その旦那
「初めてヤクザさんの名刺を目にしたんわ’70年代後半の頃でした。
嫁いで数年経ったある日、店じまいしてましたら、それらしき人が入ってきたんです。
一目でわかりましたよ。
見るからにその筋の人でしたし、」サチは人差し指を、ほっぺにあてるとななめに走らせながら、左右に怖わいお兄さんがいましたからと、含み笑いをして見せた。
「ヤクザさんを目の当たりにして、しかも近距離で見るなど初めての事でしたから…
さぞかしビックリと思われますやろ!
それがちゃいますねん。
怖さじゃのーて、どう言うたらええのんか、人気スターを街で突然見た感じです。
へぇー、これがヤクザさんなんや。
好奇心がざわついたんですね。
そんな私を尻目に、「やっー!」旦那が馴れ馴れしく声をかけたんです。
そっちの方がビックリですよ。
結局、既に旦那とは以前から面識があったって事です。
繋がりはあまり詳しくは話してくれませんでしたが、その後、何度となくしつこく聞く内に重い口を開いてくれましたが、なんでも若い頃、賭場でスッタモンダあって、その頃から親交を深めて行ったと言ってましたけど、ホンマの所はヨーわかりませんし、聞く必要も無い状況にそのあとなって行きましたから。
それまで真面目を絵に描いた様な人やと思ってました。
温和で人当たりも良くて周囲からの信頼も厚かったです。
しいて言うたら何かと不器用で世渡り下手な人でしたね。
てすから、そのギャップに戸惑い驚きましたよ。
馬が合うって言うんでしょうか、旦那よりひとまわりもふたまわりも年上とお見受けする貫禄のある人やのに、うちの人、なんら躊躇もせんと終始穏やかに話しとりました。
今でも不思議ですけど、旦那はどない言うんですかね、なんかその筋の人らに好かれてました。
恐〜ないの?と聞きますと、「ええ奴らやで。」
そない言いますねん。
オマケに、礼儀正しいし、律儀やとも。
どうかしてますやろ?
後にも先にも、いや何処の世界探してもヤクザさん褒めたんは、うちの旦那ぐらいなもんちゃいますか。
言っときますけど、うちの旦那は正真正銘カタギですよ。」