02.Goodbye and hello
春の風が吹き抜ける、穏やかな田舎町。
山の麓に位置する琴文高校は、休日も部活に励む生徒で賑わっていた。
広大な土地を有するこの学校は、公立ながら校庭はだだっ広く校舎もなかなか大きくて立派だ。
そんな校舎の一室で、ヴァイオリンの練習に勤しむ女子生徒がひとり。小柄で背は低く、栗色の髪は肩の辺りで切り揃えられている。
オーケストラ部に所属するこの生徒、露里 小夜湖は、開け放たれた窓から流れ込む春風に髪を揺らし、細めた目で譜面を追っていた。
「っ…また同じとこで間違えた……」
左手を弦から離し、ぶんぶんと降る。
「下手」
その時、窓の外から聞こえてきた声に小夜湖は細めていた瞳を大きく開いた。振り返った先には、柔道着を着た女子生徒の姿がある。
「むっ、司…!まだ楽譜配られたとこなんだからしょーがないよ!」
「ふぅん…」
窓枠に腕を乗せて、萩原 司は教室の中を見渡した。教室には、小夜湖の姿しかない。
「今は個人練習だから、みんな好きなところで練習してるよ」
「どーりで、いたるところから聞こえると思った」
小夜湖は机の上にヴァイオリンを置き、司に歩み寄った。
晴れ渡る空の下、校庭ではサッカー部や野球部が砂を蹴って駆け回っている。
「司、部活は?」
「今ランニング中ー」
「さぼってちゃだめだよ…もうすぐ新入生も来るし」
少々サボり癖があるが、司は柔道部員だ。幼い頃から道場に通っていて、大会でも好成績をたくさん残している実力者。
「あーだるいなー」
そう言って、司が頭をかいた時、彼女の後ろから怒鳴り声が響いてきた。
「こらぁぁぁ萩原ああああ!サボってんじゃねえええええ!!!!」
「うげ、部長だ」
司は束ね上げた長い髪を揺らして振り返る。小夜湖も窓から身を乗り出して声のする方を見た。
「来い!行くぞ!!」
「ぅわ!!」
ものすごい勢いで走ってきたかと思うと、道着を着た男子生徒は司の腕をつかんでまた走り出す。
「邪魔したな、露里」
「いえ、えっと…ご苦労様です」
彼の名前は渡月 浩哉。柔道部部長の三年生で、その実力は全国クラス。幼馴染同士の小夜湖と司は一緒に行動することが多く、小夜湖も気づけば浩哉と顔見知りになっていた。
「おい、引っ張るな!」
「先輩には敬語使え!!」
「だったらもっと後輩を可愛がれよな!!」
口喧嘩をしながら、二人は風のごとき速さで走り去って行った。
「……」
二人を見送って、小夜湖は譜面台の前へ戻った。ヴァイオリンを握って楽譜に視線を落とし、集中力を手繰り寄せる。
構えた状態で深呼吸をして、再び弦を奏で始めた。