3 4年後
じいちゃんが死んだとわかってから、4年も経っていた。
自分が殺されるかもしれないという状況におかれたら、人はなんだってできる。国を作っているのは、法律を作っているのは、生活しているのは、人だ。
レポートをしていた男の人が、グングニルに食われた。それから、ずいぶんいろんなことが起きて、それに合わせて、いろんなものが変わった。
今では当たり前のことだが、四年前までは考えられなかったことばかりだ。
グングニルに対抗する手段。
目には目を。
グングニルには、グングニルを。
となるはずなのに、僕は石ころで戦う。
おかしい。
僕だけにそういう能力があって、世界を救う。そうじゃない。
他の人はグングニルを出すことができるのに、僕にはできない。
多分、ぜんぶコロンブスのせいだ。でも、根拠はない。
それでも、傭兵で金を稼いでいる。ネット上で確定申告もしてる。国民健康保険にも加入済みだ。
僕は石ころを使う。他の傭兵たちは、強力なグングニルを呼び出して戦う。
ちなみに、コロンブスは消えた。
僕と出会った一週間後、ちょうどあいつがタイムスリップした未来の日になったら、いなくなっていた。
あれから、みんな変わっていった。意識すれば、グングニルのようなものを具現化できると世間で広まっていった。僕はできなかった。
僕にあるのは、石と意思の疎通をはかる能力だ。
コロンブスはいなくなったが、コロンブスのかわりはいくらでもいる。むしろいなくていいと思うが、いる。
スマホが鳴った。
電話に出る。
「はい、山田です」
成人式。
僕は出なかった。
能力がどうとかじゃない。友達もいないのに、出ても意味がないと思ったから、いかなかっただけだ。
成人式では、毎年グングニルが暴れる。もちろん、成人式に参加したやつが、呼び出して、暴れさせる。なので、成人式のシーズンは稼ぎがよくなる。
僕とほとんど年が変わらない人たち。一つ下か。
ジュンはスーツを着てコートを羽織り、隣街の式場へ車で向かった。まだ、朝早い。
「よろしくお願いしますね、今年も」
市長だった。
「任せてください、うちのエースをそろえましたから」
上司が笑いながら答える。
上司といっても、会うのは今日が初めてだ。僕は個人で動いている。他の兵士たちが、この上司の部下にあたる。
それぞれ、持ち場についた。
会場の外を歩き回る。雪はもうぜんぶ溶けたが、それでも寒い。
僕もスーツを着ているが、薄いグレーのスーツという指定があり、会場では明らかに浮いている。周りも、僕が兵士だとわかっている。
「グングニル発生、こちらで対応する。山田は動くな」
「了解しました」
インカムに向かって小さな声で返す。
会場の地図は頭に入っている。場所は、会場を挟んで反対側だ。騒ぎにはなるだろうが、式がそれで終わったりすることはない。
「成人式にお集まりの皆様。ここで幻獣を呼び出すことは、条例違反です。他の参加者の迷惑になりますので、絶対にやめてください」
女の人の声で、アナウンスが流れた。スマホで動画や写真を撮っていた女の子たちが、それに反応して、周りを見回している。
昔は、バイクとかで音をふかしたり、派手な衣装で集まったりするだけだったのに。
今は、グングニルを呼び出して、警備員とやりあうのが流行っている。
でも、ここにいるのは警備員じゃなくて、しっかりと金をもらって働く傭兵だ。
「市長も大変だな」
声がしたので、ジュンは後ろを向いた。花壇がある。その横に大人よりも大きな、切り出された感じの石板があった。
「そうだな」
石板に向かって、ジュンは返事をしたが、向こうの独り言だったらしく、返事はなかった。
「山田。すまないが、ちょっときてくれないか?」
「いまいきます。どんな感じですか」
「数が多いんだよ」
「わかりました。走っていきます」
ジュンは会場の脇を走って、裏の広場の方へ向かう。
「あの人みて。なんかあったんじゃね」
スマホを向けてくる人たちがいた。しょうがないことなので、もう、顔も隠さない。
大声が聞こえてくる。
木が何本か生えている場所を抜けると、視界は一気に開けた。
見回したが、めんどうになったので、数えるのをやめた。
グングニル。いまは幻獣とも呼ばれている。
虹色で、4本足。毛の逆立った犬みたいのが、たくさんいた。
「来ました」
「頭を潰せ」
「わかってますが、全部ですか」
「ああ、かまわん」
「わかりました」
ジュンは、物陰に少し体を隠した。
さっきの石板を使うのが、一番早い。
お前、暇だろ。ちょっと使わせてもらうぞ。
ジュンは、心の中でさっきの石版に話しかけた。
いやもう、年だからわしもさ。
そう言いながらも、建物の上から、さっきの石板が現れた。
みんな見上げている。
石板が握りこぶしぐらいに、ばらける。
それが、空からグングニルに向かって、降り注いだ。
一匹に、一発。
最近の若いもんは、本当になっとらんな。
石板が話しかけてきた。
そうですよね。すいませんね、わざわざ。
グングニルは、破れたしゃぼん玉みたいに、次々消えていく。
グングニルを壊された若者たちは、その場で膝から崩れて、失神している。
「救急車は呼びましたか?」
インカムに向かって、ジュンは呟く。
「いや、まだだ」
「呼びますか?」
「市長に相談してからにするよ。君はちょっとやりすぎだね」
「はあ」
頭を潰せって言ったじゃん。
石板は、また一つに戻って、空を飛んでいった。
「僕は持ち場に戻りますか?」
「そうしてくれ、あとはこっちでやる」
ジュンは、石板があった方へ歩いて戻った。
「やりすぎだって」
そんなことはない。お灸をすえるにしても、まだまだ足りないぞ。昔は、げんこつを食らって、頭にたんこぶができたもんだ、わしもな。
「へえ」
そう言って、ジュンは花壇のふちに腰を下ろした。
石とか幽霊とか、幻獣とか。
いつからこんなに、無茶苦茶になったのかなあ。
そう思いながら、空を見上げた。
コロンブスの声が聞こえた気がした。
あいつと出会ってからだよな、絶対。
ジュンは座ったまま、撮影に忙しい出席者たちの姿を眺めていた。




