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修三の登山

四国石鎚山の登山 雪山と夏山

作者: 五月雨花月

 12月中旬、修三はひとり、愛媛県西条市の南から山に入り、石鎚山の頂上に立った。天狗岩を眺める。既に冠雪している。冷たい風が粉雪を巻き上げる。北側斜面下では雲が群れ頂上を窺う一方、南側には雲ひとつ無い。太平洋と瀬戸内の境目とでも言おうか。寒くとも鮮やかで雄大な眺めだ。手の中の沸かしたココアが温かい。

 ここに来るのは2回目だ。前回は10年も昔になるか。


 10年ほど前、「山に登ってみようか」と言い出したのは修三だった。なんとなくの思いつきで、陽介は「山ねえ」と気乗りしない様子だったがそれでも賛成してくれた。季節は初夏、二人はガイド本にあった山奥の、ケーブルカー始発駅の横にある宿に投宿した。大きく強烈に古い宿だった。深い渓谷の縁、川原の駐車場に降り立つと、やたら巨体な蝿達が飛び交っていた。不潔さは薄い。蜂や虻と同じような一種の昆虫に過ぎないというイメージだ。

 宿は改装を重ねてあり、廊下の先に渓流へ張り出した風呂小屋があった。温泉だった。とりあえず熱すぎた。

 夕食にはカレーが出たが、食堂も蝿が飛んでおり、都会育ちの陽介が本気で嫌がる。蝿を追い払おうとして、思わず携帯電話を投げてしまい、隣の席へ飛んでいった。隣席の家族がびっくりしていた。

 「あちゃーすいませんね」修三は謝って手を伸ばし携帯電話を回収する。「まあ、落ち着け」


 そして今回、宿の前から朝一番のケーブルカーで山の中腹まで上がると早速山道が凍り付いていた。アイゼンを用意しておいて良かった。氷を踏み締めて緩斜面を歩いて行くと茶店と神社があった。茶店は開いておらず、神社は扉が解放されて神前に幻燈が揺れていた。ここでアイゼンの固定をやり直す。次の山門をくぐると大地の凍結は無く、冷たく湿った道が続いていた。アイゼンを外す。7合目くらいまで登ったところで積雪量が一気に増え、傾斜も急となり、アイゼンを付け直す。労苦が増した。雲が速く、雪は舞い、合間に梢が揺れて、雄大な眺望が背景にあり、さらにそれらの向こうに太陽が見え隠れした。本当に鮮やかで「わあ~」と、ため息が出るほど美しい。太陽を受けて雪面が乱反射している。

 鎖道にも挑戦したが、そこはあまりにも雪が深かった。急斜面では何度か滑り、危険でもあったので、第二の鎖で諦めて引き返した。鎖道に挑むような登山者は他におらず、無謀な挑戦だったのだろうかと自嘲した。やはり夏とは全然違う。


 前回鎖道に挑戦した時は、大人になってから初めての登山で、よくわからないままに勢いがあった。簡易なガイド本片手に予備知識もなく鎖を掴み、予想外の急傾斜に驚きながらも登ってみた。最初の鎖、『試しの鎖』が体感的には一番厳しかったのだが、登り切ってみると小さな祠があるだけで、またすぐに下りてメインルートに戻るだけだった。鎖を使わないルートが回り込むようにあり、そちらに行けば40分くらい短縮できただろう。苦労して登ってこれ?と修三は呆れた。汗を拭い、まだ下で鎖相手に頑張っている陽介に向かって、

 「大変だ!大変なことが起こった!」と叫ぶ。

 「どうしたんだー?」

 「もう、びっくりだよ。とりあえず上がってこーい!」

 息を荒げてようやく上がってきた陽介に、「これ」すぐに下山する道を指し示して顔を見合わせる。

 「あっはっはっはっは」二人で大笑いした。ぬるいポカリを飲んだ。当時は飲料水を飲む配分もわからず、ついつい飲み過ぎた。枯れ枝に停まったトンボの写真を撮っておいた。そういえば登山道全般にトンボがいた。


 今回『試しの鎖』は回避した。

 印象深かったのは頂上直下の最後の登りである。道と岩と梢で切り取った小さな空の向こうに太陽があり、舞い上がる雪がキラキラと輝いていたのだ。足を止め、数分眺めて無造作に撮影し、その道を登りきった。

 下山後は温泉を求めてさまよった。ケーブルカー始発駅横の旅館は改装中で温泉に入れず、かなり探し回ることになった。そして愛媛県松山発の夜行フェリーで福岡県小倉まで舞い戻り、早朝の無人に近い小倉駅を歩いていると会社の後輩に声をかけられる。後輩は現場に向かうところだった。

 「ありゃ見つかっちまったなー」

 「先輩どこ行ってたんですか」

 「ちょっとそこまで♪愛媛まで山登りにね」

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