帝都アマドールヘ2
アマドーラ帝国全土は、1週間後に執り行われるレオナルシスの戴冠式に向けて大いに盛り上がっていた。
次期皇帝選出の貴族会議でも、帝国の民の投票でも第1皇子レオナルシスの人気は凄まじく、カザル家のタクシンなど全く寄せ付けない圧倒的勝利であった。
長きにわたり病床に臥せていた第7代皇帝オンドールであるが、最期の遺言は…「皇太子レオナルシスに全てを委ねる」であったという。
タクシンを推していたスモン家他、一部の貴族、財界人は…呆気なく敗北したのである。
タクシンは選出会議以降、行方は分かっていない。
アマドール宮殿は広大な敷地面積を有し、要塞の役割も果たす城は堅牢で強固な造りであった。その奥深くにある皇太子の住む宮殿は、ひっそりと静まりかえっていた。
レオナルシスはルシアの離宮から帰ると…怒涛の渦に巻き込まれるかのように激務をこなしていた。
タクシンは、レオナルシスが幼き頃より帝国に【火】の禍をもたらしていると主張して騒ぎ立てた。
「レオナルシスが皇帝に即位すれば、帝国は大干ばつや火災に見舞われる!!」と予知能力のある超能力者数名を立てて抵抗したものの…情勢が不利とみるや、それまでタクシン派についていた貴族達が一斉にレオナルシス派に寝返ったこともあり、タクシンは坂を転げ落ちるように一気に敗北に追い込まれていった。それほど、タクシンの悪事は実は広く認知されていたと云うことでもあろう。
レオナルシスは皇帝陛下の葬儀の後も残務処理に追われていた。タクシンの事など気にかける暇もなく、決まり事として勝利したと言っても過言ではない。
只ひとつ…そんなレオナルシスにも気掛かりな事があった。
ラルムの行方が未だに分からない事だ。
ルシアで最後、ラルムと言葉を交わせずに別れてから…スモン家のアドリアンの元で静養していたことまでは把握していた。しかし…父の葬儀の後、ルシアからラルムは突如、姿を消したという。また、祖母からの情報によれば、在籍していたルシアの女学院にも一身上の都合として、卒業手続きを一ヶ月早たと聞く。
―ラルム…いったい君に何があったのだ !?
ラルムの身に降りかかった出来事を…その場に一緒にいて、助けてやれなかった自身の非力に、紫色の瞳が自分の手の届く傍らに無いことに、レオナルシスは…ひどく堪えていた。
―ラルム…君は私を帝都の騎士、レオだと認識しているはずだ。どうか、その私を頼ってはくれまいか。無事かどうかだけでも教えてほしい…。
戴冠式が終われば、レオナルシスは自らラルムを探しに行けると自分に言い聞かせながら、日々続く激務を、どうにかこなしていたのだった。アマドーラの雫がラルムの手元に無いことが、レオナルシスの不安を増強させていたことは云うまでもない。
戴冠式を1週間後に控えた城下では、帝国全体の喪が明けたこともあり、第8代皇帝に就くレオナルシス カーラ アルカサンドラに注目が集まっていた。今まであまり、宮中行事や王室主催のセレモニーにも、殆ど姿を現すことがなかったレオナルシスだが、父である皇帝の葬儀で、初めて一般大衆にその姿を晒すことになった。
ダークブラウンの髪に、碧色の瞳、鍛え上げられた逞しさと王者としての誇りに満ちた雅さ、そして何よりも凛々しく洗練されたその容姿は、瞬く間に帝都中…いやアマドーラ帝国中の女性を虜にした。
王室専門雑誌もやっと正真正銘カーラ家の嫡男、皇帝 レオナルシスを記事にできることが決まり、俄然、張り切って記事にしたことも、大きな要因と言えるかもしれない。
《KING レオナルシス》と題した特集号は飛ぶように売れて、驚異的なベストセラーとなっていた。
ラルムは、久しぶりの休日に買い物を終えて帰る途中に、大理石の柱が立ち並ぶ高級店のショウウィンドウに貼られた一枚のポスターを目にした。そこには、ダークブラウンの髪を鬣のようになびかせ、王者たる意志の強さを宿した碧色の瞳でこちらを見据えるレオナルシスと、戴冠式に用いられるカーラ アルカサンドラ王家の王冠がクローズアップされた写真が共に写されていた。
―この人は……誰?それに…この王冠は私の着けていたティアラのデザインとよく似ている。
ラルムは全身に震えが走る衝撃を受けつつも、その場に倒れないように身体を両手でしっかりと抱え込んだ。
―私はこの人を知っている…。何故か分からないけれど…。
店のショウウィンドウの端で真っ青になっている女性を見つけたガードマンが、ラルムに近づいて声をかけた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「…すみません。大丈夫です」
「ここのところ、この宝石商は人気がありましてね…女性が大勢押し掛けるものですから、気をつけてください。スリもいますから」
宝石商と聞いて、あらためて店の出入口に目を向けると、着飾った婦人や、恋人らしき男女が列をなして順番を待っていた。
「ここは…?」
「はい、今、アマドールで最もホットな場所ですよ。3000年以上の歴史を持つ由緒正しきカーラ アルカサンドラ王家御用達の宝石商ですから…」
王室御用達の宝石商と聞いても、庶民と変わらない生活を送ってきたラルムには、ピンとこない…。
「レオナルシス様の戴冠式で使われる王冠はここで造られたんです。だから、皆それにあやかってこの店に殺到してるんです。貴女も、このポスターを御覧になったでしょう」
―そうだ…このポスター!!
「…この方がレオナルシス様ですか?」
ラルムがガードマンに聞き返すと、後ろから、それも少し高い位置から声が聞こえた。
「いかにも!ラルムちゃん、こんな所で会うとは奇遇だね」
声の方を向くと、そこには騎士として見廻りの任務を遂行しているルカがいた。
馬上で白い制服に身を包むルカは、さながらおとぎ話の王子様のように美しい。
―これなら、ルカを追いかける女子が多いことも頷ける。
思わず納得の笑みを浮かべるラルムであった。
「ラルムちゃん…そんなに見つめられると、僕は勘違いするよ~」
気軽にラルムに声をかけるルカを見て、店のガードマンはしぶしぶ離れていった。
「ルカ様…私共は先に見廻りを続けております」
ルカの後方にいた数名の騎士団の人がルカに声をかけた。
「ああ、悪いがそうしてくれ。僕はこのレディとランチタイムを楽しませてもらうよ…」
あっさりと、受け答えるルカにラルムは少々戸惑ってしまう。
「えっ…?いえ、お気遣いなく…」
ラルムが断ろうとしても、既に時遅く…あっという間にルカは馬上にラルムを引き上げてしまった。その慣れた行動に、ラルムが坑がえるはずもない。
「ちょっと、ルカさん!お仕事中でしょう!」
「もう、ランチタイムだよラルムちゃん。それに君がいないならブラッセリーに今日は行かなくて良かった…昨日、休みだと教えてくれれば良かったんだ。そしたら僕も一日、休みを取って君とデートができたのに」
さすがプレイボーイで名高いルカである。
ラルムは言い返す言葉も見つからず、小さなため息をついた。
「ラルムちゃん、何が食べたい?」
その後、ラルムはルカと丘の上の可愛らしいレストランでランチを摂った後、ブラッセリーまで送ってもらったのだった。
「そういえば…ラルムちゃん、体調は大丈夫なの?」
―そうだ…ルカさんには倒れて迷惑をかけていた。
「ルカさん、先日はすみませんでした…私、ご迷惑をおかけしてしまって。今日はごちそうさまでした。」
「ラルムちゃん、謝らなくていいよ。体調が戻ったのなら僕も安心だからね。今日のランチは最高だったよ。明後日の祝賀会が楽しみだな…」
「そ、そのことですが…ルカさん、やはり…私、お受けするわけにはいかないのです。せっかく誘って頂いたのですが…」
「ラルムちゃん、断らないでよ。何があっても僕が付いているし、君みたいな可憐な華を下町のブラッセリーに置いておくほど、僕は間抜けじゃない…」
真面目な表情に変わって話し出すルカに、ラルムの言葉はいつの間にか…呑まれてしまった。
騎士団の間では、あの名高いプレイボーイのルカに恋人が出来たともっぱらの噂になっていた。
レオナルシスは激務の合間に、騎士レオとして、騎士団の塔を訪れていた。しばらくぶりに鈍った身体を動かそうと、わざわざ時間を空けてやってきたのである。そこで、ルカがランチタイムを長引かせて、新しい恋人と過ごしている事を聞いたのだった。
「今回のルカ様の恋人は恐らく…本命です。そうでなければ、あのプレイボーイのルカ様が1ヶ月もブラッセリーに通いませよ」
「私も先程、宝石商の前で彼女を見ましたが、それはそれは別嬪で、ルカ様の今までの女性のタイプとは違って、華奢で繊細な人でしたよ」
ルカの部下達が、面白がって愉しげに語るルカの新たな恋人について、レオナルシスも目を細めて聞いていた。
―久しぶりに、ルカと手合わせでもして気を紛らわそうと思ったが、却って毒気に当たったな…。
「でも、あの紫色の瞳に輝くゴールドの髪は反則だよな…祝賀会のパートナーは誰も勝ち目はないよ」
レオナルシスの動きが制止した…。
―今、なんと言った ?
紫色の瞳に、輝くゴールドの髪だと…!?
珍しいが…ラルムであるはずがない。ルカの恋人で…あるはずがない。
しかし、レオナルシスは確かめずにはいられなかった。
「…そこの団員、今、なんと言った?もう一度、聞かせてくれないか?」
騎士レオの鋭い視線と冷やかな口調に、問われた団員は緊張のあまり言葉に詰まる。
「そ、その…ルカ様の恋人の女性が、あまりにも綺麗だったので、思わず見とれてしまって…」
「違う。どの様な容姿か言っていたであろう…」
更に問いただすような冷やかな騎士レオの質問に他の団員が答える。
「それは、紫色の瞳にゴールドの髪です。名前は…何て呼んでいたかな…?ラ、ララじゃなくてラ…?とにかく、ホーンの泉のブラッセリーで1ヶ月前から働き出した娘ですよ、レオ様」
「1ヶ月前だと…」
《……》
その瞬間に、レオナルシスはすでに馬に飛び乗っていた。団員の脳裏に…ラルムらしき女性の映像を見てとれたからにほかならない。
「レオ…様?どーしたんだ?あんなに焦ったレオ様は今まで、戦場でも見たことがない…」
団員達は皆一様に首を傾げていた。
―ラルム?君なのか…?
なぜだ…!?
こんな所で…いったい何をしている !?
逸る気持ちを押さえつつ、レオナルシスは下町のホーンの泉のブラッセリーに馬を走らせていた。
本来であれば、一時間程の息抜きで騎士団で手合わせをして城に帰る予定であった。この後は、執事と戴冠式の招待客について打ち合わせが入っていたのだ。しかし、レオナルシスはこの時初めて、公務よりも自分の気持ちを優先させたのだった。




