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「うう~っ。どうしてこんな事に…………」
私は無理やり練習試合のメンバーの1人にさせられてグラウンドに来ていた。
承諾したのは私自身なんだけど、また競技に戻る事には少しだけ抵抗がある。
その事を察して私を気遣ってか沙織ちゃんが励ましの声をかけてくれた。
「私と先輩で先に3勝すれば楓さんが出る事は無いので安心してください」
「――3敗でも出番は無いけどな~」
「先輩!」
「――冗談だ。そんなに怒るな」
沙織ちゃんと先輩さんは競技用の服に着替えて準備運動を始めていた。
この学校の競技服は青を基調としたレオタードで左右にピンクのラインが1本ずつ引かれているオーソドックスな感じだ。
そして、上半身には丈の短い半袖の白いシャツを着ていた。
私は運動会部では無いため競技服など用意されている訳もなく、仕方なく学校指定の体操着に着替えて参加する事になった。
白いTシャツに青色のブルマを履いて靴は普通のスニーカーなので運動するのには問題ないんだけど何となく気恥ずかしさの様な物を感じる。
「――――みなさん。対戦相手の学校が到着したみたいです」
沙織ちゃんの声に引かれて校門を見ると競技服に身を包んだ5人の少女の姿が見えた。
月を思い浮かばせる黄色を基調としたレオタードでウサギの様な真っ白のラインが右肩から左足まで斜めに引かれている。
そして、上半身には真っ赤なシャツを着ていた。
今日の対戦相手、月影高校の生徒だ。
一部シャツの腕まくりをしたり破ってたりしてる人も見かけるけどファッションなのかな?
やっぱり1人だけ普通の体操着というのは少しだけ恥ずかしい気がする。
月影の部長らしき人が部長さんの元に歩いて行って握手を求めて部長さんもそれに答えて競技前の握手をした。
「今日はよろしくね」
「ああ、こっちこそよろしく頼む」
「そういえば、1人聞いてた娘と違う気がするんだけど何かあったの?」
「ちょっとトラブルがあって助っ人を頼んだんだが、メンバー変更しても大丈夫か?」
「ええ、こちらとしては別に構わないのだけど、トラブルって大丈夫なの?」
「あ~。その、なんだ。100%アイツが悪いからそっちが気にする必要なんてないぞ」
「???」
月影の部長は一瞬キョトンとした表情をしたけど、怪我とかじゃ無いなら安心と胸を撫で下ろして改めて部長に向き直る。
「良かった。なら私達も本気で行くわね」
「おう、全力でかかってい」
挨拶を終えた部長さんは私達の所に戻ってきて最終ミーティングが始まる。
といっても今回はルールの確認程度なんだけど。
「えっと、今回は短距離の5本勝負でしたっけ?」
「ああ、まずはオレと沙織が4回戦まで交代で走ってそこで勝負が付いてなかったらオマエの出番ってわけだ」
「私達もそう簡単に負ける気は無いので、頑張りましょうね楓さん」
「うん。二人共頑張ってね」
まずは先輩が一番手としてスタートラインへと向かっていく。
相手はさっき挨拶をしていた月影の部長さん。
つまり、いきなり部長対決という訳だ。
そういえば、部長さんの実力ってどうなんだろう。
私は何気なく沙織ちゃんに聞いてみる事にした。
「ねえ、沙織ちゃん。部長さんって走るのは得意なの?」
「そうですね。部長はどちらかといえば鉄球投げなどの筋力を使った競技が得意なんです。反面、走る競技は少し苦手かもしれません」
「そうなんだ」
こんな事を言うのはあまりよく無いのかもしれないけど、ワイルドな見た目通りの得意種目なんだ。
「――ちなみに沙織ちゃんは?」
「私が得意なのは短距離でしょうか。ただ、長距離は少し苦手なので今は体力作りを頑張ってます」
――――つまり体力にはあまり自信が無いって事なのかな?
「楓さんは得意な種目とかあったんですか?」
「私? う~ん、私は特に苦手や得意な種目とかは無かったかなぁ~」
「――何でも出来たって事ですか?」
「どうだろ、全部中途半端に出来てただけかもしれないけど」
思い返してみると私は全ての競技で平均以上の成績は出していた気がする。
「けど勿体無いです。オールラウンダーは団体戦の要になりますのに。やっぱり楓さんも部員に――」
「あ、部長さん達が走るみたいだよ」
私は半ば強引に話を終わらせた。
誘ってくれるのは嬉しいけど、まだ自分の中では踏ん切りがつかない。
「そうみたいですね。楓さん、応援しましょう。」
「うん。そうだね、沙織ちゃん」
部長さん達がスタートラインでお互いにクラウチングスタートのポーズを取る。
スタート合図は月影の生徒の1人がやってくれるみたい。
スターターの生徒の手に持った赤い小旗が上に掲げられる。
――そして。
振り下ろされた瞬間、2人は同時に走り出した。
走るのは苦手って聞いてたけど月影の部長さんと互角の勝負を繰り広げていてかなり早い。
最初のコーナーを回った時点では実力は互角に見える。
このまま良い勝負が繰り広げられるのかと思ったけど、2番目のコーナーで少しだけ差をつけられてしまって、最終コーナーを回った所では3メートルくらいの差を付けられて部長は負けてしまった。
「いやぁ~、スマン。初戦は勝って勢いを付けたかったんだが」
「次は私の番ですね」
「頑張ってね、沙織ちゃん」
「オレの分まで頑張ってきてくれ」
「部長は後1回走るので休憩しててください。――――では、行ってきます」
今度は沙織ちゃんがスタートラインへと向かって行った。
「まあアイツが負ける事は無いだろうし2回戦は心配しなくて良さそうだな」
「そうなんですか?」
実際学校から駅まで追いかけた事はあったけど、沙織ちゃんの本気の走りを見るのはこれが始めてだ。
中学の大会の時にも見てたはずだけど、確か最後の大会の決勝には短距離は無かった…………ような気がする。
――ちょっと、私の記憶はガバガバなのかもしれない。
「アイツは中学の時、個人戦でベスト4を取ったこともあるからな~」
「わっ。それは凄いですね」
「だからまあその辺の奴にはそう簡単に負けないと思うぞ」
そう言われると沙織ちゃんから少しだけオーラみたいな物を感じる気がする。
沙織ちゃんの準備も終わり、後はスタートを待つだけだ。
1回戦と同じ様に月影の生徒がスターターを務めて今スタートの合図の旗が振り下ろされた。
「――わっ、早い!?」
沙織ちゃんは強烈なスタートダッシュを決めて、最初のコーナーに差し掛かる頃には1メートルは相手の先を走っていた。
そして、そのままどんどんと距離を引き離していって、ゴールラインを割った時には相手と大差を付けて勝利していたのだった。
「――ふぅ。何とか勝てました」
「そんなに謙遜しなくても圧勝だったじゃないか」
「うん、凄いよ沙織ちゃん」
「いえ、まだまだです。それにもっと早くならなければ全国では通用しません」
「そんな事無いと思うけどなぁ」
「それより次の試合がすぐに始まります」
私達が勝利を喜ぶ暇も無く、すぐに3回戦が始まろうとしていた。
「おし、次はもう1回オレだな。一回戦はちょっと油断したが次こそは任せろ」
「はい、お願います」
「頑張ってください」
部長は2回目の対戦へと向かっていった。
じゅうぶん休憩が出来た為か、部長さんからはあまり疲れは感じられない気がする。
これならリベンジに成功してくれるかもしれない。
――3回戦の部長さんは絶好調だったようで、前半に少し引き離して後半少し追いつかれそうになりながらもギリギリの差でゴールラインへと駆け込んで何とか勝利を掴むことが出来た。
「これで2勝1敗ですね。では4回戦に行ってきます」
「2回戦の時みたいに頑張ってきてねぇ~」
沙織ちゃんがスタートラインに向かうのを見送っていると、突然部長さんから不穏な一言を言われた。
「おい、走る準備をしておけ」
「え? 沙織ちゃんあんなに早かったのに相手はそんなに凄い選手なんですか?」
「いや、万全の状態だったら負けないと思うんだが、今回は特別ルールでこっちは連戦だからな。――念の為だ」
私はどうしてなんだろと思いつつも言われた通り準備運動を始める。
そして、準備運動をしながら横目で沙織ちゃんの試合を観戦する事にした。
――沙織ちゃんは2回戦同様、完璧なスタートダッシュを決めて相手の前に躍り出て今回もこのまま勝ちそう。
――と、思ったのもつかの間。
コーナーを曲がる度に少しづつ減速し、相手の選手にどんどん距離を詰められていって、ゴールラインに辿り着いた時には対戦相手に大差を付けられて負けてしまっていた。
「――すみません」
「沙織は体力作りが今後の課題だな」
「はい、がんばります」
「――という訳で。最後は頼んだぞ」
意気消沈する沙織ちゃんの課題が見えてきた所で、先輩さんに肩をポンと叩かれて激励を受けた。
私が最後の試合に出る事が決定したのだ。
「本気で競技をするのは久しぶりですが、もうここまで来たら私も腹をくくって全力で勝ちに行きます」
「お、最初の時と違って威勢がいいじゃねーか」
「すみません楓さん。どうかよろしくおねがいします」
「大丈夫だよ、沙織ちゃん。私も2人が走るのを見ててやっぱり走るのって楽しいんだって思い出せて来たから」
「じゃあ頑張ってこい。まあ練習試合だから負けても特に問題は無いんだが」
「先輩、せっかく楓さんがやる気になってくれたのに水をささないで下さい」
「じゃあ、行ってきます」
私はスタートラインへと歩いて行く。
長いこと感じていなかった緊張感に少しだけ武者震いをしつつも、一歩一歩昔を思い出すかのように歩んでいく。
やっぱりスタート前のこの感じは大好きた。
「よろしく~」
「うん、今日はよろしくね」
私は対戦相手の娘と挨拶をかわしてスタートの準備にとりかかる。
最終試合のスターターは月影の部長さんがやってくれるみたいだ。
「――2人共準備はいい?」
「――はい」
「いつでもいいよ」
「それじゃあ、最終戦。――――スタート!」
最終試合開始のフラッグが振り下ろされた。
私はそこそこのスタートを決めて相手の娘と並走して最初のコーナーへと差し掛かる。
――うん。
久しぶりだったけど、まだ体が覚えてる。
これなら大丈夫。
やっぱり走るのって楽しい。
嬉しさで少しだけ笑ってしまったけど、すぐに気を取り直して走る事だけに集中する。
――最初のコーナーは相手の娘に先を行かれてしまったけど、まだまだ競技は始まったばかり。
この先いくらでも巻き返すチャンスはあるはず。
2つめのコーナーが見えてきた。
相手の娘も大将を務めているだけあってなかなか抜き去る隙を作ってくれない。
短距離走は200メートルなのでコーナーは4つ。
直線で抜くかコーナーで抜くのかは人によって違うんだけど、私はどちらかといえば最後の直線で抜き去るタイプだ。
といっても、出来れば早めに前に出ておきたい事には代わりは無いので私もスピードを上げるけど、相手はコーナーを回るのが上手いのか差が縮まるどころか少しつづ開いていっているようにも思える。
第2コーナーが終わり直線が始まると私は差を縮める為に全力で仕掛けたけど、あとちょっとで追い抜ける所で第3コーナーが来てまた差を少しだけ広げられた。
――そして第4コーナーを曲がって後は直線勝負。
ここからはゴールに飛び込む勢いで全力で駆け抜けるだけ。
「――――見えた!」
私の走っている位置からゴールまで、光に包まれた1本のラインが導き出された。
――ここを走れば勝てる。
私は前だけを見つめ必死に足を進めてゴールへと飛び込んだ。
「――はあっ――はあっ。ど、どっちが買ったんですか?」
私と対戦相手の娘は一心に月影の部長さんに視線を向ける。
そして、旗を持った手が勝利者の方へ向けられて勝者の学校名が告げられた。
「――勝者、星風!」
団体戦はなんとか私達の勝利で終わったみたい。
「や、やったぁ――――」
「やりましたね。楓さん」
「お~凄ぇじゃね~か」
私の元へチームメイトの2人がやってきて勝利を称えてくれた。
「2人共、ありがとう」
「最後の直線の伸びは凄かったな」
「ええ、まるで妖精がステップしているかのような軽やかな走りでした」
「そんな大げさだよぉ~」
「それに、何だか走っている時のお前、凄く嬉しそうだったぞ?」
「うん。やっぱり走るのって楽しいですよね。改めて思い出す事が出来ました」
「――――負けたわ。今回は私達の完敗ね」
月影の部長さんがメンバーを引き連れてこっちへとやって来た。
「けど、団体戦であなた達と対戦出来ないのは少しさみしい気もするのだけど」
「ん? 何言ってるんだ? 今年はオレ達も団体戦に出るぞ?」
「あら? 部員が足りないって聞いてたんだけど5人揃ったの? 良かった、いつも団体戦やりたいって言ってるのに部員が集まらないって聞いて心配してたのよ?」
「まだこいつを入れて4人なんだけどな」
いつの間にか私もメンバーの1人にされていた。
けど、このまま入部するのもいいかもしれない。
やっぱり私は飛んだり走ったりしいる時が1番楽しいのだから。
「部長。楓さんは部員では――」
「ううん、部長さん。私、この部活に入部します」
「楓さん、いいんですか?」
「お~。やっぱりお前は入部してくれると思ってたぞ」
「新しい部員が増えて良かったわね」
月影の部長さんも私が加入して星風が団体戦に出る事を歓迎してくれているみたい。
そして私と勝負をした娘がすすっと私の前へとやってきた。
「――本戦では負けない」
「うん。私も負けないから」
私達はお互い握手をかわして、部長さんや沙織ちゃんもお互いに対戦相手とまたやろうと握手をかわす。
「それじゃあ残りの部員集め頑張ってね。私も応援してるから」
「ああ、まああと1人くらいすぐに見つかるだろ」
「――そんな無責任な」
「大丈夫だよ、沙織ちゃん。皆で部員集めを頑張ればきっと見つかるよ!」
「お、ずいぶんやる気じゃねーか」
「はい、久しぶりに体を動かしたら凄く楽しくって。これからもよろしくね、沙織ちゃん」
「ええ、よろしくおねがいします、楓さん」
私は星風運動会部に入部する事を決めて、明日から練習と部員探しをする事になったのだった。