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アマドーラ帝国の雫  作者: emily
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ラルムの行方

 ルルドの森は広大な面積であったが、20年前にアルカサンドラ王家の命を受けて国有地化されてからは表立った人の出入りはなかった。しかし、地元の人々の間では、この森の湧水には不思議な力が宿るとも言われ、ひっそりとその存在は受け継がれていた。

 しかし、かつてこの地方一帯を治めていたマテリアス家についてあまり多くを語る者はいなかった。


「このルルドの湧水には、人の治癒力を高める力があるのよ…」

 そういってミラが毎日、近くの湧水を運んできては美味しい料理を作ってくれる。そんな、ほのぼのとした日々のなかで、あっという間に一週間が経とうとしていた。


 このルルドの森に包まれているような安堵感は何と表現すればいいのだろう…。

 たまらなく…懐かしさを感じるのだ。


 朝夕と森の中を散策しながら、何百年と生きている大きな木々に手を当てる。

 根から幹、枝、そして先端の葉に至るまで水の流れを、躍動感を、その偉大な生命力とともに肌に感じとる事ができる…不思議な感覚。

 この一週間、日を追うごとにはっきりと感じ取る事が出来るようになっていた。

 ―まるでこの森と一体になれる気さえする。


 あれからまだ一週間しか経たないが、1ヶ月いや3ヶ月は過ぎたように思う。



「ねえ…ミラ、なぜだか分からないけど、私、ここから離れたくいと思ってしまって。」

 ちょうど一週間の誕生日休暇が終わる頃、そんな言葉が自然とラルムの口から漏れた。


 ミラは少し微笑みながら、静かに頷いた。

「それはそうでしょう…ここが貴女の故郷なのだから」

 ラルムはミラの言葉にはっとする。


 ―ここが…私の故郷。

 ―やっぱり、そうなのね。

 もしかして、私の両親は…まだ生きているのだろうか?


「ミラ、もしかして、私の両親は…」

 ―生きている?

 しかし、それ以上…言葉は繋がらなかった。

 なぜなら、ミラの表情に深い哀しみが見てとれたから。


「私達、フローディア家は代々マテリアス家に仕えていた癒しの一族だった…。」

 ミラは淡々と、マテリアス家について語りだした。

 マテリアス家。

 長年にわたり、スモン家と同等の力を持った由緒正しき大貴族であったという。しかし、20年前のある日、急遽、王命を受けて領地は没収され、一家の姿はこの地から消えた。


 その1年後…ラルム マテリアスという可愛らしい長女が誕生したことを知る者はごく一部であった。

 マテリアス家の正妻リリアはラルムを出産後直ぐに亡くなり、その哀しみに生きる術を奪われた領主も後を追うように亡くなった。

 マテリアス家の悲劇から…今年でちょうど20年。ラルム フローディアの誕生と重なる。


「もう、お分かりですね…ラルム 」


 私の右目から無意識のうちに一筋の涙が頬を伝う。

「そう、貴女様がそのラルム マテリアス様です。アルカサンドラ王家からその存在を隠そうと、我がフローディア家の養女に致しました。」

 ラルムはただ、うつむいて目を閉じたまま、静かに深い悲しみを受け入れながら…肩を震わせてその場に崩れ落ちた。


 ―お父様。

 ―お母様。

 何故…マテリアス家はこの地を追われたの?

 悲しみと疑問、怒りにも似た憤りとやるせなさ…様々な思いが複雑に絡まってラルムの心を締めつけた。

「何故…アルカサンドラ王家はそんな酷い事をしたの?」





 ラルムが自分の腕の中から消えて、一週間が経つ。

 スモン家主催の舞踏会に憔悴したアドリアンの姿があった。

 あれからずっとスモン家専属の超能力者、アランにラルムの行方を透視させ、心当たりの場所には自ら出向いて探しているが全くその所在はつかめなかった。


 ―ラルム…君は何処にいる?

 焦る気持ちはピークに達していた。


 そして最後の望みを持って、ラルムの誕生日休暇が終わる頃に女学院を訪ねようとしていた矢先に急遽、父からの呼び出しがあり、実家に戻ることになったのだ。


「アドリアン、我が家で次期皇帝陛下候補タクシン カザル アルカサンドラ様をお招きして舞踏会を開催する。当然、お前の婚約者であるアリス モンダールも出席するからな。ここで広くタクシン様を支持する貴族や財界の輩を味方につけておくことが必要なのだ。」




 婚約者のアリス モンダールがにこやかアドリアンに近づいて来た。


「ごきげんよう…アドリアン様」


 貴族の令嬢らしく、礼儀正しい所作で軽く頭を下げて、微笑みながらアリスが顔を上げた。

 暫く会わない間にアリスはずいぶんと大人びて見えた。

 ―まだほんの子供だと思っていたが、たしか…アリスはラルムと1歳しか違わないはずだ。来年は19歳。婚約発表も…年内か。

 急がなければ…。


「アドリアン様、アリスをお忘れですか…」

 自分に関心を寄せていないようなアドリアンの様子に、アリスの不安は大きくなる。

 ―やっぱりアドリアン様は私との婚約を望んではいないのだろうか?

 女の勘が真実を告げていた。

 しかし、アリスは敢えてその感情を無視した。

 ―アドリアン様は…私の生まれた時からの許嫁、もうすぐ婚約者になる方だ。例え今は私を好きでなくても、そのうちには…。


「アドリアン様、アリスはずっとお逢いしたいと思っていました…早く、婚約発表の日取りを決めてほしいと父に頼んでいるのです」


 アリスの微笑みが一瞬、曇ったように感じたが気のせいか…。アドリアンは諦めにも似た微笑みを返す。

 ―罪のないアリスに不満をぶつけることは許されない事だ。彼女は何も悪くはないのだから…。


 それでも、満たされない空虚感をアドリアンは消し去ることが出来なかった。

  ―アリスに嫌われて婚約破棄をされたら、どんなに幸せだろう。


 アドリアンは差し出されたアリスの手を静かにとると、そのままダンスフロアへとエスコートした。






 

 アマドーラの雫の気配が消えた。


 何故だ…。


 あれほどはっきりと感じ取る事ができていた紫色の瞳を持つ娘の存在がこの一週間、消えている。

 長年にわたり抱えていた【無】の感覚に逆戻りしただけのはずだった。

 それなのに…レオナルシスは今まで一度も感じた事のない寂しさ、焦燥感とも言うべき感情と向き合っていた。


 幼き日より、次期皇帝となるべく帝王学を中心とした文武両道の厳しい教育に一言も弱音を吐く事なく励んできた。それを苦と感じた事はなかったし、自分の運命と受け入れて送る日々に感情が揺り動かされることもなかった。

常に有り余る超能力をセーブしながら姿を偽り、外の世界にも身をおきながら皇太子として見識を広め、またその身を守る為に帝都の騎士レオとして一部生活を送るようになってすでに十数年…。今のところ一番気に入っているレオナルシスの仮の姿でもある。

いずれの姿でも、女性に追われて困ることはあっても、今まで誰一人として、皇太子レオナルシスを、帝都の騎士レオの感情を揺さぶった者はいなかった。


 ―誰にも知らせていない帝都の騎士レオの姿をあの娘が連想して頬をほんのり赤く染めたのは、つい先日の事ではなかったか…。

小雨が降る中の一瞬の出逢いを思い出して、レオナルシスは瞳を細めた。



 レオナルシスは主に、相手の思考が読める能力と瞬間移動、そして火を司る能力に長けていた。冷静沈着な性質ゆえ、この高い能力をコントロールできていることは説明に難くない。

細かな感情にその都度一喜一憂していたら、このアマドーラ帝国は治められない。

常に厳しい表情が時に冷酷皇子と言われる由縁である。

当然、帝都の騎士レオも周囲からは別名、氷の騎士レオと呼ばれていた。


 今日、レオナルシスは久し振りに下町のブラッセリーに来ていた。旨いワインが入ったからと同僚のルカに誘われたのだ。普段なら殆ど付き合う事はないのだが、なぜか城から離れたいと思った。

 紫色の瞳を思い出してしまうと、どうにも調子が狂ってしまう。


 ―私としたことが…不覚にもあの娘の名前を聞き忘れた。そこまで冷静さを失っていたとは、我ながら…笑える。


どこか物思いにふける普段と違った様子のレオにルカは驚きを隠せない。

―レオに、いったい何があったというのだ?

思わず…

「いつものレオらしくないのは…気のせいか?」

言葉が出てしまった。


 レオナルシスのワインが過剰にすすんだことは言うまでもない。







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