離宮のフェスティバル5
晩餐会にはアルカサンドラ王家の分家であるスノウ家と、ここルシアの都を代表するサマトーラ家など、王族とその血縁者を中心にして、総勢30名程のゲストが招かれていた。時には皇帝陛下がご臨席されることもあると後から聞いて…唖然とした。
―どう考えても《レオは仕事上、慣れた場なのかもしれないが》私のような何も後ろ楯を持たない庶民の娘が参加していい席ではない。
女学院で、庶民でありながらも良家の子女と同じように教養を身につけ、社交界でのお作法を習っていたことが…せめてもの救いだった。
話題の中で、次期皇帝についての話が出た際には、なぜかレオの表情が曇ったように感じたが、それ以外は、いたって平然とその場で寛ぐレオは…やはり、ただ者ではないと思ってしまう。
―レオは何のために、私をこのようなフィールドの違う世界に連れて来たのだろう?
そう思って向かい側に座るレオに視線を向けると、それに気づいたレオに熱い瞳で見つめ返されてしまう。私は廊下でのレオとのキスを思い出して、胸がキュンと絞めつけられて…顔が紅く染まるのを感じた。
―彼は視線だけでも…こんなにも私を動揺させることができるのだ。
離宮について直ぐにレオに声をかけた執事が、私に近づいて来た。
「レディ ラルム様…お楽しみでございますか?自己紹介が遅れて大変失礼致しました。私はこのルシア離宮を統括しております、モルトと申します。以後、お見知りおき下さいませ」
優しそうな目をした小柄な紳士が軽く頭を下げた。
「…私はラルム フローディアと 申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ところで…レディ ラルム様、あちらでサマトーラ家のスベリア様があなた様を呼ばれております」
私は急な展開に戸惑って、前に座るレオに視線を戻した。
―大丈夫だ。行って来るといい。
レオの言葉が私の頭の中に自然と響き、視線の先のレオは優しく目を細めて頷いた。
「スベリア様は、現在の皇帝陛下の亡くなられた第一后妃マリオン様の母君様でいらっしゃいます。…同時に皇太子レオナルシス様の祖母であらせられ……」
「コホン…コホン…すまない モルト、水をくれ」
レオが急に咳き込みながら、モルトに鋭い視線を向けて訴える。
「レオ…大丈夫?」
私は突然のレオの変化が心配になり…席から身を乗り出そうとした。
―大丈夫だ…ラルム
頭の中でレオの声が響いた。
「そうでしたね…承知致しました…レオ様。今、メイドが参りますのでお待ち下さい。では、ラルム様…どうぞ、あちらへ」
モルトは特に驚いた様子もなく、レオにそう返答すると、私をスベリア様の席まで案内してくれた。
「スベリア様、ラルム様をお連れ致しました」
モルトが頭を下げてその場から遠ざかるのを…私は不安な気持ちで見送った。
「よく、いらしたわね。初めまして…レディ ラルム。いえ…ラルム フローディアと言った方がいいのかしら」
美しい銀色に似た白髪を綺麗に結い上げた婦人の言葉に…私は息が止まりそうになる。
―なぜ…私のことをご存知なのだろう。
「そんなに…驚かないでラルム。貴女の女学院の学院長は私の旧い友達なのです…ふふ、びっくりしたでしょう」
「は、はい…。申し遅れましたが、私、ラルム フローディアと申します」
「貴女の美しく成長した姿を見たら…私の娘もきっと喜んだことでしょうに…」
スベリア様が切なそうに、目を細めた。
以前、私が幼かった頃…女学院に入学出来るように匿名を条件に、後見人となり力添えをして下さった方がいたことを思い出す。
「もしかして、スベリア様のお嬢様が私を女学院に入れるように…後見人となって下さったのですか !?」
―スベリア様のお嬢様とは……つまり今は亡き第一后妃のマリオン様のこと?
あまりの事の重大さと驚きで気が遠くなりそうだ…。
「…ふふ、まぁ… そのようにしておきましょうね。貴女ももう女学院を卒業だとか…立派なレディに成長されて、本当に良かったわ」
「―はい…本当に心から感謝申し上げます」
それからは、見た目よりずっと気さくに話して下さるスベリア様と、私はすっかり打ち解けたように…様々な会話を楽しんだ。
「ラルム、是非とも…わが屋敷に遊びにいらっしゃいな。待っていますよ」
そんな温かい言葉に…私は笑顔でお礼を述べると、スベリア様の席を離れた。
すっかり場の雰囲気にも慣れて…私はパウダールームへ向かおうと廊下に出た。
しばらく広い廊下に沿って歩いたが、城内は構造が複雑で…パウダールームの場所がわらない。
私が道に迷っていた…その時だった。
「実に美しい…ルルドの雫ではないか。レディ、貴女の名前を教えてはくれまいか?」
後ろから急に両方の肩を強く掴まれて…私はその場から逃げることも、動くことも出来なかった。驚きと恐怖感で、声を出すことも出来ない。
「どうしたレディ、声が出ないのか?」
耳元に、アルコールを含んだ生温い息が吹きかけられる。
―どうしよう…誰か助けて!! …レオ
夢ならいいと…硬く目を閉じた時だった。
「ラルム…!? 本当に君なのか…?」
聞こえるはずのない声が…私の耳に届く。
―ゆっくりと目を開けると…。
そこには紛れもない…前方から此方へ急いで駆けつけようとするアドリアンの姿があった。
―アドリアン…どうして!?
「タクシン カザル アルカサンドラ様、その娘は我が母の縁戚にあたる者でございます。どうか、その手をお放し下さいませ」
―タクシン カザル アルカサンドラ様と言うことは…この方は王族?
「これは…スモン家のアドリアン殿。またお会いしたな」
「はい、先週は我がスモン家の舞踏会にご出席頂きましてありがとうございました。ところでタクシン様、その娘をどうかお放し下さいませ…娘が怖がっておりますので、何とぞ…ご容赦を」
すると、そこへタクシンの使いの者が急ぎ足でやって来て、何かを軽く耳打ちした。
「それは…まことか!?」
慌てたように…タクシンが掴んでいた私の肩から手を離した。
そのタイミングをアドリアンが見逃すはずもなく…私は素早く彼に手を引かれ、彼の背後へと移動させられた。
―アドリアンが私を庇ってくれている。
私は…戸惑いを隠せない。
―本当はまだ…アドリアンには会いたくなかったのに。
「ちょっと急用ができた。ルルドの雫の君とアドリアン殿、また近いうちに会おうではないか」
一方的にそう告げると、タクシンは使いの者と足早に遠ざかって行った。
「ラルム…大丈夫かい?」
―アドリアンの声が…少し振るえている!?
私を背後に庇って前を向いたまま話すアドリアンの表情は、後ろからは分からない。
「―ごめんよ…ラルム。君の誕生日の翌日に僕は…」
アドリアンが言葉を詰まらせる。
―私は何と答えたらいいのだろう…。
「―君の気持ちも考えず…無理に抱き寄せた僕を…もう、ラルムは許してはくれない?」
―そんな事はとっくに、許していた。
ただ、あの時は自分の気持ちが…許嫁のいるアドリアンの気持ちを知るのが…怖かったのだ。
私は大きく首を左右に振った。
「―私の方こそ…アドリアンに心配をかけてごめんなさい」
私の素直な…気持ちだった。
しばらくの沈黙の後、不意にアドリアンが後ろに向き直る。私の肩に優しく手を置くと、視線を合わせようと屈み込む。
―いつになくアドリアンの真剣な眼差しが…私を捉えた。
「―ラルム、結婚しよう!僕は君さえ居れば…貴族の称号なんて要らない」
―アドリアン…?貴方は今、何と言ったの?
私はアドリアンの言葉の意味を直ぐに理解することは出来なかった。




