第8話:航空技術者は首相となる男を持ち上げつつ、計画を遂行する
新年も7日ほど過ぎたある日のこと。
俺は西条に呼び出され、参謀本部へと向かうことに。
理由はわかっている。
予言が再び当たったな。
参謀本部へと向かうといつもの三勇士がそろい踏みとなった。
互いにテーブルを囲み、三者会合へと挑む。
「信濃! ヌシの予言どおり11日に御前会議が開かれることになったぞ」
千佳様には事前に告知していたがようやく決まったか。
西条も同席しているが、さすがにここまで正確に曜日を予言されると不気味に思うようで、頬を人差し指でかきながら浮き上がる汗をぬぐいながらも冷静さを演出しようとしている。
西条にとっては、皇族でもない人間にこんな真似をされたくないという部分もあるのだろう。
「そのあたりは変わらぬ未来ゆえ、読むのに難しくありませんので」
「それでだがな。すでに陛下や稲垣大将などが西条を持ち上げ始めておるのだが、今後についてはどうすればよいのじゃ?」
「うむ、それについては私も興味がある。お前の未来予知は的確すぎた。だが迎えてはならん未来へとこのままだと向かってしまうではないか」
たしかにその通り。
このままでは何も変わらない。
未来を知ったまま、地獄の未来へと足を踏み入れるだけ。
未来を変えたいならば、前へ前へと踏み込んでいく必要性がある。
そのためにはこの御前会議が非常に重要となってくる。
「現在の内閣は2601年に解散し、閣下が首相になります。ですが、この未来を前倒しさせたいというのが私の考えです。2599年1月。つまり来年の今頃に内閣は総辞職する予定ですが、これを解散に持ち込みたいのですよ。陛下の意向を強くさせるための地盤を固めたいのです」
「どうすればいいのかのう。我であれば西条の処遇についてはある程度決められるのじゃが」
確かにおっしゃる通り。
千佳様の一言はそこいらの政治家の比ではない。
一言で西条を閑職に追いやることすら可能だ。
だからこそ、こうしてもらう。
「まずは閣下に参謀総長になって頂くのがよろしいかと。華僑と皇国を行き来している稲垣大将は閣下を高く評価されており、参謀総長へしたがっているという噂を耳にしました。稲垣大将には2598年の時点で陸軍大臣に就任していただき、閣下が参謀総長、千佳様が現状維持というのがよろしいかと」
「簡単に言ってくれるな信濃。そんなことができるのか?」
今の西条にとってはそうだろう。
稲垣大将がどれほど西条を持ち上げているか知らぬのだから。
何しろ西条、お前は本来別の人間を首相として持ち上げていたが、突然首相にさせられたのだからな。
その裏には稲垣大将といった様々な人物だけでなく、陛下の思惑なども合わさっての事。
確たる証拠はないが、俺には現時点で断言できることがある。
陛下は現時点で西条をかなり評価している人物であると見ているということだ。
二・二六事件。
俺は本来、ここでとある人物を救いたかった。
高碕是清。
陛下が自ら身代わりになるとまでおっしゃった人物。
本来想定された時代に戻れるなら、俺は彼を守りきることで二・二六事件を解決に導きたかった。
彼は2500年代に空を飛ぶ船がいずれ皇国に攻めてくることになり、皇国はその状況で防衛しなければならないのだと主張していた人物。
後の時代に大きな遺恨も残したとされるが、彼ももしかしたら俺と同じような人間で、幕末から現在までの時代において皇国を救おうとしたのではないか……
などと考える時がある。
どうしても生きていてほしかった。
直に声を聞いて確かめたかった。
だがそれは叶わず、一方で西条がこの事件の解決に大きく貢献した事実は変わらないまま、高崎是清は俺の知る未来と同じ道を辿った。
この貢献が後の西条の処遇に大きく関与しているのは間違いない。
だからこそ、ここは言い切っておく。
「閣下、さしでがましいようですがお言葉を。千佳様を次官にしたのは我が陸軍に対するけん制が狙い。その千佳様に陛下は絶大なる信用をされている。御前会議の直前にソレを進言すれば勅命が出される可能性が高い。なぜならば、本来の未来では閣下は勅命によって2601年に首相に就任するからです。本来、閣下は首相になる公算はほぼなかった所、稲垣大将などの推薦によって御前会議で状況がひっくり返ったのです」
「なんだと!?」
あまりの衝撃にさすがの西条はいったん立ち上がってしまうも、すぐに千佳様に睨まれて席につく。
さすがに2年も先の状況を突然言われても寝耳に水。
2597年の華僑事変に関わった西条は二・二六事件などを契機に陛下に信頼され、最終的に千佳様のお目付け役となりつつ現在の地位を得た。
それまでは華僑と日本を行き来していたが、現在は航空本部長がゆえ、華僑での指揮統制の頻度は減っている。
それでも尚、陛下や周辺が西条を信頼するだけの能力があった。
後世の世では無能扱いされるが、西条は現時点で最も失いたくない人物であるのは間違いない。
「陛下は和平の意向を示し、現内閣総理大臣はそれを何度も蹴った。おまけに再来年から参謀総長に就任予定の人物は閣下すら無能と怒り狂う人物。陛下が大変お怒りになり、閣下が参謀総長と首相、そして陸軍大臣を兼任する事になります」
「このまま行くとほぼそうなるのではないか」
その通りだ。
だがそれは絶対に阻止したい。
「千佳様、それでは遅いのです。2601年にまで至ると引き返せなくなってしまう。ただ、現状の閣下の状態からいきなり首相となるのも難しい。なので、閣下には参謀総長か陸軍大臣、千佳様が次官となった状態で2599年の1月の解散を迎えます」
「どうすればよいのだ? 信濃」
「来る1月16日より、現内閣は独断による暴走をはじめます。華僑との和平政策を蹴るのです。それは陛下の意向に沿わない形です。この流れを受け、新党を結成する動きが生まれます……そこを狙います。この運動の拡大によって現内閣は解散するわけですが、来る2599年1月、閣下には2年前倒しで首相になっていただかなければ皇国の未来がありません」
「簡単に言ってくれおる……」
そう。簡単じゃない。
しかし、やらねばならぬのだ。
「ですから、この御前会議が1つの山となりましょう。陸軍大臣として当面は強硬派と肩を並べつつも、対米和平については陛下に沿う形で陸軍を統制する……それができれば首相になることも不可能ではないかと」
「陛下をなんとか説得してみるしかないのう」
千佳様は慢心してはいないのか。
現状では千佳様の声1つだけで事足りそうなのだが……
確かに見通せぬ未来ではある。
これが失敗しても保険がないわけじゃないが……俺では……
「それについては私がどうにかできる領域ではありません。最悪、私は決定事項となっている未来に従います。2601年の対米和平の前に、NUPに揺さぶりをかけられるだけの軍力を確保してみせます」
西条が首相になっても、まだどうにかできる可能性はある。
その前の段階で俺が出来る限り軍力を高めてNUPを萎縮させることが出来れば、あちらが折れる可能性は0ではない。
ただ、そうなったとしてもその後が怖い。
ヤクチアと戦う事になったとしても何1つ後ろ盾無く戦う事になる可能性は高く、それではNUPと戦うのとなんら変わらん。
そこは回避し、出来る限り我々の継戦能力を高めたいのだ。
「それでもお前は、2年前倒しのほうが良いというのだな?」
「閣下。来年は第三帝国がポルッカを侵攻する年です。そして再来年はできればもうしばらく様子を見たい三国同盟締結の年です。陛下は一連の状況に批判的なのですが、できれば私はこのように未来を変えておきたい。当面の間、対華、対ヤ姿勢に注力し、NUPとの直接会戦を避けたまま2602年を迎えたい……なれば……」
三国同盟をどうするかは変わった未来の状況次第。
ただ、同じ三国でも王立国家とNUPという状況もあるであろうし、NUPのある大陸の南側の力を借りる方法もある。
これらについて勘案するにはまだ早い。
「信濃。誰か他に説得できうる者などおるか? 我だけでは不安じゃ」
そうか、千佳様は彼について知らなかったのか。
ならば改めて伝えておかねば。
「陛下が高く信頼し、かつ閣下とも親交が厚い水戸文部大臣がおります」
「あの男か。二・二六では随分世話になった」
「何よりも彼は閣下を首相にしてしまうお方。千佳様と並んで陛下から絶大なる信頼を獲得されている裏番長の一人ですので……彼と結託してみる手はあるかと」
「ふむぅ、あやつと話をしてみるかのう。あいわかった。信濃、こちらについては我に任せい。どうなるかわからなんだが、一先やってみようではないか! そちらはそちらでやることがあるのだろう?」
「ええ、閣下のお言葉がますます陸軍において重くなるような航空機をこさえてみせましょう」
会合は1時間ほどで終わり、それぞれがそれぞれの役目を果たそうとする。
最初こそ千佳様に従うだけであった西条はいまや俺をそれなりに信頼してくれるようになった。
まあ西条もなんだかんだ野心家なのだから自身の野望というものがあり、それを達成できうる人材には強く信頼して力添えするのはよく知られている。
航空本部長になってからも、陸軍の動きについてはそこまで悪いものではなかった。
航空機という未知の存在に対し、陸軍がどうにか挑戦できたのは西条の手腕が大きい。
だからこそ陸軍のすべてを掌握できる立場に西条にはなってもらい、それを下支えするキ35を作ることが現在の目標なのだ。
◇
御前会議の翌日、西条に新たな役職が与えられる。
稲垣大将は前線指揮にこだわったため、陸軍大臣にならずに西条が陸軍大臣と参謀総長を兼任することとなった。
現在の役職は陸軍大臣にして参謀総長、そして航空本部長である。
西条はこのため、陸軍大将に昇級することとなった。
実質的に陸軍において絶対的な指揮権を掌握したも同然であるが、無論強引な手でもって陸軍を制御すれば即蹴落とされるのは見えているため、西条には無理のない方法で陸軍の信頼を勝ち取っていくのが現在の立場において重要だとは言っている。
彼もそこは重々承知だ。
もともと西条は慎重な男。
ゆえにそんな真似はしない。
最大の助力は水戸文部大臣であるが、彼は順当に本来の未来と同じく厚生大臣となる。
やはり、干渉力が強くなければ本来の未来となってしまう様子だ。
それでも、少しずつ何かが変わっている。
まずは航空機から攻める。
NUPが意気消沈し、開戦判断ができないような王立国家と並ぶ戦闘機を作り、そして奴らを越えていくのだ。




