第84話:航空技術者は新型戦車に新世代路面電車用バーニア制御を採用する
皇暦2600年2月2日。
閉会式がしめやかに行われて冬の五輪が幕を閉じた。
俺は開会式と異なり閉会式には参加しなかったが、西条は閉会の宣言のために北海道に再び向かっていた。
一方の俺は立川の滑走路のすぐ近くにて爆走する車両で遊んで……いや試験を行っている。
これは皇国式急造型ゴリアテとでも言えばいいのだろうか。
鉄道用の台車を大幅改造して履帯を装着。
Cs-1から供給される電気を有線接続して走る超小型戦車。
モーター戦車の実証のための試験モデルであった。
とりあえず試してみてわかったことがある。
「なんだか随分真っ直ぐ進みますねえ?」
「そりゃそうですよ。何も操作せずに真っ直ぐ進む車なんて、この世にあるんですか?」
「なんというか、思った以上に操作しやすいというか……」
「NUPで今注目されているシステムを導入しましたから」
京芝は胸を張ってシステムを自慢するが、本当にこいつは凄い。
段々この戦車が名車に錯覚してきて怖くなってきた。
そんなはずはないんだが……
この急造車両は鉄道車両製造メーカーや四菱、京芝などが関わっているのだが、操作はハンドルとペダルを複合したコントローラーによる有線式遠隔操作。
これが思いのほか操作性がよく、真っ直ぐ走らないなんて事がない。
多少曲がるがそれはハンドルで制御すればいい。
そもそもが車もそうなのだ。
この時代どころか未来の時代だって絶えず人はハンドルで細かく補正して真っ直ぐ進む。
道路には凹凸などがあるからだ。
戦車においてはダートを進む関係上もっと真っ直ぐ進まない。
必要なのはそれを補正しうる制御システムだったのだ。
ただ真っ直ぐ走ればいいのではない。
極めて高い応答性のあるシステムを構築すれば、おのずと操作性の高さによって真っ直ぐ進む事が出来る。
操作でどうにかすればいいだけだ。
ここで気になる事が1つ。
ならば、なぜポルシェティーガーは真っ直ぐ進まないと不評だったのか。
俺が作りたい戦車と失敗作を比較してきて見えてきたものがある。
ポルシェティーガーは1200kg以上に達するディーゼルエンジンが2つ。
発電機も2つ。
抵抗器も2つ。
どちらも左右で完全に独立している。
こんなの電力出力が一定なわけがない。
操作性だって最悪だ。
そして重要なのが、エレファントでは抵抗器を1つに減らした事。
あまりに操縦性が悪いのでそうしたわけである。
両者に搭載された抵抗器による加速制御は3段階。
つまりポルシェティーガーやエレファントは3段階の加速しかできなかったというわけだ。
そんなもん地面を抉るだけの存在になって当然。
一方の皇国。
皇国には俺がモーター駆動式を決断した、現段階では史上最強の制御機器がある。
バーニア制御だ。
バーニア制御とは何かと言うと抵抗制御の一種。
通常の抵抗器では3段~5段程度が限界のところ、複数の抵抗器を組み合わせることでこの段階を大幅に増やすもの。
別名"超多段抵抗制御"とも言う。
未来の皇国地域出身者なら「嘘だろ」――と思う人間もいるかもしれない。
バーニア制御は皇暦2619年になってはじめてかつて皇国と呼ばれた地域に導入されたから、現段階においてそんなものはないはずだ――
――そう思っている人間は大きな間違いだ。
当時の電車に採用しなかったのと、製造していなかったというのは意味が違う。
ことの始まりは皇暦2584年。
モータリゼーションによる自動車業界の飛躍によりNUPの鉄道業界に激震が走る。
バスなどの活躍により立場を追われたのは路面電車。
路面電車を運行する鉄道会社はバスの活躍により赤字に喘いだが、その時点での性能は自動車に対抗できるものではなかった。
加速も最高速もたいしたことがなく、乗り心地も最悪。
5段ノッチ+吊り掛け駆動の路面電車が勝てるわけがない。
そこで、新世代路面電車の開発をメーカーに依頼するのである。
まさに会社の存続をかけた未来を切り開く路面電車を求めたのだ。
それまでNUPにおいて……いや、世界において鉄道関連の制御機器の主導権を握っていたのはG.I。
G.Iは直角カルダン駆動などを含めた数多の技術を発明するが、こと制御機器に関してはそもそもが抵抗制御を発明して実用化したメーカーであり、いわば電気式の鉄道技術の基礎は殆どG.Iが構築したわけである。
そのG.Iが皇暦2595年に開発し、実用化したものこそがバーニア制御。
細かい制御が不可能である抵抗制御の弱点を埋め合わせるため、多数の抵抗器を複合させて100段以上という超多段型制御方式とした。
これを直角カルダン駆動と組み合わせた路面電車を他のメーカーと共同開発。
実はG.Iが超多段制御方式を開発した背景には、とある委員会の存在が関係している。
"電気鉄道経営者協議委員会"と呼ばれる、鉄道関係において極めて歴史的な意義を持つ組織だ。
この委員会は鉄道そのものだけではない。
後の時代においては普遍的ともなる列車規格の統一や事業のパッケージング化、コスト管理の見直しを券売機にいたるまで見直して規格化しようとした車両製造メーカーから運行会社から部品サプライヤーまでを一体化させた極めて先進的かつ合理的な組織だったのである。
この努力はもはや100年後の未来の先取りとも言えるもので、彼らはデジタル的な発想を用いて鉄道事業を分析し、必要となる車体と運用方法を見出す。
その結果PCCカーと呼ばれる画期的な新世代の路面電車を世に送り出し、NUPの路面電車が後の世もしぶとく生き残り続ける土台を構築した。
この制御機器。
戦後京芝が突如として"国産化に成功しました!"――といって、皇国の路面電車やトロリーバスに相次いで採用される。
鉄道マニアの一部では長年謎とされてきているが……この裏事情を俺は知っている。
当時G.Iと包括ライセンス契約も結んでいるのが京芝である。
そしてG.Iにその抵抗器を輸出していたメーカーこそ京芝である。
後のチョッパ制御の基礎技術も現段階で京芝に入ってきている。
つまり、現段階で136段バーニア制御を皇国は技術として保有している。
そればかりか、パーツ単位で一式組める状態でNUPに輸出すらしていた。
よって、PCCカーと呼ばれる既存の全ての路面電車を過去のものとした化け物制御器を皇国は自力で作れる。
他でもない、頑丈すぎて80年使えると言われた、あの最強のバーニア制御だ。
皇国の路面電車にも一部近郊電車にも使われた最強のバーニア制御だ。
そいつをすでに国産化しているが、自国では採用していなかっただけの事。
俺が遊んでいる戦車には当然京芝が持ち込んだ136段整流子型制御器を搭載。
この抵抗器の効率は凄まじく、現時点で最強の抵抗制御システムといえる。
何しろこのバーニア制御は皇国内でですら最後までチョッパ制御と争った。
そればかりか俺がやり直す直前ですらNUPなどで未だに活躍していた。
完全に負けたのはVVVFインバーターにだけであり、VVVFインバーターを苦手とする国は製品の耐用年数とコストからこちらを採用していた。
ようはVVVFインバーターが登場するまで戦えるシステムなわけだ。
しかも耐久性はこちらの方がチョッパ制御より数段上ときた。
そのバーニア制御は皇暦2600年現在すでに完成の領域。
これの簡易型と言われるPC制御は皇国でも一部試作車両と大阪の地下鉄に導入されたのだが……
結局本家本元のシステムはもっと後に入らないと導入されない。
一方で皇国内では超多段型を製造して輸出していたのである。
鉄道会社が新型車両を作るうえでいかに保守的な思想を持つのかが良くわかる話である。
VVVFインバーターだって10年以上様子見した運行会社ばかりだったからな。
だが皇国の戦車が3段式抵抗器と5段制御の制御器による古典的な構成などにしていられるか。
そんなポルシェティーガーみたいな失敗作など作っていられるか!
加速、粘着性、後の未来での実績、現段階での信頼性。
全てにおいて最高峰のものであるバーニア制御を普通に導入する。
これはクラッチすらまともに作れず、流体継ぎ手すら失敗した皇国において最後に残された手段である。
他の方式がダメならもうこれしかない。
俺はこいつに賭ける。
ちなみに、このバーニア制御の操作システムは足ペダル式を基本とする。
ペダルの踏み方とスイッチの組み合わせで136段を完全に制御できる。
しかもこの136段は力行も制動もどちらも136段なのだ。
殆どそれは無段階制御と同じであり、非常に細かい加減速を可能とした。
4つのモーターと4つの主抵抗器に大量の副抵抗器を組み合わせたバーニア制御は、G.Iが自動車と戦える路面電車のために10年の歳月をかけて発明したものだが……
その製造は自国でも行う傍ら京芝にもやらせていたわけだ。
だからこそ京芝は当時何度もバーニア制御の導入を推奨したが、電車自体が懐疑的な目で見られた時代において導入コストも相まってバーニア制御は受け入れられなかった。
PCCカーを本格的に導入する場合は莫大なライセンス料を電気鉄道経営者協議委員会に支払わねばならない。
1車種単位で当時の価格で数千ドル。(3500~4500ドル)
さらに車両1両ごとに2600年時点で300ドルを要求してくる。
俺がやり直す直前の通貨価値で1両あたり1億オーバー、ライセンス契約だけで10億~15億円。
契約はまだしも1両あたり1億円が上乗せされると考えればどれだけ高額なのかわかるだろう。
それでいて現状ではまだ実績もそこまでではなく、製品寿命の短さも指摘されていた。
実際は数十年酷使できる完成度の高いバーニア制御だったが、それに気づいてようやく鉄道会社は導入したわけだ。(その頃にはNUPと敵対していたのでライセンス料徴収の話もなかったことが後押しともなっていた)
いわばこの戦車は鉄道業界に先駆け、当時の最先端を行く技術を導入したわけである。
ほんとこの時代はG.Iにおんぶ抱っこだぜ。
結局皇国の最大の失態はG.Iを信じなかった事と、G.IをNUPの企業だからと一時期から京芝ごと距離を置いたことだ。
俺はヤクチアに負けないために一切躊躇しない。
未来の実績を知っている以上、コスト度外視でバーニア制御を導入し、必要に応じてそれらを統括するPCCシステムも組み込む。
鉄道会社もバーニア制御とPCCシステムについては大変興味を抱いていたが、いかんせん実績がないので不安視していたため、この戦車におけるデータをとにかく欲しがっていた。
彼らは特に柔らかく衝撃が全く無い一方で、鋭い加速と減速を示す本制御器に惹かれていた。
近郊電車や路面電車に採用されるための要件を満たす、高い加速力と減速力がこのシステムの強み。
バーニア制御は最高速こそ鉄道車両では100km台に留まるが、それでも皇国の近郊電車において非常に高い実績を示し、貨物列車などではG.Iほどの超多段型ではないものの国産による機器による採用実績がある。
このシステムはとにかく空転に強い。
これが存在しないなら俺は素直に星型エンジンと無段階変速で勝負したことだろう。
そしたらきっともっと軽くしなければならなかったし、国産化できるかも未知数だった。
だが60t級貨物列車にすら採用された制御システムが現段階であるからこそ、あえて電気駆動に拘った。
全ては現段階の皇国の技術のさらなる向上を果たせる新鋭技術である事と、皇国の得意分野の利用による現状打破が同時に可能であったこと。
俺もトロリーバスに使われた実績があるとはいえ、本当に戦車でも大丈夫か不安があったが……
大丈夫そうだ。
1200Vの電圧を利用したこいつは凄まじく応答性がいいぞ。
ちなみにこの制御機器は基本発電ブレーキしか使えないのだが、これは戦車にとって好都合だった。
無駄に別途ブレーキ機構を投入する必要性が無い。
ここもポルシェティーガーを技術的に大きく突き放す部分。
博士が後の時代に述懐するように、ポルシェティーガー最大の失敗は発電ブレーキを作れなかった事。
この時代、発電ブレーキを作れたのは皇国とNUPだけ。
鉄道関係では進んでいたアペニンですら作れていない。
皇国とNUPだけが電制常用と呼ばれる、非常用を除き全てのブレーキを発電ブレーキのみで制御する方式を製造できた。
しかもG.Iのバーニア制御は完全停止、つまり車でいうパーキングブレーキのような使い方すら出来る。
電源を落とすとさすがにブレーキ状態を保てないため別途パーキングブレーキは必要ではあるが、運転時においては必要無い。
ちなみに回生ブレーキと勘違いしている者も多いのだが、俺がやり直す頃ですら当たり前にある発電ブレーキにおいては回生などという電線に電気を戻すような仕組みは搭載していない。
世にある鉄道において回生ブレーキを搭載する車両など、世界全体で見れば3割あるかないか。
皇国ですら俺がやり直す頃において6割しか搭載していない。
そして殆どが回生システムとの併用。
つまり世界では半数以上が発電ブレーキというわけだ。
理由は簡単。
回生失効という存在があり、皇国のように2分に1本というような大量の鉄道が行きかう状態が諸外国には全く存在しないから。
しかも回生ブレーキオンリーにすると、回生失効が発生した場合に電車は止まれなくなる。
回生ブレーキなんて世界の鉄道技術者から言わせれば"皇国面"も甚だしいものであり、皇国ですら都市圏を過ぎると使い物にならなくなるため、発電ブレーキと併用して都市部を抜けたら使わないようにしている。
賢い設計者ほど回生ブレーキなんて使わない。
省エネという部分を除けば構造的無駄が多い。
整備性も悪くなってしまう。
つまり都市部かつ異常なまでに列車間隔が短い路線でしか使い物にならないシステムだというわけなのだ。
また、多くの貨物列車やローカル線がそうであるように、回生とは回生を行える電源設備システムあってこそ可能なのであって、回生時に発生する電力が巨大すぎる貨物列車ではまとも使えず、電源設備が貧弱なローカル線でもまともに使えない。
一般的にコストとの兼ね合いで考えたら抵抗器で制御するほうが、よほど信頼性も高く諸外国では当たり前となっている。
それと、トロリーバスなんかに回生システムなんて搭載できるわけがないからこそ、極めて高効率な発電ブレーキを備えるこのシステムが活用された。
回生システムはレールと電線双方を活用して初めて用いるもの。
トロリーバスでは補助として鉄輪を用いる一部でしか使われていない。
それでも尚、皇国の主要路線の電車が回生ブレーキを用いるのは、VVVFインバーターなどが熱に弱い、省エネ化したいといった考えによるもの。
実際には大した熱量にならない。
特に大量の抵抗器を複合させた整流子型制御器においては、整流子型制御器自体で電流をループさせることで極めて低い熱量にて電気を消耗させる事が可能。
だからこそバーニア制御を基本とするNUPでは、空気ブレーキをあえて排除した鉄道が極めて多い。
それでもどうにかなってしまうのだ。
そしてこの制御器自体の最大の特色は、この制御器自体が整流子型として回転し、空冷で冷却できる事にある。
電動機だけでなく抵抗器を内包した制御器をも回転させる。
回転式の制御器はG.Iの十八番であったが、PCCの前のPCにおいてもこの方式を採用している。
国産完全自作のバーニア制御器搭載の車両が強制空冷だったのに、G.Iのものをそのまま使用したタイプが自然空冷だったのも、こちら側が当初より冷却も視野に入れた構造だったから。
都市型通勤型車両なのに強制空冷が不要なのは実績として未来に証明する。
あの新宿周辺をうろついてた車両に採用されて問題が無かった。
しかも一部はモーターと回転を逆転させてカウンタートルクにさせる。
それがG.Iが自動車に勝つために生み出した英知の結晶。
だからVVVFインバーターが登場するまで負けなかった。
VVVFインバーターが登場しても負けていないほどだ。
俺はブレーキ1つとっても大きな差があるからこそ、あえてモーター駆動を選んだ。
136段式発電ブレーキなんてあっちは採用してない。
そればかりか既存の戦車よりよほどスムーズなブレーキになる。
履帯へのダメージも少なくこちらの方が効率がいいと言える。
あっちのような油圧ブレーキは開発中の戦車には無い。
皇国の戦車にそんなものを搭載する空間的余裕も重量的余裕もない。
だが発電ブレーキだけでも50t程度なら普通に止められる。
急停車は電動機の出力次第だが、計算上はそこいらの戦車と違い履帯を引きずらない分、停止距離は短い。
実際、今目の前で走り回るコイツも停止距離はきわめて短く、まるでABSのごとく電圧をアナログ制御して停止できる。
これもこのバーニア制御の制御システムの凄さ。
車輪の回転状況によって電圧抵抗を細かく変動させ、ブレーキ時の電圧すら調節できる。
コンピューター制御など不要。
電圧変動だけで機械的制御はできるものなのだ。
ハンドルとペダルで制御する136段のバーニア制御は、思った以上に車のように普通に曲がってくれる。
バックへの切り替えもスイッチ1つで可能なのは路面電車と同じ。
抵抗機器の切り替えは本当に細かく行えるので、超信地旋回もめちゃくちゃにスムーズである。
また、この魔改造戦車には王立国家から到着したばかりの新型サスペンションが搭載されて試されていたのだが、こちらの具合もいい。
パワーは50kW×4で約280馬力相当。
それを5t未満の台車を改造した小型の履帯駆動車両に用いたため、速度は思った以上に速い。
総重量は様々な機器を搭載した結果13tある。
それでも地面を削り取るような動きではなく、普通にダートを爆走した。
というか楽しい。
普通に人2人乗せて45km出るぞ。
さすがにそれ以上出そうとするとモーターが死ぬのでやらないが、モーター方式が決して間違っていないことがよくわかった。
やはり問題は重量や"アレ"だったわけだ。
よし決めた。
戦車師団との意見交換も含めて構造を大幅に変更しよう。
クラッチとプロペラシャフトは開発が遅れるとのことで廃止だ。
バーニア制御器だけで乗り切る。
今決めた。
京芝もといG.Iの画期的発明で未来を切り開く。
◇
「えっ!? 構造を変更するのですか!?」
「左右の車輪を接続するクラッチの開発に手間取るっていうんでやめました。 元々バーニア制御を信頼してなかったための保険でしたが、問題ないことが確認できました。 クラッチ同士に接続されるプロペラシャフトにも不安がありましたしね。 長い棒は結局たわみや振動の影響で破損の原因になる。なので廃止します。 そのおかげで生まれた重量的余裕と空間的余裕を全て活用しますよ」
新たに設計図を書き下ろしたそこには砲塔周りが大幅に変更されていた。
「信濃技官、もしやこれは……」
「ええ。茅場や四菱などと相談していたんですがね、バスケット構造としないまま砲塔を旋回させられないか……そのためにはどうしても空間的余裕がなく、重量も厳しい。 それらを捨て去る事が出来る要素が必要だった。ですが、クラッチとシャフトを捨てれば左右30度まで確保できる。回転は出来ないが、これが現状の我々の限界だ」
砲塔部分の周囲が以前より前方に寄せられた一方、乗員は以前より後方に移動させられた。
これによって可能となったのが半回転砲。
最大仰角45度を達成したまま30度の射角を確保するのは苦労した。
それは逆転の発想。
王立国家に存在した明らかにそっち方面の技術を採用する。
つまりどうしたか。
ケースメート方式を利用する。
やってしまった。
完全に王立国家の暗黒面に落ちた。
ケースメート、つまり砲塔側に支柱や足場などを組んで砲手は砲塔ごと移動する。
王立国家の昔の戦艦と一部の試作駆逐戦車に採用され、NUPもT-28のモックアップで同様の方式にしようとした。
バスケット方式だと空間に余裕がない一方でこちらには相応の余裕が生まれる。
装甲も傾斜装甲のままケースメート方式とすることは可能。
ケースメート方式での砲手は砲の隣に身構え、砲と一体化した状態で射撃を試みるもの。
支柱を中心に油圧で持ち上げ、その支柱が回転する。
ほぼクレーンと同じような構造となっている。
だからこそ回転は全周囲に出来ない。
元々の九九式八糎高射砲がそんな感じだった。
従来は真横への移動がなく、砲の左隣に砲手がいた。
右側には操縦手がいたため左側に配置せざるを得なかった。
だがシャフトが消えて大幅に戦車長と砲手の位置を後退できたため、砲をやや前方に配置しなおし、足場を組んだ。
その足場と砲塔の動きは連動。
左側28度、右側30度の射界を得る事になる。
左側は人がいるせいで28度になったが致し方ない。
これで重量は38.8tとなったが装甲はわずかに増加。
砲塔付近に新たに鋳造のパーツを採用し、100mmから115mmとなった。
傾斜がゆるくなった影響による措置である。
ついでにシャフトが消えた事でクラッチ類が無くなり、全幅を短縮させた。
陸軍戦車部隊からの嘆願により鉄道輸送を考慮した全幅としてほしいとの事だったが、皇国の鉄道規格による全幅の限界が3.21m。
戦後も防衛等で用いる事を考えると鉄道輸送は除外できないし、そもそもがユーグまで持ち込むために陸送などやっていられないため、海上輸送を行う港まで運ぶことを考慮しても絶対必要な要素であった。
それもシャフトが消滅したことで特に問題なく達成。
いかにシャフトとクラッチが重量物かつ容積を奪っていたかがわかる。
砲塔周辺はやや丸みを帯びた状態となり、走行中の回転が多少出来るようになった。
制御は上下は油圧、左右は電動。
といっても油圧も電動ポンプ方式のため実質電動でもある。
これら全てはPCCカーのPCCシステムを大幅に流用している。
PCCシステムと呼ばれる存在は、この手の電動機器と接続した統括制御が可能なアナログ制御システムの王者であり極めて信頼性の高いものであるのが売り。
PCCカーではエアコン類や電動ドア、電動ドアに必要なコンプレッサーなどを全て統括制御する。
これにはバッテリー類も必要だが、本来は搭載予定のなかったバッテリーも搭載する。
バッテリーは前方左右に人間1人入れる空間的余裕があったので左側に搭載した。
恐ろしいのはこのバッテリーで圧縮機を回し、スターターと出来る事だ。
元来はドアを開くためなどに必要な機構を流用してスターターしようとは……PCCシステムの開発者も驚く発想の転換だな。
エアコンシステム等を応用したものなのだが、エアコン駆動用ファンを吸気タービン手前に装着して空気を流入させ、後はそれでもって吸気タービンにて大気を圧縮させて燃焼さることができれば、吸気用タービンがスターターの役割を果たし、Cs-1を機動させられる。
最初に必要な電力さえあればいい。
念のためPCCカーにも導入されているディーゼル式の緊急補助動力装置も導入。
いざバッテリーが上がった場合などはこちらを併用する。
まあ電力的には身動きが取れるわけではなく、砲塔旋回など固定砲台としての活用時などでの利用に留まるのだが。
いわば燃費改善用の補助システムである。
この一連のPCCシステムは床下機器を大幅に減らして小型化に貢献したものだが、ポルシェティーガーとは比較にならない軽量化を果たしている。
俺は思う。
なぜこのシステムを用いてNUPは戦車を作ろうと思わなかったのか。
まあ理由は莫大なライセンス関係の問題あたりだろうが……
彼らがやらないなら俺達がやってやろう。
俺達にはG.Iと同じ技術力を誇る京芝がいる。
現段階にて最大出力6000馬力のモーターを実用化し、それを発電用の発電機としている京芝は……やはり全てにおいて皇国の要だったわけだ。
皇国でこれを再現するための土台は既に整っていた。
というか、コスト削減も視野に入れたシステム故に一連のシステムは全てにおいて無茶な構造をしていない。
だからこそ未来の発展途上国すら量産できるシステムだったわけだ。
皇暦2595年に開発されたシステムだもんな……
……とにかくありとあらゆる者達の手を借り、その上で設計し、導入技術を選定しつくして今できることは全てやった。
本来の未来においてこれが出来なかったのは、鉄道分野と軍が完全に独立していて協力関係とは程遠かったから。
今それが可能なのは長島大臣が本来よりも長く鉄道大臣にいてくれてこそ。
彼の鉄道メーカーからによる信頼は大きく、彼が橋渡ししてくれたおかげで何とか形にはなったぞ。
それは決して完璧じゃない。
砲は完全な回転はしないが、現状で走行中の射撃が多少可能なようにはなった。
……これ以上はもうどうにも出来ないぞ。
38.8tは今後の改修を考えても増やせない。
40t未満が現段階での絶対防衛領域。
エンジン出力やモーター出力が向上するか高効率化すれば44tぐらいは見えてくる。
だが、俺は40tをベースに戦車を作るべきだと考えている。
皇国で50t以上は無理だろう……40t台で戦うしかないだろう……今後もずっとだ。
戦車師団の者達が15度でいいから横に射界を保たせろというから、最大限努力してその2倍までがんばったが、彼らが望む左右60度は不可能だった。
60度になったらもう回転砲塔にした方が早い。
駆逐戦車でここまで突き詰めてこれ以上どうしろと言うんだ。
ケースメート方式は量産車だとM3が採用しているが、M3よりかはかなり洗練されている。
傾斜装甲を採用できているからだ。
M3は設計が古くあんな形状となったが、元より平べったいこちらは砲自体の構造が優秀なおかげでどうにかなった。
支柱のおかげで車体構造部材を減らせた分隙間も増やせたというのも大きい。
そこに合わせてのバーニア制御。
ポルシェティーガーほどの失敗作にはならなそうだ。
こいつは決して名車じゃない。
傑作でもない。
だが偉大なる中の下といった程度にはなってくれるはず。
航空エンジニアの俺が出来る事はこれ以上無いだろう。
後は後続のエンジニアがこれを見て回転砲塔をどうにか導入することを願う。
素直にディーゼルエレクトリックにするか、ディーゼルにするか……
なんでもいい。
後に続く技術者は回転砲塔は今のところ搭載できないのをどうにかしてくれ。
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