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「性奴隷になるのと、下僕になるのだったら、どっちがまし?」
「未成年に、いきなりそういう怖いことを言うのは、やめてください、太田さん」
この人は、いつもそうだった。
ジュンは重わず、伊達沢の方を見た。
すると、うつむいてしまった。
よくみると、手が震えている。
「いいや、返事はあとで聞こうか。で、グングニルを複数出せるんだったな。いま、みせてくれお嬢さん」
海のない街。
ジュンは、そこにいた。
「どうせ、誰かが用足しながら、3分くらいで考えたような世界だ。どんなことだって、もう俺は驚かねえよ」
「そうですけど」
畑の横にある大きな家。その縁側にジュンと伊達沢はいた。
太田は麦わらぼうしを被って、縁側で座布団に座っている。
「刺激が必要か、お嬢さん」
言葉通り。太田の声に、抑揚はなかった。ジュンは何も言わない。
伊達沢は一瞬、目を閉じた。
伊達沢の周りの空気がゆがむ。ゆれる。
伊達沢の見開いた目は虹色。
あの、大きなグングニルだった。
「でかいな」
太田が体を起こした。
「そうなんです」
ジュンも太田の横で見上げていた。
「複数、出せるんだろ?」
太田がそう言ったとき、グングニルが口から小さなのを一匹吐いた。
「出した」
つぶやくように、伊達沢が言った。呼吸の乱れはない。感情も安定している。みていると、またグングニルが一匹を吐いた。襲ってくるような様子はない。ただ、そこで伊達沢の指示を待っていて、まったく動かない。
「こんなちっちゃな女の子がねえ」
「あり得るってことなんですよね? 他の人間でも」
「だろうな。お前みたいなわけわかんねえやつもいるんだから、おかしくねえだろ、ジュン」
「僕みたいなって」
「消していいよ、お嬢さん」
手を上げて、太田がいう。グングニルは途端に姿を消した。伊達沢の目も、黒に戻る。
「今日、僕がここにきたのは、この子をどうしたらいいのかわからなくてですね」
「未成年だから、学校にいかせたらいいんじゃないの? 養成学校に」
「いきたくないです、そんなところ」
「実は、この子は僕を殺そうとしたんですよね」
ジュンは、ちょっと笑った。
「へえ、それは危ないね」
また太田は体を横にした。
「じゃあ、下僕になる?」
「嫌です」
「じゃあキラルは?」
「なんですか、それ」
「変なやつらの集まり。こいつとか、俺とか」
「なにをするんですか」
「自分の変な力を使って、生きてくだけ。槍従士にもなれないし、普通に生きるより、持ってるそれを活かしていこうぜみたいな」
「この人のグングニルも、ちょっとおかしいんだ」
「グングニルも出せないお前が、おかしいとか言うな」
「とりあえず、しばらくこの子を預かってもらえませんか、太田さん」
「ちょっと、なんでそんなことになるの」
「君はあの街にいたら、彼氏さんの罪もかぶることになる。グングニル自体を動かしたのは君だけどね。ほとぼりが冷めるまで、街を離れた方がいい」
伊達沢は、黙った。
「まあ、そこらへんはお前から聞いてたから、俺はいいさ。農作業の手伝いをさせるから。ちゃんと時給は出るぞ」
「言うことを聞かないなら、坂本さんに、本当のことを言う」
伊達沢が口を開く様子はない。
「隣街みたいなもんだろ、ここは。両親にはもう話はしたのか、ジュン」
「しますよ、あとで。ね?」
伊達沢は頷いた。
「じゃあ太田さん、僕は帰ります」
「もういくのか」
「ちょっと寄り道もしたいので」
「寄り道?」
「ええ、ちょっと」
「じゃあ、トマト持ってけよ。いま、もいでやるから、待ってろ」
太田は立ち上がって、畑の方に、サンダルで向かっていった。
「じゃあ、私はいつ戻れるの」
「君が、それは決めなよ。それともいますぐ、戻る?」
「それは、いや」
「戻ってきたら、連絡してよ、一応」
「わかった。あ、わかりました」
「なに、付き合うの、お前ら」
「太田さん、そういうのやめてください」
グングニルをまとった状態で、太田が戻ってきた。着ぐるみのように、グングニルが太田に覆いかぶさる格好だ。
「なんですか、それ」
「いのしし」
「いのししですか」
「なんか、森の奥からこっちみてたからさ。獲った」
「そうですか、じゃあ、帰りますね。伊達沢富子さんです、あとはよろしくお願いします」
「おう。これ、さばいて、夜にでも食わせるわ」
ジュンは、きた道を一人で戻った。
寄りたい場所があった。友人というわけではないが、同じキラルの人間が、近くに住んでいた。
顔をみて、少し話をした。もう少ししたら、ジュンの住む街に引っ越すという。
スマホをみた。
伊達沢からだった。
「テレビ見て」
ジュンは一言断って、テレビをつけた。
テレビはいつものバラエティー。
「ニュース」
チャンネルを回す。
「私、彼氏のこと殺した」
グングニル。
インターネットで出回った、惨劇の動画。数十秒だが、はっきりとグングニルが映っている。小さな、犬のようなグングニル。
「私がやったのこれ、わかる。昨日だよ、ここに来る前」
違う。目は、黒かった。あり得ない。
「多分、無意識にやったんだよ」
電話をした。
鳴り続ける。
「ごめん、急に用事ができた」
ジュンは駅を目指して駆けた。




