は左右にぶら下げて重心点をもっと下げつつ安定させてもいいぐらいといった所。
なぜ低重心でなければならないかというと、離着陸性能は重心点の高さで決まるから。
ヘリコプターにとって一番難易度が高いのはホバリングではない。
離着陸だ。
低空時が一番ヘリコプターにとって不安定な状態となる。
表面効果が増大し、ローターだけで制御できなくなるからだ。
この時重心点が高いと重心点を中心に、まるで江戸時代につかわれたろうそく台である"がん灯"のごとくひっくり返る。
しかもローターは常に上へ上へと上がろうとするのである一点を境に制御不能に陥り、テールローターなどが破損して……
……と黎明期のヘリコプターでよくあった事故に繋がるわけだ。
あまりに離着陸が難しく、その際にテールローターが破損したことから、救助用ヘリなんかは最新鋭のものではテールローターを排除しているタイプがある。
ノーターなどと呼ばれるものだ。
特段流行せずに消えていったのだけれどな……
ノーターとはジェットエンジンから排出される推力をテールローターの代わりとし、機体後部から排出するというもの。
排出口から出る風流はある程度制御可能なようになっている。
ただし、風流制御はジェットエンジンの推力を専用のタービンにて制御するもので、ファンのピッチを変更して内部の空気の渦を整えるという、極めて先進的かつコンピューター制御が必須な仕組みとなっていて、現代では再現できない。
おまけに大型ヘリには使えないわ、コストも上がるし整備性も悪いわ、皇国でですら年間5件程度発生する離着陸時のローター破損のためだけに、価格が700万ドルと一般的な救助系ヘリの500万ドルな所、200万ドルも跳ね上がるというのは中々手を出しにくい。
整備費用も年5万ドルが一般的な中、ノーター装備機種は9万ドルもする。
そりゃあ売れずに一過性のシステムで消えてしまうよなぁ。
コストはバカに出来ない。
制御システムをより高精度なものにした方が安く済むという、この手の新鋭技術に良くある話だ。
それに、現在の状況では再現も出来ない。
同じようにファンをただ据え置くだけでは、ノーターのパイプ内で乱流が発生してテールローターの代替とならない。
可変ピッチ式小型タービンなど、この時代に作れないからな。
だから普通にテールローター方式とする。
妙な冒険などしない。
当然ながらテールローターもメインローターも可変ピッチ構造。
エレベーターと同じ動作をテールローター側で行えるようにする。
メインローターは3系統の油圧を確保。
まあR-4と同じ考え方なんだが、正副予備という事。
3系統のうち1系統残っていれば動作。
全て油圧。
というか油圧以外の仕組みを導入しているメーカーなんて未来を見てもいない。
例えばローター部分の一部動作を金属のしなりだけで達成した、ベアリングレスなんて未来的な構造もあるわけだが、現時点で複合素材すら作れぬ皇国では遠い未来の話だ。
当然、一般的なベアリングと油圧サーボをフル活用したローターとなる。
カタパルト製造時の経験がここに生きてくるわけだな。
まあだがいきなりこんな完璧なものなど出来るわけが無いので、メインローターをまずは固定ピッチにして、可変ピッチの3ローターでホバリングを可能とした試作機を製造。
その試作機をシコルスキーがやったのと同じようにローターをどんどん減らして、最終的に2604年に完璧なものを量産できれば良い。
こう考えている。
油圧の仕組みは自動空戦フラップと似ている。
今日は呼んでないが、川東や長島にもヘリ開発は手伝ってもらう事にしている。
川東は連動制御において極めて高い技術力を持つ。
茅場と組んでメインローターを作ってもらう。
長島はギア関係と操縦システム。
山崎は自身が得意とする溶接で胴体を形成するパイプフレームを。
四菱はコックピットやローターブレードなど。
それぞれの得意分野を活用し、NUPが2599年9月に飛ばしたヘリを作るわけだ。
まあ馬力は明らかにこっちのが高いから、かなりの大型機をいきなり作れなくも無いがCs-1はフルパワーでは使わない予定。
どうせ国産で量産されたエンジンの性能は大したことはない。
そいつの実証試験も兼ねた機体とする。
ちなみに俺がヘリにCs-1を拘るのはこいつの価格を下げるためでもある。
大量生産することで精度を上げ、虎の子のジェット機を早々に作りたいから。
「皆さんの技術力の見せ所です。 陸軍はまだそこまで興味を示しているわけではありませんが、まずはホバリング。 これをやりましょう」
「おー!」
「面白い。やってやりますよ!」
いきなり真打とはいかずに少しずつ状況を改善していくと説明したことで、集まった者達に安堵の空気が漂うと同時に、こちらの問いかけにやる気に満ちた活力に溢れた声が戻ってきた。
出来ればもっと早く誕生させられるなら、37mmあたりを背負わせてT-34を撃破しに行くんのだが……
それが出来ないから困るんだ。
◇
皇暦2600年2月12日
どうやら夏の五輪にヤクチアと第三帝国が参加する事はなくなったらしい。
マイニラ砲撃事件が発生。
ヤクチアによる宣戦布告無しの軍事侵攻についに世界が動き始める。
ウラジミールは地中海協定を知っていたはずだ。
だが共和国や王立国家の軍拡が遅れており、皇国の軍備も2600年以降に整うということを理解したのか、電撃戦のようなものを仕掛けてまずはユーグ内に防衛ラインを構築しようと画策。
冬が明け始めたサモエドを手始めに落とし、ガルフ三国を落とそうと仕掛ける。
しかしこの動きに当然反応したのは地中海協定締結国。
締結国のうち、それまでヤクチアとの不可侵条約を結んでいた全ての国家が即日破棄。
東亜三国も非難決議ではなく即日の宣戦布告と相成った。
一方で第三帝国も不可侵条約を理由に皇国とアペニンとの防共協定を破棄し、皇国とアペニン含めた地中海協定締結国全てに宣戦布告する。
第二次世界大戦の火蓋はついに切られたのだ。
ところで皇国は第三帝国が宣戦布告をする直前、第三帝国に少なくない金額の送金を行った。
これは西条が戦後処理で揉めないよう考えた手切れ金。
DB601のインジェクターの技術と、8.8 cm SK C/30のライセンス料を支払う目的に、内容をややボカした上でライセンス料支払いと称して支払っている。
彼らは何のライセンスか気づく頃にはそれらを搭載した兵器と戦っているだろう。
近く皇国の連合艦隊は大西洋に出向き、第三帝国と真正面から戦う事になった。
せっかくのお祭りムードを台無しにしてくれたな。
ヤクチアが現在どれほどの戦力を有しているかは不明なれど、第三帝国と並んで皇国も忌まわしいヤクチアとも戦う事になる。
こちらは地上戦がメインだ。
この流れに東亜三国は油田地帯などの北部の守りを固めることで一致。
すでに北部に多くの軍を集中させつつあるものの、北京の部隊が行った試作機たるキ45による威力偵察の状況から彼らはあくまでユーグを主戦場としたいようだ。
特段地上部隊の進軍などはなかった。
噂のNUPとの秘密協定の影響は守る気があるのか。
あえて極東から攻め込まないとは一体どんな内容やら。
◇
同日午後。
横浜港よりNUPの中立法改正によって調達できた武器装備類の第一弾が陸軍に運び込まれた。
そして今俺の目の前にあるのは、俺が知る世界の皇国軍人が散々苦しめられたM1ガーランドである。
立川の技研では新兵器の体験のための試写会ならぬ試射会なるものが開かれた。
元より立川では、航空機関銃の試射や銃座の試射などが行われ、我々も平時から立川に敵襲などがあった場合にそなえて射撃訓練などはする。
よって技研のメンバーは研究開発だけやっているわけではない。
陸軍は海軍と異なってパイロットが整備もするように、技術部の人間が戦闘も出来るよう鍛えられている。
現在、本来なら指南役として招かれたはずの将校達がこの場には多くいるのだが、突然の新鋭小銃の使い方が良くわかっていない様子の彼らに対し、かつて鹵獲して使ったこともある俺が使い方を示した。
目標60m。
こんな距離なら俺でも当たる。
砂が詰められた古びた陶器の瓶を標的に、周囲の将校に使い方を教えながらM1で狙撃。
あー相変わらず凄い反動だ。
皇国人の腕力ではかなり苦労させられるな。
俺では300mも離れたらまともに当たらんだろう。
だがボルトアクションよりかはよほど具合がいい。
バンバンと乾いた音を響かせて何度も連射し、全てを瓶に命中させる。
「信濃中佐。どこで使い方を?」
「説明書を読んだんですよ」
あっけにとられる指南役の歩兵部隊の大隊長らを前に、次々と弾丸をクリップに装填しては射撃。
3回ほどリロードを繰り返すと瓶は粉々になる。
あの全てを打ち終わった後に響くキーンという音が実に懐かしい。
この音が聞こえたら突撃の合図。
俺は本来の未来にて不時着したB-29の乗員と撃ち合いになったことがある。
その時に手に入れた戦利品を、その後は鹵獲品として使った。
弾丸はなんだかんだで手に入るものだった。
俺の場合はM1921が手に入らなかったから、こっちの方が付き合いは長い。
モ式とM1の方が手になじむ。
なまじボルトアクションなんぞまともに使った事がなく、そっちの方が不安があった。
いざヤクチアの特殊部隊などが乗り込んできたという時のための訓練ということで、やり直した後の世界にて新たな試みとして導入された小銃射撃訓練においては、ボルトアクション系の小銃をこれまでに何度か使ってはいたのだが……
周りから笑われるほど装填が遅く命中率も低かっただけに、M1の射撃の方がよほど上手いことに周囲には驚きが広がっていた。
今M1のまるで使い方が良くわかっていない将校は、その時は逆に指南役だった。
残念ながら歩兵火器は半自動小銃などのタイプに切り替わっていく。
そういう時代だ。
ボルトアクションは命中精度の影響で消えることはないが、俺のようなタイプの人間が扱うような代物ではなくなる。
だから初めて触ったM1921もとても手になじんだ。
射撃訓練でM1921を使わせてくれれば俺の評価もここまで過小なものではなかったろうに。
サモエドの超一流スナイパーと比較したら三流以下だが、撃って標的に当てるだけの力はある。
ボルトアクションは一度弾丸を装填しなければならないんで、撃った後に構え直さないといけないから補正できないんだよ。
その間に弾道を忘れる。
だから俺は苦手なんだ。
1発目を試射として2発目以降で補正する。
これが癖になってるので、半自動銃以上のタイプの方が命中率が高いんだ。
俺がやり直す頃の歩兵にも同じような人間は結構いたようだ。
ポンプアクションと違って目線がズレるのがよくないらしい。
次に触れたのはM37。
12ゲージの弾丸と共に購入されたこいつには、スラムファイアという機能がある。
弾丸をしっかりと込めた俺はスラムファイアによる射撃も試みた。
まるで動作に不安が無い。
見ている人間は恐怖すら感じている様子だったが、50m以内の小規模部隊を完全制圧できるのがM37の強み。
市街地戦闘などではよほど活躍できる。
「悪くない」
並べられた瓶を全て粉砕した後で漏れた一言は、俺の今の素直な気持ちを表していた。
後はこれらの弾丸などをどう運ぶかなのだが、当面の間は百式輸送機からの空中投下だな。
なまじ後部ハッチから大量に落とせるからしばらくの間は百式輸送機にがんばってもらう。
弾丸輸送用のトラックなどはNUPから買い付ける。
フリーズドライ用の水なんかも車輪付の水タンクや水筒などを投下。
そのために皇国では日夜訓練が行われているが、ジープなんかも今の皇国では作れないのでこの辺りは全てNUPからの調達となる。
フリーズドライに関しては俺が設計した真空乾燥用タンクが順次納入されはじめ、大量生産体制はすでに整った。
キ43は1月から量産に入り、月130機ほど増える。
すでに80機以上が生産されて華僑地域などに配備済み。
キ47はその倍以上の生産量。
現段階においては爆撃も担当するため最も多く量産されている機体だ。
本当は夏の五輪にて五輪マークを煙幕にて描かせようかと考えていたのだが、このままだと夏の五輪は返上か。
完遂できるのは万博までだったな。
まだ足りないものは多い。
今回、無線機器は調達できなかった。
SCR-274とSCR-300は本年秋より順次量産される。
既にNUPとの契約は完了済み。
航空機も歩兵も音声通信が出来る時代になる。
モールスや光信号の時代は終わり、第三帝国に負けない機動戦を仕掛けてやる。
今は今持ちうる戦力で対抗するぞ。