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「よし、みんな行くぜ」
「ここから先の対戦校は全て強豪なので気を引き締めていきましょう」
「けど、そろそろ強い相手と対戦したいなぁ~」
「ふふ、今回の相手はかなりの強豪と聞く。期待してもいいんじゃないか?」
「ど~かな~」
「今回は本当に手強い相手だと思うよ、なんたって鈴ちゃんのいる学校だから――――」
――――大会の前日、私達は準々決勝のミーティングをする為に部室に集まっていた。
私は机に置かれた相手校の資料に目を通していくと、1人見知った顔が目に止まった。
少し前に合宿先で出会った女の子、鈴ちゃんだ。
「――――あれっ? これって」
「楓さん、どうかしました? 資料に不備があればすぐに取り替えますが――――」
「ううん、何でも無いから続けて」
「強そうな人でもいた? なら英美里がその人の相手ね。はい、けって~い」
「おい英美里、対戦順はちゃんと戦略にそってだな」
「それよりお前もまずは戦略を聞くべきでは無いのか?」
「――――コホン。では対戦校の説明を始めますね。準々決勝の相手は石臼谷高校、3年前の地方大会優勝校です」
「ふ~ん、結構強いんだ。これなら英美里も楽しめるかも」
「しかし、ここ2年は他校に押されてしまって優勝を逃しているみたいです」
「――――そういや去年も一昨年も確か決勝は閃竜院とオルガストだったな」
「なぁんだ。がっかり。やっぱ決勝まで退屈ぅ」
「けれど、今年は有望な一年生が入学して来ていて、それに刺激されるように他の部員の実力もかなり上がっているみたいです。なので今年は全盛期並の実力を取り戻していると言っても過言は無いと思われます」
「つー事で、決勝のつもりで気合をいれとけよ。――――特に英美里」
「は~い」
英美里ちゃんは机に頬杖を付きながら、相手のデータが書いてある紙をパタパタとつまらなそうに仰いている。
部長に注意されて少しスネちゃったみたい。
「準々決勝の競技は団体トライアスロンになりますので、今までとは違ってリレー形式になります」
「――リレー形式?」
私は今までの競技との違いを聞くために沙織ちゃんに質問をした。
「今までの競技は出場する順番を決めてから1人づつで対戦をする形式でしたが、次は1人目がチェックポイントに到着したら2人目が出発するといった形で対戦をします。いわゆるバトンリレーを思い浮かべてもらえば解りやすいのではないでしょうか」
「そうなんだ」
「それで相手校の予想オーダーなのですが、相手は一回戦から順番を入れ替えていないので、恐らく次もこの順番で間違い無いと思われます」
私は予想オーダーに目を通す。
出来れば鈴ちゃんと対戦したいんだけど、鈴ちゃんの順番はっと――――――えっ!?
――鈴ちゃんの順番は1番最後。
つまり最終走者でアンカーな訳で鈴ちゃんと戦うとなると負けてしまったら、そこで勝負が決まってしまう学校の命運を賭けた対戦をする事になる。
私にそんな大役が務まるとは思えないんだけど、鈴ちゃんとまた一緒に走りたいって気持ちも私の中にはある。
けれど、私は今までアンカーを走った事は無かった。
中学の時はいつも4番目で最後のお姉ちゃんにバトンを渡すのが私の役目。
私なんかが最後の選手になってもいいんだろうか。
…………ここはどうしたらいいんだろう。
「楓さん? その方と対戦したいのですか?」
「――――えっ!? あ、う、うん」
突然、沙織ちゃんに話しかけられてしどろもどろな返事を返しちゃった。
部室内の空気も急に静かになった様な感じもする。
「――その、実はこの娘とは前に会った事があって、出来ればまた一緒に走りたいなって思ったんだけど――――私がアンカーなんてダメ――――だよね?」
「別にいいんじゃねーか?」
「――部長、いいんですか!?」
「ああ、お前の実力ならアンカーを任せても問題ないと思うんだが、どうだ沙織?」
「――――そうですね、私も最後は楓さんか英美里ちゃんがいいと考えていましたが、楓さんがそこまでやる気なら任せていいと思います」
「――えっと、英美里ちゃんも私が最後で――――いいかな?」
「別に英美里は何番目でもいいよ? ――――あっ!? 3番目の競技が面白そうだから、英美里は3番手でいいや」
「ありがと、英美里ちゃん」
私がアンカーか。
皆の期待に応えるため、それに鈴ちゃんともう1回走るために大会の日まで頑張って練習しないとな。
――私が準々決勝への決意を燃やしていると、沙織ちゃんが次の走者の名前を告げた。
「――では第一走者は彩音さんにお願いしてもいいですか?」
「ああ、私も何番目でも構わない」
「そして第二走者は部長におまかせします」
「おっし、任せとけ。彩音が遅れてもオレが取り戻してやんよ」
部長は両手をあわせて気合を入れながら返事を返す。
「後は英美里ちゃんが第三走者になりますので私が第四走者。――そして第五走者が楓さん。準々決勝の競技はこの順番で行こうと思います」
「おっし、オレの相手はっと――」
「相手オーダーはあくまで予想ですので、皆さん一応他のメンバーにも目を通しておいてくださいね」
「別に誰が相手でも英美里には関係ないけどね~」
「英美里ちゃん。対戦相手の情報だけでも見ておいた方がいいんじゃないかな?」
「え~、そんなの見たらつまんないじゃん」
「けど、せっかく沙織ちゃんが英美里ちゃんの分の資料も用意してくれたんだし――――」
「楓さん安心してください。そう言われると思って英美里ちゃんの分の資料は用意しませんでしたから」
「――――それはそれで、どうなんだろ」
「まあ、この部活も部費はあまり多くないので経費削減する事は悪くはないだろう」
「――あの。ここってそんなに部費無いんですか?」
「いや、どちらかと言えばそこそこといった感じだな。なにせそこの奴がそこそこの成績しか出していなかったからな」
「――うるせ~。それに今年はそこそこじゃない成績を残すからな」
「そうだったな」
「では皆さん。第三試合の日まで練習を頑張りましょう」
「お~」
――――と言う事があって私は対戦校のメンバーに鈴ちゃんがいる事を知ったのだった。
第三試合の会場に入った私達は着替えるためにひとまず控室へと向かっていくと、途中で5人の制服を着た女の子達に出会った。
あれは確か今日の対戦校の制服だったと思うんだけど、その事を思い出す前に対戦校の制服を着た1人の身長の小さな女の子が私達に気が付いたみたいで1人で走って近付いて来た。
「――あれ? なんで楓がここにいる?」
間違いない、合宿の時に知り合った鈴ちゃんだ。
「鈴ちゃん、久しぶり」
「うん。久しぶり。楓、元気してた?」
「おかげさまでね。――それより今日はよろしくね」
「――今日は? 楓、どういう事?」
「私は鈴ちゃんが今日対戦する学校のメンバーなんだ」
「そうなのか!? また楓と一緒に走りたいって思ってから凄く嬉しい」
「私もだよ、鈴ちゃん」
「それより、楓。何番目に走る?」
「えっと、私は最後だけど鈴ちゃんもだよね?」
「楓、凄い。何で順番解る?」
「その――――鈴ちゃんの学校は毎回順番が同じみたいだったから」
「――――言われてみれば、鈴は毎回最後だった気がする」
「だから、また一緒に走れるね」
「うん。――だけど鈴は負けない!」
「私も負けないよ!」
「――――お~い、り~ん。そろそろいいかな~?」
鈴ちゃんの後ろから誰かの声が聴こえてきた。
どうやら鈴ちゃんの学校の生徒の1人が鈴ちゃんを呼んでいるみたい。
「楓ごめん。鈴もう行かないと――」
「ううん、私も長話してごめん。じゃあ試合でね」
「うん。試合で会う!」
鈴ちゃんは私に宣戦布告をしてから自分の学校のメンバーのいる場所に走っていって、その場には私達の学校のメンバーだけが残された。
「もしかして、あの娘が楓さんの言ってた?」
「うん。――――それにしても沙織ちゃんの言ったとおり鈴ちゃんもアンカーだった。おかげて鈴ちゃんと対戦出来るよ。ありがとう沙織ちゃん」
「――良かったですね楓さん」
「――――ねえ楓。今から英美里と順番交換しない? なんだかさっきの娘と対戦するのすっごく面白そうな気がしてきたんだけど」
「――もう手続きは終わったから無理だっての」
「あ~あ、残念」
「大体普段から相手の情報をだな――――」
「しかし資料を見た限りでは英美里の対戦相手もかなりの強敵に違いないぞ?」
「ま~仕方ないから今回は楓に譲ってあげよっかなぁ~」
「――その、ごめんね」
「そ、の、か、わ、り~。次から強そうな人がいたらちゃんと教えてよね~」
「うん、そうするね。――けど、今回だけはどれだけ頼まれても交代は出来ないから」
「じゃあ、オレ達も控室に向かおうぜ」
「そうですね、準備は早めにしておいた方がいいでしょうし」
私達は控室に向かってユニフォームに着替えを済ませると、すぐに会場へ来るようにアナウンスが流れ出した。
「――――我々の番みたいだな」
「――だな」
「楓さん、最後は任せましたよ」
「うん、全力で頑張る!」
「楓の番になる前に英美里が途中で凄い差をつけて勝負を決めちゃうかもね~」
私は会場へ向かっていき、入り口のゲートをくぐるとそこには見たことの無いような光景が広がっていた。
会場中には所狭しと観客の人で埋まっていて、私達が入った瞬間に今まで感じた事のないような声援が私達を包み込んだ。
「おおっ!? 流石に準々決勝になると今までとはやっぱ違うな~」
「対戦相手も3強の内の1つだからな」
「――――私なんだが飲まれちゃいそう」
「楓さん、気をしっかり持ちましょう」
「英美里の番になったら全員英美里に釘付けにしちゃおっかな~」
私達が会場の雰囲気に圧倒されていると、近くにやってきた運営の人に声をかけられた。
運営の人の後ろには2台の車が置いてあって、どうやら今からこれに乗り込むみたい。
「第一走者の方以外はそれぞれのスタート地点に送りますので車に乗車をお願いします」
「それじゃあ私達は行くので、彩音さん頑張ってください」
「――ああ、ベストは尽くすつもりだ」
「まっ、お前が負けててもオレが何とかしてやるから安心しときな」
「いっちばん活躍するのは英美里なんだけどね~」
「まあまあ、皆で活躍すればいいじゃないですか」
「だねっ!」
「それじゃあ、れっつご~」
「お~」
私達は車に乗り込んでそれぞれのスタート地点へと向かう。
先には鈴ちゃん達の生徒が乗っている車が走っていて、私達の車はそれを追い掛けている形になる。
まるで王者の後ろを追い掛けてるチャレンジャーみたいな気分になる――――って、鈴ちゃんの学校は強豪で私達はチャレンジャーなんだった。
――――車で数分間進むと第1チェックポイントが見えてきて、その場所で車が停車して部長が車から降りていく。
「――おっし、じゃあ行ってくるわ」
「部長、頑張ってください」
「ファイトです、部長」
「まかせとけって」
部長を下ろした車はすぐに出発して次のチェックポイントへと向かっていく。
平坦な道を進んでいくと、高いビルが沢山立ち並ぶビル街へと到着した。
ここが第2チェックポイント、英美里ちゃんのスタート地点だ。
「英美里ちゃんも頑張って――――って、英美里ちゃん? 何だが体調が悪そうだけど大丈夫?」
英美里ちゃんは青い顔をして少しだけうずくまっていた。
そう言えば車に乗ってから元気が無いみたいだったような。
「…………だ、大丈夫。え、英美里が大丈夫じゃないわけ…………な、無いんだから」
英美里は車から降りると、ふらふらとスタート地点へ向かって行く。
私達が英美里ちゃんを見守る中、車は無慈悲にも次の地点へと走り出す。
「もしかして、英美里ちゃんって」
「ええ、恐らく車に酔ってしまったんだと思います」
「――――大丈夫なのかな?」
「今は英美里ちゃんを信じるしか無いと思います。それに私達の学校にはサブメンバーもいないので交代も出来ませんし」
「そうだね。それに英美里ちゃんなら、大丈夫な気もする」
「そうですね。――――どうやら私のスタート地点も見えてきたようです」
車の先には第3チェックポイントが薄っすらと見えてきた。
チェックポイントの横には自転車が2台設置されている。
「楓さんに先頭でバトンを渡せるように頑張りますね」
「うん。私も沙織ちゃんが来るの待ってるから負けないでね」
「はい、任せてください。きっと期待に応えますから!」
沙織ちゃんも車から降りて私1人だけが残った車が街道を進んでいく。
車の前にはいつの間にか巨大な森が広がっていて、その直前に最後のチェックポイントを表すフラッグがパタパタと風にはためいていた。
「最終チェックポイントです。降りて下さい」
「――はい」
私は運転をしていた大会運営の人の指示に従い車を降りると、フラッグの横には先に到着していた鈴ちゃんが待っていた。
「――お? 楓やっと着いた」
「おまたせ、鈴ちゃん」
私は鈴ちゃんの待つフラッグへとゆっくりと歩いて近付いて行く。
「えへへっ、楓と走るの楽しみ」
「私もだよ。――出来れば同じ位に前のランナーが到着するといいね」
「鈴のチームの方が早かったら待ってるか?」
「ううん。これはチームの勝負なんだし、先に行っていいよ。――それに私のチームの方が早くても私は先に行くからね?」
「そしたら鈴はすぐに楓に追いつく」
「追いつけるかな~?」
「絶対追いつく!」
そうこうしている内に彩音さん達第1走者がスタートするみたい。
「鈴ちゃん、始まるよ」
「それじゃあ、鈴はチームを応援」
「私も今は応援しようかな」
第2から最終走者まではフラッグの横に設置されているモニターで大会の様子を伺えて、いつ頃自分の場所に前のランナーが到着するのがか確認出来るようになっている。
大会は実況の人を乗せたヘリコプターがスタート地点からランナーを撮影しながら追い掛けていって、その様子が会場の巨大モニターやテレビで放送される。
その放送を私達もここにあるモニターで見れるってわけ。
まず第1走者である彩音さんは水泳で数キロ先にいる部長の元へと泳いで行く事になる。
そこから第2走者の部長は巨大な重いローラーを引きずりながら走って英美里ちゃんの待つビルの屋上へと向かっていく。
第3走者の英美里ちゃんはビルの上を高跳びの棒を使って飛び越えて行って、その先で待つ沙織ちゃんの元へと向かっていく。
ちなみにビルの間には巨大なプールが設置されていて落ちても平気なんだけど、競技を続けるにはビルを階段で登って行って続行する事になる為、うまく飛び越える事が出来ないとかなりの時間ロスになってしまうのだ。
第4走者の沙織ちゃんは自転車で街道をひらすら走る。
特に障害物とかは無いので、正真正銘スピードだけの勝負だ。
――――そして、最後に私はこの森の中をゴールを目指してひたすらに走る。
森の中には道は無くだたひたすらに直感だけを信じて前へと進む。
鈴ちゃんと最初に会った時にも森の中を走っていたけど、あの時よりも障害物になりそうな樹が多いからより気を引き締めて走らないといけない。
鈴ちゃんはいつも森を走っているみたいだからそんなミスはしないと思う。
だから、もし1回でも樹にぶつかってしまったらその時点で負けが決まっちゃうと思う。
なので慎重に、そして少しでも速く走るんだ。
――――モニターに目を向けるとスタートのカウントダウンが始まっていた。
5――――4――――3―――――2――――1
開始のブザーの音が鳴った瞬間、彩音さんが最高のスタートを決めて水中へと飛び込んだ。