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01.Die another day

 降り注ぐ大粒の雫が、薄紅の花びらを乱暴に散らす。うららかとは言い難い、四月一日。

 止むことを知らない雨の中、安っぽいビニール傘を差して、少年は大きな屋敷に背を向ける。

「───榮助えいすけ!」

 背後から呼び止められ、榮助と呼ばれた少年は振り返った。

「見送りに来てくれたのか、燈一朗とういちろう

 目にかかる前髪を軽く払い、榮助は燈一朗に微笑みかける。

「行くなよ」

 穏やかな榮助とは裏腹に、燈一朗の表情は険しい。土砂降りの中、傘も差さずに榮助を追いかけてきた彼の髪からは、絶えず水滴が滴っていた。

 榮助は微笑を苦笑いに変え、持っていた傘に燈一朗を入れる。

「なに言ってるんだ、行くなも何も"しきたり"だろ」

 榮助が背を向けて立ち去ろうとしていたこの大きな屋敷は、大昔から続く陰陽師一族の本家。

 本家である程度の術を覚えた一族の子どもは、高校卒業と同時に見習い陰陽師としての活動を始めるのが決まりだ。

 先月、無事に高校を卒業した榮助はひとつ年下の燈一朗を残し、本家を出る。

「父さんには俺が話すから、あと一年ここにいれば…」

「馬鹿なことを言うな」

 燈一朗の言葉を軽く笑い飛ばし、榮助は再び屋敷に背を向けた。

「でも…このままだとおまえはそいつに殺される!」

 容赦なく体を叩く雨を浴びて、燈一朗は声を荒げた。その視線の先、榮助の頭上にぼんやりと人影が浮かび上がる。

「おい、出てくるな」

 榮助の咎めるような声に、藤色の着物を纏った人影は薄笑いを返す。

「……」

 人影の正体は、榮助に取り付いている妖怪だ。綺麗な女の姿をして彼を騙し、喰らうつもりに違いないと燈一朗は確信していた。

 彼女がいつ榮助に取り憑いたかは定かでない。霊力を持たない彼は、燈一朗たちとは別の師匠の元、全く違う鍛錬をしていたと聞く。彼と顔を合わせるのは、修業中の子どもたちが生活していた屋敷の離れにいる時だけだった。そして何より、榮助本人が気づけば取り憑かれていたと、彼女に対して無関心なのだ。

「一人でここを出て行くのは危険だ」

 燈一朗は榮助の後ろに佇む女妖怪を睨みながら、低い声で告げる。

「そうかもな」

 振り返らずに、榮助は歩き始める。

「死ぬぞ!」

 どうしても彼を引き止めたくて、燈一朗は靴で水を弾きながら追いかけた。

「今日死ぬってわけじゃないだろ」

 振り返った榮助が返した言葉に、燈一朗は足を止める。

「死にそうになったら、どーにかする方法を考えるよ」

「……」

 何を言っても、自分に彼を止める力は無いと思った。

 そんなんじゃ遅い、今すぐ考えろと言ったところで何も変わらない。彼は自分自身の命に無頓着すぎる。

 いつ死んだって構わないと、心の底から思っているのだ。

「…俺が一人前の陰陽師になって、その妖怪を祓う。だから、だからそれまで絶対死ぬな」

 絞り出すような燈一朗の声に、榮助は何も言わずに彼の頭を撫でた。

 雨で冷え切った体に、その不器用な手はひどく温かかった。

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