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ゆめを蝕むクスリ  作者: 砂風(すなかぜ)
8/9

monologue/動きはじめるセカイの刻

(Dream world ??)

「ねぇ、聞いてもいいかな?」


 結愛は自分以外いない公園のベンチに座りながら、そう独り言を口にした。


 公園からは闇が完全に消し去られているため、もう地面の色は土の色で統一されていた。

 空は晴れやかで澄んでおり、暖かい日差しが降り注いでいるため肌寒さもなくなってきている。

 まだまだ寒い季節とはいえ、まえみたいに空間の歪みなどもない。むしろ、何気ない日常の景色ですら、鮮明に映えて美しいと感じるほどのセカイに変わっていた。

 空気からは淀みが消え、清純かつ綺麗な風貌を放っている。好風に運ばれて花香の匂いが鼻腔を囀ずると、どこか懐かしく清々しい気持ちになる。


「違和感を覚えることがところどころあったから、なんとなく予想してみたんだけどさ」結愛はいったん間を開けると、空を見上げながらつづけた。「本当はずっと見てたんでしょ? ねえ、自己(セルフ)


 返事がないまま数分過ぎても、結愛は顔を空から離さない。

 そんな君を見て、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ごめんね、見守ることや説明することしかできなくてさ……。


「やっぱり。わたしの意志に関係ない思考がちょくちょく湧いてくるんだもん。そして、あの元型(アーキタイプ)たちを纏めあげられるような場所っていったら、そこみたいな場所しかないかなって考えただけなんだけどね」


 結愛は、蒼い(ボク)を見上げながらそう述べた。


 ごめんよ、結愛。ボクはたしかにまとめ役だけど、ほとんどなにもできないんだ。

 こうやって空から見下ろしたり、君たちの背中を見つめながら背景を記録したりすることしかできないんだ。

 どうにか自然と思考に割り込もうと何回かチャレンジしたけど、やっぱりボクには無理だったよ。


「せっかくあなたに会えたのだから聞きたいんだけど、結弦は貴方(セルフ)から見てどう? 危うそう?」

 結愛は、おそらく覚醒剤を断ってからまだ二ヶ月の結弦を心配しているのだろう。そう疑問を口にしてきた。


 正直、結弦だけだと、すぐに断薬失敗(スリップ)しちゃうとボクは思う。


「そっか……」


 あっ、でも安心してよ。結弦には、もう君がいるんだから大丈夫、そうでしょ?

 結弦も、次に結愛と会える日を楽しみに待ち望んでいるみたいだよ。


「そっかそっか~。わたしも楽しみだなぁ……早く会いたい」


 結愛は、結弦と再び再会するのが、本当に楽しみらしい。ベンチに座りながら、両足をぶらぶらさせて笑みを浮かべている。

 結弦が忘れなければ、結愛が消えることはまずない。つまり、まだ何十年も猶予はあるのだ。


 ……それじゃ、ボクは背景に戻る。楽しく明るく過ごしながら、気長に待ちなよ。さよなら、結愛。


「さよなら、もう一人のーー結弦」


 結愛は、気長だろうがなんだろうが、結弦が来るのを待ちつづける。

 いつの日か、結弦とまた会える日を楽しみに思いながらーー。 


『もう少しだけ待っててくれ』


 そう結弦の声が聞こえた気がした。


「うん、待ってるからね……」






(Reality world ??)

 自室のなか、結弦はスーツの袖に腕を通していた。


 覚醒剤の渇望に何度も負けそうになりながらも、同じように断薬を目指している裕貴のアドバイスを聞いていろいろ試してきた。


 売人の番号を携帯から消したり、依存症を看てくれる病院に通ったり、他にも、同じような依存症者が集まる私営団体を見学しにも結弦は行ってみたのである。


 それらの場所で、意外に自分と同じような立場の依存症者がかなり居ることと、相当数のひとが薬物摂取をやめてーー正しくは、我慢し続けているとスタッフは言うーー暮らしているのを知り、結弦は少しだけ希望の光を見つけた。


 そして、止まっていた自身の刻を動かすことにしたのである。


 結弦はスーツを着ると、鞄を持って階段を降りていく。


「あ、母さん……」

「頑張ってね、応援してるわよ」


 結弦を待っていたかのように、母親は玄関前に立っていた。


「ああ、採用されるように祈っておいてくれ。母さんから盗んできた金、きちんと働いて返すから。待っててくれよな」


 靴を履くと、結弦はドアノブを手で掴んで玄関を開けた。


「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 まだ3月ではあるが、外は意外に寒くはなかった。

 涼しい程度のやさしい風が頬に触れ、心地よい気分になれる。

 風だけでは冷たいかもしれないが、青一色の空にある太陽から暖かい日差しが放たれているおかげで、空気の温度が暑くも寒くもないちょうど良い気温になっているからだろう。


 ーー結愛、見てくれてるか。俺、いろいろ腐りきってたけど、今から人生を挽回していくから。ぜったい、結愛に会う資格のある綺麗なからだになって、お前に会いにいくから。だから、もう少しだけ待っててくれ。な、結愛?


『うん、待ってるからね』


 ーー結愛?


 結弦は結愛が返事をしてくれたような気がして、ついつい辺りを見回してしまう。

 結愛が居ないのを確認した結弦は、『そりゃ居るわけないか』と考え、すぐに歩くのを再開する。


 ーーさっ、いつ結愛と会えるのか、今から楽しみだ。待っててくれよな、結愛。 

 





 止まっていたセカイの刻が、ようやく動きはじめたーー。



 

 

 


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