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私が部活に入部して数日が経った頃。
授業が終わって部活を始める為に更衣室で着替えをしている最中、なかなか見つからない新入部員となかなか練習に来ない3人目の部員の事が気にかかり、睦部長に何となく聞いてみる事にした。
最初に無理やり参加させられた練習試合から大分時間を置いての自己紹介をしたのが昨日。
部長の名前は睦と言って、この学校の3年生。
つまり次の大会が最初で最後の高校団体戦のチャンスなので何が何でも部員を集めて出場したいみたい。
「――最後の部員なかなか見つかりませんね」
「まあこればっかりは仕方ないしなぁ。そこそこ運動出来るやつも他の運動部に入ってる奴が多いし」
「そういえば、もう1人いる部員の娘ってなかなか練習に来ませんけど本当にいるんですか?」
「あー……あいつは何というか、気が向いた時だけ参加する猫みたいな奴だからな~」
「……なんですかそれは」
「――まあ英美里ちゃんは個人練習をしている事が多いみたいですし」
少し遅れて沙織ちゃんが更衣室へと入ってきた。
沙織ちゃんもカバンから競技服を取り出して着替えを始める。
「あ、沙織ちゃん。今日は少し遅かったね」
「今日は日直でしたので色々と雑用をこなしていたんです」
「そうだったんだ。あっと、個人練習してるってどういう事?」
「私も詳しくはしらないのですが、たまに専属コーチの様な方と一緒にトレーニングをしているのを見かけますから」
「ふ~ん、そうなんだ」
専属コーチがいるなんて、結構お金持ちなのかな?
まあ本当にいるのならそれで安心なんだけど。
私が1番に着替え終わり荷物をロッカーにしまって更衣室から出ようとしたら、突然更衣室の扉がドンと音を立てながら勢いよく開かれた。
「ひっさしぶり~。練習に来たよ~」
扉の向こうには身長140センチくらいの小柄な少女が立っていた。
長い髪をツーサイドアップにして幼さの残る笑顔が可愛い女の子だ。
ぱっと見、中学生に――――ううん、小学生に見えるんだけど、これは口に出さない方がよさそう。
「――あら? 貴方だぁれ?」
「えっと私は――」
「おい、英美里。お前なんで練習試合サボったんだ?」
「あれ? 電話で言わなかったっけ? 英美里は駅前の――――」
「あ~もういい。それにお前が来なかったおかげで新入部員も入ったし今回は大目に見てやる」
「――新入部員? あっ、もしかして貴方が新入部員なの?」
「うん、そうだよ」
「…………ふ~ん」
英美里ちゃんは私の周りをくるくると回りながら、値踏みをするかのような鋭い眼光を私へと向けてきた。
「あはっ。あなたってかなり凄いのね。大会記録とか持ってるでしょ? 今度、英美里と勝負しましょ」
「――え、どうしてそれを?」
「ふんふふ~ん」
英美里ちゃんは鼻歌を歌いながらロッカーへと行って競技服へと着替え始めた。
「――あれは英美里ちゃんの特技の女神の審判です」
「え? 沙織ちゃん、それって何なの?」
いつの間にか着替えの終わった沙織ちゃんが英美里ちゃんと入れ違いにやってきていた。
「英美里ちゃんは相手をひと目見ただけで、その人の筋力や息遣いからなんとなく相手の実力が解るみたいなんです。調子の良い時は勝負の行方まで解るんですよ」
「――あの娘、そんな事が出来るんだ」
「それに相手の見極めも本人の実力あっての物ですから、あの娘自身もかなりの実力者なんですよ」
「――ま、性格以外は高校トップクラスの実力だと思うぜ」
「あ、部長」
どうやら部長さんも着替え終わったようだ。
「しかし今年は全国レベルの選手が2人も入ってくれたし、人数さえ集まれば本当に全国制覇出来るかもな」
部長さんはハッハッハと笑いながら一足先にグラウンドへと向かっていった。
「――2人?」
キョトンとした私に何を驚いているのと沙織ちゃんがフォローを入れる。
「英美里ちゃんと楓ちゃんの事ですよ」
「え、私!?」
「実績は申し分無いですし、この前の練習試合でも大活躍だったじゃないですか。まだ大会まで時間がありますし、ブランクだってじゅうぶん取り戻せますよ」
そういう沙織ちゃんや部長さんも結構な実力者だと思うんだけど、全国にはもっと凄い人がいるのかな。
「――そうだね。うん、どこまでやれるか分からないけど大会まで精一杯頑張ってみるよ」
「――――なら調子を取り戻せた時に英美里と勝負しましょ」
英美里ちゃんも着替え終わったようで今から練習に向かうみたい。
スレンダーながらも全体的にバランスの良い筋肉のついた体型をしている。
上着は部活で用意された無地の白いシャツではなく、キャラの絵が書かれたシャツを着ていて制服の時よりも子供っぽさが増しているような気がする。
服装についてはある程度自由が認められていて、自分で柄のついたTシャツを用意したり部長の様に腕まくりをしている人や邪魔だからと袖の部分を切ってしまっている人もいるみたい。
ちなみに私と沙織ちゃんは特に衣装の変更はしないで指定された白のTシャツを普通に着ている。
まあ私の場合は服を選ぶのが面倒だたってのも少しはあるんだけど。
もうちょっとお洒落とかに気を使った方がいいのかな。
「うん、いいよ。約束、まだ復帰したばかりだから相手にならないかもしれないけど、いつかやろうね」
「では楓さん、英美里ちゃん。練習に行きましょうか」
私達は練習をするためグラウンドへと向かっていく。
今日の練習メニューは丸太叩きだ。
グラウンドの壁に突き刺された丸太をハンマーでひらすらに打ち込む事で上半身の筋力を鍛える特訓みたい。
私達がグラウンドに到着すると部長さんがすでに準備をしてくれていたみたいで、壁に3本の丸太が突き刺さっていた。
ちなみに学校の方にはちゃんと許可を取ってあるとの事なので問題は無いみたい。
「お前ら遅せーぞ」
「すみません、ちょっと遅れちゃいました」
「え~、別に減るもんじゃないしいいじゃん」
「練習時間が減るんだよ!」
「部長、怒っていたら練習時間がもっと減っちゃいます」
「う、そうだな。そういや楓、お前って丸太叩きってやった事あるか?」
「いえ、中学ではやらなかったんですけど」
「そうか、ならまずはオレ達がやるのを見ててくれ。まずは沙織からだ」
「――わかりました」
沙織ちゃんが木製のハンマーを持って丸太の前に立つ。
――う~ん。可憐な見た目の沙織ちゃんとハンマーはあまり絵にならない気がするなぁ。
「――せいっ!」
沙織ちゃんが大きく振りかぶってからハンマーを丸太の1つに叩きつける。
ハンマーは丸太の真ん中に当たりポコンと音がした後、丸太が少しだけ壁にめり込んだ。
――なるほど、こんな感じでやるんだ。
「よ~し、次は英美里だ」
「え~。部長が先にやりなよ」
「――お前何しに部活に来たんだよ。いいからさっさとやれ」
「はぁ~い」
英美里ちゃんも沙織ちゃんの様に木製のハンマーを手に持って丸太の前へと移動する。
英美里ちゃんの持っているハンマーは英美里ちゃんと同じくらいの大きさで、小柄な英美里ちゃんとのギャップが逆に絵になっているような気がする。
「――やっ!」
英美里ちゃんはくるりと一回転しながらハンマーを叩きつける。
ドドドと何かが叩かれる音が3回した後、丸太が3個同時に壁に打ち込まれた。
「あはっ。凄いでしょ?」
「――えっ!? 何が起きたの?」
「英美里は丸太を3本同時に叩いたんだ」
「そんな事が出来るんですか!?」
「ああ、慣れれば誰でも出来るようになるぜ。――ま、出来るようになるまで普通なら一ヶ月はかかると思うけどな」
「――そんなにかかるんですか。私も早く出来るようにならないと」
「大丈夫ですよ。きっとすぐに楓さんも出来るようになりますから」
「――そうかなぁ」
「それに、丸太の同時打ちは競技に必要な筋力が全て鍛えられるからな」
部長さんは少しだけ重めの鋼鉄製のハンマーを選んで丸太に叩きつけた。
「――おらぁ!」
ドドンと2回大きな音がして、丸太が2個壁へと打ち込まれた。
今までの中で1番深く壁に突き刺さったと思う。
「――まあ。こんなもんか」
「凄い。部長さんも出来るんですね」
「2個しか叩けないけどね~」
「おい、英美里煩いぞ」
「まあまあ、部長」
「ふふ~んだ。楓も英美里が凄いって事が解ったでしょ?」
「そうだね。私も負けていられない」
次は順番的に私の番だ。
部長さんは以外と色んな種類のハンマーが用意してくれていたみたいで、20種類くらいの様々な重さや大きさのハンマーが並んでいるみたい。
とりあえず私は壁の横に置いてあるハンマーの中から沙織ちゃんが選んだのと同じくらいの比較的標準的な大きさと重さのを選んだ。
「――よしっ、私も!」
私は丸太に向かってハンマーを打ち付けたけど軸が少しだけずれちゃったみたいで、ボーンっと私の体全体を衝撃が駆け巡り、痺れた手からハンマーを地面に落としてしまう。
「――いったぁ」
「大丈夫ですか、楓さん!?」
「うぅ、なんとか大丈夫みたい」
「初日から同時打ちは厳しいでしょうから徐々になれていきましょう」
「うん、わかったぁ」
私はまだ痺れの取れない手をプラプラとさせて次の英美里ちゃんに交代する。
「やっぱ普通にやったら一ヶ月はかかるか」
「英美里は初日から出来たよ?」
「――お前は普通じゃないだろ」
それから私達は交代しながら筋力トレーニングを続けていく。
そして私は少しずつコツを掴んでいって、とうとうラスト一巡になった。
「――うん。大分コツが解って来たかも」
私はハンマーを構えながら精神を集中させる。
――今なら出来るかもしれない。
「――それっ!」
私がハンマーを振り回すと、トトンと軽い音がして2つの丸太が少しだけ壁に打ち込まれた。
「――なにぃ!?」
「楓さん凄いです」
「あははっ、やっぱり結構やるんだ」
「――――ふぅ。え、えっと、こんな感じですか?」
「まさか英美里以外に1日で出来るようになる奴がいるなんてな――――」
「私も部長も出来るようになるまで一週間はかかったんですよ」
「つまり楓は部長より強いって事だよ」
「おいそこ、うるさいぞ」
「だって本当じゃん」
「ま~ま~2人共、落ち着いてください」
沙織ちゃんが先輩と英美里ちゃんをなだめているけど、この2人は結構仲良しなんだと思う。
「でもこれで皆の足を引っ張らないようになれてよかったです」
「足を引っ張るも何も、うちの部のエースになれるぞ。団体戦で大将やってもらうかもな」
「ぶ~。大将は英美里なのに」
「おい、いつ順番決めたんだ?」
「今!」
「バカヤロー、順番は部長のオレが決めるんだよ」
「2人共。順番は皆で決めましょうね?」
言い争いを止めない2人に怒ったのか、沙織ちゃんが笑顔ですごんだ。
なんだろう凄い威圧感のような物を感じる。
もしかしたら本当の部長は沙織ちゃんなんじゃないだろうか。
「――そ、そうだな」
「仕方ないから意見を聞いてあげる」
「だから何でお前はそんなに偉そうなんだ」
それから私達は部活の後片付けをしてから家への帰路につく。
英美里ちゃんは用があるとの事で、今は私と沙織ちゃんと部長の3人で星風駅へと向かっているんだけど、私は部室に図書館で借りた本を置いてきてしまったようで2人に断りをいれてから取ってくる事にした。
「ごめん、部室に忘れ物したから2人で先に帰ってて」
「――忘れ物ですか?」
「なんだぁ? まだそんなに遠くないし全員で戻ってもいいぜ?」
「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですから」
「そうですか? では楓さんまた明日」
「おう。気を付けて取ってこいよ」
「はい。それでは」
私は2人と別れて学校へと戻っていった。
職員室で事情を話して部室の鍵を借りて部室に入り、自分のロッカーを開けると借りた本が入っているのを見つける事が出来た。
「――あった。じゃあ後は鍵を返して――――あれ?」
ふと、部室の窓から外を見ると英美里ちゃんが歩いているのが見えた。
用ってのはもう終わったのかな?
私は一緒に帰ろうと追いかけて声をかけようとすると、門の前に黒ずくめの人物が英美里ちゃんを待つように立っていた。
「――――何なの?」
私は何か嫌な予感がして急いで英美里ちゃんの元へと走っていった。
「――英美里ちゃん!」
「楓? どうかしたの?」
「どうかしたって――――校門に何か変な人がいるよ?」
「あ~。アレはスカウトみたいな物だから気にしなくていいよ」
「――スカウト?」
って事は知り合いなの?
沙織ちゃんが英美里ちゃんはコーチみたいな人と練習してるって言ってたけど、もしかしてこの人なのかな?
――――私達が校門へと近付くと黒ずくめの人物が英美里ちゃんに話しかけてきた。
身長は2メートルくらいだろうか。
かなり大柄な人物で立っているだけでとてつもない威圧感を放っている。
そしてなにより、身長より目を引くのはその服装で、全身真っ黒な服に真っ黒な覆面そして顔に少し大きめのサングラスをかけている為、黒ずくめの人物がどんな顔をしているのか全く解らない。
探偵漫画だったら100パーセント犯人をやっていそうなベストオブ犯人と思えるくらいに黒い。
「英美里くん。今日こそ闇のアスリートになってくれる決心はついたかね?」
低い重低音の男の人の声だ。
紳士な振る舞いながらも相手を掴んで離さないような、そんな感じのする声。
「もぅ。英美里は闇のアスリートになるのは嫌って言ってるでしょ!」
「フフフ、そうはいかん。英美里くんには我が闇の組織のトップアスリートになって貰わなくては困るのでね。――――ならば勝負をしよう。もし勝負で私が用意したアスリートに勝つ事が出来たのなら今日の所は引き上げよう」
「うん、それでいいよ」
――いいの!?
何か一方的に勝負を持ち込まれた気がするんだけど。
「けど、英美里はプロのアスリートだから何か賞品が無いと受けないわよ?」
「――英美里ちゃんプロじゃなくて普通の高校生だよね?」
「フフフ、いいだろう。英美里くんの為に駅前にある星風堂のケーキを買っておいた。もし勝つ事が出来たのならこれを賞品として渡そう」
黒ずくめの人物はケーキ屋さんの箱を取り出して中身を開けて景品を見せた。
美味しそうだけど、いくら何でもケーキだけでそんな勝負をするなんて事は――――。
「それは1日10個限定のクラウンチーズケーキ!?」
「フフフ、英美里くんの為に朝から並んで買ってきた物だ」
「――いいよ、じゃあ早く始めよっか」
「え、英美里ちゃん!? 本当にいいの? 負けたら、その闇のナントカに入らないといけないんだよ?」
「勝てばいいだけから楓はそこで見てていいよ。――あ、英美里が勝ったらケーキを半分分けてあげよっか?」
この娘は何を言ってるの!?
たかがケーキの為だけによく解らない組織に入る勝負を受けるなんて。
「フフフ、相変わらずいい心構えだ。対戦する種目はこちらが選んでいいかね?」
「英美里はどんな競技でも勝つから好きなの選んでいいよ」
「ちょ、ちょっと英美里ちゃん。流石に不利すぎない? 競技くらいはこっちが選んでも――」
「もしかして楓は英美里が負けるって思ってるの?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ問題な~し」
「えええええ!?」
「では今回の種目はゴルフだ。――――ついて来たまえ」
「楓も来る?」
英美里ちゃんは大丈夫だって言ってるけど、心配じゃないと言ったら嘘になる。
見るからに怪しい人に付いていくのはちょっと怖いけど、ここは着いていくしかない。
「うん。私も着いてく。何かあったら私が何とかするよ」
正直私に何が出来るのか、そもそも役に立つのかさえ解らないけど、ここはこう言うしかなかった。
何か英美里ちゃんの助けになるなら手伝わないと。
そういえば部室の鍵を返しに行かないと明日先生に怒られそうだけど、今はそんな事言ってる場合じゃないよね。
部活の仲間の危機なんだ。
「それじゃあ、レッツごぉ~」
英美里ちゃんは笑顔で黒ずくめの人物の後について行った。
自分には何も危害をくわえられないと安心しきっている顔をしている。
「――もう、なんなの」
私達は学校の外に停めてある凄く高そうな車に乗せられると、そのまましばらく車で移動してゴルフ場へと到着した。
まあゴルフで勝負って言ってたからゴルフ場に到着するのは不自然では無いんだけど、車の仲ではもしかしたら違う場所に連れて行かれるのかと気が気じゃなかった。
――そのまま車を降りてゴルフ場に入っていくとグラウンドに1人の人物が立っていた。
「紹介しよう。今日の英美里くんの対戦相手のミスタービリヤードマスクだ」
「よろしく頼むよ」
ビリヤードマスクと呼ばれた人物は口元をニヤリと笑わせて挨拶をした。
この人も真っ黒なタキシードに口元だけ開いたマスクといった素顔が解らない服装をしている。
「よっろしくぅ〜」
英美里ちゃんは英美里ちゃんで仲良さそうに握手なんてしてるし。
「ルールを説明する。英美里くん、向こうにグリーンが見えるかね?」
「――あれの事? 見えるよ」
「ルールは至ってシンプル。ここからあそこまで800ヤードあるホールに少ない打数で入れた方の勝利だ。そして同じ打数の場合はこちらの勝ちにさせてもらう。――何か質問はあるかね?」
「無いから早く始めようよ」
「よかろう。ではこちらから――――」
「ちょ、ちょっと待って!」
あまりの不利な条件に私は思わず声をあげてしまった。
英美里ちゃんはルールに了承したみたいだけど、ここは物申した方が良いと思う。
だって、こんなよく解らない人のいる組織に英美里ちゃんを入らせるわけにはいかないんだ。
「何だねお嬢さん? 特に難しいルールは無かったはずだが」
「特にも何も明らかに英美里ちゃんが不利じゃない。そもそも何で英美里ちゃんが―――」
「別に英美里はこれでいいよ。だってどんなルールでも勝つのは英美里だから」
「――そうは言っても」
「だいたい引き分けになって仕切り直しとか面倒じゃん。それなら1回で終わらせてあげるよ」
「それでこそ英美里くんだ。では改めてこちらから始めさせてもらおう。――――では行くのだ」
「承知しました」
「フフフ、いい忘れていたがミスタービリヤードマスクは我が組織の闇のハスラーでね。ナインボールを必ず一発で全て入れるほどの正確さを持っているのだ」
黒ずくめの人物に命令されて英美里ちゃんの対戦相手のビリヤードマスクがショットに入る。
ゴルフで最初に打つ時はティーと言う地面に刺してボールが動かない様に固定する道具を使うんだけど、対戦相手の人は地面から80センチくらいの高さのティーを地面にさしてボールを固定した。
そして、カバンからはゴルフクラブでは無く長い棒の様な物を取り出してボールを突くような構えをする。
「え、ちょっと。それっていいの? ゴルフ勝負だって言ったのに」
「お嬢さん。あまり近付くと危ないから離れていたまえ」
「けど――」
「ルールは少ない打数で穴に入れたほうの勝ちと言ったはず。打ち方までは指定していないのでルール違反では無いのだが何か問題があるかね?」
「…………ないです」
私が下がるとビリヤードマスクはビリヤードのブレイクショットをするかの如くゴルフボールを思いっきり棒で突くと、ボールは風を切るような凄い勢いでグリーンへと向かって飛んでいき、旗のピンに直撃して穴まで1センチといった場所に落下した。
「ミスターY。ホールインワンを狙ったんだが、どうやら失敗してしまったみたいだ」
「英美里くん。このまま我々が先にホールに入れてもいいかね?」
「いいけど、やけに急ぐんだね?」
「フフフ、英美里くんが打つ邪魔をしたくないだけさ」
黒ずくめの人物はミスターYって言うみたい。
絶対に本名じゃないんだろうけど、Yって何かの頭文字なのかな?
もしかして闇のYだったりして。
――って、そんな事じゃなくて。
「英美里ちゃんいいの? この人達、何か企んでそうなんだけどいいの?」
「別に英美里はホールインワンやるから別に関係ないんじゃない?」
「フフフ」
英美里ちゃんは気にしてないみたいだけど、ミスターYはあからさまに怪しい笑みを浮かべている。
これは絶対何か企んでるんだと思う。
――そのままビリヤードマスクはグリーンまで歩いていって、グリーンで腹ばいになるように棒を構えて1センチショットを見事に決めて2打でラウンドを終わった。
「じゃあ次は英美里の番だね」
英美里ちゃんはミスターYが用意したゴルフバッグの中から木製のゴルフクラブを渡されて打つ事になったみたい。
ゴルフバッグの中には金属のクラブが沢山入ってるみたいだけど、木のクラブ1本だけ渡すならわざわバッグに沢山つめて来なくてもよかった気がするんだけどなぁ。
対戦相手の人もゴルフクラブは使わなかったわけだし。
「それじゃあ、いっくよぉ~」
「英美里くん。少し待ちたまえ」
英美里ちゃんはボールに当たる直前で振り下ろしたクラブをピタッと止めた。
「もぉ~。せっかく良い感じで打てそうだったのにぃ」
「フフフ、ちょうど時間が来たようなのでね。――――諸君、グリーンの上を見たまえ」
「上? …………って何あれ!?」
ゴルフ場の上空から1個の隕石がホールに向かって落下している。
このままだと多分…………ううん、絶対にグリーンに直撃してしまうような気がする。
――隕石は私の予想通りグリーンへと落下して、ちょうどグリーン全てが隠れてちゃった。
「え? 何? なんであんなのが落ちてきたの?」
「フフフ、今日は隕石注意報が出ていてね。今が丁度その時間だった訳だよ」
「じゃあ、隕石をどかさないと」
「どかしてもいいが、あの大きさの隕石をどかすとなると今日中には終わらないだろう。そうなった場合、英美里くんの負けとなるが構わないかね?」
隕石の大きさは直径50メートルはあるので今日中どころか明日にも終るのか解らない。
「…………そんな、どうしたら」
「ねえ? ボールを3個使ってもいいの?」
「ボールをぶつけて隕石を破壊しようと考えているのだろうが、その場合3個全てをホールに入れて貰わないと英美里くんの負けになるがいいかね? それに3個使うとなると3打も打つことになるがね。フフフ」
「ふふ~ん。じゃあ英美里の勝ちだねっ」
「どういう事かね?」
「英美里は1打で3個入れるから」
英美里ちゃんは横に3つボールを並べてショットに入った。
けど3個も同時に打つなんて――――あっ!?
私は部活の丸太打ちの練習を思い出す。
そういえば英美里ちゃんは3個同時に丸太を打ち込んでいた。
――つまり、ゴルフボールも3個同時に打てるって事――――なのかな?
私の心配をよそに英美里ちゃんはスイングをしてボールをゴルフクラブで思いっきり叩こうとした。
その瞬間。
――ガラン。
何かが倒れる音がして私はその方向を見てしまう。
どうやらミスターYがゴルフクラブの入ったバックを倒してちゃったみたい。
もぅ、なんでこんな時にそんな事しちゃうかなぁ。
………………音?
もしかして、英美里ちゃんもこの音にビックリして気が散ってしまったんじゃ。
タンタンタンと3個ボールを同時に打つ音がホールに響き渡る。
どうやら1打で3個同時にショットする事は成功したみたい。
だけどミスショットをしてしまったのかボールはグリーンの方には飛んでいったんだけど、高さが遥か空高く飛んでいってしまった。
――このままだと飛び過ぎちゃう。
「おっとすまない。私とした事がバックを倒してしまったようだ」
「ミスターY、卑怯じゃない」
「フフフ、打つ瞬間に大きな音を出しては行けないというルールはあったかね? しかしこれで英美里くんも我が組織の闇のアスリートの一員になってくれるようだ」
「ふふん、それはどうかなぁ~?」
「――どういう事だね!?」
「あはっ、こういうことぉ~」
勝ち誇ったミスターYに突然英美里ちゃんがまだ勝負は終わってないよと無邪気な笑みを浮かべる。
するとミスショットしたはずのボールが隕石の上辺りで止まり急降下をし始めた。
そして3個打ったボールのうちの1つが隕石へと激突して隕石に軽くヒビが入った。
けどこれだけじゃ隕石を破壊するには威力が足りない。
「――――そんな」
「フフフ、英美里くん。頑張ったようだが、どうやら隕石を破壊するまでの威力は出せなかったようだね」
「忘れちゃったのかなぁ? 英美里は3個ボールを打ったんだよ?」
「なんだと!?」
時間を置いて2つ目のボールが隕石へと墜落した。
隕石のヒビが更に大きくなって、半分くらいまでヒビ割れていく。
「ふたぁ~つ」
そして、最後の3つ目のボールが隕石めがけて真っ赤に燃えながら落下していく。
「みっつ!」
「むぅ、まさか大気圏までボールを打ち上げていたとは」
最後のボールがグリーンを塞いでいる隕石に激突した瞬間、隕石は粉々に砕け散って大煙がグリーンを覆い尽くしてしまう。
「ボールは? ボールはどうなったんだ!?」
私達は煙が晴れるのを待ってからグリーンへと向かって行き、周辺にボールが落ちていないかを探索する。
「どうやらこの辺りには落ちていないようだが?」
「ミスターY、こっちにもありません」
「ならば一体どこにあると言うんだ!」
「もちろん、ここだよ」
英美里ちゃんがフラッグを引っこ抜くと、中に入っているボールがコロンコロンと音を立ててホールの中で回りだしたみたい。
「だが、最初に3つ全てホールインワンしなければ英美里くんの負けだと約束したはずだ。ホールの中にはいくつ――――何!?」
ホールの中には英美里ちゃんの打ったボールが3個全て入っていた。
「いっただきぃ!」
英美里ちゃんはいつの間にかミスターYが手に持っていた駅前のケーキ屋さんの箱を奪い取って中に入っているケーキを1つ手掴みで取り出してそのまま食べ始めちゃった。
「うぅ~ん。美味しい」
「英美里くん。どうやら今回も我々の負けのようだ。スカウトは次の機会までお預けにしておこう」
「まったねぇ~」
ミスターYはそのままグラウンドから去っていって、グラウンドには私と英美里ちゃんの2人が残っている。
「またって、そんなに何度も戦ってるの?」
「まぁ、時々ねぇ~。あ、楓も1個食べる」
「うん。じゃあ1個貰うね」
私は英美里ちゃんからケーキを1つ貰ってそのままかぶりついた。
トロトロのクリームとふわふわのスポンジが絶妙なバランスで合わさっていてとっても美味しい。
――じゃなくて。
「本当に大丈夫なの? 何か変な事とかされてない?」
「今の所、英美里が全部勝ってるから時にはないかなぁ。――――もう1個いる?」
「いいの? じゃあもう1個だけ」
私は2つ目のケーキも貰うことにした。
けど、こんな所で悠長にケーキなんて食べてていいんだろうか………あっ!?
「――そういえば、私達どうやって帰るの?」
「走って帰ればいいんじゃない? ミスターYは多分もう車で帰っちゃったと思うし」
「そんなぁ……」
ここから学校までかなりの距離があるんだけど、私のお財布には学校前の駅からの定期券しか入っていないのでそこまでは全力で走るしかなさそうだ。
「じゃあおやつも食べ終わったし、学校まで帰ろっか?」
「……そうだね」
私達はその場所から一緒に走って学校まで帰る事にした。
かなり学校までは離れているみたいで、長距離マラソンくらいの距離は走ったと思う。