Episode06/『ゆめ』を救う唯一無二の方法
(Reality world 11.)
結弦は精神病院に行き、薬物依存だと伝えて医師と相談した帰り道を歩く。
渡された処方薬を手に持ちながら、見慣れた近所の道を使って帰る。
結弦は玄関を開けると、二階へつながる階段に向かって、とぼとぼと進む。
ふと、リビングに居る母親が視界に入った。
「あ、あの、母さん……俺……」
ーー言えるわけがない。覚醒剤をやって、やめられなくなってしまいましたーーなんて絶対に言えねーよ……。
「な、なにかしら結弦?」
「いや……やっぱり何でもない……」
結弦は、一瞬だけ止めていた歩みを再開した。
「なにか悩みがあるなら……相談してね?」
ーーだから、言えないっつーの……。
結弦は階段を登り自室に入ると、渡された処方薬ーービペリデン、エビリファイ、フルニトラゼパム、コントミンをまとめて嚥下する。
そうした後、結弦は真っ青な顔で布団に入った。
ーーコイツらを飲んだら速効で治ってくれれば、苦労なんてしないんだけどな……。
ーーああ、夢は見たくないな……。
結弦はここ最近、毎晩のように結愛が夢に現れるようになっていた。それも、涙目でただただ自分を見つめてくるという、悲しくなる夢ばかりである。
もしかすると、結愛は結弦が置かれている現状を嘆いているのかもしれない。
そういうふうに、結弦は思ってしまう。
ーー1度くらい、昔の……昔の結愛に……昔みたいに明るくて溌剌だったあの日みたいな結愛を、見たい……な……。
結弦の意識は、夢の世界へと飛び立っていった。
(??????)
結弦は夢を見ていた。
しかしそれは、今までのように、目の前に結愛が立ち、ジッとこちらを見てくるような夢ではなかった。
結愛を含め四人の人間が、闇を近づけないように奮闘しているのを、真上から傍観しているという夢だった。
闇はグロテスクな動作で結愛たちに絡まろうとしたり、道路上に濁流みたく勢いよく広げたりして、闇が四人を丸飲みしようとしているーーそんな光景である。
ーー結愛は現実にはいないんだ……。
ーーけど、結愛が闇に飲まれそうになるたびに、俺は、どうして、あいつを助けに行きたくなってしまうんだ?
ーーどうして、結愛が悲しむと泣きたくなるんだ?
ーーこの気持ちはなんなんだよ? 結愛はたしかに、現実世界に居ないはずなのに……。
ーー……ああ、そうだ。そうだよ。ああーー。
結弦は、裕貴が宣っていた理論を思い出した。
他人の世界にはたしかに存在しないかもしれない。だがしかし、結弦の世界には、たしかに結愛が居るということを。在るということを。
たしかに、存在してくれているんだという事実をーー。
名前も顔も記憶していない人間なんかよりも、自分で在ると認識していて、名前まで知っている存在のほうが、たしかに存在しているといえるだろう。
ならば……と、結弦はなにかの決意を固めた。
ーー過去を回想してしまうたびに……。
ーー夢で結愛を見るたびに……。
ーー子供の頃の俺を救ってくれた、あの日を思い返すたんびに……。
ーー……想わずには……いられなかった。
次第に増える闇は、ついに結愛の片腕を包んだ。
ーーそうだ。そうだよ。結愛は……結愛は存在するんだ!
強く強く助けたいと願った瞬間、結弦のからだは上空から落下したーー。
(Dream world 12)
「どうして倒しても倒しても減らないのよ!?」
結愛が叫ぶのを耳にした途端、自我が結愛に駆け寄り闇を切り払った。
「ーーえ?」
今さっきまでなにもしていなかったはずのエゴに助けられた結愛は、急に強くなった変わりように、しばらく唖然としてしまう。
「え……自我……? あなたいったい……」
「エゴって誰だ? 俺は……」
エゴはそう言うと、自身に巻き付けられている包帯を巻き取っていく。
やがて、顔が露になると同時に、結愛に顔を向けた。
「……え?」
包帯が巻いてあるせいで見えなかった素顔が露出すると、結愛はそれをまじまじと眺める。そして、結愛はようやく口を開いた。
そこにあるのは、結弦そのものなのだった。
「ゆ、結弦……なの……?」
結愛は驚きを隠せず、震えた声でエゴだった者にーー結弦に問いかける。
「ああ、結弦だ。その、なんつーか……」結弦は手を左右に振り払うと、闇が意図も容易く退いていく。「久しぶり……だな……?」
「……ずっと、ずっと会いたか……った」
結愛は闇との戦闘中なのにも関わらず、どうしても涙で瞳が潤んでしまう。
「おふたりさん、イチャイチャはコイツら倒した後にしてよ!」
瑠奈がかまいたちを放ち、闇を小刻みに分裂させていく。
「ああ、わかってる」
結弦は、細切れになったそれに手を向けると、次から次へと手を振るう。それだけで、闇を遠くへと飛ばされ消えていく。
やがて、近場の闇はほとんど消え去り、ついに襲いかかって来ないレベルまで減ったのだった。
「ゆ、ゆづ……る……結弦っ、結弦! 結弦っ!」
結愛は両手を広げ結弦に向かって飛び付くと、そのまま顔を胸へとおし当て、両手を結弦の背中に回し抱き締める。
「ゆ、結愛……ごめんな……俺のせいで、こんなことになっちゃってさ……」
結弦は、浅い夢から夢を眺めていたときから……闇を見た瞬間から……結弦には、これらすべてが覚醒剤であることを理解できてしまった。
この闇の正体は、すべて覚醒剤だということが……わかってしまった。
「ううん、結弦に怒ったりなんてしない。だって、わたしを此処に生み出してくれたひとだもん。結弦がわたしの存在を許してくれるから……わたしを認識して認めてくれたから……こうやって、わたしは消えないで済んだみたいだから……ね?」
「……それだと、結愛のことを否定したりしたら、結愛は大変な目にあっちまうんだな。……本当に悪かった、ごめん」
暫し二人を見つめていた瑠奈が、「あのさ」と声を挟んだ。
「なんだよ」
結弦は結愛を抱き返しながら、瑠奈に問う。
「ここは結弦の夢であり世界なのはわかるよね?」
「あ、ああ、そうなのか……」
夢が精神世界だとまでは、結弦はまったく知らなかった。
「物質世界での結弦の行動が、結愛ちゃんの居る精神世界に影響を与えるんだよ? 見てみなよ、まだ闇が付着してる部分なんて沢山あるから」
辺りを見渡すと、たしかにさまざまな建物に闇が付着していた。
「貴方の世界が完全に壊れるっていうことは、結愛ちゃんの死にイコールで繋がってるんだよ? 努力して覚醒剤、やめよう」
瑠奈にそう言われて、結弦は驚きながらも焦る。
「大丈夫よ、瑠奈。結弦は、わたしがきちんと見守ってるから……」
「え……瑠奈? あれ、どっかで聞いたような……」
結弦は聞き覚えのある名前が聞こえた気がしたが、結局は誰だか思い出せずに思考するのをやめた。
「がんばってみるから、今までのことは、許してくれ、結愛」
「ん、頑張って。ずっと見守ってるから」
胸から顔を離した結愛は、顔を上に向けて結弦を見ながら微笑んだ。
「んじゃ、わたしは帰るね。あっ、そうだったそうだった。結弦。ちょっとアイツに伝えておいてくれる?」
「アイツ……?」
誰だか見当がつかず、結弦は瑠奈に聞き返した。
「アイツだよアイツ。わたしを作った、裕貴って野郎」
「裕貴……どうして、お前がアイツのことを……」
「とにかく、アイツに『別の薬物や酒に依存しちゃったら無意味だろボケナスビ』って伝えといて。んじゃ、さいなら~」
瑠奈は言い残すと、空を飛んで颯爽と立ち去った。
「オマエ……イヤ、イマはショブンしないでヤロウ。スコシは、カイゼンのミコミがアリそうダ」
瑠奈に続き、影までもが消えてしまった。
「あれ、やべっ、なんか起きちまう予感がする……せっかく、結愛に会えたってのに……」
結弦は、意識が上昇していくのを自覚すると、慌てて結愛にそう告げた。
「また会えばいいだけよ」
「……それもそうか」
「うん、だから、約束して? いつかまた、わたしと会うーーって、約束しよ」
結愛は小指を立てて結弦に差し出す。
結弦はそれに自身の小指を絡めた。
「また何時か会うこと、もう闇はやらないこと。さっーーうそついたら針千本の~ます! 指切ったっ」
結愛の声を聞きながら、結弦は現実の布団の感触を体感しはじめていた。
「じゃあな、結愛……。俺、頑張るから。頑張って真人間になってみせるから!」
「うん。ずっと、ずーっと見守ってるからね。それじゃ、また会う日まで!」
結愛がそう言うのを耳にしながら、結弦の意識は精神世界から物質世界へ、なにか強い引力にでも引っ張られるかのように連れていかれた。
そして、結弦はまぶたを開いたーー。