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ゆめを蝕むクスリ  作者: 砂風(すなかぜ)
3/9

Episode02/アーキタイプ

(D4.)

 ユメの目の前には、色とりどりの豪勢な料理が並べられていた。


「さあさあ、たーんとお食べっ!」


 マザーはそう言ってきた。

 リビングのテーブルには、ユメとマザー、そしてマザーの隣にエゴが位置し三人が座っている。


 道中でユメが眺めていた似たり寄ったりな民家と異なり、ここだけはマンションの一室であった。

 しかし……。


「あ、ありがとうございます。ええっと、い、いただきます」


 ーーこの建物……どうして、この部屋以外、あんな真っ暗なんだろう?


 料理を口にしながら、ユメはこの一室の入っているマンションの外装が非常に気になっていた。

 まず、この部屋以外に玄関という名の扉が存在しない。

 そして、この部屋を除いた外壁は、まるで黒いペンキで塗りたくったように一面真っ黒で染みていた。


 ……それに対して、何の違和感も覚えないらしいエゴとマザー。


 ーー覚えていないけど、セカイって、こんなふうじゃなかった気がする……。


 このマザーは信じられない。


 ーーそんなふうに思っちゃいけないけど……ってアレ?

 ーーわたし、いまそんなこと、考えていなかったのに……。


 ユメは記憶を失ったせいで、思考回路がおかしくなってしまったのではないかと不安にかられる。


「はいはいエゴちゃん、お口の周りを拭きましょうね~」


 マザーなエゴの口元を、わざわざハンカチで拭う。


 ーーやっぱりこの光景だけはなれない。なんだか、こう言ってしまうのは失礼だけど、情けなく感じちゃう……。


 今日会ったばかりの初対面のエゴだが、ユメの中では、既に甘えん坊の称号が与えられてしまっていた。






(D5.)

 あれから数日、ユメは未だに記憶が甦らないことに悩んでいた。

 そんなユメは、なにかを思い出せるかもしれないと公園付近を散歩していた。

 ようやく雪は溶けたが、深夜に水が氷っていたせいか、空気は酷く冷たい。


「あっ、ああっ! やっほーい、ユメちゃーん!」


 しばらく歩くと、道の奥から見慣れた女の子ーー瑠奈が、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。


「ひさしぶり~、どうどう? 記憶復活したかな?」

「い、いえ……」


 ユメは頭を左右に振る。


「あららのら。ならさ、ならさ? 気分転換に私のお家に来ない? 暖かいし、空気もおいしいし、サッパリしてるよっ!」


 ーー暖かいのはわかるけど、空気がおいしく……サッパリした部屋って、いったいどんな部屋なんだろ?


 とはいえ、やることがないユメは、ひとまず瑠奈に従うことに決めたのだった。



☆☆☆☆☆



 道をしばらく歩いたとき、ユメと瑠奈に向かって、空から大鷲が羽ばたき降りてきた。

 やがて二人の前に立ちはだかるように着地した。


「はっ?」「え……?」


『な、なんなんだこれ……』と二人は思いつつ立ち止まってしまう。


「わしは、オールドワイズマンと申す者じゃ」

「喋った!?」


 大鷲が口を開くとお爺さんのような声を発した。瑠奈はそれに対して、仰け反るレベルの大袈裟な驚きアピールをする。


「お主に用はない。主は主のセカイにいる奴を頼るんじゃな。わしらは浅層にいるアーキタイプでな。そうまで広い範囲は網羅してないわ」


「あ、ああ、アーキタイプ? ああっ! 元型か! あっ、なるへそ。あいつら二人ともそれだったのか~」瑠奈は笑う。「どいつもこいつも変わった名前してるなと思っていたけど、君のセカイはわかりやすいね?」


 瑠奈は微笑みながらユメを見る。


「え、わたしのセカイ?」

「そんなことはどーでもいいわ。それより、どうしてあれだけ頑張っておったのに、お主、こんなに暇そうに歩いておるのじゃ? お主のことを努力家じゃと思っていたわしの思い違いーー」

「すみません、わたし、記憶がないんです」


 オールドワイズマンが喋るのを、ユメは声を出して遮った。


「ーーな、なんじゃと? ……そうか、ついにその存在まで闇に飲まれてしもうたか……。くそ、グレートマザーめ、エゴを甘やかしおって。このままでは、オールドワイズマンであるわしも、理想像の位置にいるお主も消えてしまうぞ。そうなれば、セカイも自己(セルフ)も崩壊してしまうわい」


 オールドワイズマンはくちばしを上下させて頷くと、長い独り言のような台詞を口から漏らした。


「あの、わたしが何者なのか知っているなら、どうか教えていただけませんか?」

「うむ、いいじゃろう。はて、なにから教えればいいものか……ただしな、記憶を失ったとなれば、もはや説明しても、お主は納得できぬかもしれぬぞ?」


 ーーいまのわたしじゃ……納得できない……?


「二人ともさー、ユメとオールドうんちゃらマンマンさんさー、話が長くなるんなら、うちにきて話そうよー寒いよここー」


 瑠奈がつまらなさそうに呟いた。


「ふむ。じゃが、お主の領域はお主のセカイにあるんじゃろうから無理な話じゃ」

「大丈夫大丈夫! 私のセカイとユメのセカイは、いま結構近くにあって繋がってるからっ。もし離れそうになっても、急いで戻れば大丈夫だろうし、ねっ、ねっ?」

「そうか。お主のセカイもここに近いということは、もしや、お主も闇に苦しめられておったりするのか?」

「あいたたた、痛いとこ突くねー。でもまぁ、私の領域には侵食させてないから安心してよっ!」

「あ、あの……」


 わけのわからない会話をつづける二人に付いていけず、ユメは小さく手を挙げると、二人の会話に割って入った。


「おお、すまぬすまぬ。そうじゃったな。では、お主……」

「瑠奈だよん」

「瑠奈のお家へ、いざ参ろうか」


 ユメが頷くのを確認すると、三人は歩くのを再開した。

 ……いや、一羽は飛んでいるのだが。






(R5.)

 あれから数日が経ち、結弦の前から再び覚醒剤が消えてしまった。


「でさっでさっ、ようやく瑠奈と会話が自動でできるようになり始めたんだよっ! 姿はまだ見えないし、まだまだ、ちょびっ~としか会話できないけど!」

「はいはい、はいはいはい。妄想もここまでくると立派だな……」


 ーーこいつ、前々からオカルトやらスピリチュアルやらが大好きな変人だったけど、ついに見えないお友達と会話まで始めやがった。


 本来なら遊ぶ予定ではなかった結弦だが、裕貴から『0.1gくらいしかないけど、ネタあげるから会わない?』と言われてしまい、ネタ欲しさに会うことにしてしまったのだった。


 ーーこいつ普段は笑える面白い奴だけどなぁ、こういうオカルト染みた話はじめっと、やたら長いしウザいんだよなぁ……。


 結弦は話し半分で聞きながら、適当に返事をしていく。


「つーか、お前にしか見えない聞こえないって単なる妄想だろ? 実際に現実にいるわけでもあるまいし、なにを熱心に語ってんだか……」


 そう言うと、裕貴は話を一瞬止めた。と思いきや、話題を変えて再び口を開いた。


「いいや、たしかに瑠奈は世界に存在しているよ?」

「は、はぁ?」


 あまりに突飛な発言に、結弦は思わず苦笑いしてしまう。


「まあまあ聞いてよ」


 裕貴はそう前置きすると、独自の解釈を説明し始める。


「人間が見ている世界は、それぞれ肉体っていうフィルターを通して、精神で人物の印象やら何やらを判断しているじゃん?」

「んんっ? ま、まあ、たしかにそうだけどよ……」

「たとえば、実在する人物Aさんが世界に居たとしても、BさんやCさん、まあ、誰でもいいけど、とにかくAさんのことを『在る』や『居る』って認識しなければ、Aさんは存在しないのと同義だよ」


 結弦は今一理解できず、腕を組みながら唸る。


「たとえばそうだなぁ……学生時代で例えてみようか」


 裕貴は黒板にチョークで文字を書く真似をするとつづけた。


「たしかに黒板には文字が書かれているとする。だけど、真面目に授業を受けないで勉強しようとしていなかったり上の空だったり、居眠りしていたりしたら、そのひとたちには黒板の文字が存在しないのも同然だっていえるでしょ?」


「さっきよりかはわかるけどよ」


「結弦が普段、すれ違う通行人。彼ら彼女らのことを、(きみ)は一々認識しているのかな? この世界に実際に居たとしても、そのひとの名前くらい知らなきゃ、居ないのとなんにも変わらないよ。そんな他人を、果たして現実に居ると言えるのかな?」


 裕貴は一息入れるとつづけた。


「ひとは、別のひとに存在を観測され認識されて、初めて実在するんだ。だから、僕にとっては、名前も知らない赤の他人なんかよりも、名前を知ってて声も聞こえていて、何より僕自身が()()と認識している瑠奈のほうが、現実に居るっていえるよ。僕の現実にはーー僕のセカイには、たしかに瑠奈が存在しているんだ」


 裕貴はそう締めくくった。


「そんな小難しい話されてもよ、こっちはちょびっとしか理解できねーよ。なげーしよー。ったく」


 ーーまあ、たしかに少しは納得できる話か。在ると認識されなきゃ、存在しないのと同義……か。



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