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アマドーラ帝国の雫  作者: emily
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離宮のフェスティバル6

 アドリアンside


 スモン家の舞踏会が終わって、ルシアに帰れると思った矢先、今度は帝都での仕事が入った。僕はルシアへ戻る見通しが立たないことに、焦りと苛立ちを募らせていた。

 その主な理由は、ラルムの所在を確認するためにルシアに帰省ができないことだけではなかった。

 アリスの父であるモンダール氏からルシアのフェスティバルが終わったら婚約発表を兼ねて盛大なパーティーを開催したいと正式な申し出を受けたこと。更には、先にルルドの森に住む ミラ フローディアと呼ばれる婦人に僅かなのぞみをかけて送った書簡の返答が、残念ながら未だにないことだ。

 ―これでは…ラルムを母方の縁戚の養女として受け入れた後に、アリスとの事を整理して、ラルムを花嫁として迎え入れる計画が遅れをとってしまう。


 広い邸宅の図書室の一角に、近づいてきた足音が僕の座っているソファの前で止まった。


「アドリアン、ここにいたのか。実は皇帝陛下の容態があまりおもわしくないらしい」


 兄であり、次期スモン家の跡取りでもあるハサン スモンが前置きもなく告げる。


 ―今の僕はあまり政に関心がない。誰が次期皇帝陛下になっても同じではないか。そのために、煩雑な仕事が増えるだけだ。


 その中心になっている二人の人物が嫌でも脳裏に浮かんだ。

 タクシン カザル様は現皇帝の甥で分家であるカザル家の出身だ。彼はアルカサンドラ王家特有の超能力(パワー)にはあまり恵まれなかったが、帝国の有力貴族達に便宜を図ることで帝国経済を発展させてきた強者である。対する皇太子 レオナルシス様は、アルカサンドラ王家直系 カーラ家の嫡男である。パワーは王族の中でも最強を誇ると言われているが、それ故にタクシン様は、「レオナルシスが皇帝になれば帝国を滅ぼしかねない」と騒ぎ立て、自らがより皇帝として相応しいと主張している。


「そういえば…お前が調べていたルルドのマテリアス家についてだが、少々気掛かりな事を聴いたぞ」


 兄の言葉に思わず顔を上げた。


「なんだ…単純な奴だな」


「何が分かったんですか?」


 口調が強くなってしまう。内容が早く知りたくて兄を急き立てる。


「まぁ…落ち着けよ。マテリアス家の取り潰しに関する一切の記述が帝国図書館に無いことは、アドリアンお前も知っているよな」


「…はい」


「どうもその件は…タクシン様と関係があるらしい。マテリアス家夫人のリリア様が自分の妃にならなかった腹いせに、ルルドの森に対して 不当な税金をかけて余罪を加えた上で貴族名簿から独断で除籍したらしいのだ。まぁ、あの方ならやりかねない事だ」


 ―衝撃だった。

 憤りのあまり、握りこぶしに力が入る。


「リリア様と亡き第一后妃のマリオン様はルシアの女学院時代からの親友で、リリア様はよくルシアの離宮に行っていたらしい。恐らくそこでタクシン様に目をつけられたんだろう」


 ―いかにも…あの女好きならやりかねないことだ !!


「そんな奴を、なぜ我がスモン家が皇帝に押しているのかという顔をしているな…」


「僕は…もう一切、タクシン様と係りたくないし、あのニヤけた顔も見たくはない!」

 ―怒りの感情が突き上げる。


「まあ…そう言うなよ。父上も苦しい立場なのだ。帝都で我がスモン家が覇権を握る為にはタクシン様の力がどうしても必要なのだ」

「それに…お前には伝えていないかもしれないが、スモン家の莫大な負債を肩代わりしてくれたのは実はあのタクシン様だった」


 ―初めて知らされた事実に僕は言葉を失い、一気に今度は心が冷めていくのを感じた。


「私の時もそうだが、お前が生まれて直ぐにモンダール家に縁組みを持ちかけたのも、実は我が家のそういう事情があるからだ」


「……」


「私も最初は、許嫁と決められていた妻のカタリナとの結婚に反発していたが、実際はこの通りよくやっているから大丈夫だ」


 ―それは表面上のことだ。

 兄には妻のカタリナの他に、ここ帝都に愛人がいる。


「カタリナの家からの援助は、とても魅力的だったよ。お前もアリスと結婚してモンダール家から…」


「やめて下さい!」


 兄が何を言わんとするかを察して…僕は続く言葉をさえ切った。


「アリスとは…結婚したくありません」


「なんだと !? お前は本気で言っているのか?

 もしかして…あのルシアの別荘の隣にすむ…ラルムとか何とかいう娘ではないよな ?」


「…そうだと言ったら、兄さんはどうすします?」


「なんの後ろ楯もない娘を正妻には出来ないだろう。とりあえずはアリスと結婚してからルシアで愛人として囲えばいいじゃないか。どこか儚げで綺麗な娘だった気もするしな…」


 僕は穏やかで幼い頃から何かと世話を焼いてくれる優しい兄が好きだし、尊敬もしている。しかし、今の発言は全く受け入れられないし、断固として兄を拒否する。

 アリスと結婚して、ラルムを愛人にするなど例え冗談でも考えたくない。


「僕は兄さんとは違って、そんなに器用には立ち回れませんから」

 冷ややかに、兄を睨み付けながら言った。



 そこへ我が家専属の超能力者(エスパー)アランが現れた。


「ハサン様、先ほどから…レオナルシス様のパワーが帝都から離れています。船で移動されているようですが、得意のシールドを張っているらしく、行き先はわかりまん」


「こんな大事な時期に、レオナルシス様は何を考えているのだ?」


「タクシン様も先ほど、ルシアのフェスティバルに参加されるとのことで船を出されました」


「アラン、君には引き続き、タクシン様とレオナルシス様二人の動向を追ってもらいたい。よろしく頼む」


「はい。承知しました」

 アランが部屋を出ていくと、兄は何かを思いついたように言葉を続けた。


「とりあえず…お前も直ぐにルシアに帰れ。フェスティバルが始まるし、今年からボンソレワーレ主催の前夜祭パーティーが離宮で開催されるらしい。お前にはスモン家の代表として私の代わりに参加してもらいたい。最終日にはアリス嬢の相手をしなければ…だしな」


 ―ルシアに帰れる…。


「タクシン様もレオナルシス様も帝都にいないなら、もうここには用がなくなったが、私がお前の残務を快く引き受けるよ…」


 兄は愛人のいる帝都に残る最もらしい理由を見つけたようだった。

 それは僕にとっても…《アリスの事を考えると気が重いが》ラルムに逢える為なら都合がいい。


「…これから直ぐに、立ちます」

 ―今、直ぐに船をチャーターして出せば、明日の夕刻にはルシアに着くだろう。


「どこまでも真面目な弟よ…上手くやるんだぞ」


 ―兄には感謝している。でも僕はラルム以外の女性は受け入れられない。

 例えそれが、貴族としての身分を捨てることになったとしても、僕には諦めることなど出来ないのだ。




 ルシアに着くとその足で、僕は女学院に向かった。直接、出向くにはアリスの手前もあり、リスクが高いと判断して使いの者を行かせた。

 女学院に隣接する貴族用サロンで僕はラルムを待つことにする。

 ―ラルム…早く顔が見たい。

 女学院は明日から休校になるため、学生はまだ寮にいるはずだ。できればアリスに見つかる事なく、ラルムを連れて早くここを出よう。

 今夜はラルムを着飾って共にボンソレワーレ主催のパーティーに参加するのも悪くない。僕達、上流階級の貴族にはボンソレワーレなる称号の者達とは違って離宮での行事参加に細かな制約はない。

 モンダール家からアリスのエスコート役の要請を受けているのは舞踏会の最終日のはずだ。

 まだ一週間、時間はある。

 それまでに…なんとかラルムの気持ちを確かめて、僕は行動を起こすと決めていた。



「アドリアン様、ラルム様ですが…一時前に寮を出られたそうです。少々遅かったようで申しわけありません。これからいかがいたしましょう?」


 使いの者の言葉に…一瞬、表情が強ばった。

 ―ラルムが既に、いない…だって !?


「ありえないだろう…休校は明日からなのに、ラルムは何処へ行ったんだ」


 使いの者を叱ってもどうなるものでもない…。ここはまず冷静になる必要がある。

 女学院を出てラルムが向かいそうな場所は何処か……昔、何度かラルムを迎えに来た時の事を思い出す。


 ―そうだ!パッサージュの噴水が見えるカフェ…。

 ラルムは、いたくあの噴水を気に入っていた。僕は直ぐにパッサージュに馬を走らせた。


 パッサージュに着くと、カフェは人で溢れかえっていた。陽が暮れていたこともあり、広い店内には、すでに幻想的なキャンドルの灯りが点っている。一通り店内から中庭までラルムを探すが見つからなかった。


 ―湖畔のサラの家に帰ったのかもしれない。


 僕の体は反射的に、馴染みのある場所へと向かった。




 結局、サラの家にラルムが帰った形跡もなく、一人で離宮のボンソレワーレ主催のパーティーに向かう。もうとっくに開始時刻は過ぎているが、スモン家の代表として参加しないわけにはいかないかった。

 また、もう一つの面倒な情報も得ていた。

 《タクシン様がボンソレワーレ主催のパーティーに参加している》

 タクシン様は、王族主催の晩餐会に出席しているとばかり思っていた。しかし、昨日の兄の話を聞いて納得する。

 アルカサンドラ王家の分家のスノウ家とマリオン様のご実家サマトーラ家がメインの晩餐会にタクシン様が顔を出せるはずはない。

 そして、ボンソレワーレ主催のパーティーに出席するならば、まだ独身のタクシン様に、いったいどれだけの淑女達が次期皇帝陛下の后の座を狙ってすりよってくることだろう。

 なんとも…おぞましい光景が目に浮かぶ。

 自分がこれから、その会場に足を踏み入れるのかと思うと…余計に気が重い。



 ロイヤルエリアと一般開放のエリアを繋ぐ広い回廊に差し掛かった時…僕は早速、出くわしたくもない場面に遭遇した。

 あのタクシン様が、《頭上に限られた王族だけに許されたティアラを冠している》レディを捕まえようと背後から忍び寄っていた。

 ―最悪だ…他の迂回のルートを探そうか。

 気の毒なレディだが…王族と縁戚の者ならそれほどの大事には至らないだろう。

 先ほどより位置が変わって、正面からそのレディの姿を捉えた瞬間…。

 僕は全身に冷水を浴びたように…固まった。


 ―ラルム?まさか……そんなはずはない。

 ラルム本人がこのような場所にいるはずがない!よく似た女性だと自分に言い聞かせる。

 美しいゴールドの髪を高く結い上げ、限られた王族だけに許されたティアラに最高級のドレスに身を包んだこのレディが、僕のラルムであるはずがない。

そして…彼女は落ち着かない様子だった。

次の瞬間、レディがタクシン様に背後から捕らえられてしまった。

 怯えて目を閉じる美しいレディ !?…の仕草を見た瞬間、既に言葉を発していた。



「ラルム…!? 本当に君なのか…?」


 僕は弾かれたように走り出した。

 レディが目を開けて、視線が交わる…。

 次の瞬間…ラルムだと、確信した。


 怒りと焦り…疑問が渦巻く中にタクシン様と向かい合った。

 ―ラルムから、その穢い手を離せ !!

 殴り殺したくなる衝動を自制するのが精一杯だった。

 しかし、仮にも相手は王族…。況してや次期皇帝候補のタクシン カザル アルカサンドラ。 ここは慎重にアプローチするしかない。


 ―ラルム…僕が必ず君を守るから。

 我が命に代えても君がこれ以上、タクシン様に触れられることはないだろう。





 まだ僕らは運に見放されていなかったようだ…。

 タクシン様が慌てた様子で側近と共に出口方面に向かう。

 ―助かった。僕の背後にいるラルムは無事か…。


 最初は…あまりの緊張感と安堵感を同時に感じて体の震えが止まらなかった。


 ラルムと逢うのは…あの日以来だ。

 またラルムに拒否されるかと思うと…後ろを向くのが怖かった。


 しかし、ラルムは…ラルムのままだった。


 数週間ぶりに見た…ラルムの姿。


 なぜここにいるのか、なぜこんな仕度をしているのか…聞きたいことは山ほどあるが、もう2度とラルムをこの手から失うわけにはいかない。


 僕は…決意を、ラルムに告げた。


「―ラルム、結婚しよう!僕は君さえ居れば…貴族の称号なんて要らない」


 ―この世に…君の他に大切なものなど…何一つ存在しないのだから。


















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