波紋2
クララは帝都騎士団の知り合いを伝って、ルカが【ホーンの泉】近くのブラッセリーにしばらく通っていたことを突き止めた。またそこで働く女性に猛アタックを繰り広げていたことも。
その女性の名は…ラルムと言うらしい。
《今回は本命かもしれません…》
騎士団の一人が何気なく言った一言がクララの胸に突き刺さった。
―本命ですって…!? 何、それ。
祝賀会から5日後に…クララは勇気を出して町娘の支度に身を包みブラッセリーを訪ねた。
「こちらに…ラルムさんはいらっしゃいますか?」
他の客のオーダーを取っていた体格のいい女性が振り返る。
「ラルムはもう、此処にはいないよ。あんた誰?」
咄嗟にこれ以上はもういいと判断して、クララは言葉を切った。
「そうですか。ちょっとした知り合いで、、いないなら…失礼します」
そそくさと店を後にした。
ホーンの泉の直ぐ近くまで来ると、クララは不意に立ち止まった。
―ホーンの泉…ひさしぶりだ。愛しい人と再会の場所…。私はいったいこんな所で何をしているんだろう。
ラルムという女性が実際にあのブラッセリーにいたら何と言うつもりだったのか自分でも分からない。そこまで考えて行動していなかった自分に…呆れてしまう。
「ふぅ…。屋敷の者に見つからないうちに早く帰ろう」
クララが独り言を呟いた時…。
「君は…もしかしてクララ?」
「えっ…!?」
―嘘でしょ…。今、一番会いたくない相手の声が馬の蹄の音と共に頭の上から聞こえてきた。
「そんな格好してどうしたの?」
クララは黙ったままだ。
「クララ…大丈夫かい?」
ルカがクララの前に回り込もうと馬を寄せた。
「…どうぞお構い無く。騎士ルカさま」
クララは視線を上げることなく素っ気なく返事を返す。
「こんな所でうろうろしていたら危ないよ。将軍にバレないうちに戻った方がいい」
―お節介なルカ!!
クララは思わず顔を上げた。
「ほっといてと言っているでしょ!」
―誰のせいだと思っているのよ!
クララは馬上のルカを思いっきり睨みつけると反対方向に体の向きを変えようとした。
《ひょい》
あっという間にクララはルカによって馬上に引き上げられてしまった。
「なっっ…何するのよ!」
クララは片手でルカの胸元を叩いて反抗する。
「クララ、おとなしくしてよ。抵抗するなら騎士団の取調室に連れていかなきゃならないけど…いいの?」
「なっっ!私を誰だけど思っているのよ!!」
「アントス将軍の息女 クララ アントス様とお見受け致しますけど」
「うっ…」
クララは言葉に詰まってしまう。
「邸宅に送って行くから」
―私の想いも知らないで…!
「…鈍感」
「えっ?」
「送って下さらなくて結構よ!自分で帰れますっ!」
「クララ…お願いだから、じっとしていてくれないかな」
「レディを乱暴に抱き上げておいて何よ!」
「使いの者はいないの?まさか一人で邸を脱け出したのかい?」
悪戯をした子供を叱るようなルカの口調に…クララは大きくため息をついて再度ルカを睨みつけた。
「ルカにはまったく関係のないことよ!」
―ルカの鈍感!…貴方なんて大嫌い!!
ルカはそんなクララの気持ちなど全く知らず…今、クララに会うまでは祝賀会以降の止まったままの時間をどうしたらいいかと考えていた。
5日前の祝賀会でルカはラルムをエスコートしてアマドール宮殿に向かった。美しいラルムに見とれて…このまま何処かへ連れ去りたいと本気で思ったのはつい先日のことだ。
続く舞踏会ではパートナーとしての特権で二曲…ラルムと踊った。しかし、その後から…突然ラルムの姿が消えたのだ。
舞踏会の終わりに王室の使いの者から《お連れのラルム様が少し体調を崩されたようなので宮殿内で御世話致します。どうぞ先にお帰り下さいませ》と伝えられた。
あれから5日…。いまだにブラッセリーにラルムの姿はない。ルカの時間は停止したままだった。そればかりか、二日間前には王室関係の使いの者がラルムからの手紙と“勝手に仕事を休んだ謝罪の品”を店主の兄妹に渡したと聞いた。しばらくアマドール宮殿に滞在するということらしい。加えて、王室関係の使いの者は帰る際に、ラルムの荷物をまとめて持ち去ったという。
――おかしい…いったい何があったというのか!?
ルカは帝都の見廻りの際には必ず見廻りのルートに【ホーンの泉】方面を加えてブラッセリーの様子を伺っていた。
―もしかしたら…ラルムがふっと戻って来るかもしれない。
そう思うとルカの胸は自然と高まった。
そんな僅かな望を託してルカが見廻りを重ねていた時に…思わぬ出来事に遭遇した。
何故か知らないが町娘の格好をしたクララ アントスをホーンの泉の前で見つけたのだ。
―何でクララがこんな所にいるのだろう?
彼女は帝国内では皇帝陛下の后妃の第一候補として、婚前のお妃教育を受けているのではなかったか?ルカは疑問に感じながらも…お妃候補のクララを早く安全に邸宅に送り届けることが最優先であると判断した。
―この頃は全く想像もつかないことばかり起こっている。勘弁してほしいな…まったく。よりにもよって今度はホーンの泉でクララを拾うとは…。
「はぁ」
ルカは小さな溜め息をつくと再度手綱を強く握り直して行き先をクララの邸と自身の実家のある特別区に変えた。
「クララ、しっかり捕まっていて…危ないからね」




