幼馴染みアドリアン
明日はラルムの記念すべき19回目の誕生日だ。
早く都ルシアへ帰って、ラルムに逢いたい。
アドリアンはスモン家の次男であるが、実家のある都ドルカを離れてルシアでの静養生活が長かったことから、成人貴族になるまであまり貴族社会に関わってこなかった。しかし、ここ暫くは父と兄が次期皇帝の選出に躍起になっているので僕が代わりにスモン家の一部管理を代行する事が増えていた。そして、ここ3カ月は帝都アマドールで連日のように開かれる貴族会議に出席させられていた。
スモン家と言うだけで、まわりの貴族達は僕の機嫌を伺い、夜の食事会では社交界にデビューした多くの貴族令嬢達が挨拶に回ってくる。
こんな状況にうんざりしながら、ルシアにいる紫色の瞳のラルムを思い出す。
体が弱かった僕の唯一の癒しであり、希望であったラルム…。7年前に彼女が女学院に入ってからは逢う機会が格段に減った…。しかし、それでも彼女の長期休暇や誕生日休暇には欠かさず邸を抜け出して、女学院までラルムを迎えに行くのが何よりの楽しみだった。
ラルムは幼くして父母を失い、養母のサラに引き取られて、我が別荘の隣の屋敷で育てられた。
その場所はルシアから南に100km程離れた自然豊かなルルドという地域一帯を治めていた旧貴族マテリアス家の別荘があった。今から約20年程前に、貴族名簿から除籍され、現在、領地は国営化されている。
ラルムは養母サラの名字フローディアを名乗ってはいるが、その気品漂う美しい容姿とルルド地方の貴族に多い紫色の瞳は、彼女が旧貴族の令嬢である事を容易に結びつけた。恐らく何かしらの事情で養母に引き取られて、ここ《ルシア》でひっそりと育てられたに違いない。
その証拠に現在、ラルムが通う女学院は代々名門貴族の令嬢が通う歴史ある学院である。ラルムが本当に身分の低い家柄の娘であれば、例え大金を積んだとしても入学することは到底、不可能だからだ。
―もし本当にラルムが旧貴族マテリアス家の令嬢ならば、我スモン家に匹敵する家柄である。誰も彼女の身分をとやかくは言えないはずだ。
例えば、僕の婚約者になったとしても…。
「―アドリアン様」
直属の部下の声がやっと耳に入ったのは、その後の言葉があったからだと思う。
「嵐でルシアへの船の出港が遅れています…明日までにルシアの港に着くのは不可能です」
せっかくの記念すべき19歳のラルムの誕生日に…いったい僕は何をやっているのか。
もしかしたら、誰か他にラルムに言い寄る者が出てくるかもしれない。
そんな事を考えただけで、血液が逆流したかのように体が熱くなる。
―そんな事は絶対に許さない。
―何故ならラルムは僕の…。
いずれラルムの身元がはっきりするまでは、迂闊に事を進めるわけにはいかない。
―それでも今、ラルムを手離す事などできるはずもなかった。
「スモン家の 使い《・・》を呼んでくれ」
使いというのは、御用超能力者の事である。
こうなったら最終手段を使うまでだ。
―少々、危険を伴うがルシアまで瞬間移動をさせてもらしかない。
「―レオナルシス様のシールドに弾き飛ばされた?だって!?」
ラルムが誕生日を迎えた夕暮れだった。スモン家の御用超能力者、アランは珍しく頭を抱え険しい表情で首を何度も上下させ、アドリアンの質問に頷いていた。
「今日は無理です…めったに無いことですが、恐らくレオナルシス様が動かれたようです」
「―何故だか理由は分かりませんが、都ルシア一帯にシールドが張られていて入り込めません」
宮殿でも殆どその姿を見せない第1皇子レオナルシスが珍しく行動を起こしたらしい。
よりにもよって何故、今日なのか…。
よりにもよってなんとタイミングの悪い事だろう。
その後、結局僕がアランの力を借りてラルムの元へ瞬間移動することが出来たのは、翌日の朝になってからだった。