第85話:航空技術者は回転翼機に手を出す
戦車の開発にひとまずケリを付けた俺は、この戦車の根本的解決を目指すために新たに2方向から動く事にした。
1つが特戦隊の組織。
あまりにも異色の技術を組み合わせた戦車は整備性もままならない。
おまけにエンジンの性質も一般的なものとは違う。
そのため、この戦車には整備要員含めて専門的な人材が必要であり、陸軍式にならってタービン戦車を駆動できる部隊を新設する。
特にこの戦車は第三帝国とは戦うがヤクチアとは戦わない。
理由はエンジンを絶対に奪われたくない国だからだ。
陸軍諜報部の内偵情報が正しければ、第三帝国はジェットエンジン関連の技術をヤクチアに渡す気はないらしく、ヤクチアはヤクチアでロケットエンジンなんぞに手を出している。
技術だけ奪われて裏切られる最悪の展開が平気であるからな。
ヤクチアはそういう国だ。
総統も扱い方ぐらいわかっているようだ。
だからこそこいつはヤクチアのいる戦線には投入しない。
しかしそれはT-34より、より脅威である重戦車との戦いを意味する。
いくら優秀な傾斜装甲があったって正直かなりの無理を強いる。
なればその戦いを十分に乗り切れるソフトウェアを用意せねばならない。
ハードの性能を出し切れる選りすぐりの戦車乗り達だ。
突撃しか能のない従来の戦法から、後退判断も可能で歩兵部隊などとの連携が行える機動戦へとシフトし、もし間に合うなら、あの兵器との連携も視野に入れた戦いも考える。
無論、俺の提案を陸軍は当然のごとく承諾してくれた。
理由はこの戦車のコストが安くない事にある。
バーニア制御用の制御器は正直高い。
おまけにPCCシステムのライセンス料の件もある。
それでも量産を認めたのはチハよりかは数段上であることを理解してもらえたため。
陸軍にはすでに昨年から開発が開始されたティーガーのスペックが認知されている。
外部では戦う敵はヤクチアなどと言っているが、ほぼ確実に双方と戦う事になることぐらい佐官以上の者なら理解している。
だから俺はこれと相対できうる戦車は多少無理を押してでも作る事に決めた。
試作機は本年の10月頃にまで作れる。
こいつの最大の弱点は心臓部であるCs-1だが、Cs-1はとりあえず性能が低下していいので芝浦タービンと茅場双方に量産を命じてある。
約800馬力出せればいい。
通常の8割の出力が出ればいい。
それでこの戦車を動かすに足りる電力が得られる。
すでにCs-1製造の土台は整い、材料の材質組成も把握済み。
正直言って800馬力なら余裕で作れると俺は思ってる。
Cs-1は軸流式としては総アルミ合金製であるにも関わらずやや重く、パワーウェイトレシオは劣る。
重い分を冷却機構などに振り分けてニッケルを排除した。
稼動熱量が低くアルミ合金で問題無いというのが何よりもの強みだ。
これまでの努力によって製造のために必要となるアルミ合金などは全て皇国内で調達可能となり、後は加工などの精度の問題。
まあ皇国は現時点でアルミ合金の加工は世界トップなのだから、むしろアルミ合金製ジェットエンジンというのは皇国との相性はバツグンに良かったのだ。
そこに関しての技術的解決の目処が立つまでにそう長い期間を要しなかった。
皇国に今あるCs-1は全て燃焼室を改良したものであるが、こいつの連続稼動時間は72時間以上。
全ては熱量が低いという最大の特色による恩恵。
一般的なジェットエンジンが1200度程度で稼動する一方、こいつはなんと500度未満だ。
アルミ合金の耐熱許容温度が660度。
許容100度もあれば十分耐えられるため、このエンジンは成立しているわけだが、それで1040馬力出している。
耐久性の高さは戦中最強クラス。
後はとにかく精度を出すためにパーツを選りすぐって、精度が出ていないものはすべて排除して純皇国製を作るしかない。
コストは高くなる。
だがそこは宗一郎がやったのと同じだ。
何度も何度も何度も作ればいずれ精度は出せるようになる。
出せないから諦めるのではなく、出せるように知恵を付けて工夫する。
芝浦タービンと茅場の2社が力をつけなければ皇国のジェットエンジンはどうにもならない。
だから無理してでも力を付けてもらう。
しかしながら戦車においては彼らではどうにもならない。
そこはある人物の協力が必要だった。
だからこそ今俺は鉄道省へと向かっているのだ。
大臣を説得するために――
◇
「やあやあ信濃君。来ると聞いて待っていたよ。扉の前ではなんだから腰掛けてくれ」
扉を開けた俺を温かく迎えた長島大臣は応接室の椅子へと俺を促してくれる。
俺が紙の束を渡そうとすると、その前にどうしても伝えたいとばかりに口を開いた。
「信濃君。深山の詳細設計が終わってついに製造に移行したよ。計算上では君の示したスペックを完全に満たせそうだ。相変わらず基本設計の段階から君の計算力は凄いな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「それで今日はどういう用件で来たのかな? ハ44の完成度合いについてか」
「いえ、今日は珍しく鉄道関係についてです。まずはこれを」
「ほう」
長島大臣はまた面白い話を持ってきたとばかりに俺が渡した起案書を見始める。
残念ながらそこまで面白い内容は書いていない。
京芝と協議を重ねた結果生み出した電車に関する内容だった。
「ふむ……新世代近郊電鉄……か」
「ええ。戦車のコストが高いのを抑制するためには制御器の大量生産が必要です。アレはG.Iや電気鉄道経営者協議委員会との包括ライセンス契約による生産なのでライセンス料を払う分、どうしても割高になってしまう……ですが量産すればおのずと商品価格は下がります」
「そのために新型車両を大量生産しようというわけか。しかし私にはよくわからん車両だ。この操作系統はどうなっている?」
「それはですね――」
そこに提示されたのは、皇暦2600年にはあまりにも斬新すぎる鉄道車両だった。
それはG.I式バーニア制御の弱点を補填した、まるで半世紀後の未来に存在するかのような鉄道車両。
G.Iのライバルメーカーがこの時代すでに実用化し、そればかりかすでに世に投入していた存在"ワンハンドルマスコン"である。
これは後の歴史を知るからこそ採用したいものだった。
皇国におけるPCCカー最大の失敗の理由の1つが、ペダル式操作だった事による。
PCCシステム自体はトロリーバスに使われたように、ハンドルとペダルの併用が可能ですでにこの技術も確立されている。
ハンドル側で左右の車輪の出力を調整できるわけだ。
戦車もこの方式を踏襲。
一方で皇国ではワンハンドルマスコンが路面電車から一般的な鉄道へと波及していった一方、PCCシステムを用いた車両は足ペダル式だった。
これが従来の操作に慣れた運転手に極めて不評。
この当時、大半の車両はG.Iが開発して皇国では一般化した旧来のツーハンドル式。
皇暦2570年代というかなり古い頃に作られたものが、半世紀を経ても尚盛んに用いられていた。
一方、実はワンハンドルマスコンはすでにこの世にあり、しかもNUPの地下鉄などでは用いられている。
なんとこの地下鉄がPCCシステムを採用していたのである。
PCCシステムは元々電気鉄道経営者協議委員会が管理した統一化されたシステムだったが、制御器などに関してもG.Iだけでなく複数のメーカーが関与していた。
その上で電気鉄道経営者協議委員会自体は路面電車でなく従来の鉄道にも本システムの採用を画策しようとし、地下鉄等の運行会社に導入を打診する。
だが足ペダル方式の運転方法に懐疑的だった地下鉄の運行会社が従来の手による操作を求めたことで、新たに開発されたのである。
この際、PCCシステム自体はメーカーごとに規格を統一を行うことを義務化していたため、ワンハンドルマスコンの発明企業は電気鉄道経営者協議委員会の意向に沿ってG.Iのコントロール互換装置を作っていたのだった。
よってG.IによるPCCシステムの超多段方式においてもワンハンドルマスコンで対応できたのだ。
なればこういう者達がいるかもしれない。
なぜ皇国はそれを導入しなかったのか?
特に京芝がその技術を保有していたのになぜやろうと思わなかったのか。
実は現時点でワンハンドルマスコンについてはPCC向けではないものに関する技術を常陸がメーカーよりライセンス購入して保有していて、やろうと思えば出来た。
だがやらなかったのである。
それは3つの考えによるもの。
1つは機械式制御という存在に懐疑的だった運行メーカーの保守的思想。
もう1つは空気ブレーキという存在を絶対に排除できない皇国流の思想。
最後が自国流でないため電気鉄道経営者協議委員会を含めた多くの企業に多額のライセンス料を払わないといけないというのが自らの誇りを傷つけたので時代の潮流に逆らいたかった。
しかし一方で評判はよかったので、あえて超多段バーニア制御でない車両に導入してみたりした。
その車両は徹底的に電動ブレーキを使うように調節していた名古屋市電の車両だったが、それなりに高い性能を示したものの、皇国流の冗長性確保によって以降はツーハンドルに改められる。
別に皇国が皇国流にチョッパ制御とかに拘ってみるのは構わない。
ただ、VVVFインバーターが出る直前になって新宿~江ノ島、小田原、箱根といった地域へ向けて走る近郊列車にバーニア制御の車両が採用された際、とてつもなく高い評価を得たのを俺は知ってる。
そこにもう1つ足りない要素があると俺は思っていて、それがワンハンドルマスコンだった。
特にこの時代のワンハンドルマスコンによる機械式制御は凄いぞ。
空転が発生したら電圧調整だけでそれに対応できたんだ。
電子制御なんてなんぼのもんじゃいとばかりに活躍した。
保守の面から言えば設計は単純だがパーツ点数が多くて大変で、そこが嫌われた部分もある。
ただ、それ言い出すとチョッパ制御もさほど変わらないんだ。
保守その他において本当の意味で楽になるのはVVVFインバーターが出てから。
そいつらが出てきてこのシステムが淘汰されるのは構わないが、特急電車でもない限りは空気式ブレーキは最低限の使用にしてほしい。
後にそうなるのに今からそうやらんでどうする。
だから俺は鉄道の皇国面を戦車の製造コスト引き下げのために打ち砕く。
特に、強制空冷抵抗制御とかいう存在が気に入らない。
そんなもんは皇国が独力による自然冷却方法を開発できなかっただけだ。
特許をガチガチに固められた影響も多分にある。
システム構築から34年も経過してそのシステムを導入し、そいつが後から登場した車両より生き残ってしまったのも、単なる抵抗制御よりもよほど高効率だったからである。
だからこそ、今のうちに新性能電車としてソレを導入する。
こいつはチョッパ制御とは間違いなく争う。
だが単純な抵抗制御には100%勝てる。
VVVFインバーターが出るまで最後までどちらが優れているかで論争になってもらおう。
車体は溶接式の全鋼製。
マスターコントローラーは常陸が既に輸入ライセンス契約を結んでいるワンハンドル型。
136段バーニア制御をここに導入。
既存の電鉄を根底から覆す新世代電車とする。
戦後の鉄道の高性能化は、この手の技術の積極的導入によるものだったが、ヤクチアはあんまり関心を示していない一方で皇国は常陸や京芝を上手く活用して鉄道を高性能化させた。
今まさに前倒しでそれをやってもらおうというわけだ。
「――ようは画期的な新システムを搭載した新世代電鉄を作り、それを大量生産してしまおうというわけか」
秘書によってカップに注がれた紅茶を飲みながら、俺が書いた起案書を見て大臣は肯定も否定もしない姿勢で述べる。
「バーニア制御もワンハンドルマスコンもライセンス料がネックで、鉄道会社が及び腰になっているだけのシステムです。ここについてはライセンス料分を国が支援し、価格を調節します。その程度なんてことありません。大量生産で下がる制御器で簡単に元が取れます。常陸は空気式ブレーキも併用型にしたいと考えているようですが、非常用、補助用として搭載する事は現時点でも可能です。元々の制御器はどちらにも対応可能で、ワンハンドルマスコンも電気鉄道経営者協議委員会による影響でライバルメーカーながら互換性がありますので」
「電鉄系技術者は君の戦車開発に参加して以降バーニヤ制御に興味を示していた。私としても電鉄の性能がより向上するなら導入してみたいとは思っていたのだが、皇国政府はすでに首を縦にふったのかい?」
長島大臣が最も気にかけていたのは俺が書いた一文。
それこそが彼を前向きにさせる唯一の文面である。
それがなければこの話は机上の空論となり、"面白いね"――ただその一言で終わる。
だが俺はそんなことなどさせない。
そんなために貴重な時間を互いに消耗させたりなどしない。
すでに外堀は埋めてある。
俺の起案書にはこう書かれている。
"皇国政府の支援によってこれを達成す"――と。
文字通りの意味であり、すでに西条どころか陸軍などに話はつけてある。
否定する者は誰一人としていなかった。
「今はなんだかんだ陸軍主導なので、陸軍にとって恩恵の大きい予算は取り付けが簡単です。インフラ強化は国力の強化、ひいては陸軍の輸送コストなどの削減に繋がります。バーニア制御器は保守費用と保守要員が多く必要となる一方、極めて頑丈で長寿命。減価償却の面でも優れており、だからこそ1台における価格を少しでも下げたい……そういうことです」
「そういうことか。ならば鉄道省としてもすぐにとりかからねばならんな。まずは1車両こさえてみて……それから」
「よろしくお願いします」
この話は当然にして私鉄や市電にも話を投げてある。
私鉄や市電の場合、支援金はライセンス料だけでなく、路線の状況によってはさらに増額するケースもある。
いわばこれこそが鉄道会社に対する戦車開発協力への見返りというわけだ。
彼らに直接お金を渡すわけではないが、新型車両を導入するなら補助金を出す。
インセンティブを煽る方法で生産コストに釘を刺した。
すでにいくつかの市電や私鉄から打診を受けて交渉中。
俺が鉄道に与えるのはGPCSだけじゃない。
電車にはがんばってもらわねば困るからこそ、機関車に負けない画期的システムを標準化するわけだ。
◇
皇暦2600年2月10日。
戦車が一段落した俺はその戦車をサポートするもう1つの新兵器の開発を行う事に決めた。
決め手となったのは百式襲撃機などと歩兵が連携していた演習を見てからだ。
俺は国外から購入してライセンス生産すればいいだろうと思っていた。
正直あまりにも敷居が高すぎるからだ。
だが世にはこういう話がある。
自国の開発力が皆無なのとそうでないのとでは、支払うライセンス料がまるで違うと。
そして何よりも重要なのは、この兵器を作る上で必要となる心臓部が皇国で作れそうなことだ。
皇国が今作れる心臓部はターボプロップ。
つまりターボシャフトでもある。
この新兵器において最も重要なエンジンだ。
しかもそいつは現状で1040馬力発揮している。
つまり、この兵器の運用で他の追随を許さないNUPを出し抜ける可能性が1%以上ある。
NUPはこのターボシャフトエンジンを作るため、ヤンカースjumo004の開発を主導した人物を引き入れた。
2612年に完成したエンジンはその後半世紀以上も少しばかりの改良で使われ続けるが、Cs-1が画期的なターボプロップエンジンかどうかはさておき、現時点ではきわめて優れた代物であるのは事実。
これを使い、陸軍が天下を取るための新たな新兵器をこさえるのだ。
◇
朝方より呼び出したのは山崎、そして四菱と茅場の技術者達。
この3メーカーを呼び出すというのは当然作るのはヘリコプターである。
特に茅場については現在ヘリコプターもどきを開発中であった。
正確には修復というか復元なのだがな。
カ号観測機だ。
こいつの必要性を訴えたのは技研ではない。
むしろ技研は必要性を感じず、技術本部が興味を示したものだ。
ことの始まりは国境紛争によるもの。
この当時の空中からの哨戒は気球を使っていた。
今でこそ技研周辺ではキ47を用いた索敵が行われているのだが、キ47だって高度の限度などがある上、ホバリングできるわけじゃない。
いわばホバリングに近い機動を示せるので気球の代わりになるのではないかと思われ、NUP製のオートジャイロを修理、復元した上でデッドコピーのような形で生産したのがカ号だ。
しかし正直言ってこんなのでは話にならない。
だから俺はいきなり真打を出す。
正真正銘、第三帝国、NUP、共和国などが必死で開発中のヘリコプターだ。
「信濃技官。これは噂される回転翼機……ヘリコプターなのでは!」
張り出された簡易図面に山崎の技術者がさっそく反応する。
出足は悪くなさそうだ。
ここでメーカーが興味を持ってもらわないと開発モチベーションが保てない。
「そうですよ。第三帝国とNUP、そして共和国が未来を感じている存在です。様々な軍事評論家や航空技術者は回転翼機を否定する。仕組上、300km前後までしか水平移動速度を出せない上、航続距離も航空機より劣るからと……ですが、空中にいるだけで攻撃というのは中々当たらなくなるもの。その優位性を利用して地上の敵をなぎ払う存在や、垂直離着陸性能を活用して人命救助などに使えるこいつはまさしく未来の新兵器と言えましょう」
――などと意気揚々にしゃべっているが、正直言おう。
2604年に完成したらいい方だ。
山崎や四菱の技術者が興奮している一方、茅場の連中が硬直したまま黙っている様子が全てをあらわしている。
前者2メーカーが興奮するのは当然。
ヘリコプターといえばつい2年前の第三帝国にてお披露目され、世界各国の航空機メーカーが注目したFw61という存在がある。
こいつを作りたいと思う航空機メーカーは少なくなかったが、飛ぶ仕組み1つよくわかっていない時代だった。
「茅場の技師の方々は多少は理解されているようですね。これを作る事がいかに難しいかを――」
黙ったままでいる彼らへ顔を向けるが彼らの得意分野たる力なくして絶対に達成できないため、俺は彼らがメーカーとして参加を拒むことを許さないつもりでいる。
ヘリコプター。
これがどうやって飛んでいるかわかっている者はどれだけいるだろう。
きっと大半の者は上のローターで揚力を得て、テールローターでトルクを緩和している。
これだけだと思っている。
これが大きな間違い。
ヘリコプターの開発にとって最大の障害は何か。
それは上のローターの制御だ。
その存在に挑んでいる茅場だからこそよく知っている。
ヘリコプターのローターの稼動方法は芸術品。
可変ピッチプロペラの究極系。
これが開発できればどうってこと無いぐらい、
ここの開発が極めて難しく、全てはローター制御機構にかかっている。
「山崎の技師はヘリコプターってどうやって制御していると思います?」
「え? 重心移動なのでは?」
「そんなまさか」
「ではトリムタブなどの類ですか?」
「いーえ」
やはり知らないか……まあそうだろうとは思っていた。
「ヘリコプターの基本はローターの角度を変更し、さらにプロペラの回転位置によって常にピッチ変更までして制御するものです。航空機で言えば正面のプロペラが上下に仰角などを取れる。機体の全長ほどあるローターがそんな動きをするんですよ」
現段階で技術は提唱されている。
世界各国が挑んでいて基礎技術は公開技術だからだ。
しかし後の未来のスタンダードとなりうる存在はまだ姿を現していない。
なぜなのかは簡単。
ヘリコプターとは絶えず回転中のローターのピッチ角度を凄まじい速度で変化させながら飛行するものだからだ。
例えば大半のヘリコプターはそもそもがホバリング状態でさえ左側のローターの角度と右側のローターの角度が異なる。
なぜそうなるのか。
それは簡単だ。
ヘリコプターのそもそもの仕組みを考えれば当然のこと。
ヘリコプターにも揚力は活用されている。
航空機と同じように揚力を用いて飛ぶ。
だがヘリコプターの場合、翼が回転することである状況が生じる。
航空機で言うタンデム翼と同じような状況になる。
つまり乱流が絶えず発生している状況の中、風を掻き分けて揚力を発生せねば浮いていられない。
だが大気というのはとても不安定なもの。
ただ浮いているように見えて実際は風を制御しなければならない。
基本的にはホバリング時にも絶えず風の流れは発生している。
この時問題なのが、ローターの位置。
時計で言う6時の部分から12時までの位置に右回転している場合、6時から9時方向へと進み、12時まで進む場合は機体を前に進ませようとする力が遠心力によって働く。
一方で12時から3時を過ぎて6時へと向かう場合、機体を後ろに進ませようとする力が働く。
これはなんて事の無い空間では釣り合いの取れた状態でホバリングできる。
だが多少でも風があると、その風の進行方向と逆側は揚力を一気に喪失する。
するともしローターが固定ピッチだった場合のヘリは一気に横に傾き、遠心力によって生じたジャイロ効果によって安定していたヘリコプターはジャイロスコピック・プリセッションと呼ばれる90度を境に均衡のとれた状態を喪失。
大きく風とは逆方向に機体がスピンし、天と地がさかさまになった瞬間、ローターは地上に向かって加速しようとし、墜落する。
これを防ぐためにはプロペラ自体を上下に動かせるだけでなく左右にも動かせ、さらにピッチ角まで調整できなければならない。
その上で回転中の挙動を機械式に算出し、ある程度半自動で調節できなければならない。
こいつがまるで簡単じゃないからオートジャイロという存在が生まれた。
前方に移動することすら困難ならば前方に移動するためだけのプロペラを付けよう。
固定ピッチでも許される存在で妥協しよう。
そんな考えの下、誕生した。
オートジャイロは正面に据え置いたプロペラがメインの出力を生む。
上部ローターはクラッチ接続が可能だとしても、水平飛行中や擬似ホバリング中は何らかの風を受けて回転し、まるで翼のごとく揚力を発生させているだけ。
ピッチ変更などなくともいいのだ。
風の状況によって上部ローターは回転力が変わり、回転力が変わることで安定させられる。
「――しかしオートジャイロは妥協です。茅場の方々はそれをおわかりのはずだ。まるで積載能力などがなくヘリにとって一番重要な垂直離陸とホバリングが出来ない」
「ローターだけの飛行は別次元ですよ信濃技官」
「ええ、だから私も完成できたとて2604年頃と考えています。大変厳しい。でも諸外国に負けぬためにはやらねばならない」
戦後、茅場はヘリにも挑もうとした。
だが失敗する。
最大の要因はローターを作れなかった事だ。
これが全ての要であるからこそ妥協に近い状況でヘリプレーンに挑んでみたのだが、門外漢なジェットエンジンなどに手間取って結局頓挫した。
だが茅場がヘリに挑むべき理由はある。
なぜならローターの動作には油圧が必要不可欠。
世界各国のローターにはこの頃から20年ぐらいの間は機械式制御。
その方法は油圧を用いている。
どういう仕組みかというと、風の流れによって浮き上がったブレードを油圧で感知。
他のローターの迎角を自動に調整するシステムだ。
まさに茅場でなければ不可能だ。
当然回転中のローターは再び浮き上がるようになるわけだから、油圧感知と油圧制御によるローターのピッチ角の調整こそ、茅場に出来て不思議ではないのに茅場に出来なかったもの。
構造を知っているので当然設計図を貼り付ける。
「油圧ですか?」
「流体力学を用いれば機械的なピッチ角の調整は不可能じゃない。そのためには油圧が必要。実は貴方方の挑んでいたオートジャイロとはやや違う、より高位の次元に貴方方の最大の得意分野を活用できる領域があったのですよ」
茅場がカ号を生産したのはジェットエンジンのためだという。
……どうして彼らは気づかなかったのか。
ヘリコプターに使うために一番要となるローター制御。
それこそ油圧を使う分野であるということを。
しかも凄まじく複雑で俺ですらちゃんと作れるかわからない。
設計図もあくまで簡略図で仕組みを示したもの。
だが茅場の人間はその設計図を見て可能性を見出し始めていた……