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「――えっ? 運動会部で合宿?」

 

 ある日のお昼の休み時間。

 私は沙織ちゃんと一緒に食事をしていると、突然スマホに会長さんからの連絡事項が送信されてきた。

 会長さんをメンバーに迎えて団体戦の出場可能人数が揃った星風高校運動会部だけど、全国大会で戦うにはまだまだ実力が足りないようで今度皆で合宿に行くことになったみたい。

 

「どうやら会長さんが色々と手配をなさってくれたようですね」

「そうなんだ。けど、うちの部によくそんな予算があったね?」

「もちろん色々と雑費が重なったので予算はありません。それどころか来月分の前借りを申請している所です」

「え? じゃあ合宿の費用ってどうしたの?」

「それは―――――――」 

 

 ――――数日後。

 私達は合宿先の旅館に部員全員でやって来ていた。

 合宿場所は学校から電車を2時間程乗り継いだ場所にある山奥の歴史を感じさせる旅館だ。

 沙織ちゃんが言うには今の時期はそんなにお客さんがいないからか、格安で泊めてくれるって話みたいなんだけど、何故だろう何だか少しだけ嫌な予感がするけど今は練習に集中した方がいいかな。

 それと、今日はみんな私服で来ているので制服姿とユニフォーム姿しか見ていない私にとって皆の新しい一面が見えた気がした。

 

 

「――よし、荷物を置いたら全員すぐに練習にかかるぞ」

「練習? 部員旅行じゃなかったの?」

「…………おい英美里、オレがいつそんな事を言った?」

「みんなで泊まりに行くって言ってなかったっけ? てっきり英美里は遊びに行くんだと思ってたんだけど」

「何でわざわざ大会前に全員で遊びに行くんだよ」

「ぶ~。遊びに来たんじゃないならもう英美里帰ろっかな」

「だ~。おい楓、英美里を何とかしろ」

「わ、私ですか? ねえ英美里ちゃん。練習が終わったら美味しい料理や温泉が待ってると思うから頑張ろ? ね?」

「英美里は練習するつもりは無かったんだけど仕方ないなぁ」

「――お前なにしに来たんだよ」

「皆さん。今日の練習は早めに終わる予定なので普段の7割くらいの練習量でお願いします」

「え? 沙織ちゃん、それってどういう事?」

「実はこの旅館を格安で使わせていただく代わりに、後で旅館のお手伝いをする事になっているんです」

「そうだったんだ。――――――って旅館の手伝い? 私旅館で働いたことなんて無いよ?」

「そこまで難しい事は頼まれないはずなので大丈夫だと思います」

「そうなんですか会長?」

「ああ、ここは他の部活もよくお世話になっている旅館でな。それで使わせてもらう度に皆で簡単な手伝いをする決まりになっているんだ」

「ならいいんですけど」

「オラ、喋ってないで練習に向かうぞ」

「は~い」

 

 私達はひとまず旅館の部屋に案内されて荷物を置いて着替えをしてから旅館から少しだけ離れた場所にある練習場へと向かっていった。

 私達が旅館に到着したのは朝の9時頃だったので軽く準備運動をしてお昼に旅館で用意して貰ったお弁当を食べてから各自得意分野や苦手分野の特訓を始めた。

 体がいい感じに火照ってきた15時に差し掛かろうとした時に部長からそろそろ旅館へ戻って手伝いをする時間だと全員を集めて戻る準備をする事になった。

 

「おい、そろそろ旅館に戻るから各自キリがいいところで切り上げろよ」

「は~い」 

 

 私達が旅館に戻ると、それぞれ手伝う場所を言い渡されて私達は自分がお手伝いをする場所へと向かっていく。

 ちなみに場所は私と沙織ちゃんが調理の手伝いをするために厨房、部長は大浴場に行ってお風呂掃除、英美里ちゃんと会長さんはフロントでお客さんの案内をする事になった。

   

 私達は不慣れながらもなんとか頑張って旅館のお手伝いをしていたんだけど、お手伝いが終わろうとした時にトラブルが起きてしまう。

 

「しまったあああああああああああ」

「料理長さん。どうしたんですか?」

「刺身に乗せるタンポポの在庫をうっかり切らしてしまったんだ。このままだと最高の料理をお客さんに提供する事が出来なくなっちまう」

「そ、それは大変です」

「おい、誰か隣町まで行ってタンポポを買ってきてくれ」

「じゃあ俺が行ってきます」

 

 料理人さんの1人が料理長さんの指示を受けてタンポポを買いに隣町へと買いにいくことになって、慌てて厨房から飛び出していく。

 だけど数分後に深刻な顔をしながら戻ってきちゃった。

 

「料理長大変です。使える車が1台もありません」

「なんだって!? そういや突然、大口のお客様がくるとかで迎えに行くとか言ってたな」

「――料理長どうしましょう?」

「どうしようも何も俺の料理はタンポポが無かったら完成しねぇ。中途半端な料理を出すくらいなら、いっそ出さねえ方がマシだ」

 

 料理人の皆さんはとっても困ってるみたい。

 よ~し、こうなったら私がなんとかするしかない。

 

 

「あ、あのっ。私が隣町まで行って買ってきましょうか?」

「お前さんが? 隣町までは10キロ以上あるんだぞ?」

「大丈夫です。私なら一時間もあれば買ってこれます」

「調理長。ここはこの娘さんに頼むしか方法はありませんぜ?」

「しかたねぇ。おい、ここに行ってタンポポを買ってきてくれ」

「わかりました。――えっと、隣町の花屋さんですね」

「ああ、この旅館はいつもその店からタンポポを買ってきて料理に使ってるんだ」

「それじゃあ、行ってきます。沙織ちゃん後はお願いね?」

「楓さんの分は私がなんとかしますので、楓さんは急いでタンポポを買ってきてください」

「――了解っ!」

 

 私は旅館を飛び出して隣町へと急いだ。

 運動会の練習の為に毎日走ってるんだ、これくらいの距離いつもの練習とそんなに変わらないからすぐに買って戻ってこれるはず。

 

 って思ってたんだけど、不慣れた土地な為か少しだけ道に迷ってしまったようで気が付いたらよくわからない森の中の道を歩いていた。

 

「えっと、多分こっち――――でいいんだよね? あ~もう。こんな事ならスマホを持ってくるべきだったかも」

 

 今更泣き言を言っても仕方ないし今はこの道をひらすら進むしかなさそう。

 少しだけ不安を感じながらも私は道を進んでいくと、道端で倒れている女の子を発見した。

 私は心配になって女の子に駆け寄っていく。

 

「どうしたの? ねえ、大丈夫?」

「うぅ。――――み、水」

「お水? 困ったなぁ、こんな山奥に飲み物なんてあるわけ――――」

 

 私は周辺に何か無いのかと探してみると、何故か自動販売機を見つける事ができた。

 幸い少し多めにお金を預かってきたのでペットボトル1本買うくらいの余裕はある。

 非常時なんだし、ちょっとだけ使っても問題ないよね?

 それに、戻った時にお金を返せばいいんだし。

 

「えっ!? 何でこんな山奥に自動販売機があるの?」



 自動販売機は電源も入っているしお金を入れたら普通にボタンが点灯して、普通に買うことが出来るみたい。

 けど、いくら悩んでいても他に選択肢は無いんだし、この自動販売機で飲み物を買うしかないみたい。

 私は恐る恐るミネラルウォーターのスイッチを押すと、伽藍ガランと音がした後したに下からキンキンに冷えたペットボトルが出てきた。

 

「大丈夫――――だよね?」

 

 念のために賞味期限を確認してみると、期日までまだかなり余裕があるみたい。

 つまり、この自動販売機に入れられてからまだあまり日は経っていないって事になるのかな?

 

「――――うぅ」

「――っと、いけないっ」 

 

 私は急いで女の子の元に戻ると、ペットボトルの蓋を開けて女の子の口へと流し込んだ。

 

「――ゴクッ、ゴクッ。――――ぷはぁ、生き返ったぞ」

 

 よっぽど喉が渇いていたのか、女の子は2リットルのペットボトルを一気に飲み干しちゃった。

 

「助かったぞ」

「えっと、大丈夫?」

「ああ、りんはだいじょ………………お前誰だ!」

「――えっ私?」

「ガルルルルルルル」 

 

 自分の事を鈴と名乗る女の子は目にも留まらぬ早さで私から飛び退いて両手を地面につき子猫が相手を威嚇するようなポーズをとって私を警戒し始めた。

 

「その、私はあなたが倒れていたのを見かけてお水を――――」

「ん? そういえば鈴は倒れていたのに何で元気になってるんだ?」

「それは私があそこの自動販売機でお水を買って飲ませてあげたからだと思うんだけど――」

「そうだったのか!? お前いいヤツだな」

「えっと、ありがとう。私は楓って言うの、あなたは鈴ちゃんでいいのかな?」

「おう、それでいい」

 

 鈴ちゃんは何とか警戒を解いてくれたみたいで私はホッと胸を撫で下ろした。

 けど、そういえば何か重要な事を忘れているような…………。

 っていけない。

 旅館のお使いを頼まれてたんだった。

 

「その、ゴメン鈴ちゃん。私、隣町まで行く用事があるからもう行くね」

「ん? 楓は隣町まで行くのか? ならちょうどいい。鈴も隣町まで行く用事があるから案内する」

「その、いいの?」

「助けてもらったお礼。楓、鈴についてくる」

 

 鈴ちゃんはそう告げると、いちもくさんに道を走り出した。

 

「あ、ちょっと鈴ちゃん待って」

  

 私は鈴ちゃんの後を追って走り出す。

 

 ――あ、あれ?

 おかしい。すぐに追いかけたはずなのに全然追いつけない。

 多分この辺に住んでる子だと思うから地の利はあるんだろうけど、それでもかなり走るのが早い。

 

「――よしっ。こうなったら本気で」

 

 私は鈴ちゃんに追いていかれない事だけを考えて必死に追いかける。

 一応道にはなってはいるんだけど、山道だから整備されているグラウンドとは違って凄く走りにくい。

 鈴ちゃんは何であんなにスイスイと山道を走る事が出来るんだろう?

 

「――――ととっ!?」

 

 鈴ちゃんを観察していたら足元にあった何かに気が付けずに体勢を少し崩してしまった。

 私は倒れながらも右手を地面についてそのままクルリと宙返りをして何とか転倒しそうになったのを踏みとどまる。

 

「――ふう、何とかなった」

 

 と安心しつつも余計な事をしてしまった為、鈴ちゃんとの距離が少しだけ開いてしまった。

 

「――――まだ大丈夫――――だよね?」

  

 ――――数分後。

 私は消えそうになる鈴ちゃんの後ろ姿を何とか追いかけて隣町へと到着する事が出来た。

 

「よし、到着っと。――――あれ? 楓、どこだ~?」

  

 私は隣町の商店街の入り口でキョロキョロと私を探している鈴ちゃんに駆け寄っていく。

 

「はぁ――はぁ――――ゴメンおまたせ」

「楓、おそいゾ」

「鈴ちゃんって足速いんだね?」

「鈴は毎日山を走ってるからな」

「そうなんだ。――それとありがと。鈴ちゃんのおかげで早く着くことが出来たみたい」

「じゃあ鈴はパパのお使いがあるからここでお別れ」

「うん。じゃあ私は花屋さんに行くから。えっと、鈴ちゃん帰りはどうするの?」

「鈴のお使いは買い物だけだからすぐに終わる」

「そうなんだ、じゃあ帰りも一緒に帰らない? ここで待ち合わして」

「いいぞ。それじゃあ楓、また後で」

「うん。じゃあ後でね」

 

 私は鈴ちゃんと一緒に帰る約束してから花屋さんへと向かっていった。

 名前と簡単な場所の説明しか聞かなかったから見つかるか少しだけ不安だったけど、意外の他すぐに見つける事が出来た。

 私は店頭で店番をやっているお姉さんに声をかけて買い物をする事にした。 

 

「すみません。グレートフラワーカンパニーってここでいいんですか?」

「いらっしゃい。もしかしてお客さん?」

「はい。山奥の旅館から買い物を頼まれて来たんですけど」

「ああ、あの旅館か。――って事は料理に使うタンポポだね?」

「はいっ」

「じゃあちょっと持ってくるから少し待ってて」

 

 お姉さんは品物を用意する為に店の奥へと消えて行った。

 なんとかタンポポを買える事が出来たから後は旅館に戻るだけだ。

 時間を確認したらまだ30分以上余裕があるので、帰りは少しだけ余裕を持って帰れそう。

 

 私はお姉さんが商品を持って戻ってくるのを待っていると、お姉さんは奥からすまなそうな顔をしながら戻ってきた。

 

「――あれ? タンポポは?」

「すまないけど、今は全部売れてて在庫が無いみたいなんだ」

「――――そ、そんな。この街って他に花屋さんは無いんですか?」

「あいにく小さい街だからこの辺にはウチしか無いね。10キロ先の隣町には一応あるんだけど」

 

 流石に今から更に向こうの街まで行っていたら一時間以内に旅館に戻る事は難しいかも――――というか絶対に無理だと思う。

 

「お? 楓も買い物終わったか?」

「――――え?」

 

 いつの間にか私の後ろに買い物を終えて大きめの袋を持った鈴ちゃんが立っていた。

 

「鈴はもう買い物終わったぞ」

「えっと、実は私が買いに来た物が売り切れだったみたいなの」

「そうなのか? それは残念」

「花屋さんが言うにはここから10キロ先にある花屋さんにはあるかもしれないって事なんだけど、鈴ちゃんはこの辺でタンポポが売ってる場所しらない?」

「お? 楓はタンポポが欲しいのか? なら鈴の家に沢山あるからついて来る」

「――え? ちょっと鈴ちゃん!?」

 

 鈴ちゃんはまた走り出して行った。

 けど、タンポポをわけてくれるなら旅館のみんなの為にも絶対についていかないと。

 私は鈴ちゃんを追いかける。

 鈴ちゃんは自分の体と同じくらいの大きな袋を抱えているにもかかわらず、来た時とあまり走る速度は変わっていなかった。

 

「――――そういえば会った時に毎日山を走ってるって言ってたっけ」

 

 鈴ちゃんの走りを見ていると、まさに野生児って言葉がピッタリだと思う。

 それくらい鈴ちゃんの走りからは力強さを感じる事が出来た。

 けど、私自身も山道を走る事に慣れたのか、来た時より鈴ちゃんとの差は縮まっている様な気がした。

 

「ついたぞ、ここが鈴の家」

「――――わっ、凄い!?」

 

 鈴ちゃんの後に続いて森を抜けると、そこには広大な広場にまるで黄色い絨毯の様なお花畑が広がっていた。

 

「鈴の家はタンポポ農家。欲しいなら好きなだけもってく」

「えっ!? 本当に貰ってもいいの?」

「水のお礼。パパからお世話になった人にはお礼をするんだぞと言われてる」

「ありがと。じゃあ30輪だけ貰ってもいいかな?」

「じゃあちょっと待つ」

 

 鈴ちゃんは花畑の端の方にある小さな家に向かって走っていく。

 あれが鈴ちゃんのお家なのかな?

 しばらくして家から農作業着に着替えて片手にクワを持った鈴ちゃんが家から出てきた。

 

「今から収穫する。さんじゅっこだったな?」

「うん。お願い」

「そうだ楓、これを飲む」

 

 鈴ちゃんから肩にかけられていた水筒を渡された。

 青い水筒には黄色いヒマワリの絵が書いてあって凄くかわいい。

 

「えっと、これは?」

「鈴の家のタンポポを絞って作ったタンポポ汁。パパに楓の事話したら持ってけって言った」

「そうなんだ。じゃあ遠慮なくもらうね」

「美味いから早く飲む」

 

 私は鈴ちゃんから受け取った水筒の蓋を開けて試しに一口だけ飲んでみた。

 独特な風味はするけど喉越しはそんなに悪くないから凄く飲みやすい。

 不思議と癖になる味に私は後一口、後一口と飲んでいくと気が付いたら水筒が空になっちゃった。

 

「――あれっ? 無くなっちゃった」

「かえで~、終わったぞ~」

 

 収穫を終えた鈴ちゃんがカゴにタンポポを沢山入れて戻ってきた。

 

「ごめん全部飲んじゃった」

「まだ家に沢山あるから別にいい。それよりタンポポ持ってく」

「鈴ちゃんありがと」

 

 鈴ちゃんは丁寧にタンポポを紙に包んで渡してくれた。

 凄くきれいに包んであってこれならお店でも売れそう――――って鈴ちゃんの家はタンポポ農家だから包むのが上手いのも当たり前なのかな。

 

「楓。途中まで送るか?」

「じゃあ鈴ちゃんと最初に会った自動販売機の辺りまで案内してくれるかな? そこまでいけば後は1人で旅館まで帰れると思うから」

「じゃあ案内。楓、早く来る」

「うん、それじゃあ案内よろしくね」

 

 私と鈴ちゃんのこの森での最後の追いかけっこが始まる。

 ――って言っても私は自動販売機までの道が解らないから鈴ちゃんを追い抜いちゃったらダメなんだけど。

 

 鈴ちゃんとの最後の追いかけっこは何とか並走して目的地まで到着する事が出来た。

 

「よし、ついたぞ」

「鈴ちゃん、色々とありがと」

「鈴も倒れてたの助けてもらったからおあいこ」

「私の方が助けられたと思うけど。うん、じゃあおあいこって事にしよ」

 

 私達は笑顔で笑い会った。

 

「――――それじゃあ鈴ちゃん。私はもう行くけど、また会えるといいね」

「そうだな。鈴もまた楓と走りたい」

「そうだね、私も出来るなら鈴ちゃんとまた走りたい。またね、鈴ちゃん」

「おう。また会う」

 

 私は鈴ちゃんに別れの挨拶をして旅館へと走っていった。

 

 ――――楓が旅館へと走っていった直後、鈴は後ろから声をかけられた。

 まるで森と一体化しているかの様な茶色のスカートに緑色のブレザーといった制服に身を包んだ少女だ。

 髪の毛は短く切りそろえられていてボーイッシュな雰囲気が感じられる。

 

「鈴、こんな所にいたんだ。もぅ、ダメじゃないか、今日は学校で練習があるって言ってたでしょ?」

「そうだったか? 鈴、楓を隣町まで案内してたから忘れてた」

「――えっと、楓って誰?」

「鈴がここで倒れてた時に助けてくれた」

「また倒れるまで山を走り回ってたの? もぅ、あんまり心配させないでよ。それに隣町までだったらバス停までで良かったんじゃない?」

「楓とは走っていった」

「走ってって――――えっ!? その人、鈴のスピードについていけたの?」

「そうだぞ」

「それはちょっと驚いたな。もしかして何か競技をやってるのかも―――――って、そんな事よりもうすぐミーティングが始まるから鈴も急いで」

「理解った、すぐ行く」

「――――そういえば鈴、知ってた? 学校の前にある自動販売機が直ったみたいだよ」

「知ってる、もう使った」

「へ~、よく知ってたね。鈴はあんまり自動販売機とか使わないと思ってたけど」

 

 2人は自動販売機を横切って山奥まで走っていく。

 そこには小さな学校が隠れるようにひっそりと立っていた。

 学校に向かいながら鈴は小さな声で自分にしか聴こえないように呟いた。

 

「楓も出るといいな――――運動会」

 

 鈴ちゃんと別れた私は全力で山を下っていって、なんとか時間ギリギリで旅館に戻る事が出来た。

 旅館に戻った私は裏口に回って勢いよく厨房への扉を開けて中に駆け込んだ。

 

「料理長さんお待たせしました!」

「楓さんおかえりなさい」

 

 厨房に入った瞬間、沙織ちゃんが出迎えてくれた。

 テーブルを見るともう仕込みは完成していて、後はタンポポを乗せるだけで完成するみたい。

 

「――ギリギリだがなんとか間に合ったみてぇだな。タンポポは手に入ったのかい?」

「はいっ。ここにありますっ!」 

 

 私は鈴ちゃんから貰ったタンポポの入った包み紙を調理長産に手渡した。

 料理長さんは1本1本品質に問題は無いが確認しているみたい。

 

「――――その、大丈夫ですか?」

「お前さん、どこでこれを手に入れたんだ?」

「えっと、街へ行く途中に知り合った女の子から貰ったんですけど――――」

「――こいつは伝説のタンポポだ」

「で、伝説って。これってそんなに凄いものなんですか?」

「ああ、この山には江戸時代から続く由緒正しきタンポポ農家がいてな。そこで収穫されたタンポポを乗せるだけでスーパーの半額で売っている刺し身が高級料亭の味になるんだ」

「あのっ、そんなに凄いタンポポを貰ってよかったんでしょうか? 今から鈴ちゃんに返しに行った方がいいのなら私すぐにでも――――」

 

 私はタンポポを鈴ちゃんに返しに行こうかとあたふたしていると、料理長さんがその必要は無いと手で私を差し止めた。

 

「そいつは大丈夫だ。タンポポ職人は自分が認めた相手にしか商品は渡さないからな。お前さんが貰ったって事は使ってもいいって事なんだろう。それにこいつは普通に買うとなると1個1万円もするんだ、使わないと勿体無いだろう?」

「そ、そんなにするんですか!? なんだか使う方が勿体無いような――――」

「楓さん。今はこのタンポポを使わないと料理が完成しないので他に選択肢は無いです」

「そうだね、沙織ちゃん。よし決めたっ、料理長さんこのタンポポで最高の料理を作りましょう」

「ガッテンだ! よしお前ら、最後の仕上げに取り掛かるぞ」

「はい、調理長!」

 

 ――――私達は料理の仕上げに取り掛かる。

 私の仕事はベルトコンベヤーで流れてくるお刺身にタンポポを乗せていく係を任された。

 慎重に、そして丁寧に1個1個流れてくるお刺身にタンポポを乗せていく。

 1番最後の仕上げを任されたわけだから、ここは絶対に失敗は出来ない。

 

 ――――数分後。

 私は重圧に耐えながらも何とか最後のタンポポを乗せ終わって一息ついていると、調理長さんから更なる司令が言い渡される。 

 

「おい、まだ料理をお客さんに運ぶ仕事が残ってるぞ」

「そうだった!?」

「楓さん、夕食の時間まであと僅かしかありません。急ぎましょう」

「うん。――だけどこんなに沢山あるけど間に合うのかな?」

「――オレ達に任せろっ!」

  

 突然扉が開かれて見知った顔が3人厨房へと入ってきた。

 

「部長!? 会長さんに英美里ちゃんも!?」

「オレの仕事はもう終わったから手伝いに来たぜ」

「ホールも落ち着いて来たから私達も大丈夫だ」

「早く終わらせて温泉はいろ~よ」

「みんな――――うん、早く終わらせて皆で温泉に行こっ」

「それでは皆さん、最後の仕事をしましょう」

「お~」

 

 厨房の仕事は皆の力を借りて何とか乗り切る事に成功した。

 ――そして。仕事が終わった私達は一日の疲れを癒やす為に旅館の露天風呂へと皆で入る事になったのだ。

 

「いえ~ぃ。英美里がいっちば~ん」

  

 他のお客さんが入り終わって、私達の貸し切り状態となった露天風呂に英美里ちゃんが我先と飛び込んだ。

 

「コラ、英美里。飛び込んだらあぶね~だろうが」

「へっへ~んだ」

 

 英美里ちゃんはそのままお風呂でバシャバシャとクロールで泳ぎ始めた。

 それを部長さんが辞めさせようと追いかけている。

 

「仕事が終わったばかりなのに、あの2人元気だなぁ~」 

 

 私が湯船に浸かると、少し遅れて沙織ちゃんが隣にやってきた。

 私と沙織ちゃんは肩までお湯に浸かって温泉を満喫する。

 

「――――楓さん。今日はお疲れ様でした」

「あっ。沙織ちゃんもおつかれ~」

「それにしても、よく貴重なタンポポを手に入れる事が出来ましたね?」

「――あはは。偶然知り合った女の子が農園をやってて少しわけて貰っただけだし、運がよかっただけだよ」

「――――しかし、これも何かのめぐり合わせだろう」

「あ、会長さん」

 

 続いて会長さんもやってきて私の隣に座り温泉に浸かる。

 

「しかし夕食の刺し身は絶品だった。まさか花を1つであそこまで変わるとはな」

「えへへ。会長さんにも喜んでもらえてよかったです」

「そういえば、森で知り合った少女と言うのはどんな人物だったんだ?」

「えっと、英美里ちゃんと同じくらい小柄な娘だったんですけど、体全体からパワーが溢れてるって感じで凄く早く走る娘でした。それと毎日この辺りの山を走ってるみたいです」

「山を走ってる? ――――ふむ、そういえばこの辺りにも学校があったな」

「そうなんですか?」

「ああ。断定は出来ないが、もしかするとそこの生徒かもしれない。そんなに早いならもしかすると運動会に出場するかもな」

「――ふふっ。楓さん、その娘と運動会でまた会えたらいいですね」

「そうだね。私も出来るならもう1回あの娘と一緒に走りたいかも」

 

 私は空を見上げて大会への思いをはせる。

 なんとなくだけど、鈴ちゃんとは大会でまた再会出来るような気がした。

 山ではついていくのに精一杯だった私だけど、次は絶対に負けない、負けたくない。

 きっと大会には鈴ちゃん以外にも強い人が沢山出場してくる。

 

 ――――私はその人達と対等に戦えるのかな?

 ううん。対等じゃダメだ。お姉ちゃんのいる場所まで行くには強い人達と戦って全部勝つくらいじゃないと。

 それに全国で勝ち進む事が出来たのなら、その時はお姉ちゃんと向き合って話が出来ると思う。

 

「よ~し、明日からも練習頑張るぞ~」

 

 私は軽く手を上に伸ばしながら大会への決意をあらたにする。

 

「おいこら、英美里待て」

「あははっ。ぶちょ~なんかに捕まんないよ~」

 

 温泉の後ろでは英美里ちゃんと部長がまだ追いかけっこを続けていた。


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