Episode03/『輝く過去』と『色褪せる未来』
(S6.)
ざわざわと草原が揺れる地面、清々しい青が広がる大空。太陽の日差しの降り注ぐ場所に生えている一面の新緑は、風が吹くたびに楽しそうにからだを揺らし踊っている。緑広がる広場の先には、エメラルドグリーンの海まで広がっており、時折生暖かい潮風が頬に触れながら吹き抜けていく。ーーそんな大自然の中央に、ぽつん、と一枚だけ薄い扉が置いてあり、そこだけは違和感以外の何物でもない。
「こ、ここが……瑠奈さんの、お家……?」
「到着! え、あ、うん、そだよー。ここが私の領域っ!」
海の香りに鼻腔を擽られながら、どうして急にこのような場所に来たのかと悩む。
あれだけ寒い細道を歩いていたのに、いつの間にか、こんなに暖かなーーしかも、大自然豊かな場所に来てしまっていたのだろうかと、ユメはひたすら唸りなら考えてみる。
ーーいやいや! だっておかしいよ!
ーーだって、一分前までは、たしかに、寒くて暗くて細くて人気のない道を歩いていたのに……。
「ほほう。お主、瑠奈はなかなか自由に生きとるな。お主も誰かのアニマか?」
「アニマに当てはまるかはわからないけど、まあ、アイツ努力しているし、なんだか私にベタ惚れだし、理想の女性ともいえるんじゃないかなん」
「あ、あの、わたしが誰なのかを、早く教えてください」
いつまでもワケの分からない会話をつづけてしまいそうな二人を見て、ユメはどうにか本題に移ろうと思案し、強引に話題を変えるよう願い出た。
「さて、それでは、なにから知りたいかのう?」
「そ、それじゃあ……名前から、お願いできますか?」
「よかろう」オールドワイズマンはつづけた。「お主の名前は、ユメという名じゃ」
「……え?」
ユメは、オールドワイズマンにそう告げらて呆然としてしまう。
まさか、たまたま付けた名前が当たっていたなんて……と。
「漢字はこのセカイのゆめ?」
「いいや違う。結うに愛と書いて結愛と名乗っておったぞ」
「ゆ、結愛……」
ーーなんだろう。漢字を当てはめると、さらにしっくりくる。
ーーそれに、なにか大切なものな気もする。
なにかを思い出せそうになる結愛だが、どうしても、後一歩のところで思い出せずに歯がゆさを感じてしまう。
「お主はな、セカイを救うために努力しておったのじゃぞ?」
「へ……え……せ……セカイ……を……? は……はい?」
突然スケールの大きな話をされて、結愛の脳はしばらく情報を受け入れなかった。
(R7.)
「さてと、寝るか……」
最後の覚醒剤を使いきった結弦は、三日寝ていないせいで猛烈な眠気に襲われていた。
結弦は布団に倒れ込むと、気絶するように夢の中へと旅立ったーー。
(R1.)
古い民家の中、二人のこどもがお絵描きをして遊んでいた。
「上手い! 上手いよ、結弦!」
少女は隣にいる少年を褒める。
「え、えへへ」
絵を描き終えた少年は、照れながら後頭部を掻く。
「結弦ー? 誰か居るのー……って、誰もいないじゃない。おかしな子ねー」
なにやら騒がしく感じたのか母親が部屋に入ってきた。
てっきり友達かなにかが遊びに来ているんじゃないかと疑い確認した母だったが、結弦しか目には映らず扉をしめて台所に戻っていった。
ーーお母さん、目が悪いのかな?
結弦は真隣に座るかわいくて明るい女の子を見ながらそう考えた。
そんなことを考えている結弦に、少女がこう声をかけた。
「結弦はさ、将来なんのお仕事をしたいの? どんな職業さんになりたいの?」
少女に問われ、少年は少し考えて口を開けた。
「ま、漫画家になりたい……」
「結弦ならなれるよ!」
少女は結弦の頭を撫でながらそう言った。
「ありがとう……えっとーーそういえば君の名前、まだ教えてもらってないんだけど……教えてくれないかな?」
結弦は名前を呼ぼうとして、ふと、この少女の名前を知らないことを思い出す。
それどころか、いつ頃から、いったいどんな経緯で友達になったのかすら、結弦は覚えていなかった。
「わたしの名前? わたしはね……うーんーーそうだ! 結弦を愛するで結愛!」
「ええ、なにそれ? いま決めたみたいなーーというより、ぼ、ぼくを愛する、って……?」
結弦は今しがた適当に作ったような名前に納得いかなかったが、それよりも名前の由来のほうに意識が向いてしまう。
「わたし、結弦の好きだもん!」
「あ、あはは、なんだか恥ずかしいよ……」
ーーどうしてこの子は、こんなにぼくにいろいろしてくれるんだろう?
結弦は不思議に思ったが、それよりも、素直な好意を向けられたことが嬉しく、すぐにその思考は消え去っていった。
「明日も明後日も遊ぼうね?」
「うん……約束」
二人は交わした約束どおり、しばらくの期間遊ぶのであった。
☆☆☆☆☆
高校に入学してから一ヶ月。結弦は友人の裕貴と雑談していた。
「そういえばよ、昨日テレビで見て思いだしたんだけど、俺ガキの頃イマジナリー……なんだったかな」
「イマジナリーフレンド!? あるいは、イマジナリーコンパニオン!?」
「お、おう、ソレソレ、そんなのが居たんだぜ。あんなに仲良く遊んでいたのに、不思議だよなー、いつの間にか忘れちまってたんだよ。いやぁ驚いたぜ。お前、こういう話題好きだろ?」
結弦は、裕貴の席付近の椅子を勝手に借りて座った。
「うん、ちなみにどんな子だったの?」
「あんま詳しくは言いたかないけど、名前は結愛、だってことだきゃすぐに思い出したな」
ーー理由は恥ずかしくて言えねぇけどな……。
「へぇ~。あっ、そーいえば絵の練習つづけているの?」
「お前……話題変えんの早すぎねぇ? 自分が話すときゃなげーのに、ったく」
二人は仲良く笑いながら談話をつづけた。
☆☆☆☆☆
「これでようやく、結弦も仲間だな?」
「そうっすね……」
「どうだ?」
「たしかに、なんだかイメージしたもんと違いますけど、気分は悪くないっすね。っつーか裕貴の奴もやってたんすね」
注射をするのに集中している裕貴を見ながら、結弦は呟いた。
「シャブ仲間増やしたいからな。シャブ仲間だよシャブ仲間! ぎゃははっ!」
ーーここが人生の間違いにはならないよな? 大丈夫だよな?
ーーきっと大丈夫だろ……。
☆☆☆☆☆
「そういや……久しぶりに絵描いてみっか」
自室の中、覚醒剤を毎日やるようになってしまった結弦は、ふと思い出してノートを開いた。
ペンを取り出して、結弦は一年前、まだ絵を描いていたときのように漫画のキャラクターを描こうとした。
しかし……。
「あ、あれ? なんでだ?」
手は震え視点は定まらず、輪郭やら眼やらが描いても描いてもぐちゃぐちゃに崩れてしまう。
「な、なんでだよ……?」
ためしに単なる円を描いてみたが、それすらもまともに描けずにぐにゃぐにゃになってしまった。
考えたくなかったが、思い当たる原因がひとつだけ、結弦の頭にすぐに浮かんだ。
ーーまさか、覚醒剤の……せいか?
「あ、あれ? おい、おいおいおい。なんで俺、泣いてんだよ……」
ぽつり、ぽつり、とノートの上に、雫が一滴、また一滴と、結弦の瞳から頬を伝って落ちていく。
泣きたくないという結弦の意志に反して、涙は一向に止まろうとしてくれない。
「おれって……いったい……なんのために……」
数年の努力が泡沫のように消えていた事実を知り、結弦は今までしてきた絵の練習がすべて無駄になったことを察した。
ーー結弦の涙は、そのまましばらく止まらなかった。
(R8.)
結弦は、酷い顔つきで布団から上半身を起こした。
「くそっ……裕貴があんなこと言うから、夢に見ちまったじゃねーか……」
考えたくもないのに、結弦はどうしても、まだ純粋と呼べた少年時代や、なりたかった夢、そして、結愛のことまで思い出してしまった。
ーー結愛、か。……もしも今、俺のこんな惨状を見たら、どう思うんだろうな……絶望しちまうかな……。
覚醒剤に溺れ、大学には行かずバイトにもいかない。もちろん働かない。そして、親の財布から札を盗み覚醒剤を購入していく自分。
結弦も、母が薄々自分がしていることに気づいているんじゃないかと感付いているが、それすら知らぬふりをして金を奪う結弦の姿……。
それは、自身で考えてみても最低の人間にしか思えない。
「くそっ!」
結弦は自身の惨状を考えてしまい、涙で瞳が再び潤んできてしまう。
ーー自殺すれば、楽になるのか……?
結弦はそう考えながらも、再び布団に横たわるのであった。
ーーもし、もしも夢で結愛に会ったら、謝ろう……。
「ごめんな……【結愛】」
結弦は再び眠りに落ちていく。