1 いしの疎通
「ジュン、見ろ。カブがあるぞ」
趣味の畑を耕していたじいちゃんが、大声で呼んだ。
僕は家の二階にいたのだけど、それでも聞こえるような大声だった。
「なに、じいちゃん」
めんどうだったが、僕はサンダルをはいて裏の畑まで向かった。
「ほら、これ、手伝ってくれや」
「石じゃん」
「俺もう、年だから無理さ。支えてるから、持ち上げて、こっちに入れて」
少し掘ったところに、大きな丸い石があった。人の頭より大きい。
スコップが一本だけ。じいちゃんがそれを渡してくる。タイヤが一個だけの台車みたいのがそこにあって、ここに入れろというらしい。
「ちょっと、ションベン」
「待って、無理でしょ、こんなの」
じいちゃんは、魚とかのゴミを捨てる場所へ用を足しにいってしまった。
とりあえず、石を見てみるが、一人では持ち上がりそうもない。しかも、頭をちょっと出しているぐらいだ。
「サンダルだし、スコップ一本でこれは」
とりあえず、俺は諦めてスコップを石の横に刺して、てこのようにして、スコップに体重を乗せた。
「ぶふ」
いきなりスコップが倒れて、俺は顔から畑に転げた。
口にも土が入った。
「あー、ジュンお前。あー?」
じいちゃんがなにか言っている。口に入った土を吐きながら起き上がると、石は台車に入っていた。
「重い」
じいちゃんがそれを動かそうとしたが、まったくタイヤが回らない。
なにが起きたのか、よくわからない。
シーソーみたいに、石が飛びはねたとでもいうのか。
結局、その台車は二人でも動かせなくて、趣味でやっていた畑だから、トラクターみたいのもなにもなく、畑の真ん中に放置することになった。
じいちゃんが、消えた。
行方不明になった。
畑を耕しに家の裏にいくと、母さんは言われたらしい。
夜になっても、じいちゃんは帰ってこなくて、仕事から帰ってきたと父さんが、警察に電話した。
じいちゃんがいなくなってから、半年がたった。
じいちゃんの趣味の畑は、俺がやっている。
高校から帰ったら、畑を見にいく生活。別に友達はいなかったから、なんの支障もなかった。
じいちゃんは雪が積もっても、見つからなかった。
畑は全部雪で覆われて、しかもそこに雪を捨てにいくので、雪山になってしまった。
春になった。
太陽がだいぶ雪を溶かした。
久しぶりに畑にいくと、畑の真ん中に台車と石があった。
じいちゃんがいる気がする。
かわりに、ねこがいた。台車が横に倒れていて、石が放り出されている。その石の上に、二匹のねこが並んで丸まっている。多分、石があたたかいのだろう。
近づいたら、逃げてしまうかな。
「まて。真実はいつもひとつ!」
いきなりそんな声がして、思わず、振り返った。すると、ねこがこっちにものすごい勢いで走ってきて、俺を追い抜いていった。
「え、ねこが喋った?」
「いや、石だ。しかと見よ、この私だ。私の名前は、コロンブスだ」
後ろからまた同じ声がして、畑の方を見た。
「お前、雪が降ってるからって、全然こなかったな。放置しやがって。石だって寒いんだぞ」
石がなくなっている。
ジュンが足元を見ると、そこに石があった。
「いま、あなたの心に直接うったえています、聞こえますか!!!!!!」
「いや、明らかに喋ってるよね」
ジュンは座り込んで、石をつかんだ。
「はあ? 聞こえてんなら、さっさと返事しろや。冬の間ずっと呼んでたんだぞこっちは。それなのになにが、チックタックでユニコーンだ? 食べ物粗末にしてる場合か、自分のじいちゃんが死んでるのにふざけんなよ」
「俺はそんなことしてない。ちょっと待って。色々わかんない。まず、喋ってるのはなんで?」
「うるせー!!!!!!!!!」
石が急に飛び跳ねて、ジュンのあごをかすめた。
ジュンは脳を揺らされた。
眠っているのか、起きているのか。
遠くから、声が聞こえる。夢、なのかもしれない。
ジュンは耳をすましたが、なにも聞こえなくなった。