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「――おし、二回戦のミーティングを始めるぞ」
私達は控室へと戻り二回戦の準備に取り掛かる。
次の試合まであまり時間はないから、この時間を使ってじゅうぶんな作戦を休息を取らないと。
私が椅子に座ると、部長と沙織ちゃんがホワイトボードの前に立って資料を片手に説明を始めた。
「二回戦の対戦相手はアイ・アム・ナンバーワン高校だ」
「ナ、ナンバーワンですか? なんだか凄そうな相手な気が――――」
「楓さん。名前に惑わされてはいけませんよ」
「そうなの? 沙織ちゃん」
「名前がナンバーワンだからといって実力もナンバーワンとは限りませんから」
「えっと、じゃあ何がナンバーワンなの?」
「ありません」
「――――はい?」
「毎年有望な選手が何人かスカウトされて入学するのですが、高校名のように絶対にナンバーワンにならなくてはいけないと言うプレッシャーに負けてしまい、結果ナンバーワンになるのを逃してしまう生徒が続出しているので高校設立以来ここから全国大会で優勝した生徒は1人もいないんです」
「…………そうなんだ」
「その影響か年々入学する生徒の数も減少していて、ここ数年は赤字経営が続いているといわれています」
「その――――もしかして生徒の少なさや赤字額がナンバーワンだったり?」
「いえ、その2つは下から2番目なのでそういう部分でもナンバーワンな所はありません」
「…………ごめん。これ以上なんにも言えないや」
――――なんだろう、何故だが凄く気まずい空気が流れてしまった気がする。
というかその情報は別に調べなくても良かったんじゃないのかな。
「じゃあオーダーを発表するぜ。初戦はじゅうぶん休めた――――というか何もしなかったから最初は沙織。そして2番手はオレ」
「そうですね、他の皆さんは一回戦で体力を使ったので今は少しでも回復する為に、まず私達から行くのがいいと思います」
「で、3番手が楓で4番手が彩音。大将は英美里だ」
「――あの部長」
「ん? 楓、どうかしたか?」
「その、3番目って勝負が決まるかもしれない重要な役割なので私より英美里ちゃんが出たほうがよくないですか?」
「――――あれを出すのか?」
「――あれ?」
そこにはぐったりとしている英美里ちゃんの姿があった。
机にうつ伏せる様に倒れ込んでいて、顔色もあまりよくないみたい。
英美里ちゃんは肩で息をしながら倒れたままの状態でこっちを向いて少しだけぎこちない笑顔を作った。
「――――ゼェ――ゼェ――な、なに? ―――え、英美里はいつでも――――だ、大丈夫――だよ」
「ふむ、試合の直後は興奮状態で疲れを感じなったみたいだが、どうやら今になって一気にきたようだ」
英美里ちゃんの横では彩音さんが疲れ切った英美里ちゃんの介抱をしていた。
面倒見がいいお姉さんオーラが出ている為か、英美里ちゃんは母親に甘える子猫の様に完全に体を許しているみたい。
「――えっ!? 英美里ちゃんってそんなに体力が少ない方でもなかったですよね?」
「体力が無いのでは無く配分があまり上手くないのだろう」
「体力配分ってまだパン食い競走を1回走っただけで、そんなに疲れるような事なんて――――――あっ!?」
私には思い当たる事が1つだけあった。
英美里ちゃんは一回戦圧倒的な実力差を見せつけて圧勝した。
まるで自分の凄さを他のみんなに見せつける様に全力で。
まるで第2試合の事を考えず、初戦で今日の全てを出し切るくらいの全力で。
「えっと、つまり最初の試合で体力を使い切っちゃったって事ですか?」
「まっ1時間もあれば回復するだろうが、あいにく次の試合まで30分くらいの時間しか無いし、次は実質オレ達4人で戦うつもりでいくぜ」
「楓さんと彩音さんも疲れている事には変わりませんので、お二人も回復に専念してくださいね」
「――うん、解ってる」
「それと今回も対戦校の選手データを用意しておいたので目を通しておいてください」
「出場選手は判ってるが誰がどの順番で出てくるかは解らないから全員に目を通しておけよ」
私は座ったまま対戦校の選手データを確認する。
今回の相手は全体的に能力の高い選手が集まっているみたい。
けれど相手選手の能力に1つもA評価、つまり最高評価を持っている選手が1人も見当たらなかった。
足の速さ、筋力、瞬発力など全てにおいて最高評価がBだったのだ。
1つの能力に特化した選手がいないのなら4人でも何とかなるかもしれない。
けど、一回戦の時も思ったけどよく調べてるなと関心する。
「そういえば、この選手データって全校用意してあるの?」
「――――はい。私と彩音さんで映像や過去の成績を参考にしてそれぞれの評価を付けました。なので完璧とはいかないですが、かなり信頼の出来るデータだと思います。――――ただ対戦数の少ない選手や一年生のデータはちょっとだけ信頼性をかきますので、そこは気を付けてください」
「了解。――――っと、そういえば私達の能力も数値化してたりするのかな?」
「――――してますけど、見たいですか?」
「ううん。やっぱりいい」
自分の事をどう評価されているのかは気になる事でもあるんだけど、今は少しだけ見るのが怖くて断ってしまった。
まあいつでも見られるんだし今度調子がいい時にでも見せてもらおうかな。
――――ミーティングも終わり出番を待っていると控室のスピーカーからアナウンスが流れ出す。
「――第2試合が間もなく始まります、星風高校、ナンバーワン高校の出場選手はグラウンドまで来て下さい」
「出番です。皆さん行きましょう」
「おし、二回戦はオレに任せとけ」
「英美里、大丈夫か?」
「――――べ、別に英美里が1人目でもよかったのに」
「英美里ちゃん。肩貸すね」
「…………ありがと、楓」
英美里ちゃんは少しだけうつむいてちょっとだけ赤くなり消え入りそうな声でお礼を言ってくれた。
――――うんうん。素直でとてもよろしい。
――私達が会場に着くと他の学校の生徒達が私達より一足先に二回戦の試合をしていた。
初戦を勝った学校同士の対戦だけあって、それぞれの試合場所でなかなかのレベルの戦いが繰り広げられていた。
二回戦の種目は大玉転がし。
と言っても使用する玉は鉄球が使われているから動かすのが凄く大変で、1度勢いがついてしまうと玉を止める事がかなり難しくなっちゃうから重い玉を押す力強さと上手く道を進む様にコントロールする技術力が求められる競技だ。
そしてゴールへの道は大玉より少しだけ大きい200センチ。
人ひとり分よりちょっとだけ大きい道を150センチの玉を落ちない様にゴールまで運ぶ必要があるのだ。
それと道の下はマンションの3階くらいの高さの崖になっていて、1番下まで大玉が落ちたらその時点で負けになってしまう。
なので、あまり急いで大玉を転がしてしまうと制御が出来なくなってそのまま一気に崖の下まで落としてしまい負けちゃうって事。
――二回戦の先鋒は部長。
この競技は部長の得意なジャンルなので本人もかなり自信があるみたい。
「――――よっし。行ってくるか」
「部長。油断しないで行きましょう」
「この競技でオレが負けるわけ無いだろ? 任せとけって」
なんだろう、なんだか凄く嫌なフラグを立てているような気がするんですけど。
――部長は鼻歌を歌いながらスタート地点へと歩いていく。
スタート地点には赤と白の大きくて重そうな大玉が横に並んだ2つのコースに1個ずつ置かれている。
1つは部長のでもう1つは対戦校の使う物だ。
当たり前なんだけど、コースのルートは同じだし大玉も色によって重さが違うとかは無いから条件は全く同じ。
――――準備が出来た部長と対戦相手の選手が大玉に手を置いてスタートの合図を今か今かと待っている。
私達はベンチから静かに部長を見守っていた。
試合会場には対戦中の他のチームの応援の声が響いているはずなのに私達の周りだけ無音の空間が広がっているような錯覚を感じる。
私達の静寂を競技開始のブザーの音がかき消した瞬間、部長と相手は力の限り大玉を前へと転がし始めた。
「うおおおおおおおおおおお」
部長と相手選手の掛け声が会場に響き渡る。
まず最初は50メートルの直線。
ここはお互いに力の強さだけの勝負だ。
ひたすらに重い大玉を前へ前へと押していく。
パワータイプの部長だけあって、最初の直線は相手選手よりかなりのハイペースで道を豪快に進んでいった。
巨大な鉄の玉が凄い勢いで道を進んでいる為、凄く大きなゴロゴロと言う音と共に道が少し削れて土煙も舞い上がっていた。
――――50メートルの直線が終わると次は緩やかな右へのカーブが待っていた。
ここからは大玉を落とさないように進む技術も求められるようになる。
部長は足を止めて地面に突き刺し、両手を広げて大玉を掴むように抱え込んだ。
大玉の進む速度が少しだけ弱まるのを確認した部長はそのまま体を思い切り横に向けて、まるでドリフトをするようにカーブを曲がっていった。
「さすが部長」
「部長のパワフルな所は私も少し見習いたいですね」
「う~ん。沙織ちゃんは今のままでいいと思うんだけどなぁ」
「まあ、力だけでゴリ押しする事も時には有効な事もあるから、それも選択肢の1つにするのはありかもしれないな」
「でも英美里はあんまりそういうゴリ押し戦術好きじゃないかも」
「――――英美里ちゃん一回戦は才能でゴリ押ししてたよね?」
部長はスピードをほとんど落とさずにカーブを曲がり切る事に成功した。
この時点で部長と対戦相手との差は5分くらいついている。
これはもう後はミスをしなければ大丈夫なんじゃないかな。
ここから先は慎重に――――――ってえええっ!?
部長はカーブを曲がった後もスピードを落とすこと無くどんどんと道を進んでいく。
「――あいつは突撃する事しか知らないからな。安定行動とかは期待しない方がいいぞ」
「――――みたいですね」
カーブが終わりそのまましばらく進んでいくと今度は急な勾配の上り坂が待ち構えていた。
ここは一瞬でも気を抜くと一気に下まで押し戻されてしまうから、頂上まで気を抜けない難所の1つになっている。
部長は大玉に押し戻されそうになるのを必死に耐えながら少しづつ坂道を登っていく。
かなりきつそうで部長の額からはまるで水をかぶったかのような汗がしたたり落ちているのがここからでも確認できた。
坂道を上に登りきった後は登ったのと同じだけの下り坂がまっていた。
そして下った先にはゴールが待っているんだけど、その前にはまた急カーブの道があって坂の下からゴール前まで100メートルはある崖が広がっているので、大玉を何も考えずに転がすだけでは崖の下に落ちてしまうのだ。
だから坂道はちょっとずつ下っていくのがいい訳で――――――――ってえっ!?
部長はゆっくりどころか思いっきり坂を下っていく。
このままじゃ止まれずに大玉と一緒に崖の下まで落ちちゃう。
「部長。スピードを落として――――っ」
私は部長まで声が届くように必死で叫ぶ。
部長はニヤリと口元を緩めて問題無いと言っているような笑みを浮かべた。
「――へへっ。心配すんなって」
部長は大玉を思い切り蹴飛ばすと、崖を飛び越えるように大玉が飛んでいく。
けれど、流石に勢いが足りないのか真ん中の辺りまで飛んだ所で勢いが無くなって崖の下へと落下していった。
このままでは反則負けになっちゃう。
「――部長!」
「楓さんまだ終わってません」
「――――えっ!?」
「うおおおおおおおおおお――――――」
部長は坂道を猛スピードで駆け下りていく。
そして坂道が終わって目の前に崖が広がっている場所まで辿り着くと、そこから勢いよく飛び上がり大玉のある所まで大ジャンプを決めた。
大玉の場所まで辿り着くとそのまま大玉を抱えるようにしてゴールに向かって空を飛んでいく。
――――――――――――――残り半分。
――――――――もうちょっと。
――――あと少し。
とどいたっ――!?
部長は長い崖を飛び越える奇跡のようなショートカットを決めてゴール直前へと辿り着いた。
――――のだったんだけど。
「――うぉっと?!」
部長の片足が崖の脆い部分を踏み抜いてしまい、体勢を崩してそのまま崖の下へと落下していく。
「ああっ。ゴールはもう目の前なのに」
「――部長!?」
「――――まだまだぁ!」
部長は落下中に崖の出っ張りを見つけて右手を伸ばして何とかしがみ付く事に成功した事で、下まで落下するのを回避したのだ。
「――よっと」
部長は体を振り子のように振って勢いを付けてから壁を足で蹴っ飛ばして、その勢いで崖の上まで一気に飛び上がる。
なんとか無事に復帰出来た部長はそのまま大玉をゴールに運び入れて勝利を手に入れたのだった。
「やりましたね、部長!」
「まっ、こんなもんだな」
「――次は私も続きます」
「うん。沙織ちゃんも頑張ってきて」
「任せて下さい」
「うっし。この調子でいくぜ」
そのまま部長の勝利した勢いで沙織ちゃんと私は続けて勝つことが出来て、二回戦もなんとか突破する事が出来た。
なにはともあれ、今日の試合はこれでおしまい。
三回戦は来週の日曜日だから丁度一週間後になる。
今日でだいぶ参加校が絞れた為、第三試合からは1日1試合になるから少し楽になるかな――――って思ったけど対戦相手も更に強くなるわけだから試合数が減っても内容が厳しくなるから気を引き締めないと。
次の対戦校は3強の一角である石臼谷高校が相手だ。
一日目は日程が違ったから石臼谷が直接試合をしている所を見れなかったのは残念だったけど、後でビデオチェックをして相手の特徴を研究しておかないと。
今後の予定はひとまず学校に戻って軽いミーティングをしてから今日は解散する事になったので、部員みんなで学校へと戻っていく。
英美里ちゃんもすっかり回復したみたいで、試合後に自分も出たかったのにと残念がっていた。
その気持ちは次の試合にぶつけてもらわないと。
――学校に戻って今日の感想戦が終わり解散になると、私は英美里ちゃんと一緒に駅前の商店街に寄ってから帰る事になった。
文房具屋さんで日用品をいつくか買ってからアウトドアショップに向かう。
大きいテントや寝袋を眺めていると見ているだけでワクワクするのはどうしてだろう。
私は数年前にお姉ちゃんに色んな場所に連れて行かれて、山で野外練習をしていた時の事を思い出した。
そういえば、あの頃は勝つとか負けるとかじゃなくてお姉ちゃんについて行く事だけを考えてたっけ。
――――ひと通り見たいお店をくるりと回っていくと、最後に英美里ちゃん常連のケーキ屋さんに連れて行ってくれると言うので最後にそこに寄ってから駅に向かう事になった。
「――――そう言えば英美里ちゃんのよく行くケーキ屋さんって、前に怪しい人が持ってきたケーキを売ってる所なの?」
「そうだよ。――――この時間なら夕方限定のカツ丼があるから楓も一緒に食べようよ」
「それ夕方と言うより夕食限定だよね?」
私は英美里ちゃんについてケーキ屋さんへと歩いていく。
ケーキ屋さんは大通りの中心にあって凄くオシャレな佇まいをしていた。
オープンテラスには学校帰りの女学生で占領されていて、学生を中心に凄く流行っているお店なのがお店の外からでも伺えた。
お店の扉を開けカランコロンと心地の良いベルの音が来訪者の訪れを知らせると、アルバイトと思わしき20歳くらいの女性が笑顔で私達を出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ~」
「お姉さん、ひっさしぶり~」
英美里ちゃんもお姉さんに負けないくらいの笑顔で挨拶を返す。
お互いに知った仲でかなり親しい間柄みたい。
「あっ、英美里ちゃん。今日も来てくれたんだ」
「今日は夕方限定のアレを2個ちょ~だいっ」
英美里ちゃんは右手でVサインを作って2個注文をすると、お姉さんは少しだけ残念そうな顔をする。
「――ごめんなさい。実はさっき売り切れてしまったの」
「えぇ~。せっかく楽しみにしてたのにぃ~」
「英美里ちゃん。別に私は他のでもいいよ?」
と言うか普通のケーキの方がいい。
「――――ふふふ、英美里くんの欲しいものはコレかね?」
突然、店内にある席に座っている人から声をかけられた。
入店した時は周りに溶け込むように自然に紅茶を飲みながらケーキを食べていて気が付かなかったけど、あの真っ黒なスーツに黒い覆面は見間違えるはずかない。
「――――ミスターY!?」
「ふふふ、お嬢さんも久しぶりだね――――」
ミスターYはケーキを食べ終えて立ち上がると、持ち帰り用の箱を取り出して私達の前へと掲げて見せた。
「――――どうやら私が最後の2つを買ってしまったようだね。――どうだろう、これを賭けて勝負をするというのは?」
「その、私達は別にいいから――――」
「いいよ。それで勝負内容は?」
「――英美里ちゃん!? 勝負受けちゃうの?」
「だってせっかく楓が楽しみにしてくれてるのに、このまま帰るわけにもいかないじゃん」
「えっと、私は別に今度でもいいんだけど――――」
「――良かろう。では着いてきたまえ」
「楓、じゃあ行こっか」
「――――ええっ!?」
――――数分後、私達は商店街の裏道にある小さなお店にやってきていた。
他の建物の後ろにひっそりと建っていてお店の周りに街灯が無いためか、まだ夕方だと言うのに周辺はかなり暗くて不気味な感じがしている。
別に私はついて行く必要も無かったし途中で帰ってもよかったんだけど、何故だか流されるままについて来てしまった。
前の対決を見るに勝負に勝てば何もしないで帰るみたいなんだけど、それでも少しだけ英美里ちゃんの事が心配な事もあるんだど。
――――建物の扉は立て付けがあまり良くないのか開くのにかなり力を入れて開ける必要があって、私は入る時に力の加減が出来ずにバタンと大きな音を立てちゃって中にいるお客さんの視線が一斉に私に集まって少しだけいたたまれない感じになってしまう。
お店にいるお客さんは年齢がやや高めで、お酒を飲んでいるお客さんが多いみたい。
――――お店に入ると私達は脇にあるテーブルに案内されて、どうやらこれから対戦が始まるみたい。
――――ってこの机ってまさか!?
「――――ふふふ、英美里くん。今回の勝負はビリヤードだ」
私達の前にはビリヤード台が置かれていたのだった。
パッと見る限り特に特殊なギミックなどは見当たらない、ごく普通のビリヤード台みたい。
「――――今回の景品はこれだ!」
ミスターYはカツ丼が入っているらしきケーキの箱を取り出した。
別に私はそこまで欲しい訳じゃないんだけど、英美里ちゃんは凄く乗り気だ。
「私の用意した刺客に英美里くんが勝つことが出来たのならばこれは進呈しよう。――――だが、英美里くんが負けた場合は英美里くん。――そして、お嬢さんにも闇の組織に入って闇のアスリートとして働いてもらう」
「――えっ!? 何で私まで!?」
「――ふふふ、景品が2つあるのだから当然だろう? それにお嬢さんの身体能力は今日の試合で見せてもらった。君なら私の組織に入り優秀な闇のアスリートになれるだろう」
「じゃあ早く始めよっか」
「――――えっと、英美里ちゃん。なんだか私まで巻き込まれちゃってるんだけど?」
「すぐに終わるから大丈夫だって」
「その、そういう意味じゃ無いだけど――――」
「では今回の相手を紹介しよう。――――来たまえ、我が闇のアスリートよ」
――――ズシン。
「――な、なに!?」
突然巨大な地響きの様な音が聞こえてきたので、その場所を見るとマワシを付けた巨大な人物がカウンター席の椅子から立ち上がった所だったみたい。
その人物が歩く度に店内はまるで地震が起きたかの様にドスンドスンと縦に揺れて食器やグラスが軽く宙に浮いた。
「紹介しよう。闇のアスリートのメンバーの1人、力士マスクだ」
「――ごっつぁんです」
顔にはマスクを付けているから素顔は理解らないけど、巨大な体格からは凄い威圧感がひしひしと伝わってくる。
闇のアスリートって事はこの人もなにかの競技に秀でた選手なんだろうけど、マスクを付けているからかその辺りの情報は全くつかめない。
「ゲームはナインボールだ。1番から9番までのボールを順に台にあるポケットに落としていき9番のボールを落とすことが出来た者が勝者になる」
「何か台に仕掛けとかは無いの?」
私は前の勝負の事が気になって一応台を調べてみる事にした。
――――が、
特に怪しい仕掛けとかは見つからずに、ボールもごく一般的に流通しているようなボールだった。
「――――ふふふ。台にもボールには仕掛けはしていない。私はあくまでフェアに勝負を楽しみたいのだからね」
ミスターYは不敵に笑う。
絶対に何か企んでいるんだろうけど、今の私にはそれを見破る事は出来なかった。
――――勝負はすぐに始まった。
今回は私にも関わる事だから私と英美里ちゃんは交代でボールを打つ事にして、まずは私が最初のブレイクショットを打つ事に決まった。
「――それじゃあ、いくね」
私はスティックで最初のボールを打ち込むと、白いボールがコロコロと進んでいき、先頭の一番のボールにぶつかりカンと心地よい音が辺りに響き渡ると同時に、四方八方合わせて十二の方向に9個のボールが好き勝手、自分勝手に行きたい場所へと飛んでいく。
残念ながらボールは1個もポケットに入らなかったから私の番はこれで終わりだけど、次に当てなくてはならない1番のボールの前にはいくつかのボールが立ち塞がるかのように壁になっているので、なんとか相手のペースにはならなそうで少しだけホッとした。
「次は我々の番か。では行くがいい」
「ごっつぁんです」
と、まるで力士の様な挨拶で返答をした力士マスクはボールを打つためにビリヤード台にもたれかかると、あまりの重さに耐えきれなくなったビリヤード台がギシギシと音を立てながら30度くらいの角度に傾いちゃって1番ボールを守っていた他のボールがゆっくりと下の方へと落下していった。
「ちょ、ちょっと。あれって反則じゃないの?」
「ふふふ、余計な言いがかりは止めてもらおうか。ビリヤードのルールではボールを打つ時に片足が地面についていれば反則にはならない。――――それともお嬢さんはビリヤード台によりかからなければ打てないボールが合った場合に打つなと言うのかね?」
「――そ、それは」
対戦相手は別に卑怯な事はしていない。
寄りかかった時に偶然体重が重すぎたからビリヤード台が少し浮いてしまっただけ。
「さて、お嬢さんの承諾も得た事だしゲームを続行するとしよう」
「なんだかまだ納得がいかないような――――」
「別に反則じゃないならいいんじゃない?」
英美里ちゃんはいつの間にかバーテンさんに作ってもらったジュースを呑気に飲んでいるんだけど勝負に集中しなくていいんだろうか。
――幸い相手はショットがあまり上手くなくって、なんとか互角の対戦が着々と進んでいき、とうとう最後の9番のボールだけが場に残ってショットを打つのは英美里ちゃん。
これをポケットに入れる事に成功したら私達の勝ちだ。
「じゃあ、最後のショットいっくねぇ~」
「――ふふふ、本当に最後になるのかね?」
ミスターYが怪しく笑う中、英美里ちゃんは最後のショットに挑む。
実際これを外してしまったら相手に絶好のチャンスを与える事になってしまうので、私達にとっては本当のラストショットだ。
――――英美里ちゃんがショットをしてボールをスティックで着く瞬間、ミスターYが突然声をあげた。
「――やるのだ。力士マスク」
「ごっつぁんです」
突然、力士マスクが右足を天井に届きそうなくらい大きく上げてから思いっきり地面に叩きつけて店内をグラグラと揺らす。
英美里ちゃんは体勢を崩されてショットする位置が少しずれてしまい、台の外へとボールが飛んでいっちゃった。
「い、今のはルール違反じゃない!」
「――ふふふ、何を言っているのか解らないな。言い忘れていたが実は力士マスクは闇の力士でね。力士が四股を踏むのは当たり前の行動ではないのかね?」
「ぐっ、それはそうなんだけど――――」
「――大丈夫だよ、楓」
「英美里ちゃん。けど――――」
「ふふふ、英美里くんには悪いが次の我々のショットでこのゲームは終わりだ」
「次のショットなんて無いよ」
「――む!? それは一体どういう事かね?」
「へへん。こう言うことぉ~」
英美里ちゃんがミスショットしたボールはカウンターにいるバーテンさんの方に向かって飛んでいき、バーテンさんの持っていたオボンに当たってビリヤード台へと跳ね返ってきた。
「――何だとっ!?」
「いっけぇ~」
跳ね返ってきたボールは9番のボールに直撃して、そのまま9番ボールはコロコロとポケットに向かって転がっていき、そのまま穴へと落ち―――――ずに直前で止まった。
「――――ああっ、あとちょっとだったのに!?」
「ふふふ、英美里くん。どうやら君のボールはこれ以上は進まないようだね」
「ふっふ~。進む必要はないんだけどね~」
英美里ちゃんが指をパチンと鳴らすと、ボールが凄い勢いで逆回転を始めてキュルキュルと後ろに向かって下がっていく。
そのまま、止まってしまったポケットの斜め後ろにある穴にコロンと入ってしまった。
「いぇ~い、英美里のかちぃ」
英美里ちゃんは両手を広げてくるくると回りながらVサインをして勝利を喜んだ。
私も何とかゲームを勝利で終わる事が出来てホッと胸を撫で下ろす。
「どうやら今回も我々の負けのようだ。――――しかし、今回は偶然ボールがオボンで跳ね返ってきたラッキーの勝利だと言う事を忘れない事だな」
「まぐれじゃないよ? 英美里は狙ってやったから」
「――――まぐれじゃない? あんな芸当狙って出来るはずが――――はっ!?」
ミスターYがバーテンさんの持っているオボンを見ると、オボンの後ろにはちょうどビリヤードのボールと同じくらいの丸い跡が無数に着いていたのだ。
さっきついた跡と比べてかなり古い跡も見受けられたから、相当練習してたんだと思う。
「ふふふ、つまり英美里くんがオボン返しに成功したのは単なる偶然では無く練習の成果だったと言うわけか――――ますます英美里くんを闇のアスリートにしたくなったよ」
「英美里は闇のアスリートにはなんないけどね~」
「まあいいだろう、ひとまず私はこれで失礼する。またの対決を楽しみにしているよ」
「あっ、景品忘れないでね~」
ミスターY達はそのまま帰っていき、その場には勝利した事の景品と私達。
そして、勝負を観戦していたギャラリーの人達の声援が残った。
「――えっと。英美里ちゃん、これからどうしよっか?」
「う~ん。お腹空いたしとりあえず景品を食べちゃおう」
「そうだね。私も少しお腹がすいちゃったかな」
私達は飲み物を注文して席を借り、勝利のドン勝を味わうのだった。