戴冠式2
戴冠式を無事に終えたレオナルシスは、執事のカタドールに王冠を渡すと安堵のため息をついて、一旦自室へと戻った。
レオナルシスが生まれてから26年間、彼の身の回りの世話を全て担ってきたカタドールにとっても、今日という日は感慨無量であった。
「レオナルシス様…本日はおめでとうございます。本当に今日という佳き日を迎えられて…ようございました」
初老の紳士カタドールの目に涙が滲む。
「カタドール…これかも、よろしく頼む」
「もったいない…御言葉でございます」
カタドールは新皇帝陛下に改めて頭を下げた。
アマドール宮殿は、諸外国の王公貴族をはじめ帝国全土から貴族や様々な分野で活躍するVIP(重要人物)が祝賀会に招待されて大いに賑わっていた。そこには、新皇帝陛下が独身者ということもあり、お妃に立候補したい他国の王女や帝国の名家の姫君が多く名を連ねてもいた。レオナルシスは後宮など持つつもりは毛頭なかったが、帝国繁栄のためには必要だと後宮の設置を望む大臣や貴族が少なからずいたからだった。
「皇帝陛下、そろそろ祝賀会のお仕度を…」
自室のソファで仮眠をとっていたレオナルシスはカタドールの声に目を開けた。
「…すまん。もう、そんな時間であったか…」
カタドールは、レオナルシスが公務のことだけで、悩み疲れきっているのではないことは十分に承知していた。それでも、執事として伝えなければならないことがあった。
「早速ではございますが…本日は隣国の王女マリン様、我が帝国将軍ご息女、クララ様が本日の祝賀会でのパートナーとして、陛下の両サイドに座られます。また続く舞踏会では…」
「…もうよい、カタドール。言わずとも承知している」
レオナルシスはカタドールにそう告げると、無言で仕度をはじめた。
ラルムは、迎えに訪れたルカのアルカサス家の馬車にやっと乗ることができてほっとした。今から10分程前に迎えに来たルカが、ラルムの美しいドレス姿に興奮して誉め言葉を並べたて、行先を変えて二人で過ごしたい!などと言い出した時には…目眩を覚えた。このまま祝賀会に行けなかったら…騎士レオに会えないと思うと、堪らなく寂しいと感じた。
「…つれないなラルムちゃん。こんな可愛らしいレディを人目に晒すなんて、勿体無くて僕は嫌なのに」
馬車の中でも、しばらくルカは独り言を呟いていた。
帝都の大通りに差し掛かると…ラルムの目の前に、広大なアマドール宮殿が現れた。歴史を感じさせる荘厳で堅牢、かつ重厚で赴きのある城は想像以上のスケールを誇っていた。
「…すごい、お城」
思わず…ラルムが呟いた。
ルカはニッコリと微笑むと、ラルムと同じように城に目を向けた。
「ここはね…寂しい城でもあるんだ」
―寂しい…城。
それ以上、ルカは言葉を続けそうに無かったので、ラルムも深追いはしなかった。
広いエントランスガーデンを馬車で回ると、着飾った大勢のゲストが回廊を歩いていた。
まるで、夢の世界にでも来たような不思議な錯覚に囚われて、ラルムの気持ちも次第に高まっていった。
宮殿内の大広間は、およそ500人近くの主要ゲストで溢れかえっていた。これなら、もし万が一、スモン家の関係者がいても、私の存在は分からないかな…ラルムは少し安堵する。しかし、その反面…騎士レオに会えないかもしれないと思うと、ラルムの胸はチクリと傷んだ。
―この薄紫色のドレス姿を…騎士レオさんに見てもらいたかった…こんな気持ちを持つことは、いけないこと?
ラルムの中で自問自答が繰り返される。
「レディ ラルム、お手をどうぞ」
手馴れたルカのエスコートに…また胸が締め付けられるようだった。
―私は以前にも同じように…!
落ち込みそうになる気持ちを引きずりルカと大広間を進んでいくと、しばらく先に段違いのロイヤル席が見えた。
―騎士レオさんには会えなくても…レオナルシス様のお顔が見れたら、それだけで充分だわ。もしかしたら、今後は敵になるかもしれない方ではあるけれど。
そう自分に言い聞かせて、ラルムは決められたテーブル席に腰をおろした。
「ラルムちゃんが一番キレイだから、自信を持っていいよ…やっぱり僕の目に狂いは無かった」
あどけなく笑うルカの好意を利用しているように感じたラルムは、申し訳ないと思って、思わず…うつむいてしまった。
「恥じるラルムちゃんも、また可愛いね…」
―ルカさん…本当に、ごめんなさい。
祝賀会の開始の時刻になると、宮廷楽団の演奏が始まった。高らかな楽器の響きが合図となっていよいよ…第8代皇帝 レオナルシス カーラ アルカサンドラがその凛々しく雅やかな姿を現した。ロイヤル席のテーブルには二人の美しい女性が皇帝陛下の椅子の両サイドに既に陣取りをして、今か今かと皇帝陛下の着席を待っていた。
皆の大歓声と拍手の中にレオナルシスが着席する。それを合図に皆が着席すると、盛大な祝賀会が開始された。
レオナルシスのダークブラウンの髪の上に王冠は既にないが、身に纏うオーラはまさにアマドーラ帝国の皇帝…容易に周囲を寄せ付けない絶対的な王者の風格を漂わせている。
そして…その両サイドで皇帝陛下に熱い視線を送る二人の美女の存在…。
ラルムは、レオナルシスに対して、もう少し気さくで穏やかなイメージを持っていた。また直ぐ近くに美女が二人もいることが…何故か必要以上に気になってしかたがない。その事が、より皇帝陛下の存在を遠くに感じ、やはりアルカサンドラ家は敵なのだと…ラルムの心はいつになく沈んでいった。
―皇帝陛下が遠い存在の方なんて…最初からわかっていたことなのに…私はいったい何を期待していたのだろう。
レオナルシスは自分のロイヤル席から遠く離れた場所にいるラルムの姿を見つけて安堵し、そして……驚いた。なぜならラルムが身に纏っていた薄紫色のドレスは、ルシアの離宮でレオナルシスがラルムのために作らせて贈ったものだった。
―あの時と同じように…今日もラルムは美しい。
直ぐにでも側に行って、ラルムを抱き締めたい衝動に駆られるが…今、それは叶わない。それでも、あの時のドレスを見てレオナルシスの胸には嬉しさが込み上げていた。疑問としては、なぜ…あのドレスを今、ラルムが着ているのか、繋がりが見えないことだ。そして、一つの嬉しい答えを導き出した。
―もしかして、ラルムは記憶を…!?
しかし、次の瞬間…近くにいたルカの思考から、そうではなかったと知ることになる。
《この薄紫色のドレスを、誰に贈られたものか分からないなんて…ラルムちゃんは記憶でも無くしているのか…?せっかく僕がドレスをプレゼントしようとしたのに…どうしても、お気に入りのドレスを着たいと言うから…我慢したが…それにしてもこのドレスは生地もデザインも最高級品だし、何よりも…ラルムちゃんに似合いすぎているじゃないか!》
レオナルシスはルカの単純で分かりやすい思考に救われた気がした。そして、相手の思考が読める自分の能力にも…この時初めていたく感謝したのだった。
ラルムがルカからのドレスを断って、あの薄紫色のドレスを選んだ事実を知ったことで…レオナルシスは、自然と口元が緩んで、優しい表情となっていたことを、当の本人は知らない。
「皇帝陛下、私は隣国ササランの第2皇女マリンと申します…」
「レオナルシス様、私は帝国将軍アンガスの娘、クララです…」
競うような二人の女性の挨拶に、レオナルシスは敢えて無言で頷いた。
牽制し合う二人の女性に囲まれて…レオナルシスは現実に引き戻された。《何としてもレオナルシス様の気を引かなければ…!!》殺気だつ二人の女性と交わす言葉など浮かばず、どこか…落ち着かない。
―相手の思考が読めるとは…なんと無粋なことだろう。
レオナルシスは再度、ラルムのいるテーブル席にチラリと目を向けて、ラルムがシャンパンを口にした姿を見ると…やっと、落ち着いた気分で、自分の戴冠祝いのシャンパンを口に含む事ができたのだった。




