北の塔
アマドール宮殿を出発してから2日目に皇帝レオナルシス一行はようやくアマドーラ帝国最北にある小さな地方都市ノースメーフに到着した。北の塔はその岬に建っている離宮である。
荒れた海と豊富な海産物の資源に恵まれたこの地にレオナルシスは昔、父である亡き皇帝陛下に連れられて一度だけ来たことがあった。
アマドーラ帝国の東西南北にそれぞれ建つ4つの塔の管理は各塔において帝国建国以来、代々アルカサンドラ王家の遠戚に当たる貴族が行ってきた。しかし今、この北の塔の管理を任されているのは跡継ぎを授かることがなかった老夫婦であり、今回の巡視目的の一つは次の後継者についての話し合いを持つことでもあった。
二日にわたる話し合いの結果、次期後継者の目処が立った日の夜中、レオナルシスは王の間に隣接している書斎で最後の書類に目を通していた。
《コトン、コトン》
海側に面した出窓に何かがぶつかる音がした。レオナルシスが窓を開けると最近では滅多に用いることのなかった金の鷹がレオナルシスの肩に舞い降りた。
「金の鷹か…?お前が来るとは珍しいな…」
レオナルシスの手に触れられると、それまで生きている鷹のようだったゴーアイが金色の置物と化した。
レオナルシスはゴーアイの足元にくくられた小さな書簡を手に取って広げる。
「………ラルム!?」
文面の確認を終えると、レオナルシスは直ぐに瞬間移動を考えた。しかし実際は最北のノースメーフから帝都アマドールまではかなりの距離がある為、一瞬のテレポートは可能でも実体の移動は難しいと判断せざるおえない。レオナルシスは一旦、書斎の椅子に腰を下ろすと、短い文面に再び視線を戻した。
━━私が留守の間にいったい何があったのか?
レオナルシスはラルムが自らの意志で後宮を出たという事から状況を整理して考えていた。何故ならばラルム本人には伝えていなかったが、元来この後宮には自分の意志で自ら外に出ようと行動を起こさない限り宮殿の外には出られない人の目には見えない結界がある。加えてラルムが王妃の間に入ってからはそこに重ねてレオナルシスがシールドを張ったのだ。このシールドによって外部からの侵入はもとより、ラルムのいる後宮は磐石な体制で守られていた。それ故にラルムが《クララがお妃候補として後宮に入る》と思い込み城を出たという報告にレオナルシスは眉を寄せる。そのような情報を誰が意図的にラルムに伝えたのか?また侍女のアンを振り切ってまでラルムが自らの意志で外に出るまで思い詰めたのは何故か?自らの意志でしか外に出られない事を知っていて全てに圧力をかけられる者は誰か?
後宮では…ただ一人、女官長その人しかいない。
――女官長の策略か…。
レオナルシスは無言のまま目を閉じると大きく一息をついた。
《レオナルシス様、一日も早く然るべき立場にあらせられる候補者の中からお妃様をお迎え下さいませ…。いつまでも世間の者から寂しい城などと言われては名誉あるアルカサンドラ カーラ家の名に傷が付きます!》
レオナルシスは顔を合わせる度に女官長から攻め立てられるように言われていた事を思い出す。ラルムを側に置くと決めた時にも女官長が気にしていたことはラルムが何処の出身かということだった。まだラルムの素性は明かせないと言うと、女官長が不満そうな表情をしていたことは記憶に新しい。
――とりあえずラルムには今回、このような不測の事態があってはならないと【火の華】の印を残していたことに感謝しなくては…。その印が残っている間は居場所が分かるはずだ。
レオナルシスは自身の意識の全てをラルムの【火の華】に集中させてラルムが何処に身を寄せているかを確認する。
「ラルム、無事か…?」
一時の静寂の後、レオナルシスの表情が徐々に険しくなる。
━━ラルムっ、 いったい何処にいる!?
レオナルシスは自分の【火】の種をいわばワクチンのような働きを期待してラルムが火を無意識に取り込まないようにその身体に残した。効果はそう長くはないが、自分が帝都に戻るまではラルムを守る働きをするはずだった。その効果が切れるには早すぎるのに、ラルムの【火の華】の反応がない。
考えられる可能性は二つ。
ラルムが完全に意識を失っているか、死を迎えたかのどちからだ。
いつもは冷静なレオナルシスが咄嗟に席を立つ。
――まさか、タクシンの手に…!?
今までレオナルシスの勘が外れたことはない。
書斎の外に待機している騎士に向けてレオナルシスが声を強めた。
「至急、アマドールへ戻る!」
――ラルム、いったい何があった…?
――無事でいてくれ…!!
レオナルシスは素早く身支度を済ませると、後の処理をアントス将軍以下信頼のおける側近の部下に任せて、数名の騎士を伴うと帝都アマドールの帰路を急いだ。
後から事の経緯を聞いたアントス将軍は、複雑な思いを抱えながらも、後宮に仕えているアントス家出身の侍女の処分を自身の側近に言い渡した。
「理由は何であれ、陛下にご迷惑をおかけした事実は変わらない。至急、あの侍女達を後宮から下がらせ謹慎するように手配せよ。また根拠のない記事で世間を騒がせた出版元の捜索も同時に開始せよ!」
指示を出しながら、アントス将軍は愛娘のクララの事を案じていた。
――このようにお妃候補と世間に騒がれて最後に恥をかくのは我が娘、クララではないか…。場合によっては予定よりも早く嫁に出すことも覚悟せねば…。
しかしながら、アントス将軍の介入も空しく帝都アマドールのお妃フィーバーは過熱する一方であった。




