騎士レオの正体
レオナルシス様の戴冠式の日、私は帝都の騎士ルカさんにエスコートされてアマドール宮殿での祝賀会に出席した。そこで私は皇帝レオナルシス様と出会い自分がアマドーラの雫を誕生石として持って生まれた事やルルドの森一帯を領地としていたマテリアス家の息女である記憶、レオナルシス様自身との繋がりの一部の記憶を取しつつあった。舞踏会の途中を抜け出した私はレオナルシス様と宮殿の屋上で美しい月光の中、穏やかな時間を共有していた。そろそろ下の会場に戻らなければ…と思った時だった。
「ラルム、君を無理に引き留めるつもりはないが…しばらく私の目の届く所にいてほしい」
月明かりの下…私の顔を心配そうに覗き込むレオナルシス様の想いを私には拒む理由などない。むしろ私の方がレオナルシス様のお側に置いて頂きたいと思っていたのだ。
「レオナルシス様…」
「…レオ、だ」
「えっ…?」
「ラルムは帝都の騎士レオを知っているであろう?」
「…はっはい。知っています」
帝都の騎士レオと聞いただけで私の鼓動は一気に高まった。
そう言えば、あれほど気になっていたレオの存在を忘れるなんて…私はどうかしている?
「騎士レオは…あれは私の仮の姿なのだ」
「……」
私は驚きのあまり言葉が出ない。
瞬きも出来ずにレオナルシス様の顔を見つめた。
「以前に一度、ラルムには種明かしをしている」
何かを思い出したかのようにレオナルシス様がうっすらと笑みを浮かべる。
私は自分の頭の中を整理するように言葉に思考を乗せた。
「レオナルシス様が…騎士レオ」
レオナルシス様の笑みが悪戯めいた光を帯びる。
私は…この笑顔を知っている。
胸がキュンと締め付けられた。
「君は以前はその…許してくれたのだ」
「…許す?以前は私が怒ったのですか?」
ふっ…レオナルシス様、いやレオが軽く頸を左右に振った。
「いいや…固まっていただけだが」
レオの優しい笑顔に引き寄せられて、思わず私もクスリと笑ってしまう。
レオはそんな私を優しく抱き締めるとそのまま私の髪にキスを落とした。
「この香りが…好きだ。前から言おうと思っていた」
そんな何気ない言葉が堪らなく嬉しいと思う。
「私もレオの香りが…」
話の途中でレオが私の顎に軽く指を当て上に向けた。レオと視線が合う。
なんて素敵な碧色の瞳なのだろう…。
「分かっている」
レオは一言そう告げると、身を屈めるようにして再度私の唇に自分の唇を重ねた。
今晩は…これで何度目の口づけになるだろう。甘い時間に私はたっぷり酔っていた。
私は…何も考えられなくなりレオに身体を預けた。このまま…時間が止まればいいのに…。
心地よいレオの巧みな口づけはしばらく続き、私は緊張感から解放された安堵も増して…いつの間にかそのままレオの胸の中で意識を手放してしまったのだった。
翌朝、私はゆっくりと目を開けた。昨夜のレオとの思い出が夢だったらどうしよう…と思いながら。
目覚めた場所は白とゴールドを基調とした華やかで美しい部屋だった。天葢つきのベッドはとても広くて使われているシーツやスプレッドは肌に心地よい上質なコットンだった。
はっ!…私はドレスのままで!?
慌てて自分の支度を確認すると、胸元に美しいレースが幾重にも折り重なった手触りの良いシルクのネグリジェを着ていた。
不思議なことにサイズがぴったり私の身体にフィットしている。
「お目覚めでございますか…?」
ドアの外から女性の声が聞こえた。
「は…はい」
慣れない環境に私は少し緊張してしまう。
「それでは…失礼致します」
一人の中年の女性がベッドに近づいてきた。
「初めてお目にかかります。私はラルム様つきの侍女を拝命致しましたアンと申します。昨晩も陛下に抱えられていらしたラルム様のお着替えをさせて頂きました」
レオの名前が出たことに、一瞬気持ちが高なり昨日の出来事は真実だと確信する。
思わず…顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「今朝、陛下は既に諸外国の方々との謁見ため後宮を出られております。ラルム様には十分に身体を休めるようにとの伝言でございます」
近くにレオがいないと分かった途端に…私は不安と寂しさに囚われる。
「大丈夫ですよ…ラルム様。ご心配なさらないで下さいませ。陛下は一度、お昼前にはラルム様のお顔を見に後宮に戻られるそうでございます」
良かった…。嬉しさが笑顔となる。
「…ありがとうございます。アンさん昨夜はお手数をおかけしました」
「アンとお呼び下さいませ。私はラルム様のお世話ができる事だけで…本当に幸せなのです。お手数などと仰らず何でもお手伝いさせて下さい。なぜなら、私は若かりし頃マテリアス家に短い間でしたが、仕えていたことがあのです」
マテリアス家で…。
「マテリアス家が不当な処分を受けた当時、まだ若かった私を陛下のお母様でいらっしゃる今は亡き皇后様が引き取って下さったのです。それからずっとこちらでお世話になっております。今回は陛下より内密にラルム様のご事情をお聞きし侍女を仰せつかりました」
レオの配慮に…思わず涙が込み上げる。
「…ありがとう、アン」
私の言葉に頷いたアンは温かな笑みを浮かべていた。
その後、私はアンから壮大なスケールのアマドール宮殿の概要を聞きながら、一日の過ごし方や身の回りの事について詳しい説明を受けていた。
なかでも一番驚いた事は、私が今いる場所だ。ここは後宮の中でも最も位の高い方の入られる部屋、更にはレオのお母様が後宮にいらした時に使われていた妃の間と聞いて…身がすくむ思いがした。
「ラルム様は、陛下の最愛の客人としてそのお立場を確立されております。なぜなら、陛下のお母様が亡き後、どなたもこの後宮には入られていないからです」
ただ後宮…と聞いて心配だった他の女性の存在が今はまだ無いことに安堵する。
「ラルム様は何も心配なさならなくていいですよ。陛下は絶対的なお力を以てラルム様をお守りくださいますから」
「…はっ、はい」
何の後ろ楯を持たない自分が、急に恥ずかしくなりレオの役に立てないことを申し訳ないと感じてしまった。
「ラルムは…どうした?」
部屋の外から聞き慣れた声がした。
気づくといつの間にか、時は既に昼前の時刻となっていた。
「そろそろ、お時間ですね」
アンが席を立って部屋の扉に近づく。
私はレオの声を聞いてようやくホッとする。同時に昨夜のキスを思い出して顔が熱くなってしまう。
アンに続くようにして私も広い部屋の窓際の椅子から立ち上がると彼の名を呼んだ。
「…レオ」
多忙な中にわざわざ私の為に時間を作ってくれたのだと思うと…嬉しさと申し訳無さで気持ちがごちゃ混ぜになりそれ以上言葉が続かなかった。
「ラルム…変わりはないか?」
碧色の瞳がわたしを優しく見つめる。
「…はい。色々とお気遣い頂きありがとうございます」
「この部屋は気に入ったか?」
私は深く頷いた。
「はい。でも私には勿体ないお部屋です」
レオは私の前に立つと、私の長い髪を一房手に取りそっと口づけた。
「ラルムに使ってほしいのだ…」
―レオには…敵わない。
「昼食を一緒に摂ろうと思って、早めに切り上げて来た…」
自然にレオの顔が近づいてくる。
「はい…お待ちしておりました」
今は…レオの気持ちをありがたくお受けしよう。
私はそう思って重ねられたレオの口づけに応えた。




