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ゆめを蝕むクスリ  作者: 砂風(すなかぜ)
6/9

Episode05/存在理由(レーゾンデートル)

(Spiritual world 9.)

 結愛は一瞬からだを震わせたかと思うと、しばらく動きを停止させた。


「ゆ、結愛ちゃん?」

「ぜんぶ……思い出した……」


 結愛は立ち上がると、大草原の中央にある扉へ向かって歩き始める。


「行く気かの?」

「ええ……ここは瑠奈側の(せいしん)セカイでしょ? わたしは、結弦のセカイに行ってやらなきゃいけないことがある」


 老賢者に問われ、結愛はそう返した。


「それは、自我を殺しにいくのか? それとも……」

「そんなの、決まっているじゃないーー」


 結愛はドアノブを掴むと、そのまま力強く開いた。


「ーー結弦を助けるため!」


 結愛がドアをくぐると、瑠奈の領域(へや)から結愛は消え去った。






(Reality world 10.)

「ねぇ、結弦……一緒にさ、薬物依存症を担当してくれる病院に行かない……?」


 裕貴は部屋で横になっている結弦に、唐突に声をかけた。


「いきなりなにを言い出すんだよ……つーか呼んでもねーのに勝手に来るなよな……」


 覚醒剤が切れて数日経ったとある日、何の約束もしていないのにも関わらず、結弦の下に裕貴が訪ねてきたのであった。

 なにかと思えば、開口一番に「薬物をやめないか」と。結弦は暗い気分に負けないように耐えながら、しかし、今回ばかりは裕貴の言葉を否定しきれないでいた。


「一人じゃ心細いからさ……。でも、同じ薬物に依存していて、同じく悩んでいる仲間がいれば、励ましあって頑張れると思うんだよ。……瑠奈も、薬物やめろって煩いしね」

「まーだタルパがどうだかとか言ってんのかよ……。だいたい、俺はもぅ無理だ。覚醒剤なしの人生を送るくらいなら死んだほうがマシなレベルだ」


 結弦はここ最近、楽な自殺方法はないかと、パソコンの画面を虚ろの瞳で見ながらいろいろと検索していた。

 どうやら密閉空間で練炭を炊きつつ睡眠薬を過剰摂取(オーバードーズ)するのが一番楽らしいと知った結弦は、今度練炭でも買いに行くかと考えていたのである。


「まあ……」


 ーー死ぬ前に、一度だけなら行ってみるか。


 結弦は、なぜだか頻繁にとある夢を見るようになっていた。

 結愛が、悲しそうな瞳で結弦を見てくるだけの、胸がざわつくような夢をーー。

 





((Yuzuru of) Dream world 10.)

 結愛は足早で歩きながら、居候させてもらっていた太母の住むマンションに向かう。


 ーー結弦の心境に、なにか変化があったのかな?


 瑠奈の領域に行く前と帰ってきた後で比べ、闇に染まる建造物が減っているのを見ながら結愛はそう予想した。

 しかし、それとは別に、一部のコンクリート塀が粘土のようにぐねぐねと歪んでいたり、所々アスファルトに穴が空いており、そこから深淵が露呈しているのを慮るに、どうやら精神のほうは悪化しているようだとも予測ができた。


 ーー結弦、諦めないで!


 この世界は、結弦の精神世界の中で『夢』と呼ばれている領域。

 夢といっても、浅い部分にある層から深い層にある領域まで、様々な領分がある。


 結弦の普段見る夢の内容は、浅い部分から深い部分のあいだの何処かを、肉体から離れて夢の体ーー光体(アストラルボディ)でさ迷っている時に映る景観や出来事である。


 浅い部分は有意識に近く、深い部分は無意識に近い。

 そして、瑠奈がいたのは無意識領域のさらに下、集合的無意識の浅い部分にある、結弦と(ちかし)いひとと精神領域が混ざる場所であった。


 結愛は、その瑠奈のいる他者寄りの領域から、元いた夢の中心領域に返還してきたのだ。

 マンションの階段を登り、一つだけある白い扉を勢いよく開けた。


「あらあらあらあら。おかえりなさい、ユメちゃん」

「……おかえり」


太母と自我は、つい先日までのように結愛を迎い入れた。


「……ただいま、太母(グレートマザー)自我(エゴ)を連れ出しに来たわ」


 結愛がそう言うと、太母は途端に表情を歪める。


「あら残念。記憶がないままだったらずっとうちに居てくれても良かったのに……思い出してしまったのなら、ここから放り出さなければならなくなったわ、おほほ」


 太母はふくよかな腹を撫でながら、自我の前に立ち塞がった。


「マザーの愛はたしかに心に優しいし、記憶を取り戻したわたしでも、あなたの包容力の暖かさには挫けて負けそうになるわ。でもねーー」


 結愛は、自分の髪を手で払う。


「母の愛は、時に全てを飲み込み情という名の束縛になるの。それで縛っていてはダメになる。あなたはやり過ぎよ」


 二人は対峙しながら静止する。


「自我、あなたは結弦の意識でもあるけど、欲望に忠実だったり、他人に流されつづけたり……自我(エゴ)なら少しは自我(エゴ)を持ちなさい」


 結愛は自我に言葉を投げ掛ける。


「さあ、こっちに来て」

「……」


 結愛に手を差し出されるが、自我は俯いたままなにも喋らない。

「無理やり影のとこまで引き摺っていくしかないようね?」

「おっほっほ、させると思う?」


 太母は、今の精神世界で(シャドウ)並の力を持っている。

 結愛はそれを理解できているからこそ、中々動けないでいた。


 ーー仕方ない。少し力を貸してあげるから頑張ってね?ーー


 ーーえ? い……今なにか……?


 しばらく睨みあったあと……突然、窓ガラスが激しく割れて吹き飛んだ。

 バラバラに弾け散らばるガラス片の中、なにかが押し入ってきた。


「へーい、瑠奈ちゃん、一丁お待ちっ!」

「瑠奈!?」


 そこには、からだにガラス片を纏いながらも素早く動く瑠奈がいた。


「あ、あなた、いったいなにをするのかしら?」


 そう告げる太母に、瑠奈は手を向ける。すると、手のひらから強烈に吹き荒れる暴風が放たれる。

 それが太母に当たると、そのまま部屋の隅まで吹き飛ばされていった。


「ほらほら結愛ちゃん、早く早く!」

「あ……え、ええ、そうするわっ!」


 結愛は自我の片手首を強く握ると、まさしく引き摺るように玄関から飛び出した。


「ちょ……ちょっと……待って……どこに……連れていく……つもりなの?」


 自我は不安な声色で結愛に尋ねた。


「あなたが向き合わなければならない相手ところ!」


 マンションから二人が飛び出すと、そこには窓から逃げてきたらしき瑠奈も待っていた。


「で、結愛ちゃんはこいつ連れ出してなにがしたいの?」

「あいつの……(シャドウ)のとこへ連れていくの!」


 結愛の言葉が発すると同時に、先ほどまで壁だった場所に唐突に道が現れ、そこから影が近寄ってきた。


「ナイスタイミングよ、影」

「まだヤルつもりか?」


 影は対話などするつもりがないらしく、ポキポキと指を鳴らしながら近づいてくる。


「ええ、そうよ。さ、自我。あなた、(クスリ)に埋もれたままが嫌なら、(ミライ)を目指すなら、シャドウを受け入れなさい!」

「い、いやだ、恐いよ……」


 ぶつぶつ言いながら、自我は肩を震わせる。


「ソイツにナニをイッテもムダだ、ソンザイをツブスか、コノヨからケスしかナイ」


 影はゆっくりと自我に歩み寄る。

 その時ーー。


「なぁっ!?」


 身を潜めていた闇が、辺りの歪みから次へ次へと這い出てきた。


 (クスリ)はーー覚醒剤で精神を崩壊しようとする物質世界の産み出した大敵。正式に使用されなければ全てを漆黒へと包む深淵。

 (やみ)で世界の容姿をすべて塗りつぶそうと企む、意識のない化け物。


「チッ!」


 シャドウは舌打ちすると、一気に闇に切りかかった。

 瑠奈も協力してくれてはいるが、倒しても倒しても一向にに止まらない。

 濁流は四人に迫り来る。


「ちょっとちょっと、私ここで負けたら帰れないじゃん!」

「倒しきれば、なんとかなるはずだから……!」

「う、ううう」

「ヤッカイなヤツラだな」


 四人は慌てふためく。

 だが、濁流は止まらない。


 飲み込まれそうになるまで、闇は迫ってくるーー。

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