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「――生徒会長?」
「ええ、この学校の会長さんは文武両道を地で行く方で運動も勉強も凄いんですよ」
――英美里ちゃんとの出来事から数日後。
授業が終わった後の廊下で私と沙織ちゃんは5人目のメンバーを探す算段を立てていると、ふと沙織ちゃんが思い出したかのように候補者を1人名乗り挙げた。
「けど、どうして生徒会長なの?」
「会長さんはたまに運動部の助っ人をしてくれていて、部員よりも活躍する事があるみたいなんです。――なので、大会の間だけでも助っ人をお願いするのはどうかと思いまして」
「なるほど、短期間の助っ人をお願いするってのもありなんだ。――そうだね、あまり部員集めで練習がおろそかになるもの何だし、ダメ元で頼みにいってみよっか」
「それでは今から会いに行きましょう。多分この時間でしたら会長室にいるはずです」
「――えっと、会長室ってどこだっけ?」
「3階の一番端の部屋です。私は行ったことがあるので案内しますね」
「そうなんだ、それじゃあお願いしようかな」
「では行きましょう」
私は沙織ちゃんに案内されて階段を上に昇っていく。
今私達がいるのは1階の廊下なので3階まで階段を登るとなると結構大変だ。
階段を登りきると、すぐ目の前に生徒会室と書かれたプレートがかけられている部屋を見るける事が出来た。
「ここ――――だよね?」
「ええ、それでは入りましょう」
沙織ちゃんは軽くトントンとノックをすると、中から凛とした感じの女の人の声が聴こえてきた。
「――扉は開いているので入ってきていいぞ」
「どうやら中にいるみたいだね」
「そうですね。――――失礼します」
私達が部屋に入ると机に座って何かの資料を読んでいる女生徒がいた。
すらっとした体格に長い髪の毛を赤い紐をリボンの様にして上の方だけ1つにまとめているているいわゆるお嬢様結びという髪型をしている。
その女性は迷いの無い真っ直ぐな瞳で私達を見つめてきた。
――いや、見定められているといった方が正確かもしれない。
私達が言葉を発せないでいると、ニコリと軽く微笑みながら話しかけてくれた。
「どうした? 私に手伝える事があるなら何でも言ってくれ」
私はハッとして目的を思い出して会長に要件を伝える。
第一印象が大切って聞くし、ここはしっかりと言わないと。
「あ、あのっ。私達の部活の助っ人になってくだひゃいっ」
……最初の挨拶で噛んじゃった。
私があたふたしていると、後ろから沙織ちゃんがすーっと出てきて会長さんに挨拶をした。
「会長、お久しぶりです」
「沙織か、久しぶりだな。お前がいるって事はやっぱりあの部活か?」
「――はい、その通りです」
「まさか生徒会への勧誘を断られたお前に逆に勧誘される事になるとは思わなかったぞ」
「その……あの時はすみません」
「いや、私もあの時の事をどうこう言うつもりは無い。しかし運動会なら私が出なくても今年は優秀な選手が何人か入ったと聞いたが?」
「いえ、今年は個人戦だけではなくて団体戦にも出ようと思っているんです」
「――ふむ。それで最後の1人を私に頼むと?」
「はい、どうかお願いします」
「お願いします、会長さん」
私達は必死に頭を下げてお願いをした。
どうか良い返事を聞かせてくださいっ。
「――いいぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、お前達の部長は良いって言ったらな」
「はい、それじゃあ部長に聞いて来ます」
思ったより簡単に最後のメンバーが加わってくれた。
後は部長に確認して部員集めは終了だ。
――数分後、私と沙織ちゃんは部室で先輩を待っていると、扉がガチャリと開いて先輩が部室へと入って来た。
「おい~っす!」
「あ、部長こんにちわ~」
「――部長、おいっすです」
私と沙織ちゃんは入り口を向いて部長に挨拶をする。
この部活はそんなに上下関係が厳しい方じゃないんだけど、挨拶だけはしっかりしないとね。
「なんだ、なんだぁ? 2人共、今日はやけにご機嫌じゃないか?」
「聞いて下さい部長。――なんと! 5人目の部員を見つけちゃったんです!」
「ほぉ~。もうちょっと時間がかかると思ってたが、ずいぶんと急に見つかったんだな?」「正式な入部という訳では無くて、あくまで大会中だけの助っ人との事ですが協力してくれるみたいなんです」
「けど、会長さんが引き受けてくれるなんて思わなかったなぁ~」
「――おいちょっと待て。会長ってもしかして生徒会長の彩音の事か?」
「ええ、そうでけど何かまずいことでもあるんですか?」
「却下だ」
「――――はい?」
「だから却下だ却下! 他の奴を探すぞ」
「ええっ!? せっかく見つかったのに」
せっかく最後の団体戦メンバーが見つかったって言うのに部長は何が不満なんだろ?
「――部長、いったいどういう事なんですか?」
「も、もしかして部長と生徒会長との間に何かトラブルでも!?」
「いや、そういうんじゃなくて、なんか真面目すぎて少し苦手なんだよな。それに、あいつが競技やると地味で退屈なプレイしかしないし」
「――私は勝つために最善の行動をしているだけなのだがな」
部長の後ろにはいつの間に会長さんが立っていて、部長は何でお前がここにいるんだ? って顔をしている。
「げ。なんでお前がここにいるんだ!?」
「――どうせこんな事になっているだろうと思ってな。団体戦に出場したいんじゃなかったのか?」
「ぐっ、ま、まあそれはそうなんだが。それよりお前はもう高校運動会に出るのは辞めたんじゃなかったのか?」
「えっ? 会長さんって高校運動会の全国大会に出たことがあるんですか?」
「――1年の時に少しな」
会長さんが昔全国大会に出てたなんていったいどういう事なんだろ?
会長さんは少しだけ昔を懐かしんでいるようだけど、部長と会長さんの間にいったいなにが。
「彩音は1年の時にこの部活の部員でな。オレと一緒に全国大会の個人戦に出場したんだ」
「そうだったんだですか」
私は意外な事実に少し驚きながらも部長の話に聞く事にした。
「けど、オレも彩音もその時にいた上級生もみんな地方大会で敗退してな。その大会が終わった時に彩音は部活を辞めたんだ」
「そんな事が――――けれど、どうして会長は部活を辞めたんですか?」
「個人戦で勝つために必要なのは総合力だからな」
「会長。それってどういう事なんですか? その、私は団体戦しか出た事が無いので個人戦の事とか解らないんですが」
「運動会の個人戦も団体戦と同じで試合ごとに種目が違ってな。つまり全ての競技が得意で無ければ個人戦は勝ち残れない。私は筋力が乏しいから、そこの馬鹿者のように単純な力比べをする競技では絶対に勝てなかった」
「誰がバカだ誰が。まあオレもあんまり細々とした競技は苦手なんだが」
「そっか。団体戦だと苦手な種目があってもチームメイトが3人勝ってくれたら次に勝ち進めるんですね」
そういえば中学の団体戦も私が負けちゃっても他の皆やお姉ちゃんが勝ってくれたおかげで優勝できたんだっけ。
「だから団体戦なら私も力になれると思ったんだがな」
「部長、やっぱり会長さんに入ってもらいましょうよ」
「そうです、経験者なら絶対にチーム力アップに繋がります」
「けど1度辞めた奴をもう1回入部させるのもなぁ」
「――部長って結構強情っぱりなんですね」
「やる気があるのなら再入部を認めてもいいのでは?」
「そうだ、バーカ、バーカ、筋肉ゴリラ」
「……おい、誰がゴリラだ」
「わ、私じゃ無いですよ?」
「私も違います」
「クスッ、バーカバーカ」
「――って事は、おい英美里出てこい」
いつの間にか私の後ろに隠れるように立っていた英美里ちゃんがスッと姿を現して部長さんの前に出ていった。
「別にいいじゃん。それにこのお姉さん結構凄いんでしょ?」
「まあ実力はそこそこあったよな」
「ふむ。ならば睦、私と勝負をしないか?」
「勝負だぁ?」
「私の実力をお前が認めてくれたら私を団体戦のメンバーに入れる。もし私がメンバーに入る実力を持っていないと判断したらこの場は去ろう」
「…………よし、それでいいぜ」
「部長!?」
会長さんの提案に部長が乗ってきた。
けど部長もかなりの実力者な訳だしそんなに簡単に勝てるとは思えないけど大丈夫なのかな?
「ああ、今の私の実力を見てもらうか」
「後で後悔するんじゃねえぞ?」
「――お前こそ」
かくして会長さんと部長のメンバー入りをかけた勝負が始まった。
私的には会長さんに頑張って欲しいんだけど、あんまり声に出すと怒られそうだし静かに応援しておこっと。
頑張れ会長さん。
「よ~し。まずは基本の体力測定からだ」
部長は部活の備品がいろいろとしまってある倉庫から握力計などの機器を持ってきて体力測定の準備は完了。
――けれど、なぜだか少し用意されている機器の数が多いような?
「よし、ついでにお前らも測っとけ」
「私達もですか?」
「おう、得意不得意を確認して団体戦の順番も決めたいしな」
「楓さん英美里ちゃん、頑張りましょうね」
「しかたないなぁ。じゃあ英美里の凄い所を見せてあげる」
「あはは。お手柔らかに」
――握力測定。
「じゃあまずは私から。――――う~~~~~ん。はぁはぁ。えっと、どうかな?」
「楓さんは全国平均よりちょっとだけ上ですね。悪くない数字だと思います」
「――はぁ、よかったぁ」
「じゃあ次は英美里がやるね。――――えいっ!」
「――英美里ちゃんも平均以上でいい数字だと思います」
「あれ? 本当は壊す予定だったのに、ざ~んねん」
「…………そんな事出来る人なんていないでしょ」
「では次は私が」
「頑張って、沙織ちゃん」
「――それっ!」
「沙織ちゃんは丁度全国平均と同じだね」
「――ふぅ、私はもう少し筋力を付けないとダメなのかもしれませんね」
「でも重要なのはバランスだし、沙織ちゃんは今のままでもいいと思うけどなぁ」
「そ~そ~。それに沙織があんまり筋肉付けると魅力が無くなっちゃうかもしれないしねぇ~」
「ん? 沙織ちゃんの魅力って?」
「アハッ、あ~れっ」
英美里ちゃんが沙織ちゃんに向かって指を伸ばして、私も自然とそこへと目線を移動させると、そこには普段控えめな沙織ちゃんとは正反対の豊満な胸の膨らみが激しく自己主張をしていた。
「――――え、あ、あの、ちょ、ちょっとそんなに見ないで欲しいのですが」
沙織ちゃんは両手で胸を隠そうとしているけど、こぼれるばかりの大きな胸はそんなに簡単に隠せはしなかった。
それに隠そうとする事で逆に艶めかしく沙織ちゃんの魅力を十二分に増幅させてしまっているのだ。
「沙織もよくそんなに大きいのがついてて早く走れるよねぇ~」
私は少々言葉につまりつつもソレから目が離せないでいると、後ろからの部長さんの声でハッと我に返る事が出来た。
「おい、お前ら。遊んでないで早くこっちにくれ」
部長は次は自分が計測する番だと手を伸ばして握力計を受け取とろうとしていた。
「あ、すみません部長」
「――その、どうぞ」
沙織ちゃんは少しだけ赤面しながら部長に握力計を渡すと、そのまますーっと後ろに隠れるように下がって行って、部長は待ってましたと満面の笑顔で受け取った。
「よし、オレの本気を見せてやる」
部長は気合を入れると渾身の力を込めて握力計を握りだした。
部長は力で押し切る競技が得意って聞いてたけど、どれくらいの数字を出すんだろ?
「ふんす!」
――バキッ。
……なんだろう、今何かが壊れる音がしたような?
「あちゃ~。またやっちまったか」
部長さんの手には握力を計測する針が限界まで振り切れて壊れてしまった握力計が握られていた。
「――部長。うちはそんなに部費が多くないので、あまり備品を壊さないで欲しいのですが」
「アハッ、ホントに壊しちゃった」
部費の心配をする沙織ちゃんとケラケラ笑う英美里ちゃんをよそに部長は力が入りすぎたんだから仕方がないだろうって顔をしている。
私も部長が怪力なのは知ってたんだけど、まさか壊しちゃうくらいの力持ちだったなんて正直ビックリしちゃった。
「えっと部長、まだ会長さんが終わってないのに壊れちゃいましたけどどうしましょうか?」
「確か倉庫に予備があったはずだな。――ちょっと取ってくるから待ってろ」
部長は少し慌てながら部室から飛び出して行き、数分後に少しだけホコリの被った握力計を片手に戻ってきた。
「あの部長。それってかなり古いみたいですけど大丈夫なんですか?」
「まあ多分大丈夫だろ。何ならオレが確認して――」
「待ってください。また備品を壊されたら今度こそ予算が」
「ったく仕方ね~な。ほれ彩音、受け取れ」
部長は手に持っている物をポイっと会長に投げると会長はそれをガシッとキャッチした。
「――――最後は私の番か」
「おう、最後なんだからビシッと決めてくれ」
「会長さん、頑張って下さいっ!」
他の部活の助っ人をして大活躍してるって話だし、きっと身体能力も凄いんだろうなぁ。
流石に部長みたいに壊しちゃうって事は無いだろうけど、全国トップクラスの数字を出してくれるはず。
さあ、会長さんの実力は!
――――あれ? 何だか数字が少しおかしいような。
「あの――――部長、これ壊れてません? 結構古いみたいだし調子が悪くなってるのかも」
「ん? これってそんなに簡単に壊れるようなもんじゃないだろ?」
「――部長さっき壊してましたよね?」
沙織ちゃんが冷静にツッコミを入れるのを聞きながら、私は少し気になった事を伝える事にした。
「って、そうじゃ無くて明らかに数字が低くないですか?」
「こんなもんじゃねーのか?」
「――ふぅ。どうだ、私の実力は?」
「どうだと言われましたても…………」
会長さんの握力は全国平均より一回り…………ううん、二回りくらい低い数字を出していた。
「ちょっと貸してください」
「ああ、受け取れ」
私は会長さんから握力計を受け取って力いっぱい握りしめる。
そして数字を確認してみると、さっき測った時とほぼ同じ数字が表示されていた。
「――あれ? 壊れてない?」
「だからオレが言ったろ。そんなに簡単に壊れる物じゃないって」
「けど、これって――――」
「どうやら私は他の者より握力が無いらしい」
「――先輩」
「まあ、まだ最初だし次行くぞ、次」
「あ、はい」
先輩は結果を見ても顔色1つ変えなかったけど、先輩は何か知っているのかな?
その後も色々と計測を続けていったんだけど、会長の身体能力は全てアスリートの平均値を下回っていた。
「え、これって!?」
「アスリートとしては致命的だろ?」
「会長!? えっと、あの、そ、そういう意味じゃ」
「ま、彩音は1年の時もこんな感じだったからな――次は外だぞ」
私達は部長に続いて外に出る。
100メートル走も会長は平均よりちょっとだけ遅かったけど、私は少しだけ違和感に気が付いた。
「――――あれ? このタイムって記録ミスじゃないですか?」
私は会長のタイムを記録する係をやっていてストップウォッチを押してたんだけど、100メートルを3回計測して会長は全て同じタイムで走っていたのだった。
「だから言ったろ。つまらない競技をするって」
「部長?」
「彩音は並外れた集中力と技術力を持ってるから絶対にミスをしない。だから走る競技をすると必ず完璧なタイミングでスタートして毎回同じタイムになる。だから一緒に走っても張り合いがないっていうかつまんねーって言うか、例えば2人で接戦になったら何とか追いつこうと思って必死に走ったらタイムが早くなるとかあるだろ? そういうのも彩音には無いんだよな」
「でもそれって凄くないですか? それを活かした競技をすれば――」
「まあ技術だけで勝負する競技だけはそこそこなんだが」
「少し、だけが多くないか?」
「あ、会長さん」
私は会長さんにタイムを記録した用紙を見せた。
「けど、こんな事が出来るなんて凄いですね」
「――こんな事が出来ても競走では勝てないんだがな」
「あ、その、ごめんなさい」
「いや、悪く言ったつもりじゃないから気にしないでくれ」
「おら、そんな事気にしてないで次やるぞ」
「――あ、はい部長」
次は9つのパネルにボールを当てる的当て。
いわゆるストラックアウトと言われている競技だ。
まずは会長さんから投げる事になった。
まずは一球目。
会長さんの投げたボールはパネルの1番上の真ん中を狙って投げて、3枚のパネルが撃ち抜かれた。
「――わっ、凄い!?」
そのまま会長は中段、下段と3回連続3枚抜きを決めて三球で9枚のパネルを全て撃ち落とした。
「会長凄いです。こんな事が出来るなら全国大会に出ても大活躍じゃないですか」
「全部こんな感じの競技だったら優勝してたかもな」
「部長?」
「これまでの測定を見てただろ? 彩音は非力で鈍足だから対戦競技が単純な力比べみたいな競技になると絶対に勝てないわけだ」
「――痛い事を言われたが、まあそいつの言う通りだ。だから私は自分の限界を感じて運動会を辞めて生徒会に入った」
「そうだったんですか。けど団体戦なら苦手な競技があっても皆で協力しあえるじゃないですか」
「そうだがオレは1度辞めた奴をそう簡単に再入部させるつもりは無い」
部長も本当はもう1度一緒に競技をやりたいんだろうにな。
もう少しだけ素直になればいいのに。
「じゃあ次は英美里がやるね~」
会長さんの事はお構いなしと英美里ちゃんはボールを持ってパネルに向かって投げつけた。
「ばびゅ~ん!」
ボールはまるでドリルのように螺旋回転を始めて、周りの空気を巻き込みながらパネルの真ん中に直撃する。
そして、周りの空気の渦がが残りのパネルも全て吹き飛ばしちゃった。
「いえ~い。一球で9枚抜きぃ~」
「英美里ちゃん。直接当ててないのはノーカンだから1個しか落とせて無いからね?」
「よし、なら次はオレだな」
沙織ちゃんの英美里ちゃんへのツッコミをよそに次は部長がボールを投げる。
思い切り振りかぶって投げたボールはまるで雷轟のような剛速球となりパネルのある枠に当たってパネル台を吹き飛ばした。
「おし、全部飛ばしたぜ」
「部長。これってそんなルールじゃないですよね? それにフレームに当たったので1個も落とせてないですからね?」
沙織ちゃんも2人にツッコミながらも8球で9枚落としてるのはさすがと言うか。
私も9球でなんとか全部落とせて次が最後の種目の遠投。
これは単純にボールを遠くに投げてその距離を測るだけ。
つまり肩の力が最重要の競技なわけだから部長が1番得意とするジャンルで会長さんには厳しいかもしれない。
けど部長を納得させるにはなんとかしてこの種目で会長さんに勝ってもらないと。
「最後は遠投か。よし、これでオレに勝ったらお前の入部を認めてやるよ」
「あの――――部長の得意そうな種目で勝負して勝ったらって何だか少しズルくないですか?」
「苦手な種目でもある程度はやってくれないとな」
「――そんな」
「安心しろ。私もお前に以前の私と違う所を見せてやらないとな」
「そいつは楽しみだ」
部長は鼻歌を歌いながらボールを投げる円状のサークルへと歩いていって、横においてあるケースに入っているボールの1つを手に取りサークルの中へと入った。
「いくぜぇ。どらあぁぁぁぁあっ!」
力自慢の部長だけあって、ゆうに200メートルは飛んでいったんじゃないだろうか。
流石に私でも部長と同じくらい飛ばすのは厳しいと思う。
部長が投げた時は運悪く向かい風だったみたいで、部長のボールは少しだけ風に押されるような形で地面へと落下していく。
先輩のボールが地面に落下した瞬間、後ろに設置してある飛ばした距離を判定するモニターに距離が表示された。
飛距離は199メートルみたい。
それと何故かボールが落下したのと同時に打ち上げ花火が1発空へと打ち上げられた。
「な、なにが起こったの!?」
「クスクス、なにこれ」
「はっはっは、解りやすいように1番の記録が出たら花火が打ち上がるようにしておいたぜ。まっ俺は1番最初だから絶対に打ち上がるんだけどな」
「あああ、部費をまた無駄な事に…………」
「ふむ、つまり花火が上がれば私の勝ちと言う事か」
「上がらなかったらオレの勝ち。どうだ解りやすいだろ?」
「――そうだな」
「じゃあ、次は英美里がやるね」
次は英美里ちゃんがボールを持ってサークルの中に入り、ボールを握った腕をぐるんぐるんと回していた。
「それじゃあ、いっくよぉ~。せ~のっ、とりゃあ~」
英美里ちゃんは下からすくい上げるように投げるいわゆるアンダースローでボールを投げて、投げたボールは地面スレスレを進んでいき部長のボールが落下した場所を超えて更に進んだ所で落下した。
モニターには250メートルの文字と花火をバックに英美里ちゃんが勝ち誇ったかの様に満面の笑顔で笑っている。
「えへへっ、やっぱり英美里がいっちば~ん」
「――おい英美里。お前空気を読むって事を知らないのか?」
「ふぇ? 何それ?」
「よし、今のは見なかった事にしよう」
「部長、英美里ちゃんの記録を無かった事にしても、もう部費は限界なのでこれ以上花火を打ち上げるのは禁止ですよ?」
「わ~ってるって。それじゃ彩音、勝負だ」
「ああ、私がどれだけ強くなったのか見せてやろう」
会長さんは自分のカバンから一冊のノートを取り出して何やらチェックを始めたみたい。
パラパラとページをめくる音をさせた後、パタンをノートを閉じて部長と向き合った。
「ん? それってなにが書いてあるんだ?」
「ここら周辺の観測データだ」
「観測データだぁ?」
「私は最近、データを取ってから競技をするようにしている。直接身体能力で勝てなくてもデータを使うことによって相手の行動や環境の変化を予測して競技に勝つことが出来るという事を他の部活の助っ人をする事で実感した。私が今からやるのはデータ運動会だ!」
「――――データ運動会!?」
なんだかよく解らないけど、なんだか凄そうな感じが会長からひしひしと伝わってくる。
「いくぞ。風向き追い風になる確率75%、酸素濃度21%、そしてベクトル方程式から導き出された最適な角度はここだ!」
会長がボールを投げた瞬間、それまで向かい風だった風向きが一瞬だけ追い風に変わった気がした。
完璧な角度で放り投げられたボールは風に押されるような形でどんどんと飛距離を伸ばして飛んでいく。
「――なにィ!?」
「会長さんいっけぇ~」
数十秒の滑空の後、ボールがぽとりと地面に落下した。
距離は部長が飛ばした距離とほとんど同じだったと思う。
「――距離は? 会長さんはどれだけ飛ばしたの!?」
私は自分の事のように必死で飛距離が表示されるモニターに視線を移す。
真っ黒な画面にしばらくして計測が終わった瞬間、飛距離がどどんと表示された。
これって飛距離は200メートル、部長より1メートルだけ多く飛ばした事だよね。
つまり、これは――――。
「私の勝ちのようだな?」
「くっ、認めたく無いがどうやらそうみたいだ」
「も~。そんな事いって、部長も最初から入部させる気だったんじゃないんですか?」
「――うるせえ。オレはこいつが怠けてなかったか確認したかっただけだ」
ヒュー、ドーン。と突如後ろから何かが打ち上げられる音が聴こえた。
私が後ろを振り向くと会長の入部を祝福するかのように花火が何発も空へと打ち上がっている。
「――あれ? 花火は打ち上がらないはずじゃ?」
「せっかくだし残り全部の花火を打ち上げといたよ」
いつの間にか英美里ちゃんはリモコンのスイッチのようなものを持っていた。
多分これを押したら花火が打ち上がる仕掛けになってるんだろうけど――。
「あああああ、今月の部費がもう――――」
少し後ろで沙織ちゃんが少し青ざめた顔をしている。
今月の部費を全部打ち上げ花火に使ってしまったせいで、今月は消耗品を大切に使わないといけなくなりそう。
けど、そんな事は今の私達にとっては苦にはならないと思う。
なぜなら私達には新しい仲間が加わったから。
これで団体戦に出場する事が出来るのだから。