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8・ポートモレスピーに散る

 昭和十九年九月。私がここへ来て一年が過ぎました。

 相変わらずの空爆の最中さなか、負傷兵は増えました。

 丘の上に在る海軍病院は何時もイッパイでした。兵士が負傷するのに、犬は何故か無傷でした。

「タロウの傍にいれば、死なないのではないだろうか」

 そんな事を言ったのは、私より半年送れてここへ来た斉藤雄一郎でした。

 初めての任務で一緒に大陸へ飛んだ斉藤は、私にとって心強い友の一人でした。

「なら、ゼロ戦に一緒に乗せるか」

「重くて落とされるぞ」

 そんな冗談で笑うしか、自分たちを励ます術はありませんでした。

 補給物資は底をつき、ラエ基地から分けてもらうことも難しくなっていました。

 この頃になるとサイパン諸島にも敵は振興して、一部に上陸を果たしたとも聞きました。



 十月の終わりの事でした。

 B‐17の編隊を確認した私たちの部隊は、三日前にやっとの思いでラエから調達した物資を出来るだけ詰め込んで、残りのゼロ戦全てを飛び立たせました。

 仲間が飛び立つ中で、と言ってもその時点で飛べる機体は全部で十機でしたが、私の小隊も飛び立ちます。

 私は飛曹長となり、二機の部下を連れていました

 川島は陽気で明るい男で、何故か何時も笑っていました。草加は少し神経質で眉間にシワを寄せるのが癖でしたが、その分慎重で頼れる男でした。

 私が来た三ヶ月後に斉藤と共にここへ飛んできた新人で、その中から生き残った彼らはある意味猛者と言えたかもしれません。

 しかし、川島は三日前の物資調達の際、撃墜されてしまいました。

 補給を阻止する米軍機に攻撃を受けて、武装もままならないまま飛び立った私たちは狙い撃ちされました。

 私は草加だけを連れて蒼穹へ出ました。

 ただ私の機体は、先日出撃した際に空気取り入れ口から弾丸の破片が入り込んで、エンジンの調子を崩していました。

「もう大丈夫か?」

 整備兵に声をかけます。

「少し回転が不安定です」

「構わん、飛べればいい」

 私は機体に乗り込んで風防を締めました。

 砂埃の舞う滑走路を走り、操縦桿を押します。

 後尾の下がった状態で滑走する機体は、離陸の前に操縦桿を押して降下の体勢を作ります。すると、尾翼が上がって機体と路面が水平になるのです。

 それから操縦桿を引き込むとグッと機体が浮き上がります。

 スロットルを開けるとエンジンが一瞬息継ぎして、私は慌てて回転を少し絞り込みました。

 少し飛ぶと、遠くに黒い点が見えました。当然大柄な爆撃機が先に目視に入ります。四機の編隊です。

 護衛機はぴたりと傍に着くのではなくて、少し高い場所からこちらを覗っている事が多いので、私は草加を連れて高度を上げました。

 斉藤は既に部下を二人共失い、代わりの編成を組む人員はいなかったので、私と共に飛びました。

 無線なんて名ばかりで、機能しません。

 私に並んだ斉藤が目配せで合図します。私はそれに答えるように機を前に出して翼を小さく振りました。

 護衛の敵機が見えたのです。向こうはまだこちらに気付いていないのか、散開する様子がありません。

 私たちは高度を上げて、彼らの死角から接近します。久しぶりに搭載した20ミリ弾は、私の闘志を奮い立たせました。

 下方でパッと炎が上がるのが見えました。B‐17に攻撃を開始したのです。護衛機はワイルドキャット六機とヘルキャットが四機見えました。

 半分が降下を開始したので、私たちは残った五機に不意打ちで仕掛けました。

 左の上方から20ミリと7,7ミリを同時に打ち込みます。

 向こうは慌てて散開しましたが、その攻撃で二機が火を噴きました。

 20ミリが装弾されていれば、風防を狙う必要がありません。旋回して残りに襲い掛かります。

 部下の草加には決して離れぬように指示してありますから、斉藤と合わせて三機編隊が残りの敵機三機に襲いかかります。

 数で劣る場合は、とにかく不意をつくにかぎります。まともに打ち合っては数には敵いません。

 二十型から搭載された電影照準機に敵機が入りました。私は再び20ミリ機銃を二秒発射します。

 パパパパッと胴体に穴が空いて尾翼が破損し、敵機はグルグルと回り黒煙に包まれながら落ちてゆきます。

 周囲を見ると、同じように黒煙を噴いて落ちる機影が見えました。

 空戦中の蒼穹は蒼くはない……もちろん、晴れ渡る蒼穹は蒼いのですが、目に映るのは硝煙と黒煙と血にそまる灰褐色なのです。

 それは戦闘が終わった瞬間に、雲の群れから出た時のようにパッと晴れて蒼く輝き、色彩は蘇えります。

 灰褐色の景色の中で、私は視線を張り巡らせます。

 残りの敵一機は、降下してB‐17の援護に向かいました。いや、単純に私たちから逃げたのかもしれません。

 私たちはそれを追いました。

 護衛機と応戦する仲間の姿が見えました。対空砲火を放つB‐17の周りを、ゼロ戦がグルグルと舞っています。

 まるで牛の顔に集るハエのようです。

 四機の大きな要塞が浮かんでいます。B‐29に比べればB‐17は大分小さいのですが、私たちの乗るゼロ戦に比べればやはり、要塞に見えるのです。

 私は最後尾を飛ぶB‐17を標的に決めて、後方から接近しました。

 途中でヘルキャットが横から割り込んで来て機銃を放ってきたので、編隊は崩れましたが、私はそのまま標的に近づき20ミリ弾をしこたま打ち込みました。

 正面から飛んでくる機銃掃射は比較的簡単に掻い潜れます。

 弾道は引力の影響を受ける為、下方に弧を描きます。だから、正面に弾道が見える弾は機体の下へ下へ入って行くのです。

 怖いのは視界の隅から飛んでくる弾です。

 正面以外の方向から飛んでくる弾に注意しながら、私は旋回して再度20ミリ弾をB‐17のエンジン目がけて打ち込みました。

 空中戦の視界は、戦後に見るテレビ映像のようにブレはありません。

 あれはカメラが機体の振動を全て拾っている為で、人の目は振動を吸収補正します。

 だから実際に見る空戦時の視界は、もっとスムーズで幻想的で、弾幕は目の前を花火の欠片の様に緩やかに舞って行きます。

 私が放った機銃は、B‐17の翼を横断するように命中しました。

 四つのうち片側二機のエンジンを失ったB‐17はグングン高度を落として、雲の隙間から落ちるように海原に消えました。

 それを見た他のB‐17三機は旋回を始めました。

 何時もと勝手が違う事に気付いたのでしょう。残りの敵機も応戦してきます。

 私は草加が心配で彼を探しましたが、見つけられませんでした。

 離脱しようとするB‐17を追いました。斉藤は心配ないと思ったし、みんなぞれぞれに経験を積んできているので、今は目の前の敵機を一機でも多く撃墜しようと思いました。

 編隊から離れた一機のB‐17を追いました。

 対空砲火が拡散する稲妻のように飛んできます。

 私は右に回りこんで一番エンジンを狙いました。

 一番エンジンが煙を吹いた時、20ミリ弾が底をつきました。

 一度雲の中に入って見失いかけましたが、雲からでて旋回すると再び機影を捉えることができました。

 このまま逃がしてたまるかと思い、私はついつい深追いしていたのでした。

 気がつくとスタンレー山脈が視界に入りました。

 私は追撃を止めませんでした。

 しかし、7,7ミリ弾だけで爆撃機を落とすのは用意で無い事を知っていました。

 機体を上昇させた時、スタンレー山脈の頂の上に三機の新しい機影を見つけました。

 それが味方でないのは明らかでした。







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