6 クレーマー
「他の槍従士がテロとか、そういうのと戦ってるのにお前はいったいなにをやってるんだ」
近所の石が喋る。
ジュンはスーパーで豆乳を買って、アパートへ帰るところだった。
「ほっとけよ」
父親の仕事を、少しばかり手伝うことになっていた。
最近のクレーマーというのは、グングニルを出す。それで店舗を破壊したりするので、大変だ。治安の悪い場所では、腕が立つ店員をおいたり、別に自分のような人間を雇ったりしている。
グングニルは、呼び出した人間の体の一部とされるので、店を壊すことは、ただの犯罪だ。ただ、遠隔でグングニルを操った場合、犯人を特定することは不可能に近い。そもそも、グングニルが勝手に暴走しているという場合も多く、呼び出した方も、意図していないという例が最近増えているのだった。
呼び出してしまった人間のグングニルが破壊され、本人の意識が飛び、階段から落ちるという事件があった。
当事者が特定されたのは、その人間が、店舗に電話をしていた最中にその事件が起きてしまったためだ。
買って帰ってきたら、スマホが壊れていたというのだった。それで店に電話をしているときに怒りが沸点に達し、グングニルが暴走した。グングニルは店で雇っていたフリーの槍従士が破壊した。
その、グングニルを壊された人は、死んだ。
階段から落ちて、死んでしまったのだ。
遺族が、企業側を訴えたので、事件は広まった。
企業側に過失はないということになったが、今後の対策として、グングニルは押さえつけるだけにするという規則が生まれた。
客に死なれてもらっては困るからだ。
ちなみに、グングニルを破壊したのは別のキャリアの槍従士だ。客は、店を間違えたのだった。
最近は、コンビニでも雇ってくれる。漫画コーナーのところで、立ち読みをしても文句は言われないし、バックに入ることもできる。
駅前のセブンイレブン。
ジュンは向かった。歩いて行ける距離だ。
夜中。
「坂本さん、おはようございます」
「おお、久しぶり、ジュンくん」
坂本さんは、いつも夜にいる。ここの店長の双子の弟だった。顔はあまり似ていない。坂本さんはグングニルをそれなりに扱える。
自分で店を守ったりもできる人だったが、最近、近くのコンビニが襲われたというのがあって、久しぶりに呼ばれた。
「防犯カメラがあるから、男の顔はある程度まではわかってるんだが、証拠がないんだ。それに、グングニルがらみだと警察も動いてはくれない」
「そうなんですね」
「ファミチキがないとかいう理由で、怒って、店を出て行って、その数分後に、ガラス全面がグッシャグシャだよ。セブンイレブンにあるわけないのに」
「大変ですね」
ジュンは、レジの裏にリュックをおいた。
「ちょっとだけ、外に出ますね」
リュックから、大きめのゴミ袋を取り出し、外へ出た。
砂を集める。
石は小さすぎても大きすぎても、扱いが難しい。とにかく体力も集中力も使うから、疲れるのだった。
グングニルを呼び出した人間を特定する方法はある。
砂は、石の子供のようなものだ。遊んであげるから、おいで、という風に誘う。そうすると集まってきてくれることが多い。
砂が、集まってきた。人の形のようになって、目の前で立ち上がる。
踊り始める。
「わかったわかった。みんなティックトック好きだよな、石って。とりあえず、入って」
ゴミ袋を広げると、そこに足を入れて、形を崩した。これでもう、ジュンは自分が思うように砂を扱える。
空中をふわふわと浮かせながら、砂の入った袋をゴミ箱の横へ移動させる。
「コーヒーでも飲んで、ゆっくりしてて。はいこれ日給」
「わかりました」
日給で3万円。高くもないし、安くもない。
店員は坂本さんだけだった。
その日は何事もなく朝を迎えた。
帰って、そのまますぐ寝た。
また夜。坂本さんがいた。今度は女の子もいた。背が小さくて、目が大きい。制服のサイズがあってない。コスプレみたいだ。
「この子には言ってあるから、気にしなくていいよ」
「そうですか」
頭を下げると、女の子も頭を下げた。高校生だと思うけど、正直小学生と言ってもおかしくない。
「おっぱい、おっぱい」
ジュンは、思わず、目線をそらした。
「うるさい」
外の砂が暇を持て余しているらしい。
「かわいいじゃん、セックスしろよー」
「そのまま、あとで川に捨ててやるからな」
「やってみろー」
ジュンはバックに入った。なにかあれば、呼んでくれるだろう。パイプ椅子に腰を下ろして、Wi-Fiをつなぐ。
しばらく経つと、眠くなってきたので、一度外の見回りでもしようかと思い、立ち上がった。
「あ、これ」
女の子が、入ってきた。手には、エナジードリンクがあった。
「坂本さんが?」
「あ、はい、そうです」
「ありがとうございます、わざわざ」
受けとって、店の方に出た。坂本さんの姿はない。客もいなかったので、ジュンは外に出た。
ドアのすぐ前に、金髪の二人が座り込んで、カップ麺を食べていた。無視して、コンビニの裏の方へ向かう。後ろから、楽しそうな笑い声がした。
コンビニの裏には、一軒家が並んでいる。
裏を回ろうと思うと、奥までいかないと駄目だな。
引き返そうとした。
振り返る。
虹色の大きなかたまり。そして、男の悲鳴。
ジュンは走った。
「でかいやつきた、でかいやつきたよ、怖い怖い」
「袋から出ろよ、じゃあ」
目の前で、唸り声を上げている。
「逃げてください。ここから、離れて」
男たちは、走り出す。
グングニルだ。
しかし、聞いていたのと違う。トラックか、農作業用の車。それくらいの大きさだった。
砂が渦を巻いて、ジュンの体のそばに舞い降りる。
コンビニの中から、悲鳴が聞こえた。
「出てくるな、奥に」
グングニルが、体を低くした。女の子の方を見ている。
おちつけ。やることは二つ。
呼び出した人間を見つけること。
店を守ること。
「こっちだ。みろ、犬っころ」
空になった缶をジュンは投げつけた。乾いた、大きな音がなった。
グングニルが、こっちを向いた。
ジュンは背中を向けて走り出す。
後ろから、遠吠えが聞こえた。それが足音に変わる。
追ってきた。




