ラルムの記憶3
アドリアンが帝都アマドールに向けてルシアを発ってから2日が過ぎた。帝都の情報はあまり分からないが、皇帝陛下の葬儀は無事に執り行われたとメイドの一人が教えてくれた。アドリアンの側近は私が何を聞いても「それは、お答え致しかねます」の一点張りなので、話しかけることを諦めた。
私の体調はだいぶ良くなり、時には読書をしたり、かつてアドリアンと遊んだ庭園を散歩するなどして時間を過ごしていた。
そんな午後の一時に、マリという一人のメイドが私の部屋を訪れた。
「―私は、メイドのマリと申します。ラルム様にちょっとお話が…」
背が高く、スラリとしたメイドはそっと何かを取り出すと、私の前にハンカチを広げて見せた。
そこには…精巧な技で造られた可憐なティアラがあった。
「…これは?」
「このティアラは、ラルム様が離宮より戻られた際に、お付けになられていたものですわ」
「え…どういうこと…?」
「アドリアン様は、ラルム様が身に付けていらっしゃったもの全てを処分するように言われました。でも、このティアラは…アルカサンドラ王家の紋章があるので…保管しておくように言われたのです」
ラルムは、メイドが何を話しているのか、少しずつ理解しようとする。
「アドリアンと一緒に離宮の前夜祭に出席していたはずなのに…何があったのかしら?ティアラがアルカサンドラ王家のものとはどういうこと?」
「実は私…聞いてしまったんです。ラルム様は本当は離宮のアルカサンドラ王家の晩餐会に出席されていたと…」
―晩餐会…ティアラ…アルカサンドラ王家…。
ラルムの心臓が速打ちを始める。
「実は…私の知り合いがモンダール家のアリス様付きのメイドなのですが、彼女の情報によるとアドリアン様がルシアを発つ前に婚約を解消したいと申し出られたそうです。本当にひどい話ですよね…だから私、ラルム様もアドリアン様に騙されていることを黙っていられなくて…」
ハンカチを口元に当てながら、メイドのマリは話を続けた。
「それから私…ヒーラーマタリ様が、ラルム様の記憶を消したとも聞きました。はっきりとは聞き取れなかったのですが…アドリアン様はいったい何をお考えなのでしょう?」
ラルムは…強い衝撃を受けていた。何が、どうなっているのか全く分からない。
メイドのマリが言うことは…本当なのだろうか。それさえも判断がつかない。
「私を疑われるのですね…でも、このネックレスをご覧になってください」
もう一枚のハンカチを広げると、そこには…碧色のストーンがついたネックレスがあった。
「これも…ラルム様が身に付けられていたものです。確か…アマドーラの雫とか…言っていましたけど」
―アマドーラの雫…。
―ルルドの森、ルルドの雫、マテリアス家、
私は…この碧のストーンを知っている。
《アマドーラの雫をなぜ着けていない…》
私は誰かに、そう言われた。
ラルムは…脈打つ心臓が、飛び出してしまいそうで、息苦しい圧迫感を感じていた。
―アドリアンは…何のために私に嘘をつく必要があるのだろう。
消された記憶とは…何の記憶!?
私はフェスティバルの前夜祭の日、アルカサンドラ王家の晩餐会にティアラをつけて出席していた。そして、このアマドーラの雫は私のもの…。記憶の一部は消されていて、その日に身に付けていたものは、全て処分するように言われていた…。
―いったい…なぜアドリアンはこんな事を?
更に…アドリアンは、アリスとの婚約の解消を申し出たという。
…そこで、突然アドリアンに離宮でプロポーズをされた場面を思い出す。
―確か彼は、貴族の地位を捨ててもいいと言っていた …?
―ダメっ!ダメよ…そんなことを彼にさせるわけにはいかない。
頭がパニック寸前で、どうにかなりそうだった。
でも、確かなことは、もう…ここにはいられないということだ。アドリアンに迷惑はかけられないし、消された記憶はなんとか取り戻さないといけない。
それには、早く…ここを出なければ。
混乱して顔色を変えたラルムの様子を…マリはうっすらと笑みを浮かべて見ていた事を、ラルムは知らない。
―お可哀想な…アリス様、ラルムを追い出せば、アドリアン様はどうなるでしょう。落ち込むアドリアン様をアリス様が気遣うことでまた、お気持ちが…戻るかもしれません。もうしばらく…お待ちください…アリス様。
その日の夕刻に、ラルムは女学院に使いを立てた。1か月早いが、卒業の手続きを進め、寮に残した荷物についても処理を進めてもらうことにした。使いを済ませて帰ってきたメイドのマリから無事に手続きが済んだと聞くと、ラルムはほっと胸を撫で下ろした。
―荷物は全て…湖畔のミラの家ヘ。
―私は…帝都、アマドールヘ向かおう。
ラルムはメイドのマリから破棄されなかった幾つかの荷物を受け取ると、翌日の明け方にひっそりとアドリアンの屋敷を抜け出したのだった。




